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掌短編集  作者: おでき
17/17

ハッピーホリデイズ

「何だ、今日の相手は無口だな」

 サンタクロース姿の中年の男は、仕事のパートナーであるトナカイの着ぐるみをかぶった人物に声をかけた。

 世の中は、赤と緑のカラーが目立つクリスマス。彼らは二人一組となり歓楽街の片隅でケーキを路上販売している。今年はクリスマスが土曜日曜となったために、昨晩は売り上げがよかった。周囲がネオンの光り輝く夜間営業ばかりの店というのもあり、店に行くついでにケーキを買ってもらえたり、この先のホテル街を目指して歩く男女にも売れていた。

 サンタクロースの男は販売の準備を進めながら、用意を手伝っているトナカイを見て再び「無口だな」とつぶやく。外見は同じだが、中にいる相棒は昨日と違っている。

 今日、直前になって彼は急なパートナー変更を聞かされた。出勤したばかりの彼をトナカイの人物は変身した姿で待っており、サンタになるため男が赤い服に着替えて声をかけてもトナカイは返事をしなかった。その代わりか無言で一礼を寄こしてきて、二人は仕事の時間を迎えたのである。

 気分のいいものではないとサンタは感じていたが、何をおいても大事なのは口より手を動かせるかだ。昨夜の土曜は、やる気のない奴と一緒だった。「寒い、しんどい、めんどい」を連呼していたことしか印象に残っていない。はたして今日の相棒はいかほどか。

 トナカイの横に並んだ中年のサンタクロースは、気持ちを切り換えた。


「……ありがとうございました!」

 サンタがケーキを買った目の前の客に言う。そのあいだにもう一組の客が現れ、トナカイが接客をした。

 その姿を横から見れば、昨日の相棒よりも手際のよさに感心はするが、やはり無口で客に「ありがとうございました」の一言もない。その代わりに頭をこれでもかと下げる姿勢に、客のほうは楽しそうに笑って消えていく。しゃべらないのもどうかと思ったが、客の反応が悪くなければ問題ないのだから、サンタは黙々と販売をこなすことに意識を向けた。

 次第に客足が途切れると、辺りは相当冷え込んできていた。

「寒い、寒くて死んじまう」思わずサンタは、ちらと隣を見やった。「そっちは(ぬく)そうでいいな」

 全身を厚い布で覆われたトナカイと、顔を半分出しているサンタ。昨日のトナカイ男も寒いと言っていたが、確実にサンタクロース姿のほうが冷えるだろう。

「本当、不景気だよ。景気悪いのに、いいケーキ売るんだぜ、俺ら」

 寒いときに寒いオヤジギャグを言った自身がいたたまれなく、サンタはトナカイを再びうかがった。赤鼻にチャーミングな顔つきをしているトナカイであったが、実に無愛想に見えた。

「おいおい、頷くくらいしてくれよ」

 するとトナカイが首をわずかに曲げる。不承不承に頷いたようにしか見えず、サンタは鼻を鳴らして道路に視線を移した。

 待ち行く人々は楽しそうな顔をしていたり、電話で話しながら急ぎ足で駆けていく人もいる。待ち人でもいるのだろうかとサンタは思った。それとも帰る場所があるのかもしれない。いずれにしても温かなところで誰かと共に今日を過ごすのだろう。サンタは急激に体が冷え込むのを感じて身震いした。

「仕事終わったらまずは一服だな」サンタはトナカイに言った。「それから酒だ。お前もどうだ? つきあえよ」

 誘われたトナカイは首をかしげるどころか頭を少しも動かさず、じっとサンタのほうを向いていた。返事をする気がないのだと感じたサンタクロースは溜め息をついて「もういいよ」と、手であしらう仕草をすると話を変えた。

「去年、いや一昨年だっけか、ちょうどこの季節になるとな、例に洩れずサンタの格好で商売してた。そんときはあれだったな、あれ、大人におもちゃを配ってた」

 先ほどの誘いには返事を寄こさなかったのに、今度の話ではトナカイが反応を示した。サンタのほうに首だけを動かした姿に、興味を抱かれたと感じたサンタは気分上々に話し出す。

「クリスマスってのは子供におもちゃを渡す行事みたいなもんだが、大人も欲しいだろって企画が出てな、ポイント貯めた客限定で配布したんだよ。まあポイントっていうのは、そういうホテルの利用客だから、渡すおもちゃも言わずもがな。大人『に』おもちゃじゃなくて、大人『の』だな。そういうことしねぇと企業も生き残れない世の中になっちまったもんだ。一昔前とは全然違う」

 サンタは目をつぶり、バブルの時代に思いを馳せた。

「あの頃はよかったよ。金が溢れて、陽気で、女抱いて酒を飲んで、毎日上等な暮らしだった。俺みたいな馬鹿でも投資や経営ってもんが出来てさ、土地を買って億ションのオーナーになってやろうって意気込んで、土地を買ったもんよ。それでマンションに手を出しちまった途端バブルがはじけてさ……気づいたら文無しで、水商売を転々としねぇと食っていけねぇようになっちまってた」

 男はかわいた笑いを浮かべた。

「バブルからソープだぜ、参っちまう」

 サンタは売れ残っているケーキの箱に触れながら、懐かしさと哀愁から目を細める。

「おんなじ泡でも、違うわなそりゃ。情けなかったぜ。結婚してガキも出来たってのに、俺の仕事のせいで腹のでかいまま女房にも逃げられるし、追ってくるのは諸々の請求だけだし、本当、何で生きてんだ俺って思ってた時期もあった。

