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彫刻師貴族の一目惚れ  作者: ラヴィラビ
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 アイリス嬢が屋敷に来た春の日から数か月後、リトは再び工房に籠っていた。

 あれからリトとアイリス嬢は手紙を送り合うようになった。そして月に一度リトは仮病を使って彼女がモーリス領に来る口実を作っては2人で過ごすようになった。

 アイリス嬢が来た時は息抜きできるよう森で木の実を取ったり、魚釣りをしたり、秘密の花畑にも足を運んだ。そうしている内に互いに呼び捨てで呼び合う仲になり、確実に2人の距離は迫っていた。加えて、アイリスが意外と負けん気が強いこともリトは知ることが出来た。

 またリトも自分の恋心に気づき、アイリス嬢改めアイリスの両親に認められるよう両親や兄に貴族の教養を学びはじめた。

 しかし、手紙を交わしてから初めての秋。突然アイリスから手紙が届かなくなった。

 最後の手紙の内容はアイリスの出生についてだった。そこにはアイリスは貴族の生まれではなく、ベアリス家に引き取られた平民であるという驚きの真実が書かれており、貴族のリトが自分に愛情を注いでくれるのが申し訳ないという謝罪の文が添えられていた。

 当然、リトは生まれなんて気にしないという手紙を出したが木の葉が赤く染まった今でも返事はない。

 ただ、それがショックで工房に引きこもっているわけではない。確かにアイリスの真実には驚いた。でも今のリトから言わせれば「だからなんだ」という話である。

 もはやリトは家柄や教養に関係なくアイリスのことを愛していた。ベタだが彼女のためなら死んでもいいと心から思っていた。

 朦朧とする視界の中、何とか意識を保ちながら彫刻を彫る。工房に籠ってから3日。これほど長く不眠不休で彫刻を彫ったのは初めてのことだった。足が震えようと、見かねたジルや両親が呼びかけても手を止めることはなかった。

 もう少し。もう少しで完成する。自分を奮い立たせてリトは最後の仕上げに入った。

 残りは彫刻にルーンを彫る作業。簡単だが少しでも形が崩れると上手く作動しない。ゆっくりと彫刻刀を入れて、一画ずつ思いを込めながら彫っていく。

 しかし、そんな時に限ってジルが工房へとやって来た。


「リト、いい加減にしろ! 今日は引きずり出してでも連れて帰るからな!」


 扉を叩きながら大声で訴えかけるジル。リトを心配しての行動だろうが、その行動が今のリトにとって望ましいことではなかった。

 ジルを無視して手を動かす。3日間なにも食べていないせいか、手が震えるがゆっくりやれば問題ない。集中力も残っているか分からないが、とにかく作業を進めることだけを考えた。

 リトにとって今作っている彫刻は一刻も早く仕上げなければいけないものだった。この彫刻がアイリスの心の支えになるかは分からない。それでもアイリスのために自分が出来ることは彫刻だけだから。

 きっとアイリスは今とても苦しんでいるだろう。周りを騙し続けなければいけなかったことに、親しい人にも本当の自分を見せなかったことに。

 もう一度だけでいい。彼女に会いたい。そうした気持ちがリトの手を動かす。

 そのおかげで意識が途切れる前に彫刻が完成した。また、完成した瞬間にジルが工房の扉を蹴破って中へと入って来た。

 ジルが入って来た後のことはよく覚えていない。彫刻が完成したことで気が緩み、世界が回り始めたことは覚えている。後はジルが自分を担いで家まで運んでくれたこと。



*    *    * 



 次にリトが目を覚ますと自分の部屋の天井が目に入った。体が重く、手足に上手く力が入らない。体を起こすのは無理そうだ。声を出そうとすれば声の出し方を忘れてしまったのか、口から微かに空気が出るだけ。

 かろうじて動く頭を右に動かせばソファーに座ったまま眠っているジルの姿が見える。弟が心配で側に居てくれたらしい。リトは申し訳なさを感じながらも、心の中で弟思いの兄に感謝した。彼が居なければ命はなかったかもしれない。

 再び視線を天井へ向けて考える。彫刻はどうなっただろうか。倒れた拍子に壊していないだろうか。念のためアイリスに送ってもらえるようメモを置いていたが、彼女の元へ届いただろうか。リトは彫刻のことが気がかりだった。

