前編
ーーーーーこれは、人間を憎む風の物語。
物語の場面は、妖獣と言われる生物が住む世界、妖獣界。
人間界に住んでいる読み手の君たちと違い、特徴的な角が生えている者や、火を口から吐く者などが住んでおり、見た目や力など多岐にわたる。
そして、場面は妖獣界のある少女に移り変わる。大雨の中、彼女は一目散に逃げていた。齢は9歳、幼い足で懸命に。
「はぁはぁ………… くそがっ…………!!」
「どこにいった!? 絶対に逃がすな!!」
やられた、完全にハメられた。あの人間共め、逃げるなんて恥だ。
でも、託されたこの命、もう白虎だけのものじゃない。
「うわぁっ!? いったぁ………………」
頭から思いっきりこけた。履いていた靴は脱げ、膝からは鮮血がにじみ出る。まずい、大声を出してしまった。真っ白なチャイナ服は泥まみれになる。
「いたぞ! そこだ!! 貴重な純血だが、一体ぐらいなら最悪殺しても構わないと客からの伝言だ。逃げられるぐらいなら殺せっ!!」
「「了解!!」」
全身真っ黒の服に身に包んだ三人の体格の良い男が、一斉に銃口をこちらに向ける。そして、その銃口から凶弾が放たれる。
「がはっ………!」
足を狙った弾は、かすり傷で済んだが、左肩と右わき腹、計二発被弾する。痛い、痛すぎる!! でも、ここで足を止めたら、だめだ。
「ぬ、がぁぁっ…………………!! 白虎は、まだ………………」
「まだ動くか! やはり、殺すしかないか」
「この、人間ど………… あれ?」
もう少し、もう少しと白虎は足を止めなかった。だが、白虎の足は止まらざるを得なかった。いや、落ちていったのほうが正しいな。
「うわああああああ!?」
少女は崖から滑落する。全身を岩肌で打ち付けながら、気付いたら意識は雨雲の彼方に消えていた。
「すいません、弟切さん。取り逃しました」
彼女、白虎を追っていた3人のうち1人が後から悠然と歩いてきた男に報告する。その男の隣には、三人と同じ格好、そして同じ小銃を携えている二人の男がいた。
「…………まぁ、この高さだ。死んでるだろ」
スーツ姿に白い唐傘、何ともミスマッチな恰好をした男は崖をのぞき込む。そして、弟切はスーツのジャケットを脱ぎ捨てる。
「やはり、スーツは嫌いですか?」
「あ゛? あの変態から着ろって言われているから仕方なく着てんだよ。こーいう、かたっくるしい服装は、バリ嫌いなんだ」
オールバックで整えられた髪をクシャクシャと掻き、そして舌打ちをする。
真っ赤なネクタイを首から外し、崖に投げ捨てる。彼は再び崖を見ながら、ポケットをガサゴソと探す。
「煙草ですか? はい、どうぞ」
左にいる男から、少し湿気た煙草を一つ受け取る。そして、口にくわえようとしたが再び手を止める。
「おー、悪いな、どっかに落としたみたいだ。火はあるか?」
「もちろん。こちらに」
「…………ふぅ。とりあえず、一仕事終わったか?」
男からライターを受け取り、弟切は煙草を吹かす。右にいる男が、懐から書類を取り出しながら口を開く。
「純血1体の生け捕り、純血3体の死体、そして混血の妖獣が20体の成果です。かなり良いのでは?」
ペラペラと書類をめくりながら、男は確認する。そして、その書類を弟切に渡す。雨水と血で汚れた紙を彼はめくる。
「あぁ、混血は生きていようが死んでいようが、どうでもいい。だが………」
そして、弟切は、数枚ある書類を読むうちにピタリと手を止める。手を止めた先にある一枚の書類と、そこにクリップで張り付けられた一枚の写真を見た瞬間、にやりと笑う。
「純血の生け捕り! これが最高の獲物だ。30人いた人間は、今や俺含めて生き残ったのは3人だけか」
3人、その言葉を聞いた瞬間、白虎を追っていた彼らの顔色が一気に悪くなる。
「ま、待ってください! あの妖獣は確実に死」
「うるせぇ、死人が喋んな。しゃーしいんだよ」
3人のうちの一人が何かを察し、一人が命乞いをしようとした。だが、それは弟切の耳に届くことはなく、目にもとまらぬ早撃ちにより3人の声は聞こえなくなる。
