Diable
「もしもぉし。」突然、後ろから声が聞こえた。
「っつ⁈」急いで俺は振り向く。しかし、背後には誰もいない。(なんだ…。気のせいか……。)そう思い、前を向いた瞬間。
「こんにちはっ。」突然、目の前に得体の知れない黒い物体が浮かんできた。普通なら驚くだろうが、俺は動じなかった。この街だったらこんなことぐらいよくある。むしろ目の前が警官だったりするなら、話は別になるが。
「あ、悪魔か。こんなところで何してるんだよ。俺に何か用でもあんのか?」俺は若干喝を入れながら悪魔に聞く。別に、これで俺に盗みの報いがきても、俺はどうでも良いし。だが、神に見放されている俺が必ずしも悪魔に逆らって良いという保証には、もちろんなり得ることはないだろう。
「左様でございますっ。でも、湊さぁん。僕は「悪魔」とはちょっと違う分類なんですよぉ。」悪魔はニタニタしながらいう。
「僕は所謂『死神』と呼ばれる系統で生活しておりまぁす。今日は貴方様、檜佐木 湊様を死神界へ勧誘しにきましたぁ!」「はぁ?」俺は思わず笑ってしまった。
「死神だがなんだが知らないけど、なんで俺を選ぶ必要がある? そもそもお前、なんで俺の名前を知っているんだよ。」俺がそう言うと、簡単な話です、と死神は続けた。
「死神のお役目は、人間の魂を司るというもの。どの場所にどういう人物がいるのかなどは容易くわかってしまうものなんですよぉ。ですが死神界も最近は深刻な人手…じゃなかった。死神手不足に陥っていましてねぇ。今ちょうど人を探しているんですぅ。」と死神は嬉々として語る。
「ちょっと待って、意味わかんないんだけど。人手探しているっていったって……。死を司るんだったら、命を取る……奪うってことだよな…。そんなこと…俺にできるわけがない。」俺は死神に向かって話す。正直、どこかで焦りのような感情を滲み出させながら、俺は必死に死神に話していた。
「お前が俺のことをどこまで知っているかはしらねぇが、俺は既に「盗み」っていう罰を犯している。これ以上罪を犯すつもりはない。ましてや殺人なんて……。もってのほかだ。」と俺は吐き捨てた。すぐにその場を立ち去ろうとする。しかし、死神は俺の肩に、その長細い、黒い指を這わせ、満月のような鋭い大きな目つきでこちらを睨んで語る。
「確かに。死神は自身が持っている鎌を使って人を殺します。私たちはあくまで魂をまるでイネを狩るような感覚で刈り取るまでです。」
「だったら尚更……。「しかしですね、湊くん。」死神は俺の話を遮った。
「俺は死神になる気なんて早々ない。早く帰らせてくれ。」
「湊くん。真剣に聞いてください。死神界では魂を「刈り取る」と言いましたが、正確にいうと魂は刈り取るものではなく、「盗む」ものなのです。」
盗む。その言葉に俺はハッとした。顔を上げて、死神の方を見る。死神は自身の満月のような目をさらに大きく見開いた。まるで目の中に吸い込まれてしまいそうな錯覚に陥る。
「そう。盗むのです。この世のすべては輪廻転生の世界。これはもう、死神界、悪魔界に限りません。宇宙の全てはこの輪廻転生の法則に則っているのです。それを一番わかっているのは私たちなのです。人の魂を刈り取ってしまっては、魂は再び戻ることは絶対にない。でも、「盗む」ならどうでしょうか? 盗むのなら、まだその魂そのものは実在している。無力な死神共は皆、魂を刈り取ることに執着している。でも、あなたは。湊様は違います。昼鳶として、盗人として。刈り取るのではなく、盗むことに執着しておられる。それは、まさに私たち死神が求めてきた人材の理想像なのです!」(盗むが理想…、か…。)俺はしばらく考え込む。
俺はなんのために死神を拒んでいたのか。人の命を刈り取る、殺すという非人道的な残虐行為を行いたくなかったからだ。だが、今はどうだろう。死神は命を刈り取らない。盗むんだ。そう、盗む。俺は今まで盗むことに執着してきた。それは紛れもない事実ではないか。人の命を盗むのであれば輪廻転生という名の世界の条理にも敵うことはないだろう。
「それなら……組んでやるよ。その死神ってやつ。命を「盗」めば良いんだろ?」
「はい!左様でございますぅ。」気付けば死神は俺のそばから離れ、契約書を掲げていた。俺はそれにサインを書く。最も、サインなんてものは俺は持ち合わせていないのだが。
とりあえず、名前を書き終えたその時。俺の左目に激痛が走った。
「うっ…っ……‼︎」「痛い、ですかぁ…⁈」死神は心配そうにこちらを見てくる。しかし、その口元に微かに笑みが溢れているのを、俺は見逃さなかった。
「これは…っ……一体……なっ……!」
「契約です。悪魔と契約をしたものは必ず左目にペンタゴンの紋章を入れることになっておりまぁす。」左目から血が滲む。俺は断末魔のような叫び声をあげ、意識を失った。意識がなくなる間際、死神は「私の名前は、ディアブル。以後お見知り置きを。」と言い残し、消えていった。それと同時に、俺の意識は完全に停止した。