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どこかの異世界のメカバトル『グリムヘッド』編

作者:

 木造の梁がむき出しの天井から、煤けたランプがぼんやりとした光を落としていた。


 酔いどれた男たちが粗末な木の椅子に凭れ、安酒が入った陶器のカップを乱雑に並べている。


 奥の炉では肉がじゅうじゅうと焼ける音を立て、香ばしい脂の匂いが狭い空間に満ちていた。


 壁際では吟遊詩人が擦り切れたリュートを爪弾き、酒場の女たちが乾いた笑い声を上げている。


 床にはこぼれたエールとパン屑が散らばり、足を踏み入れるたびにべたつく感触が残る。


 ――ここは場末の酒場、『ルプス()エト()ウィヌム()


 賑やかな店内の片隅、薄暗いテーブルに腰を下ろし、古びたジョッキを傾ける男がいた。


 ぼんやりと目の前を見つめながら、不平をこぼす。


 年の頃は三十路近く。


 薄汚れた茶色のコートを羽織り、シャツもズボンも皺だらけ。だらしない印象を与える。


 目が悪いのか、丸メガネ越しに虚空を睨み、酒を煽る姿は、さながら世捨て人のようだった。


 彼の名はロック・J・ヤング。


 かつて――帝国の国家魔術研究所で主任を務めていた男だ。


 だが、今は場末の酒場で酒に溺れる日々。


 その理由は、二十数年前の「ある発明」にある。


 ―――すべての始まりは、約千年前の一人の少年の発見だった。


 ダイナミシスト帝国がまだ小国で、十二の小国連合の中でも最も貧しい国だった頃。

 資源もなく、荒れた大地で放牧をしながら細々と暮らすしかない民族だった。


 ある日、崖下の川へ水を汲みに行った少年が、不思議な光景を目にする。

 岩肌にぽっかりと開いた巨大な入口。そこを進むと、暗闇の奥にそびえ立つ巨大な像――


 ――「グリムヘッド」。


 それは、いつの時代のものかも分からないほどに古びていた。


 少年の報告を受け、国の長はすぐさま調査を命じた。しかし、誰一人としてその構造を理解できず、解析は難航する。困った長は近隣諸国に助力を求めたが、弱小国の訴えを真剣に聞く国はなかった。それでも最低限の支援として派遣された学者たちは、遺跡を目にした瞬間、目の色を変えた。


 「これは……とんでもないものを見つけてしまったぞ」


 初めは渋っていた他の国々も、噂を聞きつけて次々に学者や発掘隊を派遣。


 研究者が集まり、施設が建ち、職人たちが集い、やがてそこは、一つの都市と化した。

 研究機関、工場施設、魔術学術機関、魔道具開発部門――都市は『スペクトラル』と名付けられ、十二の小国連合の中で最も技術の進んだ国へと変貌していく。


 この急速な発展が、「ダイナミシスト帝国」誕生の礎となった。


 遺跡発見から三百年後、試作機「グリムヘッド」が完成する。


 だが、それはただ動くだけの存在だった。動きは鈍重で、砲台の役割しか果たせなかった。それでも、当時の技術からすれば驚異的な進歩であった。


 技術の発展とともに、魔法技術も飛躍的に進化した。特に可動部分の制御技術は革新を遂げ、精密な魔道具技術が生み出される。


 この過程で、「魔力を魔力子と捉える」理論が確立された。魔法はただの神秘ではなく、数式によって解析可能な力へと変わりつつあった。


 たとえば、魔法効果のエネルギーは次の式で表される。


    Em = hm・ωm・αm・P


 hm :魔法定数(魔術的な基礎定数)

 ωm:魔力子の基本振動数(詠唱や無詠唱による影響を受ける)

 αm:魔術師の適性・魔力資質(個人の才能や訓練度)

 P :魔術師が投入した魔力量


 この理論により、魔法の安定性や強度が計算可能となり、魔法の発展は加速した。


 さらには魔法の振動波を解析し、魔力波の共鳴を利用することで魔法の相殺や増幅が理論化された。


 さらには、『グリムヘッド』を制御するため魔術機器制御の計算式すらも理論化された。


 例えば――




 ・魔力波の振動と魔の領域の関係


 《ヤング=シュヴァルツ振動則》


   λm=νm/fm


 λm :魔力波の波長


 νm :魔の領域における魔力波の伝播速度(物理世界の光速とは異なる)


 fm :詠唱や無詠唱による魔力波の周波数


 

 《魔力共鳴の条件(魔力干渉の法則)》


   Em1・νm1・κ=Em2・νm2


 κ:共鳴強度( なら完全共鳴、 なら相殺、 なら増幅)


 この法則により、


 相手の魔法と完全に共鳴する魔力波をぶつければ相殺できる(魔法中和)。


 共鳴をずらせば、魔法を増幅することも可能(強化魔法の原理)。




 ・魔力情報処理(2進数による魔術制御)


 《グリム=バートレット演算則》

    n

  M8=Σbi・2^i

    n=1 

 M8:魔法制御の演算値(魔法を発動するための演算結果)


  bi:魔力パルスのON/OFF(二進数)


  n:処理ビット数(64ビットなら )


