一話 老婆の差し出すアトマイザー
「おばあさん…?」
「ちょいと説明が必要なようだねえ。サキュバスの娘さんや」
そう言いながらゆっくりと歩きだし、手近なベンチに座る。なんとなく立ちっぱなしも不自然な気がして、隣に座ると、おばあさんはゆっくりと語りだした。
「ざっくり語ると、この世界の時間換算で千年前になるかね。いわゆる異世界で魔族狩りが行われたのさ。大々的に魔族狩りが奨励され、無害な連中から狩りつくされるありさまだった。それから逃げる為に異世界へ一族全員で逃げ出した魔族がいた」
「作り話… ですよね? 異世界に魔族狩りって…」
「あんたがどう思おうとどうでもいいさ。魔族狩りが奨励されたのは事実なんだからね。大体の魔族はこの異世界に適応できなくて死んでいった。けれど、ごく一部は適応できたんだねえ。その一部がサキュバス族ってわけさ」
そう語りながら顔を上げて私を見上げる。確かに私は昼より夜の方が好きだ。それに男性と交わらなければ死んでしまう体質だと聞いている。そんな忌まわしい体質なんて大嫌いで、いつ死んでもいいと思っていたのに。
「サキュバス族は生きていくために異性の精気を食らう。代わりに人間に極上の快楽を与えるのさ。ただそれだけの無害な一族だったってのに、ある事実の為に狩りつくされる所だったんだよ」
「その末裔が私… ですか。ある事実ってなんですか?」
「それはあんたの母親がいずれ語るだろう。今知る必要はないね」
あっさりした調子で言うと、着物の懐から小さなアトマイザーを取り出す。中には煌めく霧のような何かが詰められている。怪しくて受け取る気になれない。
「これを受け取りな。あんたが本来なら持ってなければならない能力を補ってくれるよ。サキュバスの血が薄すぎて相性のいい男を探せないばかりか、良い男を引き寄せられなかったんだろ?」
返す言葉がなかった。相性のいい男を探して、適度に精気を分けてもらえれば済む話だけど、私は相手を見極める力がお母さんより圧倒的に劣っていたから。そんな状態だから異性を惹きつける力も全くない。けれど、それでいいと思っていた。
精気を分けてもらうためだけに体を許す気になれなかったから。お母さんが言うには唇を許せば済む話だということだけれど、それも気持ち悪くてならない。
もちろん、お母さんの生き方は要領がいいと思う。唇を許すだけで飢餓から解放されるんだから。でも、私は偶然にもモテない容姿とモテない性格に生まれた。サキュバスだからって性に自由でなきゃいけないなんておかしいと思う。
誰か一人を愛して生きたっていいと思う。その相手は…
「さあ、どうする? 受け取る受け取らないはあんたが決めることさ」
ずっと迷わず生きてきた。一人ぼっちで生きていくって、何もかも自分一人で考えて決めて生きていくってことだもの。だから、迷わず生きていくほかなかった。
「これは私の自慢の品。一度使えば、効果は絶大。服を着替えても体を洗っても落ちやしない。その上、最も相性のいい男を引き寄せてくれるよ。ただし、運命さえ捻じ曲げる力を秘めているからね。無料ってわけにもいかない。あんたの願いが叶った暁には代償を頂くことになるね」
私は迷った末に震える手で受け取った。お母さんみたいに生きられない。男の人を毎日服のように交換して生きていくなんて気持ち悪い。けれど、どうしても会いたい人がいる。
その人が私と相性のいい人だったらッて願っている。叶うかどうかは分からないけれど、どうせいつ死んでもよかったんだもの。賭けてみるのも悪くないかもしれない。
「昴流和希さんに、一目でいいから会いたいです…!」
そう願って私はアトマイザーを全身に使った。私より魔族の役が似合いそうな人。だけど、とっても凝り性で努力家な人だ。…こんな人と愛し合うことができたら、サキュバスに生まれた意味もあるのかもしれない。そう思えたから。
続きます( ^^) _旦~~ 昴流くんの登場まではもう少し先になります。
お付き合いくだされば幸いです。感想くださればもっと幸いです。






