ボードゲーム
短編「ざまぁされた王子の三度目の人生」の番外編SSです。
短編がまだの方はそちらから先にどうぞ。
時系列は、三度目の人生、学園在学中くらいです。
「ちょ、ちょっと待って。待って待って待って、待って」
最後の「待って」の「て」の声が裏返ってしまい、控えていた侍女からクスクスと笑い声が漏れる。
「待ちません」
机を挟んで目の前に座るリーゼはゾクッとするような笑顔を向けると、優雅に駒を動かした。
「チェックメイト、ですわ」
学園が休みの日、執務の終わった俺とリーゼは、王宮の一室でボードゲームをしていた。騎士、僧侶、王妃、王などのそれぞれ違った動きをする駒があり、それらの駒を操り、最終的に相手の王の駒を取った人が勝ち、というゲームだ。
「……負けた」
俺はがっくり項垂れた。リーゼはこのゲームが強い……というか、俺が弱い。たぶんそうだ。リーゼ以外とやっても負ける。もしくは妙な勝ち方をする。相手が俺の身分に忖度した結果、俺が勝ったことになった、というやつだ。
今回はハンデとして最初に持っているリーゼの駒を少なくしてもらっていたのに、やはり負けてしまった。
「もうひとつわたくしの手駒を減らして、もう一戦いかがですか?」
さらにハンデを追加する提案で、俺たちはまたゲームを始めた。序盤は俺に有利に進んでいく。当然だ。なにせ俺の方が手駒が多い。中盤でも俺が有利なように見えた。よし、このまま進めば勝てるぞ。ニヤリと笑ってリーゼにターンを移すと、彼女は動じることもなく、むしろ薄っすらと微笑んだ。
「ぬぁっ?」
投下される一手。そしてガラガラと陣営が崩されていく。でも今までの積み重ねで、ギリギリで……。
「チェックメイト、ですわ」
負けた。
俺は項垂れながら盤面を見つめた。
「有利に進んでいたと思ったんだけどなぁ。あのときにあそこをああすれば……」
駒を動かすように手だけを動かし、頭の中で反省会を繰り広げる。
「ふふっ。クラウス様はまっすぐに攻めすぎなのですよ。それから、表情にも出てます」
俺は次にどう動かすか考える時、表情と目線が動くクセがあるのだそうだ。リーゼには「わかりやすい」と言われているので気を付けていたつもりだったが、やっぱりバレているらしい。
「もう一戦やりますか?」
少し気を使ったように、リーゼが問いかけてきた。
「いや、やめておこう。頭を使ったら少し疲れた」
負けたことは少し悔しいけれど、同時にホッとしてもいた。もし俺が勝っていたら、おそらくリーゼは「もう一戦」と言っただろう。リーゼは意外と負けず嫌いなのだ。こうしてゲームをするのも楽しいけれど、時間は有限。ゆっくりお茶を飲みながら話をする時間がなくなってしまう。
俺の一度目の人生の時にも、リーゼとこのボードゲームをしたことがあった。当時の俺は、自分が強いと思っていた。今ならばそれは、負けると機嫌を崩す俺に忖度して相手が負けていただけだと分かるのだが、当時は女のリーゼに俺が負けることなどあるはずがないと自信満々だった。
そんな中でもリーゼは勝ちにきた。そして、あっさり俺は負けた。その結果が信じられなくて、もう一戦やったけれど、非常にあっさりと連続で負けた。
その後の俺の対応は最悪の一言だ。「どんな卑怯な手を使ったんだ」とリーゼを悪者にした。それ以来、「お前は汚い手を使って勝ちにくる」と言いがかりをつけて、リーゼと勝負することはなかったのである。
思い返してみれば、あの時からリーゼは負けず嫌いだった。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。どうやったら勝てたかを考えていただけだ。ずっと俺が負け続けているじゃないか」
「あら、意外ですね」
「うん?」
「クラウス様はあまり勝ち負けにはこだわらないかと思っていました」
リーゼがクスッと笑う。
たしかに俺は、このボードゲームは貴族の嗜みだからやっているだけだ。そりゃ負けるよりは勝つほうがいいけれど、楽しめればいいかなという程度にしか思っていない。
逆に言えば向上心がないとも捉えられるけれど。
侍女が盤を片付け、同時にお茶と茶菓子を用意してくれた。
「そういえば、このゲームの王妃って強いよな」
王の駒はひとマスずつしか動けないのに対し、王妃の駒はぶつかるまで八方にどこまでも行けるのだ。強さが段違いである。それゆえに王妃の駒が取られてしまうと、戦力がガクッと落ちる。
チラとリーゼを見ると、目が合った。その一瞬で伝わった気がするけれど、あえて口にも出す。
「なんだかリーゼみたいだなと思って」
「わたくしの方がクラウス様よりも強いですか?」
「どう考えてもそうだろう」
「そんなこと、あるはずがないではありませんか。それに、勝負を決めるのは王の駒です。王妃の駒がなくなっても、勝てることはありますよ」
たしかに、ゲームの中では王さえ残れば勝ちなのだ。動けるマスの数は少なくても、王自身が攻めることもできる。
だけど。
俺はリーゼを見た。このまま何も起こらなければ、俺はいずれ王になって、リーゼが王妃になるだろう。一度目の人生のように、リーゼに仕事を任せきりにしたり依存するつもりは更々ない。
それでもやっぱり、俺はリーゼがいなくなった時点できっと終わる。
民のことを思えば、終わってはいけないことくらいわかる。だけど、リーゼのいない未来を、どうしても想像できなかった。
だから、ずっと……。
それを声には出さずに、クッキーに手を伸ばした。
「このクッキー、美味しいですね」
「あぁ、美味しい。頭を使った後だから、余計に染みる気がする」
「そんなに使いましたか?」
クスクスとリーゼが笑う。
こうやって二人でゲームをして、クッキーを食べて、お茶を飲む。
一年後も、十年後も、その先も。
そんな未来をリーゼも望んでくれていたらいい。
リーゼの微笑む顔を見ながら、俺はそうでありますようにと願った。
ーーーーー
「そういえば、先日お父様とこの勝負をして、負けました」
「宰相と……」
「悔しいので練習させて下さいませ。次は勝ちますわ」
「え。俺では相手にならないのでは」
「駒を減らせば大丈夫です。そうだ、将来どこぞの貴族から勝負を持ちかけられたら、わたくしがクラウス様の代わりにコテンパンにして差し上げますね」
「……リーゼは頼もしいな」
読んで下さりありがとうございます。
「ざまぁされた王子の三度目の人生」
皆様のおかげで書籍化していただきました!
2023.9.8 ツギクルブックス様より発売になります。
どうぞよろしくお願いします。