 この法則により、


 魔法をデジタル的に「制御信号」として扱える技術が確立されている。


 ロータスメイデンやグリムヘッドは、この演算則を元に超精密な魔法制御を行っている。


 ヤングは128ビット処理を可能にする魔力演算装置を開発し、通常の魔術演算を超越した存在となった。


 


 ・ 魔力変換と「物理干渉」の法則


 《魔力=物理エネルギー変換則(エーテル変換理論)》


  Fm=γm・Em


 Fm:物理世界へ影響を及ぼす魔力の力


 γm:魔力エネルギーの物質化係数(魔力が物理に変換される割合)


 Em:魔力子が持つエネルギー


 この理論により、


 魔法が「物理法則を超越する」のではなく、干渉する形で発動する。


 例)炎魔法は空気中の分子振動を増幅して発火させる。


 魔力無効化素材(魔力反発金属など)は、この変換係数 をゼロに近づける性質を持つ。


 ――


 ・魔力子は音波(詠唱や感情振動)によって干渉し、摩の領域を介してエネルギーを変換する


 ・グリムヘッドやロータスメイデンは、魔力の流れを2進数で制御し、精密な魔法演算を可能にして

 「ヤング=シュヴァルツ振動則」「グリム=バートレット演算則」などの法則により、技術的・科学的な説得力が増した。

 

 ・最終的に魔法は「物理法則の拡張」として説明している。(完全な超常現象ではなく、理論的な枠組みを持つ)



 などの数値化も行われ、中には、


「魔力は宇宙全体に存在し、何もしなければ変化しないが、特定の条件で変化する」


 と、提唱する者も現れ始める。


 ・魔力の変化のトリガー


 意識・意志(精神エネルギー) → 「イメージ」によって魔力が特定の形を取る。

 物質的な触媒(環境依存) → 物質との相互作用で魔力の属性が変わる。

 熱などの外部エネルギー → 物理現象によって魔力が活性化する。


  ・魔力子の役割


 魔力の源に繋がる「つなぎ」 →光が世界に光を伝えるように、魔力子が魔力を伝える。

 何かのエネルギー場「基底場」 とし→ 普段は潜在的に存在し、必要に応じて物質化する。



 などなど、ここから技術は爆発的に発展することになる。


 そからも技術の躍進が続き、やがてそれは、何使うか分からなかったポッドにまでも手を出しはじめ、動物から魔物、そして人へと移り変わり「ロータスメイデン」という「グリムヘッド」を制御する有機生命体までをも生み出すこととなる。



 ――そして、ある者は提唱する。


 「魔力は宇宙全体に存在し、特定の条件下で変化する」


 意識・意志(精神エネルギー)による魔力の制御、

 物質的な触媒による魔力の属性変化、

 熱や環境エネルギーによる魔力の活性化。




 こうした研究が進む中で、さらなる実験が行われた。


 未知のポッドの解析、動物や魔物への魔力適応、そして……人間への応用。


 こうして、「グリムヘッド」を制御する有機生命体――「ロータスメイデン」が生み出される。


 しかし、この技術革新は社会に大きな波紋を呼んだ。


 伝統的な魔術師たちは、新たな魔法理論を否定し、宗教団体は魔力の数値化を冒涜とした。さらに、魔法を扱う新興階級の台頭は、貴族と平民の対立を激化させていく。


 こうして、遺跡発見から七百年後。


 初期の頃は融和政策を取っていた帝国は他の小国を併呑し、その勢力をますます拡大して行く中で、いつしか帝国主義に変貌していったのだった――。


 そんな中で、若き有能な生体研究者であった、ロックは「グリムヘッド」の高効率制御を実現するため、生体制御ユニット――「ロータスメイデン」を生み出した。


 しかし、公式記録では事故による失敗とされ、その存在は歴史の闇に葬られた。帝国はあえて「失敗」という結論を出し、関係者の記録も抹消した――だが、それは虚偽に過ぎない。


 実際には、すべてが順調に進んでいた。


「はぁ……マスター、またこんなに飲んで。体に障るよ」


 ふと、静かな声が響く。振り返ると、そこには十二歳ほどの少女が立っていた。ロックの隣に佇み、心配そうに彼を見上げる。


「放っておけ。オレの体は、オレが一番よく知ってるよ、ミア」


 その少女はミアと呼ばれている。

 正式名は『エウノミア・J・ヤング』。彼の娘だ。


 しかし、なぜ娘が「マスター」と呼んでいるのか。その理由は少し長くなる。決して、ロックが特殊な性癖で呼ばせているわけではない。


 彼女は、『グリムヘッド』をスムーズに制御するために作られた『ロータスメイデン』と呼ばれる有機生命体。


 そして、その最初期の個体こそが、ロックの娘である。


 その理由は、二十年前に遡る。

 ロックの娘、エウノミアは生後一年で何十万、いや何百万人に一人とされている「魔晶石病」にかかった。

 これは魔力によって皮膚や筋肉が水晶化していく不治の病である。


 さらに、悪いことに妻であるエリシアは出産と同時に亡くなっていた。

 娘まで失うことは、ロックにとって耐え難いことだった。


 そこで彼は考えた。


「魔力が原因ならば、研究中の『ロータスメイデン』の培養液で中和・整流し、安定させられるのではないか?」


 藁にもすがる思いだった。

 他の研究員が止めるのも聞かず、ロックは処置を施した。


 彼は細かく経過を記録しながら、遺跡で発見された文献に記されていた『ロータスメイデン』の制作方法に従い、魔力のバランスを慎重に調整し、薬物を投与し続けた。


 その結果、徐々に水晶化の進行が収まり、エウノミアの体は安定し始めた。


 三年後、カプセルから外に出しても症状の悪化は見られず、彼女は研究室で生活できるようになった。


 それは奇跡だった。


 帝国の諸将たちは、ロックの独断を問題視したが、一部は「娘は死ぬだろう。いずれ諦めるはずだ」と静観していた。


 しかし、それからもロックは『ロータスメイデン』としての処置を続け、七年が経過する中で、エウノミアは順調に成長を遂げた。

 