「相変わらず、怖い人だ」
「あの変態が最悪殺しても良いと言っていようが、報酬が減ったのは事実だ。それに、あの白いのは貴重な純血。死体すら回収できなかった、この3人は死ぬべきだ」
「それもそうですね。3人の死体はどうしましょうか」
ポリポリと男は頭をかきながら、死体の頭を軽く蹴る。
「あー、燃えるものが周りにないし、こうするか」
弟切は、特に表情を変えず3人の死体を崖下めがけて蹴り落とす。グシャグシャと肉がかたい岩肌にぶつかる音が響く。
「肉団子にすれば、獣が食って証拠隠滅だ。俺たちが妖獣界に足を踏み入れていることは、ばれるわけにはいかねぇ」
「村で死んだ連れの連中と、妖獣どもの村には火をつけておいたので安心してください」
崖下をのぞき込む弟切に、男が3枚の写真を渡す。そこには、炎によって燃え盛る村と、人間の死体、そして銃口を額に向けられて、どこかに連れていかれる妖獣たちの写真、計3枚があった。
「丁寧な奴だな、相変わらず」
「あなた、疑い深いですから」
はぁと、ため息を吐きながら男は黒ぶちの眼鏡のフレームを少し持ち上げる。
「うるせぇ、よし、今度こそ一仕事終わったし、人間界に帰るぞ」
「そうですね、早く人間界の飯が食いたいです」
「居酒屋で打ち上げと行きましょう」
「おぉ、良いな。金なら、たんまりもらえるし、少しいいとこ行くか」
3人の男は、けたけたと笑いながら横一列に歩く。セリフだけ聞いたら、仕事終わりのサラリーマンのようだ。
彼らが行ったこととは対照的なぐらい、明るくしゃべり、その目は輝きを帯びていた。
この三人、いや彼らの名前はロベリア。構成人数不明、いつ発足されたのか、何を目的に活動しているのかすら不明。
ロベリアには上下関係などなく、報酬のみで結託する。だが、時には報酬の奪い合いなどで裏切りや殺し合いがあり、まさしく無法の荒くれ集団。
ただ報酬のみで動き、仲間意識などなく、彼らは雇われているだけ。世界の裏で暗躍し、小さいものだと盗みや恐喝、大きなものだとテロや暗殺などを生業としている。
さて、そんな集団の中で、弟切のみが敬われているには、たった一つの理由がある。彼は狡猾であり、頭が冴え、何より腕っぷしがある。
そう、強かったのだ、彼は圧倒的に。武力の強さでなく、悪党として、生まれながらに彼は強すぎたのだ。
「う、あぁ……………… 眩し……………… いったぁ!?」
日の光が眩しい。そう感じた瞬間、全身を激しい痛みが襲い、半開きだった目は、目尻が切れんばかりに大きく開く。
「こら、動かないの。傷が開くわよ?」
あまりの痛さで飛び起きようとした白虎は、額に当てられたスラっとした指一本で抑え込まれる。
「これは……………… あんたの仕業か?」
白虎は、体中を長い包帯のような葉で包まれていた。額には、冷たいハンカチが乗せられ、大木の下で横たわっていた。
「たははははは…………… これでも命の恩人だよ?」
隣に座っている金髪の長髪の女が苦笑いを浮かべる。黒い修道服に身を包んだ彼女は、白虎の額から濡れたハンカチを取る。
「いや、そうみたい。………ごめん、助かった。手当てしてくれて、ありがとう」
そうだ、崖から落ちたんだった。きっと、そのまま放置していたら死んでいた怪我だっただろう。この人は、白虎を手当てしてくれた人だ。
命の恩人に、失礼な態度をとってしまった…………
「ふふ、冗談だよ。子供が命の危機に瀕していたら、助けるのは当たり前よ」
白虎の、咄嗟だったとはいえ失礼な発言に対して彼女は少しも怒らなかった。それどころか、やさしく微笑んでいた。
「そう……… そうだ、あんた名前は何て言うんだ?」
「私? うーん、そうねぇ。孤児院を開いているのもあるけど、マザーって言われているわ」
彼女、いやマザーは少し困ったような顔を浮かべる。その顔で、理由は分からないが彼女が自分の名前を言いたくないと察した。
まぁ、名前がどうであれ、白虎には関係ことだ。命の恩人、そこは変わりはないのだから。
「………そっか、ありがとうマザー」
