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『悪魔憑き神父をキスで救った、猫獣人の半人前聖女』サイドストーリー集(付録)  作者: 黒鍵
<付録>

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7/8

バレンタイン・キス/愛の日のはじまり

 僕たちが教会本部から逃げ出して、三カ月が過ぎた。ルミナスと話し合い、とりあえずお互いの実家には帰らず、世界中を旅することにした。


 僕には騎士になることより大事な夢ができ、彼女はその夢を支えて応援することを望んだ。


 実家に戻れば、家族から騎士になることを勧められるだろう。強制はしないはずだが、説得に時間がかかれば、彼女と一緒にいられる時間は確実に減る。


 それにルミナスの実家も、彼女を戦士にすることを諦めていない。一族随一の才能を持つ彼女を、説得する気満々らしい。


 だから僕たちは小さな町を転々として、冒険者の真似ごとのような仕事で路銀を稼ぎながら旅をしている。


 今日も、立ち寄った町から受けた依頼――レッドボアの討伐に向かう僕たち。隣を歩くルミナスが頬を膨らませて呟く。


「それにしても、教会も諦めが悪いにゃ。もう聖女に興味なんてないのに、まだ追いかけてくるなんて!」


 いまだ教会も、ルミナスを諦めていなかった。先代聖女レンゲ様が最後に授かった神託――悪魔をも救う『愛の聖女』。それがルミナスだった。


 妻でもあるレンゲ様の神託を何よりも大事に思うルソー教皇陛下は、全世界の教会に御触れを出してルミナスの捜索を命じ、聖騎士団で捜索隊を編成した。


 ゆえに僕たちは教会がある大きな町は避けて、小さな町や村をまわりながら旅をしている。


 僕はレッドボアの討伐に向かう途中、今の状況を思い出して苦笑する。


「仕方ないよ、ルミナス。だって、伝説の大天使ルシフェル様を救ったわけだし、教会も必死になるよ」

「うぅ、違うにゃ! 私が救ったのはマルスだけにゃ。ルシフェル様は勝手に救われただけにゃ!」


 あまりにも罰当たりなことを言い放ったルミナスは頭を押さえ、しゃがみ込んだ。その姿に眉を下げる。


「まぁ、さっきの言葉は聞かなかったことにするよ。それより町長さんから受けた依頼――レッドボアの討伐に行こうか。畑を荒らされて困っているらしいから」


 僕は腰にかけた剣を叩き、道に座り込んだ彼女に手を差し出した。さっきまで涙を浮かべていた彼女だったが、僕を見ると満面の笑みを浮かべ、手を握り締めた。


「そうにゃ、この怒りはレッドボアにぶつけるにゃ! 早く行くにゃ、マルス!」


 突然、走り出したルミナス。手を引くその後ろ姿に目を細める。


(いつか彼女に追いつき、守ってみせる!)