 技術の成果が明らかになると、今度は帝国が態度を変えた。


「この技術、利用価値がある」


 そう判断した帝国は、ロックの研究を後押しするようになった。

 だが、評価が高まるにつれ、反発する者たち、妬む者たちも現れた。


 そして、エウノミアが十二歳になった年、事故が起こった。


 『ロータスメイデン』としての最終調整が終わり、最後のカプセルチェックを行っていた時だった。

 突如、誤作動が発生し、エウノミアの生命が危険にさらされたのだ。


「このままでは、娘を失ってしまう……!」


 迷うことなく、ロックはカプセルを叩き壊し、娘を引きずり出した。


 彼女は生きていた。


 しかし――


「……このままここにいれば、オレたちに安寧はないかもしれない」


 この違和感は初めてではない。

 今までにも、数え切れないほどの身の危険を感じていた。


 娘が回復した以上、もうこの機材は必要ない。


 ロックは決意する。


「この実験には、幸いオレしか関わっていない……」


 ならば――


「娘は死んだことにして、帝国を出よう」


 彼はそう決めた。


 実験は失敗したと報告し、偽装した葬儀を済ませ帝国を去った。


 それまでの研究成果は、すべて帝国に残したまま――


 それから、七年の月日が経った。


 それなのに、娘の体は成長しなかった。

 顔も、身長も、あの時のままだ。


 ……それは、オレも同じだった。


 何年か前から違和感はあった。


 予想はつく。きっと、あの事故が原因だろう。


 娘は助かった。

 

 それは、何よりも喜ばしいことだった。


 しかし――


 娘には、普通の生活を与えてやれなくなった。


 それは……紛れもなくオレのせいだ。


 オレは知っている。


 同年代の子供たちが遊んでいるのを、ミアが羨ましそうな眼で見ていたことを。



 一年ほど経つと、怪しまれないように住居を転々とするようになったが、そのたびに、仲良くなった人を寂しそうに見送る娘の姿を、オレは何度も見てきた。


 そのたびに、オレはいたたまれない気持ちになった。


 オレは娘にどう償えばいいのだ……?


 それが、オレが酒に逃げる理由だった。


 何もかも捨てて、楽になりたい……


 だが、オレがいなくなったら娘はどうする?  どうなる?


 その考えが、成長が止まったと気づいた時から、頭を離れない。


 さすがに、ミアも気づいているはずだ。


 だが、オレには一言も不平を言ってこない。


 それが、逆に辛かった。


 これから、オレはどうしたらいい?


 ……いや、本当はわかっている。


 娘を守るしかない。

 それだけが、オレに残された使命だ。


 以前、酒を飲みすぎて、他の酔っ払いに絡まれたことがあった。

 そのとき、ミアに助けられた。


 「ロータスメイデン」としての戦闘術、筋力増強、反射速度――

 すべてが人間を超越している。


 雑兵が何十人いようと、彼女にとっては障害にならないだろう。

 それほどまでに圧倒的な戦闘力を持っている。


 だが、ミアは決して無闇に人を傷つけたりはしない。


 彼女は、ただ――


 オレを守るために、その力を発揮する。


 それだけだ。


 まるで、高貴な騎士のように。


 そんなことを、オレは望んではいないのにな。

 

 出来れば、普通の幸せを娘には訪れて欲しかった……


「マスター」


「……その呼び方はやめなさい」


 ミアは少しだけ首を傾げた。


「では、なんて呼べばいいのですか?」


「そ、それは……」


 言葉に詰まる。


 オレは……娘に、なんて呼んでほしい?


「お父さん」と呼んでほしいのか?


 だが――


 オレには、その資格がない。


「……お父さん、と呼べばいいのでしょうか?」


 ――ズキッ!


