Ⅰ:終わりと始まり
はじめまして。
初めての試みであり、至らない点や誤字脱字、解釈違いなど多々あるかと思いますが、温かく見守っていただければ幸いです。
初心者ながらも、少しずつ物語を更新し、最終的には完結にたどり着けたらと思っています。
どうぞよろしくお願いします。
鋭い痛みが胸を貫いた瞬間、イザベルの意識は一瞬にして遠のいた。
体が崩れ落ち、冷たい床が彼女の背中に突き刺さる感覚が、今まで生きてきたどんな経験とも異なっていた。
周囲の音が遠のき、視界がかすかに揺れ、世界が次第に静かになっていく。
(ああ――私……死ぬのね……)
胸を押さえた手が血に染まり、冷たい感覚が肌を伝う。
恐怖とともに、命が少しずつ奪われていくのがわかる。心臓が苦しくなり、体から力が抜け、意識がぼんやりと薄れていく。
目の前には、かつての友人であったカトリーヌが立っていた。彼女の顔には冷たい嘲笑が浮かんでいる。
カトリーヌの背後には、ロレンス――かつては愛を誓った彼も、無表情で彼女を見下ろしていた。
その目には、もはや温かみや情愛はなく、ただ冷徹な計画を遂行する冷酷さだけが宿っていた。
さらにその後ろには公爵様であるお父様、お兄様リシャール、お継母様グレタの姿も見えた。
お父様は、悲しみを秘めたような表情を浮かべているが、彼がイザベルを助ける気配はなかった。
お継母様は、お父様の影からその眼差しに強い欲望を隠していた。
彼女の頭は混乱していた。自分が信じていた者たち、愛した者たちが、なぜこの場で彼女を裏切ったのか。
答えが出る前に、胸の痛みが意識を引き戻し、脈打つたびに彼女の体を死へと近づけていく。
――――――
その時、イザベルの体が突然眩しい光に包まれた。
彼女自身も知らなかった、体の奥底に眠る力が目覚めた瞬間だった。
血に染まった手から放たれるその輝きは、命が尽きようとする彼女を優しく包み込み、温かく守るかのようだった。
「あれが……『彼女』の力……!」
カトリーヌが驚愕の声を上げた。ロレンスも目を見開き、彼女の体から溢れ出す力に視線を釘付けにしている。
彼らが長年求めていたもの、それが今、目の前に現れた瞬間だった。
(これが……あなたたちの望んだものだったのね……)
イザベルの心に奇妙な静けさが広がった。死に瀕しているというのに、不思議と感情が無くなっていく。
目の前にいる裏切り者たちが、この力を求めていたのだ――その真実を彼女は今、知った。
「……これが、欲しかった、から……私を殺すの、ね」
震える声が彼女の口から漏れたが、誰も答えない。
カトリーヌは高揚した顔で耳元で何かを囁いた。
けれども彼女の意識は既に朦朧としていて、理解する余裕など残されていなかった。
それでも、イザベルは微笑んでいた。
もうどうでもいい――今までの全てが無駄だった。そんなもの『無くなってしまえばいい』
その瞬間、光が彼女を包み込み、彼女の意識は次第に暗闇に沈んでいった。
――――――
次に目を開けたとき、暖かな光が彼女を包んでいた。
先ほどまで感じていた死の冷たさは消え、彼女の体は再び生きていることを感じていた。
心臓が脈打ち、体の中に再び命が宿っている――その感覚が、彼女には信じられなかった。
(……ここは……?)
彼女はゆっくりと体を起こし、周囲を見回した。
窓から差し込む陽光、柔らかいシーツの感触――見慣れた部屋だった。
かつて20歳の時に過ごしていた部屋、その光景が目の前に広がっていた。
「……」
自分が再び生きているという現実が、頭の中で混乱を引き起こしていた。
彼女はベッドから飛び起き、鏡の前に立つ。
そこに映る自分の姿は、間違いなく若き日の自分。肌には若さが残り、目は驚きに見開かれていた。
(……これが夢なら、神様は酷すぎるわね。それとも、あんな状況で誰かが私を生かした?……なんて、そんな事あるわけ無いわよね)
混乱と恐怖が彼女を襲う。自分は確かに死んだはずなのに、今ここにいる。
この時間が巻き戻ったような状況を、どう理解すればいいのかわからなかった。
彼女はその場に崩れ落ち、手で顔を覆った。
冷たい汗が背中を伝い、体は震え続けていた。
息苦しさが彼女の胸を締め付け、恐怖と混乱が全身を支配していく。
彼女はどうにか冷静になろうとするが、すぐに恐怖が再び押し寄せてくる。
(ああ考えても考えても意味がわからない…頭が痛い。…流石にこれは、誰だって予想できないでしょ)
思考が追いつかないまま、彼女は自分の体に触れた。
もし時間が巻き戻ったのだとしたら
――自分の命を取り戻したのだとしたら――
「……過去の私は、今の私に……もうこんな思いをさせたくなかった、そういうことなの…?」
彼女は立ち上がり、鏡の前に映る自分をじっと見つめた。
その瞳には、深い決意が宿り始めていた。もはや誰にも、自分の命を操られはしない。
この命は、自分のためにある――そう、彼女は決意したのだ。
その夜、イザベルは書斎にこもっていた。
机の上には、公爵家に代々伝わる古い文書が広げられていた。
彼女は一枚一枚を丁寧に確認し、すべての記録を頭に叩き込んでいった。
時間がない――彼女にはこの世界がどう動いているのかを把握する必要があった。
(カトリーヌとロレンス……そして、お父様、お兄様、お継母様……)
彼女の頭の中に、彼らの顔が次々と浮かんだ。
彼らが求めていたもの――それはおそらく、死に際に放った彼女の力だ。
けれど今度は違う。
彼女はその力を、誰のためでもなく、自分のために使う。
そして、この新たに与えられた命を、自分の手で守ってみせる。
これが、彼女に与えられた新たな運命ならば――イザベルはその道を進むと決意したのだった。
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