 そう心の中で呟き、決意を固めると、その手を握り返し、彼女を追い越した。



――――――――――――



 レッドボアの討伐を終えた僕たちは町に戻ってきた。すでに夜の帳は下り、ぽつぽつと明かりが灯り出す。


「急いで、町長さんの家に行こう、ルミナス」

「ごめんにゃ、マルス。ちょっと私が湖に寄ったせいで遅くなったにゃ」


 彼女はレッドボアの討伐を終えると、近くにあった水が綺麗な湖に寄りたいと告げて、一人で向かった。僕も付いて行こうと言ったが、頑なに断られた。


 彼女の態度に首を傾げた。だけど、すぐに彼女が戻ってきたので気にしなかった。その手には小さな袋が握られていたが、中身は教えてくれなかった。


 あの時の彼女の姿を思い返していると、町長の家に到着した。


 僕たちは町長に討伐の証拠であるレッドボアの角を渡し、報酬を受け取ると、宿に向かった。街中を歩いていると、ルミナスの声が届く。


「ちょっと待つにゃ、マルス。少し用事があるから、先に宿に帰っているにゃ」


 その言葉に首を傾げる。初めて来た町で、知り合いもいない。どんな用事か見当がつかない。


「……わかった、ルミナス。けど、もう暗いから気をつけて。じゃあ、先に帰っているよ」


 僕は頷き、彼女を見送る。その背中を見ながら、レッドボアを討伐する彼女の姿を思い出す。彼女は武器を持たず、蹴りだけで倒していた。


 彼女は華麗な身のこなしでレッドボアの突進を躱し、正確に急所である眉間を蹴り抜き、一撃で仕留めていた。


 討伐した数は僕のほうが多かったが、実力は彼女が上だった。


「まだ、彼女を守るには修業が必要だな」


 思わず呟き、腰に下げた剣に触れる。帰って宿の裏庭で素振りでもしようと、足早に歩き出した。


 やがて宿に着き、荷物を纏めると、今日が特別な日だったことを思い出す。それは初代聖女であり、教皇でもあったセーラ様が定めた愛を伝える日――『バレンタインデー』。


 うかつにも忘れていた。男性が女性に贈り物をして愛を告げる大事な日だ。町の通りも頬を染めて手を繋ぐ男女で溢れていたことを思い出した。


(遅い……!)


 急いで町に出て、ルミナスに贈るプレゼントを買いに行こうとしたとき、部屋の扉が開いた。


「ただいま、マルス! ん? どうしたにゃ、慌てた顔をして?」

「え、えーと、ちょっと僕も用事ができたから、出かけてもいいかな?」


 焦る僕は少し言葉が詰まる。ルミナスは、そんな僕を不思議そうに見つめる。


「マルス、それは今日じゃないとダメ?」


 彼女の紺碧の瞳が光る。まっすぐ射貫かれて、鼓動が跳ねる。


「う、うん。今日じゃないとダメなんだ。だって、き、今日は『バレンタインデー』だから!」


 顔を真っ赤に染めて叫ぶ。悪魔憑きだった僕は、今まで人と距離をとり、一度も贈り物をしたことがなかった。


 初めて好きになった女性――ルミナスに愛を告げて贈り物を届けたかった。正直な気持ちを伝えると、鼓動が早くなる。


 耳まで熱くなり、まともに彼女の顔を見ることができない。つい俯きそうになる僕の頬をルミナスは優しく両手で包み、笑顔を向ける。


「気にすることないにゃ、マルス。『バレンタインデー』の準備は万端!」


 そう言って、彼女は手を放すと、懐から小さな箱を取り出し、僕に差し出した。大事に受け取り、そっと開けると、甘い香りが鼻をくすぐる。


「これは、チョコレートだよね。こんな高級なお菓子、こんな小さな町に売っていたの?」


 目を見開く僕に彼女は笑顔で答える。


「これは、私が作ったにゃ。カカオの粉とはちみつ、それにミルクをブルースライムの粘膜に混ぜて冷やした――一族に伝わる特製チョコレートにゃ!」


 その言葉に呆然とする。彼女が湖に寄った理由。それはブルースライムを捕まえることだった。水属性で食用可能なブルースライム。本来はその粘膜を伸ばして麺に加工して、調理して食べる。


 まさか冷やすことで適度に凝固するとは思わなかった。だが、それよりもどうして彼女がプレゼントを贈るのか、そちらのほうが驚きだった。


「どうして、君がプレゼントするんだい? 本来、『バレンタインデー』は男性が女性に贈り物をして、愛を告げる日だよ」


 僕はチョコレートが詰まった箱に視線を落とし、尋ねる。ルミナスはもう一度、僕の頬を両手で掴み、見つめる。


「そんなのは不公平にゃ。好きな気持ちを伝えることができるのは、男の人だけなんて、ずるい! 私も伝えたいにゃ!」


 そう言って、ルミナスはそっと唇を重ねた。


(やっぱり、僕は彼女にはかなわない。だけど、それが嬉しいよ、ルミナス。愛している)