 胸の奥が痛む。


 やはり、オレにはその呼び方は重すぎる。

 普通の親の責任も果たせなかったオレには、ふさわしくない……


 すると、ミアは少し寂しそうに笑った。


「……この呼び方をするたびに、お父さんは悲しい顔をするんです」


「………」


「だから、わたしは"マスター"としか呼べません」


 オレは息をのむ。


「もし、わたしに対する罪悪感を感じているのなら……それは、間違っています」


 ミアは静かに続ける。


「わたしは、お父さんに助けられなければ死んでいました。だから、お父さんを恨んだことなんて、一度もありません」


 オレは、奥歯を噛みしめる。


「……オレのせいで、おまえは……」


 言葉を吐き出すたびに、胸が軋む……


 言葉を吐き出すのが怖い……


 ……ちがう。


 娘に拒絶されるのが怖いんだ、オレは……


 けど……言わなければ……


 オレはなけなしの勇気を振り絞り言葉を綴った。


「友達も作れず、少し馴染んだ場所もすぐに引き払って、寂しい思いばかりさせてしまう……ダメな親なんだ。だから……」


「たしかに、羨ましかったり、悲しかったりしました。でも、それよりも――」


 ミアはそっとオレの手を握った。


「生きていられることに、感謝しています。だから――お父さんが、わたしに引け目を感じることなんてないんです」


 オレは、しばらくミアを見つめた。


 そして、ゆっくりと息を吐き出し、覚悟を決めるように言った。


「……ミア」


 オレはその言葉に救われた気がした。


 だから、顔を上げ決意の言葉を綴る。


「これからは、お父さんと呼んでくれ」


 ミアの目が一瞬、大きく見開かれる。


 そして――


「はい! お父さん!」


 満面の笑みを浮かべるミアの顔は、とても嬉しそうだった。


 そして、二人は峡谷の国『エスヴァール』に旅たつのはこの2ヶ月後のことだった。


 ――それから二百年後――


 ストライカーと帝国の『グリムヘッド』廉価版「グリヘッド・Nノービス」五騎が倒されていた戦場に黒い影が降り立とうとしていた。


 大地が微かに震え、空気がしんと静まる。


 魔力の流れが収束し、ロータスヘッド「ノーブル・ルージュ」がその巨躯を地面に軽く接地させる。機体の背中からは青白い光を放つサークルが浮かび上がり、ロータスメイデンであるディケの額に装着されたそれが光を反射し、まるで機体との絆が強化されるかのようだ。

 

 『ロータスヘッド』はグリムヘッドを『ロータスメイデン』に合わせカスタムしたものを『ロータスヘッド』と呼ぶ。


 ディケは静かにコックピットのハッチを開け、軽く足を踏み出す。


 彼女の瞳は戦場を見据えている。


 サークルから魔力が伝わり、彼女の体に流れ込む感覚が心地よい。背後に広がる戦場の焼け焦げた大地は、未だに微かに煙を上げていた。周囲にはストライカーによって「グリムヘッド」の残骸が散乱しており、その傷跡は戦闘の激しさを物語っていた。


 コックピットから、ディケとあと一人の騎士がグリムヘッドの上位機体「ロータスヘッド」の「ノーブル・ルージュ」から大地に降り立った。


 降り立つと周りの状況をルージュの『ロータスメイデン』である、『ディケ』に『アルノー・ストラトス』が尋ねる。


「ディケ、どう思う?」


「……解析します……ええとね……」


 彼女はふわりと微笑みながら、指をくるくると回す。


「まずね、これ。グリムヘッドの残骸はあるけど、それ以外の機体の足跡が、ないのよねぇ。つまり、まるで……そう、空中を舞う蝶のように、相手は地に足をつけずに戦ったってこと……?」


 アルノーは眉をひそめる。


「空中で戦う機体? ワイバーンか?」


 ディケはくすくすと笑う。


「そんな可愛いものじゃないよ? だってね、ほら――」


 彼女は瓦礫の隙間を指差す。


「この切り口、見て。こんなに滑らかで一直線に断たれてる。まるで――うーん、何か、すっごく鋭利な刃物で精密に切ったみたい?」


 アルノーはそこに目を向け、顔を険しくする。


「たしかに……グリムヘッドの装甲をここまで綺麗に切断する兵装なんて、聞いたことがない……」


 ディケはくるりと回りながら、今度は別のポイントに目を向けた。


「しかもねぇ、見て。この砲撃の跡……普通、魔術兵装なら装甲を溶かしながら貫通するでしょ? でも、これ……まるで『中に吸い込まれるように』、内側にえぐれてるんだよねぇ……?」


