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リトがお茶会に来たことを後悔するのに、それほど時間はかからなかった。
会場である王城の中庭に入るや否や両親と離れ、ジルと一緒に円卓が並べられた広場へと通される。 そこでは大勢の子供達が集まっていた。
城の従者に席に案内されながらきょろきょろと辺りを見る。周りは派手なコートやドレスで着飾った子ばかり。リトと同じように軍服を着た子も見かけたが、やはり高貴な生まれなのかどの子も赤を基調とした派手な色合いだ。
リトは周りの子が輝いて見え、とても息苦しかった。まるで彼らが発している高貴な気に押しつぶされているみたいだ。
もやもやと考え事をしていると、席に向かう途中でジルが人だかりを指して言った。
「リト見ろよ。あれベアリス公爵家のアイリス嬢だぜ。やっぱり金持ち貴族はモテるなぁ」
「うん、すごく綺麗な子だもんね……」
人だかりの中心に居る少女を見てリトは素直な感想を口にする。
水色ドレスのアイリスは同じ年くらいの令嬢達に囲まれて微笑みを浮かべていた。彼女はドレスこそシンプルなデザインで真っ直ぐ伸びた黒髪にカチューシャを飾っただけなのに、どこか引き込まれる美しさがあった。加えて、その大人びた表情と上品な所作で周りの令嬢達よりも美しく見える。
それにアイリス嬢は相手が誰であろうと礼儀正しく接していた。
明らかに格下の令嬢が来た時も必ず自分から声をかけ、スカートを摘まみて上げ深々と頭を下げる。男性の時も物怖じせず堂々と挨拶をして必ず微笑みを返していた。
まさに花畑で気高く咲く1輪の花。リトは少し前に読んだ本の一節を思い出した。
目を奪われていると、ふとアイリス嬢がリトの方を向いたような気がした。そして、これは本当に気のせいかも知れないけれど優しく手を振ってくれたような気がした。
勘違いでもリトは恥ずかしくなり、ジルの後ろに隠れた。するとジルが肘でリトを突いてきた。
「よかったな。アイリス嬢が手を振ってくれたぜ」
「そんなわけないよ。きっと知り合いと勘違いしたんだ」
「なら勘違いしてくれたアイリス嬢に感謝しなきゃな」
はははとジルは陽気に笑い、ポンポンとリトの頭を叩く。赤面しているリトの気も知らないで。そうして悶々としながらもリトはジルと一緒に招待状に書いていた席へと移動した。
お茶会ではテーブルには名前入りのカードが置かれており、リトとジルの名前もあった。リトとジルが席を見つけた頃には先に令嬢姉妹が席についており、リトとジルは姉妹と軽く挨拶を交わして席に着いた。もちろん下級貴族であるリトとジルの席は王族から遠く、王族の席とは目を凝らせば見えるほどの距離だった。
それから開始時間になると王一家が現れた。そして王がお茶会の開催を宣言すると給仕達がティーセットを各テーブルに運び、あっという間に紅茶とお茶菓子が用意された。
しかし、給仕達の手際に驚く暇はない。モーリス兄弟の相席になった姉妹は失礼のないようにジルと一言二言だけ会話すると席を立って王子の元へ急ぎ足で向かった。彼女達からすれば今日のお茶会で王子以外の男性は眼中にないのだろう。
兄弟だけが残されたテーブルを見てジルは機嫌を悪くしていた。
「ちぇ、年頃のお嬢様はみんな王子様が目当てか。つまんねぇ」
「仕方ないよ。王子様の為のお茶会だもん。……それに僕にとっては今の方が落ち着くよ」
紅茶を一口飲んだ後、リトは言った。社交が苦手な彼にとっては見知った人達だけのほうがいい。おかげで王室の香り高い紅茶も落ち着いて満喫できる。
加えて、ゆっくりと調度品の質感も楽しめた。
目の前の高級なテーブルもリトからすれば高級品の一言で片づけられるほどの品ではない。テーブルクロスの下に手を入れるとテーブルの程よい硬さに滑らかな手触りを感じられる。驚いたのは無機質なようで、ちゃんと木の温かみを感じられることだろう。
これは芸術品と言ってもいい。リトは一流の職人技に感動した。
椅子だってそう。硬さや手触りはもちろんのこと、背もたれの植物の蔓の透かし彫りは派手過ぎず、ささやかに高級感を演出している。
これらの芸術品に出会えたことでリトは少しだけお茶会に来て良かったと思えた。
「ふふ、ふふふ……」
「リト? おーい、リトくーん。お楽しみのところ悪いけど、ちょっと気持ち悪いぞ」
「あ、ごめんっ! あまりにもテーブルが素敵で、つい……」
ジルに指摘され、リトは慌ててテーブルクロスから手を引っ込める。テーブルを撫でながらにやけているなんて貴族として以前に普通に怖い。リトは誰かに見られていないかと周りを見回す。幸いなことに子供達はそれぞれの会話に夢中で気づいていない様子だった。
たった1人を覗いては……。
リト達から遠い席。こちらを向きながらアイリス嬢が手で口元を覆い、くすくすと上品に笑っている。もしかしたら見られたのかもしれない。
恥ずかしさのあまりリトは顔を覆った。自分の顔の熱さが手に伝わってくる。まさかアイリス嬢に見られているとは思っていなかった。最も見られたくない人に。
そんなリトをジルは笑っていた。しかし、嘲笑というわけではなく肩を叩いて「あまり気にするな」と励ましてくれた。
もう家に帰りたい。恥ずかしさのあまりリトは悶えるしかなかった。
そうしていると余興が始まろうとしているのか、会場の中心から大道芸人の声が会場に響く。すると、聞きつけた周りの子供達が一斉に中庭の中央へと集まり始めた。
もちろん退屈していたジルが余興と聞いて大人しくしているはずはなかった。
「リト、行こうぜ。面白そうだ!」
「えぇ、人が多い場所はちょっと……」
「見てるだけで良いから! ほら急げ!」
「ちょっと、ジル兄さん!?」
リトはその場から動きたくなかったが、ジルに手を引かれて席を立った。