 僕は彼女の背中に手を回し、力を込めると、右手に持った箱から甘いチョコレートの香りが漂い、僕たちを優しく包んだ。



――――――――――――

――――――――

――――



 ――時は遡り、初代聖女セーラの時代。


「今、いいことを思いつきました、アイオス」


 セーラが両手を叩き、突然呟いた。その姿にアイオスは嫌な顔をする。どうせ、いいことではないと知っているからだ。


 彼は彼女の言葉を無視し、机の上に束ねられた資料に視線を落とす。


「……いいことを思いつきました、タキシード〇面様」


 その言葉に彼はため息をつき、ペンを放り出すと、彼女の顔を見やる。


「その名で呼ぶなと言ったはずだ、セーラ。で、何を思いついたんだ?」


 彼は聞きたくなかった。だが、何も知らず勝手に行動に移されると、後々面倒なことになるとは経験上分かっていたので、仕方なく尋ねた。


「それは愛の日を定めることです」


 目を煌めかせて語る彼女は、まさしく聖女そのものだった。アイオスは珍しくまともなことを告げる彼女をじっと見つめる。


「ほう、いいじゃないか。聖女らしい素晴らしいアイデアだと思うぞ。で、どんな内容なんだ?」


 アイオスの言葉にセーラは笑みを深める。その顔は聖女とはほど遠く、商人のような打算めいた色が滲んでいた。


「よくぞ、聞いていただきました。この日は、男性が女性に贈り物をして、愛を伝える日です」


 その言葉に眉を下げるアイオス。男女平等を謳うセーラとは思えない言葉だった。


 育児も仕事も男性、女性分け隔てなく行う――それが彼女の教えだったはずだ。少しだけ不安がよぎったアイオスは、疑問を口にした。


「ふーん、それは少し男性が損じゃないか?」

「何を言っているんですか、アイオス。慌てないで、まだ続きがあります。実は翌月の同じ日も、愛の日にするんです。その日はプレゼントを貰った女性は、必ず告白に対し、答えを出さなければならないのです」


 セーラは自信満々に答える。確かにそれなら男性もプレゼントを奮発するかもしれない。好きな女性を振り向かせるために――。


「まぁ、いいと思うぞ。年に一度だ。男性も女性を口説くために頑張って、いいものを贈ろうとするだろう。必ず答えを出さなければならないなら、女性も真剣に受け取るしな」


 その言葉に首を傾げるセーラ。その姿を見て、アイオスも首を傾げる。


「何を言ってるんですか。男性はその翌月も女性にプレゼントを渡して、告白の答えを尋ねるんですよ。男性は二回、チャンスを貰えるのです! 一度目で女性の気を引くようなプレゼントができなくても、翌月にもう一度、プレゼントでき、名誉挽回できるんです! 素晴らしいでしょう!」


 セーラは拳を握り締めて力説する。一方、アイオスは深いため息をつき、視線を落とすと、机に置かれた資料を手に取った。


 それ以降、彼はセーラに何も尋ねることはなかった。その姿を見たセーラは、両手を上げて肩をすくめる。


「やれやれ、私の尊い考えが分からないとは、悲しいですね。まあ、いいでしょう。どうせ、この教えを広めるために、ひと肌脱いでもらうんですから」


 そう呟き笑うセーラは、どう見ても聖女には見えなかった。

読んでくださり感謝です<(_ _)>

二作品の本編もありますので、読んでみてください(*^-^*)

あと、続きはホワイトデーに投稿する予定です<(_ _)>

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― 新着の感想 ―
何と…魔女の烙印…をつけるとは(*´∇`*) 良いバレンタインエピソードでした。面白かったですし、勉強になりましたᕦ(ò_óˇ)ᕤ
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