花冠
時間軸は三度目の人生、結婚して数年後。
穏やかな日常のひとこまです。
執務が一段落したので休憩に部屋に戻ると、いると思っていたリーゼは不在だった。侍女から庭だと聞かされてやってくると、リーゼは6歳の長女と4歳の次女と共に庭に座りこんでいた。
「ここにいたのか」
穏やかな陽気で、時折吹く柔らかな風が心地よい。庭には庭師が管理している花壇の他に、一面にいろんな草や花が咲いていた。
そんな中で微笑む可愛い妻と、可愛い娘と、可愛い娘。
やばい、ここは天国か? 早くも上ってしまったか?
いや、あまり早くはないかもしれない。なにせ人生三度目。きっとこれは全てが俺に都合のいい夢であり幻なのだ……でも、それでもいい、今はこの幸せに浸っていたい。
と、天を仰ぎかけたとき、リーゼがこちらを向いた。
「あら、クラウス様。お仕事は大丈夫なのですか? 今朝は、今日はままならぬ案件が、と難しい顔をなさっていましたけれど」
そう、あの大御所貴族が砦の建設に反対しているのだ。国の防衛として必要不可欠なのでお願いしているのだが、彼の領地内の話なので、こちらとしても勝手に進められない。どうせならもっと搾り取ってやろう、という魂胆も見える。こちらが下手に出れば若造だと舐めきってくるし、あのクソタヌキが!
そんなことを思い出したら、気持ちが夢から現実に戻ってきた。
「まぁ、大丈夫だとは言えないけれど、少し時間ができたので今は休憩だ」
「そうでしたか」
お疲れ様です、と微笑む妻に癒される。やっぱり天国かもしれない。
「わたくしたちは天気がよかったので、久しぶりに出てみたのです。最近はなかなかこの子たちと過ごす時間が取れませんから」
3人目の子が生まれ、リーゼはどうしてもその子にかける時間が長い。仕方のないことだけれど、二人の娘には寂しい思いをさせていると、リーゼは申し訳なさそうにしていた。
俺もできる限りは時間を作っているつもりだが、なかなか難しい。俺だってクソタヌキよりも妻娘と過ごしたい。余計に憎らしく感じるが、落ち着け、俺。感情に任せて動いて、よかったことなどないではないか。
3人目の子である長男は眠っているそうで、乳母に任せてきたのだという。久しぶりに母を独占できて、娘たちは嬉しそうだ。
「おとうさま、みて。わたくしが作ったの」
パッと咲いたような笑顔の長女が手にしているのは、まだ作り途中の花冠。なかなか丁寧に編まれている。
「おぉ、花冠を作っていたのか。お母様に教わったのか?」
「はい。おかあさまは上手なのよ。おとうさまも作れますか?」
「作れるぞ」
なにせリーゼに花冠の作り方を教えたのは、二度目の俺だ。
「よし、一緒にやるか」
俺は娘の近くに座り込み、花を摘んだ。次女はまだひとりでは上手にできないようで、リーゼが手伝っている。
花冠を作るなんていつぶりだろう。覚えている通りに編んでいるはずなのに、なんだか上手くいかなくて苦戦する。
「こんなに難しかったか?」
長女が俺の手元を見てふふっと笑った。
「わたくしの方が上手」
「そうか? 負けていられないな」
少しやっていると慣れてきて、だんだんとスピードも上がってきた。それからは長女と競うように編んでいく。
ふと足音が聞こえて顔を上げると、長女につけている侍女が近付き、申し訳なさそうにこちらを見た。
「どうかしたのか?」
「あの、お勉強の時間なのです。先生がお見えになりましたので、呼びに参りました」
長女は残念そうな顔をして、手元に目線を落とした。花冠は、もうすぐ完成する。
俺は立ち上がろうとした長女の頭に軽く手を乗せ、侍女に向き直った。
「少しだけ待ってくれるか。もう少しで完成なんだ。俺がそうさせたと、先生に詫びておいてくれないか?」
チラとリーゼを見ると、彼女も微笑んで小さく頷いている。長女はハッと顔を上げて、「いいの?」とでも言うように俺に丸い目を向けた。
侍女もどこか嬉しそうに、「かしこまりました」と下がっていった。
「さて、どちらが早く仕上げられるか競争だ」
「はいっ」
少しの差で、長女のほうが作り終えるのが早かった。リーゼと一緒に作っていた次女は、もっと前に小さなものを作り終え、自分の頭にのせている。その姿はマジで天使である。
「わたくしの勝ち。これは、おかあさまにあげるの」
「あ、ちょっとまって。お母様に花を贈るのは、お父様の特権なんだ。譲ってくれないか?」
俺は作ったばかりの花冠をリーゼの頭にそっと置いた。長女は先を越されたことに「えー」と言ったが、花冠を載せたリーゼを見て「おかあさま、きれい」と笑った。
「じゃあ、わたくしが作ったのは、おとうさまにあげます」
「いいのか?」
「いいですよ。はい」
長女が差し出してきたので、俺はしゃがんで頭を下げた。王である俺は本来簡単に頭を下げてはいけないけれど、こんな時はいいと思う。
ちょこん、と花冠が載せられた。それを見た次女も「わたしも」と言い、小さな花冠が二つ、俺の頭に載った。
「似合うか?」
「おとうさま、かわいい」
「にあうー」
王が「かわいい」のはいかがなものかと思うけれど、今は単純にそれが嬉しい。
そんな様子を見て、リーゼがクスクスと笑った。
「陛下、そろそろ戻りませんと……」
俺の側近が申し訳なさそうに声をかけてくる。さすがにこちらは、少し待てとは言えない。俺は立ち上がると長女と次女の頭を撫で、そのまま執務室に戻った。
頭に載せられた花冠を見た側近に、生温かい目を向けられながら窘められたのは、それからすぐのことである。
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