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彫刻師貴族の一目惚れ  作者: ラヴィラビ
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 アイリス嬢を工房へ招いたことを後悔するのに時間はかからなかった。工房へ足を踏み入れた瞬間から彼女は何も話さなくなったからだ。

 おそらく、工房の惨状に絶句しているのだろう。工房を見回すアイリス嬢の後ろでリトはそう思った。

 鳥の彫刻で埋もれた工房は埃っぽく、窓からもあまり光が入ってこず非常に陰気だ。冷静に考えれば女性を連れて来る場所ではない。せめて訪問前に少しでも掃除をしておけばよかったかもしれない。

 続く沈黙。流れる静寂がリトの気持ちを焦らせる。何か話さなければと。


「あの、ごめん。やっぱり汚い場所だから……」

「素晴らしいわ!」


 振り返って大声を出すアイリス嬢。驚いたリトは「ヒエッ」と情けない声を出す。

 何が素晴らしかったのかわからないが、彼女は目を輝かせていた。どうやら気を悪くしたわけではないらしい。とは言え、こんな彫刻まみれの部屋のどこに魅力を感じたのか分からない。

 恐る恐るリトはアイリス嬢に尋ねた。


「怒ってないの? こんな所に案内されて」

「何故そう思うの? こんなに素敵な彫刻を前にして」

「えっと、ここは埃っぽいし。汚いし」

「最初に言いましたでしょ? 芸術家のアトリエとはそういうものだって」


 そう言ってアイリス嬢は微笑む。公爵令嬢というのは意外と自分達と変わらないのか、それかアイリス嬢が特殊なのか。リトは少し分からなくなった。

 ただ、自分の作品を褒めてくれたのは素直に嬉しい。リトは作品を家族以外に見せたことはなかった。おかげで自分の作品が上手に出来ているのかどうか、確認する方法がなかった。それが今アイリス嬢に評価されたことでリトは感じたことのない胸の高鳴りを感じた。

 調子に乗ったリトは近くにあった小鳥の彫刻を手に取ってアイリス嬢に見せた。


「あ、あの、こういうのもあるんだ……!」

「まあ、何かしら?」


 アイリス嬢が注目する中、リトは彫刻に魔法力を注いだ。小鳥の彫刻には飛行のルーンが彫られており、それが青い光をまとって彫刻を宙へ浮かせる。

 小鳥の彫刻は天井付近を2、3週するとそのまま力尽きるようにリトの手へ落下した。

 それを見たアイリス嬢は「こんなのは王都では見たことないわ」と手を叩いて喜んでくれた。彼女が喜んでくれたおかげでリトも嬉しくなり自然と笑みが零れる。

 それからリトはアイリス嬢と今まで経験したことないほど穏やかな時間を過ごした。リトは他人と過ごして初めて楽しい時間がずっと続けばいいのにと思った。

 その途中、アイリス嬢も鳥の彫刻ばかりであることに気が付いたようでリトは質問された。


「それにしても沢山の鳥ですわね。リト様は鳥がお好きですの?」

「うん、可愛いし。ベタなことを言うけれど、鳥は自由だし」


 目を伏せながらリトは言った。鳥ばかり彫っている本当の理由は家族にも話したことはない。作品を褒められて気が緩んだのか、不思議と口から出て来たのだ。

 当然ながら、理由を聞いたアイリス嬢は首をかしげる。


「リト様は自由ではありませんの?」

「いや、ある意味は自由だよ。でも、社交界に出るのが嫌なんだ。ただのわがままなんだけどね」

「あら、わがままの何がいけませんの?」


 キョトンとした顔でアイリス嬢は言う。彼女の言葉に今度はリトが首をかしげた。

 わがままというのは世間的には悪いものだ。それは貴族でも平民でも同じ。モーリス家は優しく諭される程度だが、大抵わがままを言う子供は親から厳しく躾けられる。そうやって行動の良し悪しや世の中というものを学んでいく。

 しかし、最もわがままが許されなさそうな生まれの彼女はわがままを許容している。リトはアイリス嬢の言葉の意味が気になった。

 すると、アイリス嬢はこう続けた。


「私なんて屋敷ではわがままばかりです。リト様のお屋敷にお伺いしたのだって私のわがままですのよ?」

「そうなの? わがままを言う君なんて全く想像できないよ」

「リト様は私を買い被り過ぎです。それに私達はまだ子供なのですから。今わがままを言わないでいつ言うんですの?」


 アイリス嬢の言葉にリトは言葉を返せなかった。立派な考えを持っている彼女に圧倒されたのだ。

 言われてみればモーリス領に来たのは勉強が嫌だったからと言っていた。それがわがままだと聞いたときは思わなかったが、確かにそれもわがままの1つかもしれない。

 やはりアイリス嬢は大人びている。嫌味な感じではなく、自分の考えをしっかりと持っていると言う点で。そんな彼女に真っ直ぐに見つめられると再び胸が高鳴る。初めて彫刻を彫った時よりも、彫刻を褒められた時よりも騒がしい

 鼓動を鎮めるためにリトが胸を抑えようとすると、その手をアイリス嬢の両手が包んだ。あまりに唐突な出来事に一瞬だけ思考が追い付かなかったが、胸の高鳴りを知られないよう必死に平静を装う。


「リト様もわがままになっちゃいましょう? 節度さえ守れば許されるはずですわ」

「そ、そうかなぁ?」


 アイリス嬢に迫られてリトは顔を赤らめた。同時に抑えている鼓動が彼女に伝わりそうなほど早くなった。

 そしてアイリス嬢はこう続けた。


「その代わり私のわがままも多少は許してくださいね」

「ああ、それが狙いかな……?」


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