散歩 読書 転校
千文字以下の短編企画向けに書きました。
午前七時。
冬の朝の匂いが大好きな花村 啓太は散歩をしている。
中学二年生の冬休み。まだ辺りは薄暗い。
右手に小さな公園。入口脇で自動販売機が小さく唸っている。
寂れた田舎町の朝、車や人とすれ違うことも滅多にない。
つまんない町。
僕にお似合いの町。
ため息をつく。
「花村くん?」
ぼんやり公園を眺めていた啓太の背中に声がかけられた。啓太は驚き、振り返る。
同じクラスの山佐 麗華が立っている。
「名前負けしてる」と皆から思われている地味な女子。
ほとんど会話をした記憶がない。
「……山佐さん? 何してんの?」
「うん、本を読もうかなって。公園のベンチで」
麗華は手の文庫本を啓太に見せた。
「まだ暗いし、寒いよ」
「私、冬の朝の匂いが好きなの」
「そっ、……そうなんだ」
啓太はまた驚かされる。
「僕も……。いや……。じゃあね」
「うん」
啓太は散歩を再開した。
自宅周辺を一周まわるいつものコース。
――を歩くつもりだった。
啓太は数分間歩き、折り返した。来た道を再び進む。
歩道から公園を覗くと麗華がベンチに座り、本を読んでいる。柔らかい朝日に照らされて。
一定のペースでページを捲る姿に何か神聖なものを感じ、見惚れていた。
翌朝、啓太は普段より少し遅く出発した。
公園には既に麗華がいて本を読んでいる。
啓太は公園入口の自動販売機に向かう。
「山佐さん、寒くない?」
啓太が差し出したホットココアを見て、麗華は嬉しそうに笑う。
「いいの?」
「うん」
麗華は本を閉じ、ココアを受け取る。
啓太は立ったまま、自分にも買ったココアを開けた。
しばらく無言でココアを飲んでいた。
「花村くん、明日も散歩するの?」
麗華が啓太に問い掛けた。
「……多分」
「私、サンドイッチ作ってくるよ。一緒に食べよ」
「えっ!? そんな……悪いよ」
麗華が寂しそうに啓太の顔を見る。
「いや?」
「えっと……。その……。山佐さんがよければ……」
啓太は続きの言葉を見つけられず、なんとなく空を眺める。
「山佐さん、どんな本読んでるの?」
静寂が苦しくて口にする。
麗華は啓太の横顔を見上げながら答える。
「うん、女の子が気になってた男の子と仲良くなるんだけど」
「だけど?」
「女の子、転校するの」
「えっ!?」
啓太は麗華に視線を戻す。
「やだ。私が転校する訳じゃないよ」
「……うん。ごめん。ありがとう」
その言葉に麗華の顔が少し赤くなる。
「なんでお礼言うの? でも……」
麗華は視線を本へ落とす。
静かに告げる。
「でも、ありがとう」
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