夏の始まり 【月夜譚No.255】
村の舟では、そう遠くへはいけない。だからといって山に入れば遭難してしまうだろうし、唯一村外に続くトンネルを使えばすぐに大人達に見つかってしまう。
結局のところ、誰の断りもなく一人で村の外へ行くのは不可能なのだ。
堤防に腰かけた少年は、近くの駄菓子屋で買ったアイスキャンディを片手に溜め息を吐いた。
眼前には果てしなく広い海、天を仰げば何処までも続く青い空。世界はずっと広いのに、狭いこの村から出られない。
うんと伸びをしたまま背後に倒れ込むと、不意に視界が翳った。いつの間にか後ろに立っていたらしい少女が少年を覗き込んでいる。
おかっぱの黒髪に大きな瞳。淡いグリーンのワンピースを潮風に靡かせて、両手で頭の上の麦わら帽子を押さえている。
村の人間なら全員が顔見知りだが、この少女を少年は知らない。誰かの親戚だろうかと考えていると、少女の仄かなピンク色をした小さな唇が動いた。
「ねえ、村から出たいの?」
少年が目をぱちくりさせると、少女は微笑む。
今年の夏は、いつもと違うものになりそうな予感がした。




