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彫刻師貴族の一目惚れ  作者: ラヴィラビ
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3

 花の形をした炎を吹く男、色が変わる花ドレスの踊り子、人の頭の上に乗ったリンゴに正確にナイフを投げる男。演目が成功する度に観客から歓声が沸き上がった。

 いくら魔法が進化したと言っても大道芸は身分に関係なく大人気。時に繊細に、時に大胆な演目は客を飽きさせることは無い。

 もちろんリトも大道芸は好き。ただナイフを投げたり火を使ったりと危ない演目は嫌いだった。

 リトからすれば下手をすれば命を落とすかもしれないのに平気で見ていられる方が不思議だった。熟練者だから大丈夫という人もいるけれど、どんなに熟練した人でも失敗するかもしれないのに。

 今回もリトは最初の静かな演目は楽しめた。でも後半になるにつれて演目が過激になっていくと目を背け始めた。

 ジルはと言うとどんな演目も大興奮で見ている。そうやって素直に楽しめるのがリトは羨ましく思った。


———最後の演目! 猛獣の火の輪くぐりです!


 進行役のピエロが声高らかに言う。するとステージ端の小さなテントからライオンが出て来た。

 サラヘン王国でライオンは力強さと勇気の象徴とされている。登場したライオンも、その例にもれなく立派なたてがみで、その威風堂々とした歩みは途端に観客の視線を一気に集めた。

 そしてライオンが力強く駆け出し、円になった観客の前を駆け抜けた。それから中央に居る男が炎の輪を吐くと、それを潜り抜けながらステージを走り回る。当然ながら観客は大興奮で歓喜の声と共に盛大な拍手が巻き起こった。

 ジルも大興奮のようで、せっかくだからとリトに芸を見せようと正面を向かせた。

 リトは確かに凄いとは思ったものの、同時にいつか失敗しないかと怖くなった。

 なにせライオンのくぐる火の輪が徐々に小さくなっている。走る速度を上げるライオン、火の輪を小さくしていく男。技が難しくなっていくたびに観客は大興奮だった。

 しかし、こういった時リトの悪い予感というのは当たるもの。

 最後の火の輪をくぐり抜けた時、ライオンのたてがみに火がついた。ライオンは驚いて我を忘れ、観客に向けて突っ込む。会場は瞬く間に混乱した。ただ、流石は王城というだけあってライオンは即座に警備兵が取り押さえられ、場は一時的に収まった。

 問題はライオンが突っ込んだ観客の中にアイリス嬢が混じっていたこと。

 リトが心配してライオンが突っ込んだ方を見ると、そこには地面に倒れているアイリス嬢が居た。幸いなことに傷は無い。でもアイリス嬢の彼女の目の前には彼女の物と思われる水色の靴が落ちていた。こちらは残念なことに倒れた拍子にヒールが折れたらしい。

 壊れた靴を見たアイリス嬢の悲しそうな眼をリトは見逃さなかった。

 きっと大切な物だったんだろう。手を借りて近くの椅子へ座ったアイリス嬢は気丈に振舞ってはいたものの、時々俯いて靴を見ては肩を落としていた。大事にしている物を失う悲しみはリトも理解できる。昔、初めて作った木彫りの人形を森に落としてしまった時は翌日に寝込んだくらいだ。

 そんなことを考えていると不思議とリトの体が動いた。後ろでジルが呼び止めたが、聞こえないほどに不思議な力に動かされた。

 彼はステージで慌てているピエロに声をかけると、ナイフ投げで使っていたナイフを借りた。それを懐に入れてアイリス嬢の元へと向かった。

 一方、アイリス嬢は靴を見せる従者に向けて悲しそうな声色で「壊れた物は仕方がない」と言った。


———お待ちください!