 でもさ、一度だけ女房がガキの写真を送ってくれたんだ。娘だ、娘。三歳の、七五三祝いに可愛い着物を着せられてよ、おおこりゃどこのペッピンさんだって思ったね。可愛くってしょうがねぇもんで、まず最初にしたことは写真屋行って焼き増しを頼んだ。ずっと財布に挟んでると汚れちまうだろう? だから何枚も焼き増ししたもんだ」

 ネガがないと焼き増し代も高くついたとサンタはひとり内心で苦笑して、続けた。

「今いくつぐらいかとか、小学校に入っていじめられてねぇかなとか、ちゃんと勉強やってんのかなとか、俺に似ちまったら悲惨な人生歩むかもしれねぇから、頼むから女房にそっくりでいてくれよとか、そんなくだらねぇことを考えるのが楽しくて仕方なかった」

 そこで一息ついて、小さな声を出す。

「んなこと考えてたら、十年二十年あっという間だった。きっともう仕事してるかもしれねぇし、もしかしたら結婚してるかもな」

 寂しげな声は不思議にもよく響いて、そこらじゅうに溢れる人の声や靴音、車のクラクションも遠くの喧騒のように聞こえた。

「想像するんだ。三歳の写真であれだけ可愛いんだぜ? 親の目差し引いても、成長した姿はめちゃくちゃ可愛いはずだ。いつかさ、男が現れて『お嬢さんを僕にください』なんて言う奴が現れたら、『うちの子をもらうなら、俺を倒してからだ』とかカッコよく言ってさ、マウントポジションで殴りまくって、仕上げは四の字固めしちゃうくらい、父親にそんなことをさせちゃうくらい、可愛い娘になってるはずだ。でも俺はその役を降りちまってるから、叶わぬ夢さ」

 サンタクロースは居心地悪そうに偽物のあごひげをさすり、照れ笑いを浮かべた。

「むしろ『おめぇみたいなロクデナシが口挟むな』って元女房に四の字固めされちまうだろうな。あいつとはたまに連絡とってるけどさ、娘の話はあんまり聞かせてくれねぇよ。写真も三歳のときっきりだ。けちくせぇよな」

 話のきりがよいところでケーキを買う男女の客が現れた。サンタクロースは商売人の口調に変えて、一箱を売る。客はそのままラブホテルの立ち並ぶほうへ歩いていった。

「おーおー、うらやましいね。あ、それでさ、あれだよ、あれ……」

 少しのあいだ客を眺めていたサンタは話を続けた。

 身の上話を面白おかしく語る男に、しばらくするとトナカイはじっとしたままであったが時おり無言で相槌を打ちはじめる。二人は、どこからともなくケーキを買いに現れる客の相手をしながら、一方的にサンタクロースばかりがしゃべるという長い立ち話をした。

 冷たい風が吹きつつも人通りの絶えない通りにいれば自然とケーキは減っていき、いつの間にか残すは最後の一個になっていた。

 サンタはそれを見て笑い、トナカイに声をかける。

「話を聞いてくれた礼だ。俺のおごりだ、最後の一つはこのまま持って帰っちまいな」

 そう言って、ケーキをトナカイに渡そうとした。するとトナカイが首を振る。サンタは言い添えた。

「クリスマスプレゼントだ。年長者の意見はありがたく聞きたまえ」

 偉そうな口調に冗談めかした表情をするサンタ。トナカイはサンタの顔とケーキを交互に見た。サンタはケーキを差し出したまま引っ込める様子がない。

 しばしのあいだ二人は向かい合っていたが、とうとう根負けしたのかトナカイが手を動かした。しかしケーキを受け取るためではない。自ら被っているトナカイの首元を触り、顔の部分を取ろうとしている。サンタは仕事中にもかかわらず好奇心が勝り、被り物を取るのはよせと言うこともしなかった。むしろ、ここにきてようやく素顔が拝めるのかと、トナカイの中にどのような人物がいたのかあらわになるのを待った。

 徐々に人の肌が見えてきた。のぞいた輪郭で、中にいたのが女だと分かった。そして赤鼻と申し訳程度の角が無くなり、トナカイの顔が全て取られる。

 瞬間、サンタは驚いた。あまりの衝撃に言葉を失った。

 トナカイの顔を取った人間は、彼の別れた女房の若い頃に似ていた。目を見張るサンタに、トナカイの女はぎこちない笑みを浮かべている。目が合ったのもつかの間、女は額に張りついた前髪と紅潮した頬をのぞかせて、サンタから視線をそらしたり、再び見たりと忙しなく動いていた。

 サンタはずっとトナカイの女を眺めていた。すると、鼻筋が通っている容貌は、サンタの好きだった女房にますます見えてきて、思わず女房が若返ってしまったのかと間抜けな考えまで浮かんでしまう。

 頭のなかがこんがらがってしまったサンタクロースの男は、話すことを忘れたように黙っていた。しかし目の前の女から注意を離せずに見つめていれば、トナカイの女の印象的な二重の大きな瞳がじわりと潤んだ。その様子は、サンタが一世一代の大勝負のごとく結婚を申し込んだとき、気の強かった女房が不意に見せた表情を思い起こさせた。

 顔から下がトナカイの女は、呆然としているサンタの手からケーキをもらって口を開く。

「生まれて初めてのプレゼント、ありがとう」

 ハッとしたサンタに、女の柔らかだが震えた声音が再び届いた。

「……お父さん」

 情けない顔をしたサンタクロースの頭上では、雪がちらほらと舞いはじめていた。

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