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彫刻師貴族の一目惚れ  作者: ラヴィラビ
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「リト。生きてるか~? 早く出て来いよ~」


 心配したジルが工房の扉を叩く。その呼びかけに答えることなく、リトは木を削り続ける。

 ここはリトの工房。木くずと埃まみれの小さな一室でも、リトにとって一番落ち着く場所。周りは森と湖だけしかなく静かで、何より屋敷から離れているため、普段はあまり人が来ない。

 お茶会の日からリトはここに引きこもっていた。

 結局お茶会での一件は王の寛大な判断によりお咎めなしとなった。むしろ王室から体調を心配する手紙をもらった程だ。

 では何故リトが引きこもっているのかというと、大勢の前で気絶したのが恥ずかしかったから。

 きっと見ていた貴族達は自分を笑っている。アイリス嬢にも失望されたはずだ。元々、後ろ向きな性格もあってリトの頭の中は卑屈な考えが支配していた。おかげで自分のことが心の底から嫌になる。

 父から簡単な彫刻を教わってから、リトは気を紛らわせるために木を掘るようになった。木を削っている間は何も考えずに済んだ。おかげで工房の半分以上は彫刻に占領されている。お茶会の時に直したアイリス嬢の靴のようにルーン魔法が刻まれ動かせる彫刻もある。ちなみに、ルーン魔法は工房にあった古い本を真似したら出来た。

 また、リトの彫るものは動物、中でも小鳥が多い。

 今、彫っているのも小鳥の彫刻。理由は丸くてフワフワで可愛いからという単純なもの。木を丸く加工するため、リトは根気強く切り出しナイフで木を削り続けた。

 そうしていると返事がないことに心配したジルがリトに呼びかけて来た。


「おーい、もう大丈夫だから。誰もお前のことを笑ったりしてないぞー」


 そう言った後ジルの溜息が聞こえた。社交界が終わる度に引きこもっているせいか、彼も呆れているらしい。

 彼はイチゴジャムを持って来たから開けてほしいと続けた。ついでに「何か食べないと倒れるぞ」とリトを気遣う言葉を添えて。

 イチゴジャム。その言葉に反応するようにリトのお腹が鳴った。確かに引きこもってから3日、まともに食事をしていない。それにイチゴジャムはリトの大好物でもある。でも、今は恥ずかしくて人前に出られそうにない。

 そうしてリトが悩んでいると呼びかけていたジルの声がしなくなっていた。それどころか扉の向こうから気配も感じない。

 愛想を尽かされたのだろうか。そうして不安になったリトが扉の方を向いた時だった。


「リトぉ! 大変なことになったぞぉ!」

「ひっ、何ぃ?! ごめんなさいッ!」


 なんとジルが扉を蹴破って工房に入って来た。うしうじしている自分に怒ったと思いリトは咄嗟に頭を抱えて丸くなる。

 しかし、ジルは別に怒っているというわけではないらしい。慌てた様子で彼はリトの毛布を引っぺがすと1枚の封筒を差し出した。

 リトは少し唖然とした後、ジルに急いで手紙を読むよう言われ恐る恐る受け取った。

 封筒は既に開封されており、中身は立派な便箋の手紙が2つ入っていた。1枚は達筆で読めないものの、ベアリス夫婦のサインから父と母に向けての手紙だと分かった。

 そして、もう1枚はリトに宛てての手紙。それがアイリス嬢からの手紙だとわかった瞬間、リトの心臓がキュッと音を立てた。

 取り乱すのを堪えて読み進める。内容はお茶会の時のことについて書かれたもので、子供とは思えない綺麗な文字で書かれている。前半はきちんと挨拶が出来ずに申し訳ないという謝罪や靴を直してくれてありがとうございますと言った内容。後半はジルの言う通り大変な内容が書かれていた。


「……『つきましては、お礼とお見舞いのために正式に訪問させて頂きます。』ッ!? 嘘ぉ……!」

「リト、よかったなぁ。アイリス嬢に気に入られたみたいで」


 ガシリとジルが嬉しそうにリトの肩を組む。しかし、リトはそれどころではない。

 訪問ということはアイリス嬢がモーリス家の屋敷に来ると言うこと。それは単純に嬉しい。二度と顔を見ることは出来ないと思っていたから余計に。

 とは言え、喜んでばかりもいられない。アイリス嬢が来たとしても、おもてなしが出来るかどうか分からないのだ。ただでさえリトは人と話すのが苦手なのに。

 客人は大切にもてなすのが貴族のマナー。たとえ急な来客だとしても紅茶の1杯、お茶請けの1つも出さないのは失礼にあたる。よって、貧乏貴族のモーリス家でも安い紅茶と母の手作りクッキーで最低限のもてなしが出来るようにしている。

 問題はそれでアイリス嬢を満足させられるかどうか。

 相手は公爵令嬢。普段から高級茶葉の紅茶にパティシエのお菓子を嗜むような身分の人が安物の紅茶と手作りクッキーで喜ぶだろうか。しかも、クッキーに至っては近所で「モーリス婦人の盾」と呼ばれるほど固い。

 クッキーを口にした瞬間、何とも言えない表情になるアイリス嬢の顔が目に浮かぶ。

 無理だ。リトの脳裏にその三文字が大きく浮かんだ。仮にそれなりの茶葉とお茶請けを用意できたとしても、モーリス領には令嬢を満足させられる場所もない。

 何せモーリス領は王都から非常に遠い辺境の地。はっきり言ってド田舎だ。あるものと言えば森と川と湖くらい。ちなみにエルフや妖精が住むような美しい光景を想像しているなら、それは間違い。基本的に鬱蒼としていて、間近で弱肉強食の世界を見ることが出来る。

 リトはジルの方を見ると、大粒の涙を流しながら言った。


「どうしよう……!」



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