「あなたの名前は?」
「白虎。そこの崖の上、さらに西に行ったところにある五聖郷の住民、いや元と言ったほうが正しいか」
「五聖郷……… 雲にも届きそうなほどの高原にある美しき村ね」
「あぁ、知っているんだ。まぁ、それも今は…………」
あぁ、思い出してしまった。絶叫する村人たち、あざ笑うかのように手足を切り落とす人間の醜悪な姿。あれは、まさしく…………
「地獄に変わった」
「どういうこと? 白虎、あなたが大けがをしている事と、関係ないわけじゃなさそうだけど」
「うん、関係ある」
「もし、良かったら聞かせてくれる? あ、ごめんなさいね。思い出したくないこともあるはずだから、無理しなくても…………」
一瞬、苦痛な表情を浮かべた白虎を、マザーは見逃さなかった。この人は、やさしいな。この人には悪いが、話したら少しは楽になりそうだから、利用させてもらおう。
「いや、大丈夫。そう、全ては一か月前、あの時から始まった」
白虎の口から語られる美しき五聖郷が崩壊するまでの物語。崩壊するまでの物語、それは美しき理想郷が地獄に変わる終わりの物語。
ここは五聖郷。妖獣界のなかで最も標高が高い山、天翔山。その山の頂上の高原にある美しき集落だ。
「いや~、今年も豊作じゃな。婆さんよ」
「えぇ、そうねぇ。これも天翔山の恵みのおかげじゃ」
トカゲの顔をした農家の老夫婦は、そう言いながら黄色の果実を収穫する。この地でとれた農作物は、地上で高値で取引されている。
天翔山は活火山だ。また、いたるところで温泉が湧きだしており、地熱により標高が高いのにも関わらず、比較的暖かい気候だ。
「おや、あれは………」
老婆の視界には一人の少女が写っていた。群青色の髪、それがショートボブの髪型とよく似あう少女が老婆に近づく。
白色の小さな猫のような耳が二つぴょこんと生えていて、白と黒のシマシマ模様が腰から生えている。
「白虎ちゃん、どうしたんだい?」
瞳に写る一人の少女、白虎に視線は移り変わる。
「婆さん、一番いい黄金桃を一個くれ。ほい、お金」
黄金桃、五聖郷にのみ分布が確認されている、握り拳ぐらいの大きさの黄金色の果実だ。この老夫婦が育てている黄金桃が、白虎のお気に入り。
「村長である麒麟さんの娘から、お金を毎回いただくのは気が引けるがのう」
「母さんは関係ない。旨い食べ物には対価が必要」
うまいもの、価値があるもの、そしてそれを生み出す者には対価が必要だ。その対価を、手っ取り早く満たせる物は金だ。幸い、白虎は金持ちだったので、老婆に銀貨を握らせる。
「白虎、早く来い。母様がお呼びだ」
黄金桃を齧ろうとしたとき、白虎の前に人影が覆いかぶさる。その影の主は、太陽のように眩い橙色の長髪をした男だった。燃ゆる太陽のような髪とは相反するように、その蒼き瞳は凍てつく氷河のようだ。
そして、何よりも目立つのが赤色の大きな翼が背中に生えている。その神々しい大翼を持つ者として、相応しい金色の大弓が片手に握られていた。
「………朱雀。母さんが? 物騒なもの持って、どうしたんだ?」
朱雀、こいつは白虎の兄。正確に言えば、白虎の上にはあと姉と兄がいる。その四人兄妹のなかで長男が朱雀だ。
「良いから来い。少し、めんどくさそうなやつらがやってきた」
そういうと朱雀は、赤い漢服の長い袖の中から白いヌンチャクを二つ取り出す。そして、それを白虎に投げる。
「これは白虎の……… そうか、わかった」
このヌンチャクは、白虎が母さんから授けられた武器。白虎が赤ん坊のころに神に殺されてしまった父親。正確には、父親が使っていた4つの武器の一つだ。
神とは、私は見たことがないが、妖獣よりも遥かに強く3つの命を持つ化け物らしい。別次元の世界である神界に住んでいるらしく、皆から恐れられている存在だ。
「ったく、埃かぶってたぞ? 少しは、一族としての誇りを」
「わかった、わかった。言いたいことは分かるが、平和だから埃まみれになるのは仕方ないだろ」
朱雀はうるさいやつだ。適当に相槌を打って、やり過ごしたいところだ。こいつの説教、相変わらず長いんだよ。