 アルノーはますます表情を険しくする。


「そんな貫通力……まるで空間を削り取るような兵装か……?」


 ディケは指を唇に当て、目を細める。


「相手、どんな機体だったんだろうねぇ……ふふ、ちょっとワクワクするね?」


 アルノーはため息をつく。


「……おまえ、本当に緊張感がないな」


 だが、その時――ディケが何かに気づいたように、小さく声を上げた。


「あ……これ、見て?」


 彼女が指差した先には、戦場の残骸の中に横たわる機体――ボルテック・アンバーがあった。


 アルノーは一歩踏み出す。


「……ガルファングの機体……? どうしてこんな風に倒れている?」


 ディケは機体の外装を指でなぞりながら、小さく首をかしげる。


「ねぇねぇ、これさ……ただ撃破されたんじゃなくて、"被さった"みたいじゃない?」


 アルノーは怪訝な顔をする。


「被さった……?」


「うん。つまりね、この機体は『自爆の爆風を抑えるため』に覆いかぶさった……そんな感じがするの。まるで、大切なものを守るみたいに……」


 アルノーの表情が険しくなる。


「……ガルファングはどこにいる?」


 ディケは、少し遠くを見つめるようにして、ぽつりと呟いた。


「……もしかして……連れ去られたのかもねぇ……彼の『ロータスメイデン』、クリュネに……」


  すると、直後に遠方から土煙が舞い上がった。やがて、帝国の「グリムヘッド・N(ノービス)」十騎が二手に分かれ、こちらへ向かってくる。


「あれは……ちっ! ロータスヘッドかよ。エスヴァール峡谷の田舎騎士が何しに来やがった」


 部隊の部隊長らしき男が、ルージュを確認して舌打ちをする。


 すると、音を増幅する魔導具らしきものを使い、低く威圧的な声を響かせた。


「これは、お前たちがやったのか?」


 アルノーが答えるより早く、ディケがくすりと笑いながら肩をすくめる。


「私たちなら、もっと壮絶な惨状になっているわよ?」


 そう言うと、ディケは軽く近くの地面に手を向け、「イグニッション」と小さく呟く。

 次の瞬間、小規模な爆発が起こり、地面に焦げ跡が刻まれた。


 軽い調子だが、その声には確かな自信が滲む。


「やってみる?」


 その言葉に、帝国兵の一人が息を呑んだ。

 ルージュの噂を聞いていたのだろう。


「くっ……冗談じゃない。なら、誰が……?」


 アルノーが静かに首を振る。


「さあな。未知の魔物か、それとも『何か』か……」


 帝国兵たちは顔を見合わせる。

 しばらくの沈黙の後、指揮官らしき男が低く呟いた。


「……貴国とは休戦条約を結んでいる以上、今回は大人しくしてやるが……図に乗るなよ」


 アルノーは冷静に答える。


「図に乗るつもりはないさ。お前たちが手を出さない限りはな」


 その言葉に帝国兵たちは一瞬だけ躊躇したが、やがて「ノービス」部隊は陣形を組み直し、後退していった。


「はぁ……いったか。相変わらずいけ好かない奴らだ」


 静寂が戻る中、ディケが戦場の一角に視線を向ける。


「ねぇ、アルノー。あそこ……」


 彼女が指差した先には、かすかに残る車輪の跡があった。


「馬車の車輪跡か……?」


「うん、しかも結構重そうな荷物を積んでいたみたい。急いでいた形跡もあるし……」


 アルノーは顎に手を当て、少し考え込む。


「この先には……エルナークって町があるな」


 ディケが小さく微笑む。


「んふふ、追ってみる?」


「……そうだな。追ってみるか。アリスティア様の行方も気になるからな」


 ルージュに乗り込み、発進準備を整えると、アルノー達は街へと向かうのだった。


 ―――一方、深い森の中。


 大型魔獣『ディノゲイオス』との交戦は、ストライカーにとって思った以上に厄介なものとなっていた。


「キャー!!」


 鋭い悲鳴が響く。フィルの足に乗せられたままの姫が、衝撃に揺さぶられながら声を上げる。


 魔獣は五メートルほどの巨体を持ち、恐竜型に近いフォルムをしている。発達した脚部を駆使し、素早い動きでストライカーの攻撃を何度も回避する。


「くそっ……森のせいでリニア移動ができねぇ!」


 湿った土がリニア推進を妨げ、自由な機動が取れない。対してディノゲイオスは、まるで戦場を選んだかのように自在に動き回る。


 しかも、獣のくせに生意気にもヒットアンドアウェイで攻撃してきやがる!


 こちらの攻撃はすべて空を切り、逆にヤツの鋭い一撃が何度も迫る。


「エリス! なんとかしろ!」


 姫を守るために立ち回るが、状況は悪化するばかりだった。


「仕方ないでしょ! そっちこそ何とかしなさいよ!」


「出来るのなら、とっくにやっている! でも、姫さんを抱えたままじゃぁ……!」


 そうこうしているうちに、ディノゲイオスに変化が現れた。


「なんだぁ?」


 ディノゲイオスの顔の前に、一メートルほどの炎の塊が生まれる。


「おいおいおいおいおい! アイツ、魔術まで使うのかよっ!」


 フォルはその炎の塊を見た瞬間ストライカーの手に持つブレードを構えた。


 そして――ゴォォオォォォ!


 灼熱の火球がストライカーに迫る!


 それを、フィルはブレードで切り裂く!


 切り裂かれた炎は真っ二つに割れ、それぞれ個別に爆発した。


「ふぅ~」


 一旦の危機が去ったことにフィルは安堵の息を吐いた。


 だが、さらに三発程の炎の塊をディノゲイオスは作り出す。


「まじかよ……」


 そして――ゴォォオォォ!


 一発は避けて、二発目は切り裂いたのだが……三発目はストライカーの食らってしまう!


 ガァァァン!


