『ぞうり』
非常に履き心地の悪い靴を私は履いていた。
それは底が厚く、さらに丸みを帯びている。
案の定、気を付けないとすぐにこけてしまう。
履き替えようと思い履物が置いてある店を探した。それはすぐに見つかった。ぞうり屋だ。
雰囲気がある古さをしているが、不思議と大きな店構えだ。
とにかく履き替えたかったし、良さそうな感じがするからここに決めた。
店に入ると店員がとても礼儀正しく挨拶してくれた。
「いらしゃいませ」
この辺じゃまともに挨拶してくれる人なんてそうそういない。店員はひとりだけで、店の雰囲気に想像通りの見た目だ。そして、見た目から彼が店長だと理解するのは簡単だった。
どのぞうりがいいか一通り探して回ることにした。
明らかに異常に大きなぞうりや小さなぞうりは分かるが、完全に見た目だけで立つどころか履くと怪我しそうなのぞうりや、とても汚いぞうりも置いてあった。一番ひどかったのは、紐すらなく、ただ藁の板が置いてあるだけのぞうりだ。いや、これはぞうりとも言えない。
この世界の履物は大体そんなものだ。理想が高すぎるのも問題かもしれない。そう、理想を高く持ちすぎているのだ。
全部見て回ってよさそうだったのは、サイズも完璧そうできれい、何よりもとても履き心地の良さそうなぞうりだった。
少しの間みて、これを頂こうかと考えていると、さっきの店長が声をかけてきた。
「これなんかはどうですか?試しに履いてみませんか?」
まだ決まっていなかったから、店長の誘いに乗ってしまった。そもそも、断るわけにはいかなかった。
そのぞうりも、サイズはピッタリそうで、きれいだった。つまり、これでも良いかもなと思ってしまった。
しかし、履いて分かった。逆に言うと履くまで気づかなかった。
両方のぞうりの内側の隠れたところに刃が仕込まれていた。
激痛だった。
が、一時脱げなかった。店長に怒鳴って脱がせというと、面倒くさそうに脱がされた。
両方同じところに刃が仕込まれていたことから故意だろう。
このぞうりもこの店も狂っているぞと言ったが、あなたが自らの意思で決めたんですからと返された。
この店はどうやら悪い部類の店だろうが、冷静に考えると、あらゆる店をまわってきた私なら分かるが、悪くない店なんてなかなかない。むしろここはその中でもましな方だ。
ぞうりが脱げると私の両足からは血が滴っていたが、早く次のぞうりを決めないといけなかった。
そこで私は考える間もなく先ほど目星をつけた感じのいいぞうりを指さした。
店長に持ってきてもらい、履いてみると予想通り履き心地が良かった。
立ち上がると、さっき履いていた刃の付いたぞうりによる痛みが残っていて少しよろめいたが、歩きやすさに間違いはなかった。
異変に気付くのにはしばし時間がかかった。さっきまで滴っていた血が流れなくなったのだ。脱いでみると、ぞうりには血がついていたが、傷口には血がついていなかった。
しかし、また少しすると傷口から血が流れ始めた。さらに、さっきはついていなかったはずのところからも少量の血が出て来始めているように感じた。
「それは履き心地はとてもいいのですが、代わりに少しだけ血を吸うんです。」
急に店長が言ってきた。それは先に言ってほしかったが、少し血を抜かれるだけで履き心地が良かったのならそんなに悪くないんじゃないかなと思った。
私はこれに決めた。ぞうりを履きなおし、店を出た。
前に履いていた分厚い靴のせいでたくさんこけて怪我したし、歩き方もぎこちなくなっていたし、刃の付いたぞうりで怪我もしたが、それらが治るまでは少なくともこのぞうりにしようと決めた。こんなにいい履物に出会えることはなかなかないだろう。
従うのではなく、投票はした方がましだということを学んだ




