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Ⅱ:揺れる心と新たな決意

イザベルは窓辺に立ち、朝の光が静かに差し込む外の風景をぼんやりと見つめていた。

目に映る景色は、見慣れたアーディン公爵家の庭。美しく咲き誇る花々が風に揺れている。

外の世界は変わらずに見えたが、彼女の心は混乱し、揺れ続けていた。


冷たく汗ばんだ手が震える。何度も握りしめるたびに、その感覚が現実のものであることを実感させられる。

死の恐怖、裏切りの記憶――それらが彼女の心を深く締めつけ、再び目覚めた自分の体が、まるで別の存在のように感じられた。


(あの時、私は確かに死んだ)


カトリーヌ、ロレンス、そしてお継母様グレタとお兄様リシャール――彼らが自分を裏切り、命を奪おうとしたあの瞬間の記憶が、鮮明に蘇る。

かつての彼女は無力だった。グレタの手によって、家の中でも外でも存在価値を軽んじられ、誰一人として頼れる人などいなかった。


幼い頃、実の母が亡くなってから、イザベルの人生は変わってしまった。

グレタが新しい公爵夫人となり、彼女とその実子であるリシャールが家の権力を握るようになってから、イザベルは公爵家の一員でありながら、家族とは名ばかりの存在となっていた。


(お継母様は私をまるで荷物のように扱い、お父様も私の存在には無関心……)


グレタの影響を受けたお父様は、イザベルに愛情を注ぐどころか、まるで彼女が家の役に立つかどうかだけを考えているようだった。

使用人たちでさえ、グレタが公爵家を牛耳っていることで、彼女に対して冷たく、時には無視することさえあった。誰も彼女を守ろうとはしなかったのだ。


胸の奥底に冷たいものが広がり、彼女の身体を再び震わせた。

しかし、その震えを抑え込むように、イザベルは拳をぎゅっと握りしめる。


(でも今度は違う。私は、この命を無駄にしない。今度こそ、自分を守り抜く。過去の私が、今の私に託した命だから)


その瞬間、部屋のドアが静かに開き、ひとりの使用人が顔を覗かせた。


「お嬢様、朝食の準備が整いました」


その声には、どこか冷たさが感じられた。

以前のイザベルなら、無力感に押しつぶされ、彼女に気を使いながら言われたままに従っただろう。

だが今の彼女には、かつての自分に戻るつもりはなかった。


「そう、わかったわ」


イザベルは冷静に答えた。

その声には、少しの揺らぎもなく、かつての弱いイザベルとは違う意思が宿っていた。

使用人は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに頭を下げ、部屋を後にした。


(私はもう誰にも屈しない。私の命は私自身のもの――)


そう心に誓いながら、イザベルは軽く息をつき、意識を取り戻すかのように顔を上げた。


――――――


ダイニングホールに足を運ぶと、イザベルの家族がすでに揃っていた。

父アーディン公爵は相変わらず無表情で、食卓に座っている。

彼の目には愛情も関心もなく、まるで彼女がそこにいることすらどうでもいいかのようだった。


お継母様のグレタは、優雅に振る舞いながらも、彼女に向ける視線は冷たい。

リシャールも同じく、無視するかのように黙々と朝食を取っている。


「イザベル、体調はどうだ?」

お父様が冷たく、形式的に声をかけた。彼にとって、イザベルは家のために何か役に立つ駒でしかない。

それを知りながらも、彼女は感情を隠して答える。


「問題ありません、お父様」


そう答えると、内心では怒りが静かに沸き上がる。彼らは自分を家族だとは思っていない。

ただ、グレタの支配下で使われる存在。それに気づいたイザベルは、かつての従順な自分にはもう戻れないと感じていた。


「近々、ロレンスとの婚約について話を進める必要がある。準備しておけ」


お父様の言葉は、まるで彼女の意思など存在しないかのような冷たさだった。


ロレンス――彼女の元婚約者であり、裏切り者。

そして、前世で彼女を虐げ、心を傷つけた張本人。彼の名を聞いた瞬間、胸の奥に嫌な感覚が広がり、心がざわつく。


(ロレンス……また、あの男と向き合わなければならないのね)


イザベルは迷い、動揺した。今度の人生で彼にどう対処するべきか、まだ決めかねていた。


「お父様、私は…」


彼女は一瞬口を開きかけたが、言葉が喉に詰まった。

婚約を破棄するという考えが頭に浮かんだものの、今はまだその時ではないと感じた。今のままでは、彼女は自分を守る力を持っていない。


「何だ、イザベル?」


お父様が冷たく問いかける。


「……いえ、何でもありません」


彼女は静かに微笑みながら答えたが、心の中では嵐のように感情が渦巻いていた。

ロレンスとの婚約破棄は実現しなければならない。だが、その時はまだ遠く、彼女にはやるべきことが山積みだった。


――――――


朝食を終え、イザベルは庭に出た。

風は心地よく、草花の香りが彼女を少しだけ落ち着かせる。それでも、心の中で燻る不安と恐怖は、まだ消えることはなかった。


(…どうやって彼に対処すればいいんだろう)


彼の顔を思い浮かべるだけで、胸が苦しくなり、心が揺れ動く。

彼に支配され、傷つけられた記憶が、まるで昨日のことのように彼女を苛んだ。


(今度は私が選ぶ……私は私の人生を生きるために、戦う)


イザベルは強く誓ったが、それでも体は自然と震えていた。

かつての裏切りの記憶が、彼女の心を捕らえて離さない。


彼女は深呼吸をして、顔を上げた。

風が頬を撫で、花々の香りが鼻をくすぐる。この静かな庭にあっても、彼女の胸の中には嵐が渦巻いていた。

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