生者の行進
茹だるような暑さだ。まさに炎夏。
顎まで伝う汗を拭い、指先に滴る塩気の粒に、私は思わず顔をしかめた。
アスファルトの熱気は足元にまとわりつき、そこから這い上がるように全身を覆っている。
汗びっしょりになるにつれ、ハンカチは湿り、じわじわと色が変わっていった。滲んだ紺地のハンカチを広げて別の面に折り返せば、露わになったそれは絞り染めを思わせるほど濃淡をはっきりと生み出している。
ハンカチを額にあて、迫る光景を前に立ち止まった。背中に張り付くシャツの感覚に嫌悪しながらも、目の前にある寺の階段を見上げる。
一つめの段差に足をかけた。一段、二段……と踏み締めていたが、途中で数えるのを止める。
聖者が巡礼のために頂上を目指すとき、はたして数を数えるのだろうか。そう考え、後ろを振り返った。足元には今まさに上がってきた段差が九重に連なっている。少なくとも聖者は振り返ることはしないだろうと、ふと思った。
上りつめると一転、境内は涼やかさを感じる。木々による日陰が多いという理由だけではない気がした。生と死の混在する場所は、涼しいところなのかもしれない。
きょろきょろとあたりを見渡せば、石畳から外れた場所に見知らぬ少年が座りこんでいる。
まんじりと、少年は一点を見下ろしていた。誘われるように少年のそばまで行ってみる。が、人が近付いたのを察知しているはずなのに少年はこちらを見向きもしなかった。
私は声をかけようと思い、口を開きかけた。
そのとき少年がぽつりと言った。
「死ぬのを見てるんだ」
少年の注視する地面には小さな蝉がいた。もがくように時たま羽音を日陰の冷たい土の上に轟かせている。
「死ぬ姿を見てるんだ」
淡々とした少年の口調を耳にしながら、隣に座って二人で蝉を見た。すると、蟻がやってきた。蟻は蝉に群がるように四方から取り囲み始める。ほどなくして蝉は動かなくなった。
そこでようよう少年は顔を上げてこちらを見た。
「おじさん。見続けよう」
高くも低くもない声音で告げられた言葉は、まるで儀式のようだった。
一緒に「さいご」を見届けるために、二人で地面の様子をじっと見ていると、蟻がわらわらと蝉の上に乗り出して蠢く。
「もう、いないね」やがて少年はそうこぼした。
蝉はそこにいる。けれどいないとも言えるのだ。確かに、土の上に転がる蝉は、生き物であって生き物でなくなった。彼はそれを「いない」と表現したのだ。死んだ人のように。
そうして、ひとつの命を見送った。蟻が死骸を運んでいく。行進みたいだ。
命の行進。
「……どこにいくのかな」
遠ざかる小さな生と死を眺める少年の独り言のような問いに、私は答えが見つからなかった。