 自分でも驚くような大きな声でリトはアイリス嬢とその従者を呼び止めた。もしかしたら今までで一番の大声を出したかもしれない。

 すると周囲の視線がリトへと集まった。

 リトは少し後悔した。周りの貴族の子達は冷ややかな視線を向け「なんだあの田舎者は」と小声で話していた。確かに礼節を重んじる貴族からすればリトの行動は無礼にもほどがある。それも相手は公爵家。下手をすれば家ごと潰されかねない。初対面で名前も名乗らない家は特に。

 声を上げてしまったリトは引き下がるわけにはいかなくなった。

 とは言え、幸いなことにアイリス嬢は目を丸くするだけで機嫌を損なっては居ない様子だった。


「あなたは……。えっと、テーブルを撫でていた方?」

「うぅ、やっぱり見られてましたか。……恥ずかしい。———じゃなくて。その靴は僕が直します!」


 恥かしさを紛らわすようにリトは無理やり話題を変える。当然アイリス嬢は唖然としながら、従者の男と顔を見合わせ不思議そうな顔をする。

 彼女の従者はリトを一瞥するとアイリス嬢に耳打ちした。何を言ったのかは分からないがアイリス嬢の表情が和らいでいるあたり、少しは信用を勝ち取ったらしい。アイリス嬢は「お願いできるかしら?」とリトに壊れた靴を預けてくれた。

 リトはこれ幸いにと靴を受け取って作業へ移った。

 幸いヒールと靴底が離れただけで、他に壊れた所は見つからない。簡単な応急処置でアイリス嬢の屋敷までは持つだろう。リトはピエロから受け取ったナイフで靴底と外れたヒールに”結合”のルーンを掘る。

 その時、辺りが騒然とした。高貴な貴族が大工や細工師の真似事をしているのだから無理もない。ルーン魔法だって今や平民しか使わない魔法だ。

 しかし、今のリトには彼らの声は届かない。良くも悪くもリトは作業に没頭し過ぎる癖があった。

 ルーンを描いたら靴とヒールを合わせて自分の魔法を流し込む。すると魔法力が青い光の粒となって結合部に集まり、2つを引っ付けた。

 これでよし。リトは直した靴をアイリス嬢の従者に渡した。従者はそのままアイリス嬢の元へ行き、彼女に靴を履かせる。

 それからアイリス嬢が恐る恐る立ち上がると、ヒールは再び折れることはなかった。

 リトは安堵して胸をなでおろした。もし上手くいかなかったらどうしようかと不安だったけれど、簡単な作業だったこともあって無事に成功したらしい。

 そして靴が直ったアイリス嬢はリトに深々と頭をさげた。


「直していただいてありがとうございます。失礼ですけれど、貴方の名前を伺ってもよろしいかしら?」

「僕はリト・モーリスです。……えっと、靴が直って良かった。でも、応急処置なので屋敷に帰ったら職人を呼んで糊で固定してもらってください」


 オドオドとアイリス嬢に説明をするリト。人に感謝された経験が少ないせいか、どうしたら良いか分からなかった。

 ただ、我に返ったリトは周囲を見回してしまった。

 周りの貴族の子達はリトから目を背けていた。どこかから「あいつ終わったな」という陰口も聞こえる。中には中庭を後にする子も居て、誰もがリトに関わらないようにしていた。

 リトのおかげでアイリス嬢の靴が直った。それは喜ばしいこと。しかし、リトは大工の真似事という貴族にあるまじきことをした。あろうことか王城の中庭、それも王の目の前で。普通なら不敬罪で斬首、加えて家の取り潰しだ。

 周りの視線が矢のようにリトに刺さる。王様が怒っていたらどうしよう。自分のせいで無関係の家族が殺されたらどうしよう。リトの頭の中を悪い考えが一瞬にして駆け抜けた。体は震えて視界が白くなってきた。

 思わずリトが後退ると、異変を感じたのかアイリス嬢が顔を上げて心配そうに声をかけてくる。


「もし、大丈夫ですか? 顔色が……」

「いや、あ、あの……その……」


 恐ろしさのあまり声が震える。言葉もまともに紡げない。そして、リトはそのまま後ろへ倒れた。

 揺れる視界の中でリトが最後に見たのは心配して駆け寄ってくるアイリス嬢の姿だった。

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