 炎の塊が装甲を叩くが、表面が赤熱するだけでダメージなし。


「あんなの効くわけないじゃない!」


 エリスがドヤ顔で言い放つ。


「おお! てか……お前のストライカー、どんだけ頑丈なんだよ」


 とフィルは呆れる。


「それより、早くなんとかしろよっ! エリス!」


 オレが叫んだ瞬間、エリスが小さく息をついた。


「はぁ……もう、仕方ないわね」


 次の瞬間、システムが切り替わる。


「システムモード移行――S波フローシフトモード起動」


 次の瞬間、ストライカーの足元から超高速の振動が発生する。


 それはまるで地震の横揺れが局所的に起きたかのように、地面を液状化させ、なめらかな土へと変えていった。


 通常のオフロードではリニア移動が封じられるが、このシステムは違う。


 液状化した地面の上を、ストライカーは抵抗なく滑るように進むことができる。


 さらに、脚部に備えられたパルスジェットが高温の噴射を行い、一瞬で水分を蒸発させることで、さらに滑らかな路面を形成。

 

 エアスラスターではなく、パルスジェットの推進力を得たストライカーは、そのままスキーのように流れるような動きで戦場を駆け抜けた。


「よし、これなら……!」


 ディノゲイオスが反応するよりも早く、ストライカーは高速機動に移行する。地面の悪条件を無視し、縦横無尽に駆け抜けると、魔獣の脇をすり抜けながら一閃。


 ブレードが煌めいた。


 魔獣の巨体がその場に止まる。


 そして、一拍の間を置いてから――


 ディノゲイオスは断ち割られた。


 ストライカーは剣を収めながら、静かに森の奥へと視線を向けた。


 身体が左右に裂け、鮮血が飛び散る。森の静寂が戻る中、フィルは息をつく。


「……やれやれ、やっぱりこういう戦いが一番しっくりくるな」


 フィルの足の上で揺れていた姫が、呆然としながらも安堵の表情を見せる。


「ふぅ……ようやく終わったわね」


 エリスが冷静に言う。


「……あんな機能があるなら、初めから使えよなっ!」


「なによっ! ちょ、ちょっと忘れてただけだよ……それに、別に使わなくても十分勝ててたわよ!」


「っだと! それはオレが下手っぴだとでも言いたいのか!?」


「そうよっ! 大体フィルはいつも大雑把すぎるのよっ!」


「なにぃ!」


「なによっ!」


 二人の言い合いに「キョトン」としていた、アリスティアだったが、そのやりとりが少しおかしかったのか、いつの間にか笑みを浮かべていた。


「ふふふ。仲がいいのですね」


「「どこがっ!」」


「……ふふ、ほんとに仲がいいですね」


 アリスティアはふっと微笑んだ。


 だが、その表情の奥に、まだどこか寂しさが滲んでいるのがフィルには分かった。


 無理に笑おうとしているのか、それとも一瞬でも悲しみを忘れられたのか。


 ――それでも、笑えたのなら、それでいい。


 ガルファングのことを忘れたわけじゃない。


 だけど、彼の願いを胸に前に進もうとしているのだろう。


 そう思うと、フィルは少しだけ安心して、短く息を吐いた。


「そ、それより、飯にしようぜ。腹が減ったよ」


「さ、さんせい! わたしもチーズが食べたいっ!」


 ――昼休憩中


「さて……と、こいつはどうするかな……」


 巨大な魔獣の死骸を前に、フィルは腕を組んで頭を悩ませていた。


「捨てていけばいいじゃない?」


 エリスがあっさりと言う。


「いや、放置したら他の魔物が集まるんじゃないか?」


「……たしかに、それはまずいですね……」


 アリスティアが少し不安そうに言う。


「……もったいないけど、高く売れそうな部分だけ取って、残りは焼却するか?  ストライカーで」


「いやよっ! わたしのストライカーが汚れるじゃないのっ!」


 エリスが即座に拒否する。


「お前なぁ……だったらどうするんだ? このまま放置して、魔物が集まったところに旅人でも通りかかったらどうする?」


「……それはダメだけど……」


「じゃあ、協力しろよ。どうせお前、細かい作業得意――なんだあれ?」


 エリスと言い合っている中、フィルは空を飛ぶ「グリムヘッド」を見つけた。


「あの肩のワイバーンを型どった紋章は……エスヴァール国の……それに、あの機体はロータスヘッド『ノワール・ルージュ』……ということは、アルノー・ストラトス様の機体……」