 しかし、もっと気がかりなのはアイリスが心配してないかどうかだ。

 リトとアイリスの文通が始まってから家間でも手紙のやりとりが始まった。リトが倒れたこともベアリス家に伝わっているはずだ。そうなれば絶対にアイリスの耳に入るはず。心配させてまで好きな子の気を引きたくはない。

 頭を抱えるために手を動かす。すると不自然に左手が重いことに気が付いた。加えて少し温かみを感じることに。

 そうして自分の左手に視線を落とした時、リトは目を見張った。


「アイリス……!?」


 夢か幻かアイリスがベッドの傍らでリトの手を握りながら眠っている。反対の手にはリトが送った小鳥の彫刻を握られていた。

 ただ、リトに彫刻が届いたことを安堵する余裕なんてなかった。

 慌てていると窓から差す光を浴びてアイリスが目を覚ました。泣いていたのか目元が腫れている。どうやらリトの悪い予感は的中したらしい。それから目をこすってリトの方を見ると、リトが目覚めていることに気が付いた。


「リト……! よかった、気が付いたのね!」

「ああ、うん、ごめん。心配かけたみたいで」


 かすれた声でアイリスに謝罪する。しかし、彼女は首を横に振ってリトの無事を喜んでくれた。

 彼女の話ではリトは3日も眠っていたらしい。それを聞いたリトは「それは泣くほど心配されるな」と納得した。リト自身に実感が無くてもだ。

 それからアイリスはリトの手を強く握って頭を下げる。


「「ごめんなさい」」


 リトとアイリスの声が重なり、互いに顔を上げて相手の顔を見る。それから、どうぞどうぞと話す順番を相手に譲り合う。

 それが可笑しくて気づけば2人とも笑い出していた。

 互いに言いたいことなんてわかっていた。アイリスは手紙を出さなかったこと、リトは心配をかけたことだ。もちろんリトもアイリスも相手を攻める気になんてなれない。それよりも伝えたいことがあるからだ。

 リトはアイリスの持っている小鳥の彫刻を指さして言った。


「ありがとう。彫刻を受け取ってくれて」

「いいえ、私の方こそ。おかげで貴方の前に立つ勇気が出たわ」


 アイリスは彫刻を見て言った。彫刻の小鳥はヒールをはいており、アイリスをイメージして造られていた。また、最初は檻の中に入っており魔法力を込めることで檻が壊れるようルーン魔法を組み込んでいた。

 まさか檻に掘った『わがままになって』という一文だけで気づいてもらえるとは。流石はアイリスだとリトは感心した。

 そしてリトは弱々しくもアイリスの手を握り返して続ける。


「君がわがままになってくれたから、僕もわがままになるよ」

「もう、こんな時にやめて」


 頬を赤らめながらアイリスは言う。これからリトが何を言うのか彼女には分かっているようだ。とは言え、リトは初めてアイリスより優位に立てたことが少し嬉しかった。

 リトはアイリスの目をまっすぐ見つめて言った。


「僕、君が好きだよ。迷惑かもしれないけど、初めて見た時からずっと大好きなんだ」

「……もう、なんでそんな真っ直ぐな目で言うのよ。ズルいわ」


 ズルいと言われリトは微笑む。何がズルいのか分からないが不器用なリトには安直な言葉しか言えなかった。

 すると、負けん気が強いアイリスは勢いよくリトの額に口づけをした。


「残念ね。私の方が大好きよ……!」

「……負けた」


 互いに頬を赤らめ目を反らす。それからは互いに言葉を交わすことはなかったものの、恥ずかしいながらも甘い空気に酔った。

 そうしているとジルが目を覚まし。慌てて2人は距離を取った。あまりに不自然だった為、気づかれたかもしれないがリトはそれでもよかった。後はリトの両親が来て息子の回復に安堵していた。

 それから歩けるまでに回復したリトはアイリスと話して互いの両親に自分達の交際を認めてもらえるよう話すことにした。

 身分違いの恋は困難が多いがリトは怖くなかった。

 なぜなら、前に立つことすら出来ないと思っていたアイリスが今やリトの隣に居るから。


お疲れさまでした。読んでいただきありがとうございました。

久しぶりの連載作品でとても楽しかったです。投稿頻度は上がりませんが、書くのはやめられない気がするので、これからも何卒宜しくお願い致します。そのうち小説家になろうやpixivに何かを投稿しているかもしれません。

また、皆様の評価で毎日生かされています。いつも本当にありがとうございます。

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