「なははははは、白虎っちの気持ちも分かるなぁ。朱雀っち、話長いからねぇ」
「玄武、誰が朱雀っちだ。少しは長兄を敬え」
初夏の木々の葉のような若い緑色の髪、二つ結びにし両サイドから勢いよく飛び出た髪型は、彼女の底抜けた明るい性格を表しているかのようだった。
玄武………… 白虎たち四兄妹の長女。白虎と色違いだが同じチャイナ服を着ている。
その恵まれている身体は、全力で深緑色のチャイナ服を虐めている。白虎と違って…………
「なははは~ 尊敬はしているよ~」
「それが尊敬している人の態度ですか、姉者?」
「厳しいなぁ、青龍っち。もーすこし、気楽に行こぉ~」
深いため息を吐きながら、深い青色の短髪の男が近づく。額を露にしたオールバック、そして額の輝きに負けないギラりと輝くモノクル。
「姉者、忘れ物ですよ。ったく、これ結構、重いんですからね」
「なははは、ごめんよぉ」
玄武は、そういうと青龍が両手で抱えていた黒色の半月型の盾を二つ受け取る。鼻歌を歌いながら、それを両手の甲に装着する。
「じゃ、そろそろ行くぞ。母上が待ってる」
朱雀は、少し急ぎ足で白虎たちの前を歩く。その隣を、玄武が歩く。
「白虎、お前……… 最近、稽古していないだろ。ボクたちは選ばれし純」
「うるさい、白虎は稽古なんてしなくても強い。少なくとも、お前よりは」
「あ? 今、やるか?」
青龍、白虎の双子の兄。似たような青髪に、そっくりな目と顔立ち。血筋のことを大事にする青龍と、自由を大事にする白虎。
ちなみに、青龍は自分が認めた相手にしか敬語で話さない。実際、村の人たちには年齢問わずため口、いや見下している。
「別にいいけど」
あー、敬語使わないところは似てるな。いや、白虎の場合は誰に対しても、ため口だが。
敬う、敬わないっていう問題じゃなく、堅苦しいのは嫌いなだけ。
いや、やっぱりだめだ。白虎と青龍は根本的に合わない。性格が真逆、月と太陽、水と油だ。
「お前ら、そろそろ母上の前だ。あとでやれ」
青龍が腰に携えた白い剣を構えたが、朱雀の声で止まる。そして、白虎たちの前に母さん、五聖郷を束ねる麒麟の姿が現れる。
「私の子供たち、今日は休日なのに来てくれてありがとうね」
麒麟、白虎たち四兄妹の母親であり、五聖郷のまとめ役、まぁいわゆる村長ってやつだ。白虎たちの一族は、代々この五聖郷を治めている。
黄金桃のような金色の腰まで伸びた髪、全てを見透かすよう深紅の瞳、その風貌は、この美しき五聖郷の守り人にふさわしい。
広げていた白い唐傘を閉じ、視線を外の世界に向ける。
「ほら、あそこ…………」
ぴっちりとした黒い越服の袖を上げ、麒麟は赤い鳥居の向こう側を指さす。この五聖郷は、山の頂上にあり、辿り着くには五つの鳥居のどれかをくぐらなければならない。
「あれは人間!? どうして、ここにいるんだ」
地上から五聖郷へと続く幾千の鳥居、そこを黒いスーツを着た30人ほどの集団が歩いていた。
まだ、ここに辿り着くのは時間がかかるだろうが、ここに向かってきていることは事実だ。
「人間、初めて見ますね」
「ふーん、あれが人間かぁ。服装もそうだけど、見た目がみんな似てるねぇ」
あれが人間。母さんは知らないが、少なくとも白虎たち四兄妹は人間を初めて見た。理由としては単純だが、白虎たち四兄妹は一人で五聖郷を出ることが許されていないからだ。基本的に、兄妹で二人一組で外出をしている。
なぜ自由に外出できないかって? それは、白虎たちが純血と言われる貴重な妖獣だかららしい。正直むかつくが、成人したら自由に外出できるらしいから、今は我慢しといてやる。
「私も、人間さんを見たのは初めてなのよね。理由は分からないけど、五聖郷に用があるようだし、少し様子見といきましょう」
「母上も見たことないのですね。しかし、怪しい連中です。始末しますか?」
朱雀が大弓を人間たちに向けて構える。距離はかなりあるが、朱雀から当てられる。
実際、実力だけで言ったら四兄妹の中で一番強いのは朱雀だ。