「アリスティアさん、あの真っ赤な機体を知ってるのか?」


「え、ええ……」


「ふーん。悪趣味なくらい派手ね」


 エリスがぽつりと呟く。


 向こうもこちらに気づいたのか、オレたちの傍に降りてくる。


 静かに着地し、ハッチが開く。


 そこから降りてきたのは、騎士然とした青年と、彼の機体にふさわしい、鮮やかな紅のドレスを纏った少女だった。


「これは……君たちが倒したのか?」


 アルノーが、倒されたディノゲイオスの巨体を見て驚いている。


「すごいな。まさか、二人だけでやったのか? 普通なら、これを討伐するのに数十人の剣士や魔術師が必要なはずだが……」


「……まあな」


 フィルが肩をすくめる。


 アルノーは再び魔獣の死骸に目を向け、静かに息を吐いた。


「それを君たちだけで……?」


 彼の声には、驚きとわずかな警戒心が混じっていた。


「アルノー、あれ」


 ディケはストライカーを指さした。


「あれは……『グリムヘッド』? にしては小さいな……なんだ、あの機体は?」


「ストライカーよ」


 と、エリスが口を出す。


「ストライカー? 『グリムヘッド』じゃないのか?」


「……まぁ、似たようなものね」


「っと、妖精? その姿、スプリガンか。珍しいな」


「……かわいい」


 アルノーの後ろにいたディケが目を輝かせた。


 な、なんか見たことのある展開だな。


 そして、そのままディケがエリスを両手で捕まえる。


「ぐえっ! ちょ、ちょっと、またこのパターン⁉︎ 丁寧に扱いなさいよっ! まったく!」


 その様子を見たアリスティアはバツが悪そうに顔を背けた。


「きゃー、喋った。かわいい!」


「また⁉︎  それ、前にも聞いたわよ!」


「……ディケ、それくらいにしておけ」


 アルノーは呆れたようにため息をつきながら諌めた。


「こ、これは失礼しました」


「まぁ、いいけどさ! 今度からは気をつけてよ」


「はい……」


「まったく……それより、そちらの方は……アリスティア様でございますか?」


 突然名前を呼ばれて驚いたが、アリスティアはすぐに気を取り直し、返事をした。


「はい。アウトゥーラ国第一王女のアリスティアでございます。エスヴァール国のアルノー様」


「やはり、そうでございましたか」


 アルノーは騎士らしく片膝をつき、恭しく頭を下げる。


「遅ればせながら、お迎えに参りました。本来ならば、私があなた様をお守りせねばならなかったのですが……予想を上回る帝国の侵攻の速さゆえ、今となっては申し訳のしようもございません」


 そして顔を上げ、静かに続ける。


「姫がガルファング殿と共に国を離れたと聞き、馳せ参じました。しかし、この地へ向かう途中でガルファング殿の機体を発見しましたが、ご本人の姿はなく……」


 姿がなかった?


 あの爆発から脱出できたのか?


 それとも……誰かが?


「なら、ガルファングは生きているのですか!?」


 アリスティアは一歩前に出て、アルノーに問い詰めた。


「え、あ……それは、わたくしには分かりかねます。申し訳ございません……」


 アルノーは申し訳なさそうにこうべを垂れる。


「い、いえ……わたしの方こそ、取り乱してしまい、申し訳ありません」


 しばしの沈黙が続いたあと、アルノーが恭しく口を開いた。


「それでは、アリスティア様。我が機『ノーブル・ルージュ』で、エスヴァールへお送りいたします」


 そう言って、アルノーはアリスティアの手を取る。


「待てよっ! 勝手に話を進めるんじゃねぇ」


 鋭い声が飛び、アルノーの手が止まる。


「なんだ、キミは?」


 アルノーは眉をひそめると、エリスたちを見渡しながら問いかけた。


「そういえば、きみたちはアリスティア様とどういう関係なんだ?」


「いけ好かないな。一方的に聞くだけ聞いておいて、オレはまだオマエの名前も知らないんだ。初対面なら、まずは自分から名乗るのが筋じゃないのか?」


 その言葉に、アルノーの表情が険しくなる。


「私が名乗るまでもないだろう!」


「なにぃ! これだから貴族は、何様だと思ってやがるっ!」


「なんだと! キミは無礼にも程があるな!」


 互いに一歩踏み出し、火花が散るような空気が流れる。だが、そこへアリスティアが静かに口を開いた。


「お待ちください、アルノー様」


 彼女は二人の間に立ち、落ち着いた声で続ける。


「ご無礼をお詫びいたします。ですが、どうか、彼らの話を聞いていただけませんか?」


「……わかりました。姫のご要望とあれば引きましょう」


「ありがとう存じます。では――」


 ――アリスティアは今までの経緯を話した。


「信じられない……この平民が『グリムヘッド』を? だが……」


 アルノーは信じがたい様子だったが、目の前に横たわるディノゲイオスの残骸を見て、納得せざるを得なかった。


「どうした? ディケ?」


「この切り跡……あの『グリムヘッド』と同じ」


 ディケの言葉にアルノーも目を凝らす。そして、思わず息を呑んだ。


「綺麗な断面だ。たしかに、これなら姫の話も信じられる……」


 アリスティアは静かに頷くと、改めて言葉を紡いだ。


「……ガルファングは命を賭して、私を守り、この者に後を託しました」


「そういうことだ。オレも一度引き受けた……しかも、命にかけて託された以上、引くわけにはいかない。オレのすべてをかけて、姫を商業国へと送り届ける」


「キミのような平民がか? 笑わせる」


 アルノーの冷笑が、フィルの神経を逆撫でする。


 こいつ……さっきから、いらいらするなっ!


「平民、平民ってしつこいよっ! オレも立派な貴族だ! ……三男だけどな」


 その言葉に、エリスがため息をつく。


「フィル……言い切るなら、もっとシャキッと言いなさいよ……」


 だが、アルノーはフィルの言葉を聞き流さなかった。


「ほぉー、キミが貴族ねぇ。では問うが、どこの国の? 家名は? 称号は?」


 アルノーは鼻で笑いながら、詰問するように問いかける。


「家名は……ブッシュボーン家の三男。称号は……ない」


 ――ピクっ。


 アルノーの表情が一変する。険しい顔になり、剣の柄に手をかけた。


「ブッシュボーン……? 帝国のか?」


「あ、ああ……」


 ――ジャキッ!


