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彫刻師貴族の一目惚れ  作者: ラヴィラビ
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5

 どうしてこうなった。リトの頭はその言葉で埋め尽くされていた。

 ここはモーリス邸の中庭。目の前には木々に囲まれた湖があり、対岸にはリトの工房が小さく見える。モーリス邸の中で最も景色が良い場所であり、よく来客をもてなすために使われる場所だった。

 そこでリトはアイリス嬢と円卓を挟んで向かい合っていた。

 周りには両親もジルも居ない。みんな挨拶を済ませると「後は若い二人で」と余計な気を回して2人きりにされた。ただ、ジルだけは好奇心が勝ったようで屋敷の影から見守ってくれていた。

 リトの方を向きながらニコニコするアイリス嬢。その笑顔が眩しくてまともに顔を見ることが出来ない。また、今日は白いブラウスに紺色のスカートというシンプルな服装。ドレスの時とは違って、こちらは年相応の愛らしさを感じる。リトはまるで物語の登場人物を前にしているような気分だった。

 まさか本当に来るとは。公爵令嬢がこんな辺境の地に来ているなんて未だに信じられない。身分の高い貴族なら田舎に来ることを嫌がりそうなものなのに。助けた恩があるとは言えアイリス嬢は嫌な顔1つせず、安物の紅茶と母の手作りクッキーも褒めてくれた。あの超固焼きクッキーを。

 嬉しくないと言えば嘘になる。でも、リトは変わらず人見知りを発揮していた。

 せっかくアイリス嬢が魔法の腕を褒めてくれても「ありがとうございます」という無難な答えしか返せない。もちろん、そこから話を広げることなんて出来ない。後はアイリス嬢の話に相槌を打つことしか出来なかった。

 しかしながら、アイリス嬢は退屈している様子はなかった。


「本当に素敵な領地ですわね。自然が多くて空気も澄んでいて」

「あ、えっと、ありがとうございます。こんな田舎なのに、褒めていただいて……」

「まあ、敬語なんて。同じ年なのですから気さくに話してくださいな」

「え、ああ。えっと、いいのかな……?」


 はははとリトはぎこちなく笑う。正直アイリス嬢と話せるのは嬉しい。しかし、それ以上に嫌われないかハラハラしていた。せめて言葉遣いは彼女の希望に合わせようとリトは思った。

 ただ、幸いなことにアイリス嬢は心の広い人のようで口下手なリトの代わりに話を広げてくれた。


「あちらの湖に魚は泳いでいますの? 森に動物は? 薬草や香草もとれるのかしら?」

「うん、たくさん。森にも動物がいっぱい、植物はわからないけど、多分あると思う……」

「素晴らしいわ! こんなに自然に囲まれて育ったリト様が羨ましいですわ」

「あはは、喜んでいただいたようで何よりです……」


 矢継ぎ早に質問するアイリス嬢にリトは圧倒された。こんなに興味を持って話を聞いてもらったことなんて生まれて初めてだった。

 同時にアイリス嬢を不思議な人だと思った。優雅な所作から大人びた印象を持っていたものの、今は子供のように目を輝かせながら話を聞いている。王都でなら田舎臭いと笑われるような話を。

 極めつけはリトの彫刻に興味を持ってくれたことだろうか。噂で聞いたのかアイリス嬢はリトの趣味が彫刻だと知っていた。それを大工の真似事と言うことなく、芸術だと言ってくれた。それどころか作り方や大変な所、こだわりに至るまで知ろうとしてくれた。

 驚きながらもリトが質問に答えていると、思いついたようにアイリス嬢が立ち上がった。


「そうだわ! よろしければリト様の作品を見せていただいても?」

「ワッ……! あー、えっとぉ、それは……」


 アイリス嬢の言葉に驚いてリトは口ごもった。なぜなら彫刻を見せるには木屑まみれの工房に行かなければならないからだ。

 あと作品を見られるのが普通に恥ずかしい。

 それはさて置き、事実として工房はお世辞にも客人に案内するような場所ではない。ましてやアイリス嬢のような高貴な身分の人を招くなんて。加えて、工房へは歩くしか移動手段がない。アイリス嬢を歩かせるわけにもいかないだろう。

 リトはどうにかアイリス嬢に諦めてもらおうと思った。


「とても汚い場所だし……」

「芸術家のアトリエとはそういうものでしょう?」

「結構遠いし……」

「構いませんわ。私、こう見えて意外に丈夫でしてよ」

「うぅ、でもなぁ……」


 自信満々に言うアイリス嬢にリトは口ごもった。何故かアイリス嬢からどうしても工房に行きたいという熱意を感じる。

 押しに弱いリトは既に折れそうになっていた。ただ、アイリス嬢の期待を裏切って家族に迷惑をかけることは避けたいという気持ちでギリギリ持ちこたえていた。

 チラリと屋敷の影に潜んでいるジルを見る。

 助けてほしいと視線で訴えたものの、ジルは笑顔で親指を立てた。これは「行け」という合図である。その合図に首を振ると、少し間をおいて父と母を連れて現れ3人で親指を立てて見せた。おそらく「家のことは気にせず行け」ということだろう。

 リトは天を仰いだ。そして顔を正面に向けた時、アイリス嬢の顔が目の前にあった。


「リト様? ……やはりダメでしょうか?」

「あっ! いや、大丈夫……! 案内します!」

「まあ、嬉しい。 楽しみですわ」


 今度は目を潤ませ迫るアイリス嬢。不意打ちに驚いたリトは反射的に工房へ来ることを了承してしまった。

 こうしてリトはアイリス嬢を自身の工房へ招くことになった。


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