「こら、朱雀。彼らは何もしていないでしょう?」
「母上、お言葉ですが連中は外から来た人間です。怪しい芽は摘んでおかねばならないのでは?」
「兄様の言うとおりです。この五聖郷に妖獣以外、足を踏み入れることは許されない」
朱雀と青龍、堅物コンビは武器を構えたままだ。人間か、正直どうでも良いな。
「青龍まで! 良い? 知らないということは恐怖なの。彼らのことを私たちは何も知らない。害をなす者たちなのかは、少し話してからでも良いでしょう?」
母さんの、その言葉で朱雀と青龍は武器を下ろす。ノホホンとしている母さんだが、こういう時は当主っぽいんだよな。
「堅物コンビ、怖がってやんの」
牙を抜かれた堅物コンビに対して、つい心の奥底から言葉が出てしまった。
「「あ?」」
「こら、白虎! からかわないの!」
幾分か時は過ぎ、30人余りの人間たちは白虎たちの前に現れた。
遠目で見たら性別は分からなかったが、黒いスーツに身を包んだ男のみだった。
「急な来訪、申し訳ないです。私達は人間界から参りました来求人です」
「来求人! 初めて見ましたわ。正確に言えば、人間さんが初めてなのだけどね」
求来人、人間界から特別な許可を貰い、妖獣界を訪れた人間のことだ。
何が目的で妖獣界に来ているのかは、白虎は分からないけど。
「貴殿たち、求来人は契約者候補探しが目的なはずだろう?」
にこやかに話す麒麟と違い、朱雀は冷徹な目で眼鏡をかけた男を見つめる。
いつも冷たい印象な朱雀だが、白虎達にはこんな目を向けない。
この目は、完全に敵を見る目だ。
「ええ、よくご存知で。私達は、人間と妖獣が神に立ち向かう為に結ぶ契約、その候補者の方を探す事を任せられております」
正直、朱雀にこの目で見られたらビビってしまうかと思っていた。
実際、この人間含め先頭にいる3人以外は目線を逸らしている。
「生憎だが、五聖郷は契約者を出さない決まりなので、お引き取り願いたいのだが」
「えぇ、そうですね。遠路遥々申し訳ないですが、お引き取り願います」
朱雀に引き続き、青龍も追撃するかのように彼らを冷やかな言葉と視線を送る。
「それは存じております。私たちは鎖結村に用があるのです」
鎖結村………………… 確か、ここから西の方にある大きな村だな。この辺りでは一番大きい村で、貿易の中心を担っている。
「鎖結村と言えば、周辺の村から契約者候補を募集しているとの噂を聞くわね。つまり、今回の用というのは、そういうことかしら?」
「えぇ、そうです。契約候補者の方を人間界にお連れする予定でした」
「ふむ、では何故、こんな辺鄙な村に? 鎖結村から五聖郷までは、かなり距離があるかと思うのだけれど?」
「あぁ、それはこれを見ればすぐに分かるかと」
母さんからの質問に対して、その男は胸元から片手サイズの黒い板を取りだす。
「これは?」
「これはスマートフォン。人間界で作られた便利な連絡手段だと思ってもらえれば」
そのスマートフォンと呼ばれた板は急に光始める。そこに写っていたのは、黒い煙を立ち上げていた白い大きな無機質な物だった。
「へ~、こんな凄いものが人間界にはあるんだぁ」
「ごほん、これは?」
キラキラとした目で覗き込む玄武とは違い、朱雀は冷静な目でスマートフォンをのぞき込む。
「これは方舟と呼ばれている人間界と妖獣界を繋げてくれる乗り物です。異なる次元の二つの世界を繋げられる数少ない移動手段の一つです」
方舟、初めて聞いた。異なる次元の世界を繋ぐ乗り物、なんか自由な感じがしていいな。白虎も、これを使えば………………
「これで妖獣界に…………… しかし、壊れているように見えますが?」
「はは、情けないことに、原因不明のエラーが起きてしまいましてね。緊急着陸をしたというわけです」
男が指さす方角には、黒い煙が立ち上っていた。どうやら、あそこに例の壊れた方舟があるらしい。
「安心してください、消火活動及びに、現場には数名残しております。今も復興中ですので、すぐにでも、此処を発てるように」