 鋭い音とともに、アルノーは剣を抜き、フィルの胸元に突きつけた。


「お、おいっ! なんだよ!」


「帝国の者が、なぜ姫を助ける? 何を企んでいる?」


「別になにも企んじゃいないよ! オレはただ、ガルファングさんの願いを……」


「嘘を付けっ! そうやって、油断させておいて姫を帝国に売るつもりなのだろうっ!」


「しねぇよっ! ふざけんなよっ! おまえ! それより剣を収めてくれないかなっ!」


フィルも腰にぶら下げていたブラスターを、アルノーが剣を抜いた瞬間に抜き、互いに緊張が走った。


「怒りを収めてくださいませ、アルノー様。フィル様の言っていることは本当です。決して、私を裏切ることはありません。先程も、あの魔獣からお守りしていただいたのですから……」


「姫……」


ディケが一歩前に出て、アルノーを冷静に見つめた。その言葉に、アルノーは少しだけ驚いたように目を細める。


「そうよ、アルノー。彼はそんなことないと思うわよ」


「なぜだ? ディケ?」


ディケは穏やかな微笑みを浮かべ、静かな声で続けた。


「妖精ってね、心が卑しい人には絶対に懐かないの。その妖精が懐いているのだから、信用できるわよ。だから……ね」


アルノーはしばらく黙ってディケを見つめていた。その顔に迷いが浮かび、次第にその険しさが和らいでいった。


「………わかった。ならば剣を引こう。ただしっ! もし、我らを裏切るようなことになったら、わたしは地の果てでも追いかけ、おまえに報復をするぞ! わかったか!」


「はいはい、それでいいよ」


フィルは肩をすくめ、少し肩の力を抜いた。ディケの言葉が決定的だった。アルノーはその警告を胸に、剣を引き、ようやく緊張が解けた。


だが、フィルの中には、依然としてアルノーの言葉が重くのしかかっていた。裏切りが許される世界ではない。どんな未来を選ぶか、もう逃げられないと感じていた。


「それより、アルノー。さっきの帝国の『グリムヘッド』が近づいてきてるみたい。わたしの魔力探知に引っかかったわ」


「なにっ! まずいな……協定をむすいんでいる以上、わたしが姫と一緒にいるのはまずい……」


 アルノーはしばらく考えていた。


 そして、何かを決意した顔になるとこちらに振り向き、言い放つ。


「不本意だが、姫は貴様に任せるっ! どうせ、我が国に立ち寄らねばならぬだろうしな。それまでは、しっかりと守っててくれっ! わかったかっ!」


「お、おう……」


「では、姫、後日、我が国でお会いしましょう。それでは」


「はい、アルノー様もそれまで御健勝で」


 と、いうとアルノーたちはルージュに乗り込もうとしていた。


 それを、オレは引き止めた。


「ちょ、ちょっと、待ってくれ」


「なんだっ! なにか用があるのか!?」


「その……ちょっと願いを聞いてくれないか……後で報酬は払うからさ」


「……は?」



 ――ルージュの機体内で。


「……何故、わたしがこのようなことをっ! あの帝国の下級貴族がっ! 姫の願いでなければ断っていたぞ!」


「まぁ、いいじゃないの。これくらいは」


 フィルに頼まれて、エルナークの街にディノゲイオスの死骸を馬車に積み込み運ぶ依頼をされて、アルノーはイラついていた。


「……しかし、あの機体、不思議だな」


「そうね、どこの国が作ったのかな? 機体の素材もわからないし、装備なんかも基本的に何もかもが『グリムヘッド』と違うわね。しかも、あの消えてしまう不思議な魔術? かな? ほんと、楽しみになってきちゃった。ふふふ」


「おまえは気楽だな」


「アルノーは難しく考えすぎなのよ。そんなのだと、すぐに老けちゃうわよ」


「うるさい。さっさと、国に戻るぞ」


「その前に街にいかないとね」


「わかっているっ! 少し飛ばすぞ」


「りょうか~い」


 ――ヒュォォォ。


 ルージュはそのまま目的地へと向かうのだった。


 ――その後、残されたフィルたちは。


「……いったかな?」


「たぶんね」


 光学迷彩で帝国の『グリムヘッド』の目を掻い潜っていた。


「さて、どのルートを通るかな」


「少し遠回りになるけど、この森を迂回する? それだと帝国の目からは逃れれるかも?」


「そうだな。そうするか。姫様もそれでいいかい?」


「わたしくしは、分からないのでお任せ致します」


「わかった。ならエリスそのルートでいくぞ」


「おk。けど、ただ、ちょ~~っと、魔物が多くなるけど辛抱してね」


「おいっ! そういうことは初めに言えよっ!」


「だからこそ、帝国の目を掻い潜れるのよ!」


「はぁ……わかったよ。そういうことでいいよ。それじゃあ、ストライカー発進だっ!」


「ストライカー起動。エルナークに向かって進路を取れ」


 ――シュゥゥゥゥ。


 静かに超伝導を発動し、エアスラスターを吹かしてエルナークへとオレたちは向かうのだった。


 その様子を見守っていた姫は、ふと微笑んだ。フィルとエリスの軽やかなやりとりが、姫にとっては一種の安心感を与えていた。こんな日常が、少しだけでも続けばいい――そんな思いが胸に浮かんだ。

こういった、コンビ系のメカ物を考えるとどうしても、ファ○ブス○ーみたいになってしまいますね。


あの設定の細かさには脱帽するばかりです。

基本的には未来の兵器対魔術兵器という構図を書いてみたかっただけだので、趣味で書いてみました。

面白ければ、星などおねがいします。

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