堅物の朱雀と青龍、この眼鏡の男は二人の扱いを一瞬で心得たらしい。あの二人が聞いてきそうなことを先に言う。
「ふむ、なるほど。ではなぜここに?」
「青龍っち…………! もう少し別の言い方が」
あまりにも冷たい物言いに、玄武が注意する。本当に、こいつは頭が固い奴だ。人間だろうが何だろうが、困っている奴にはもう少し優しくしてやれよ………
「いえ、突然の訪問をしているのは我々だ。それは当然の反応ですよ」
もう一人の男が、苦笑い笑いをしながら頬を触る。
「で、私たちのお願いなんですが…………」
眼鏡の男は、少し言いづらそうに朱雀や白虎ではなく、母さんの目を見つめる。
「方舟を修復する間、寝床と最低限の食料を提供していただきたい」
「なっ………………?」
「もちろん、無償だとは言いません。私たちにできることであれば何なりとお申し付けください」
困惑する朱雀と青龍、シンプルに驚く玄武。そして、表情一つ変えずに、じっと男を見る麒麟。
「…………分かりました、五聖郷への暫しの滞在、この私、麒麟が許可します」
ニカッと笑い、麒麟は彼らの要望を呑んだ。五聖郷が誕生してから、初めて人間の立ち入りが許可された歴史的瞬間に立ち会うのであった。
「母上!? 彼らは人間ですよ?」
「そうです、母上! その言葉、撤回してください! 清廉なる五聖郷、その掟に逆らうというのですか!!」
朱雀と青龍は、男と母さんの間に立ちふさがり激昂する。まぁ、こいつらが言いたいことも分からなくもない。
歴史を重んじている五聖郷、そこの掟は縛りでもあり守りでもあった。外部からの異分子を持ち込まないことにより、安寧を保っていたともいえるのだ。
「そんな掟、長の権限で変えちゃいます!」
「んなぁ!? 母上ぇ!?」
両手を腰に当てて、どや顔をする母さんとは裏腹に、青龍は素足でナメクジを踏んだ時みたいな声を出す。
「言ったでしょう? 知らないは恐怖。彼らを知ることも、この先の五聖郷の発展には必要と判断したまでです」
母さんの目は真っ直ぐだった。そう、例えるのであれば穢れを知らない清流のように澄んだ目だった。
「それにね、困っている人は誰であろうと助けてあげないとね」
「……………分かりました、長である母上が言うなら従いましょう」
少し困ったような、何とも言えない表情を浮かべて朱雀は頷く。そうして、朱雀と青龍は母さんに一礼をして、その場を去る。
「ちょ、ちょっと二人とも~」
玄武もその後を追うように、急ぎ足で二人のもとに向かう。あれ、これは白虎も堅物コンビを追った方が良いのか?
「話は終わったか? んじゃ、邪魔するぜ」
白虎が三人を追うか悩んでいるとき、ずっと黙っていた一人の男が前に出る。ポッケから煙草を取り出し、その男は口にくわえる。
オールバックの男、こいつだけはスーツに一切の汚れがなかった。こいつ以外のやつは怪我をしていたり、泥だらけなのだが、なぜかこいつだけは綺麗なままだった。
「待って」
オールバックの男が母さんの横を通り過ぎ、鳥居を跨ごうとした瞬間、天空から一閃の雷が地上に降り注ぐ。
その金色の雷は、男の目の前に直撃する。火のついていない咥え煙草に、その雷で火が付いた。
「おぉ…………… ライター出す手間が省けたぜ」
そこかよとツッコミそうになったが、こいつ何で少しもビビッていないんだ? 不通に直撃してたら、人間なら即死だぞ?
「入る前に、知りたいことがあります」
咳払いをし、母さんはオールバックの男に右手を差し出す。
「私の名前は麒麟です。一応、この五聖郷の長を任せられています。あなたの名前は?」
「…………………弟切 焔だ」
じっと母さんを見つめた弟切は、同じように右手を差し出し握手を交わす。特に笑みを浮かべることはなく淡々に。
「ようこそ、五聖郷へ。私は、あなた方を歓迎します」
このとき、白虎は少しだが胸が躍っていた。この地に生まれてから自由がなく、閉ざされていた少女には、外から来た彼らは輝いて見えた。
そう、この時までは。彼女の目は輝きを失っていなかったのだ。




