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06 十五歳

「またそんな格好でいるのかよ」

呆れたような弟の声に、本を読んでいた私は顔を上げた。


「王太子の婚約者のくせにダラけ過ぎじゃないか?」

「――勝手にレディの部屋に入ってくる人に言われたくないわ」

「その姿のどこがレディだよ」

ふん、とエディーは鼻で笑った。


私は自室にある大きなソファに寝転がっていた。

手を伸ばせば届く位置に置かれたサイドテーブルには、お茶と焼き菓子。

ダラダラ飲み食いしながら読書、休日はこれよね!

「いつまで寝巻きでいるんだよ」

「これは部屋着ですー」

「部屋着? その平民みたいな服が?」

「ゴロゴロするにはこれくらい楽なのがいいの」

私は特注してもらったワンピースを着ていた。

生地は高級なものを使っているが、ウエストを緩く縛っただけの、レースもリボンもついていないシンプルな形のそれは、確かに平民が着るようなものに見えるかもしれない。


「明日王太子が帰ってくるんだろ。それなのにそんな格好でいいのかよ」

「だからじゃない。明日は朝から身支度を整えないとならないんだから」

スケジュールを思い浮かべてため息がもれた。



三年間の留学を終えて、明日アルフレッド殿下が帰ってくる。私は王宮でそれを出迎えるのだ。

定期的に送られてくる殿下からの手紙によると、留学生活は充実していたようだ。好きな植物の勉強も十分できたようで、今王宮の温室は殿下が送ってきた様々な植物で溢れかえっている。

私もお妃教育の基礎は全て終わり、今は週に一、二回王宮へ通い、おさらいをしたり、また王妃様と一緒に政治学などの講義を受けている。

そう、王妃様と毎週お会いできるようになったのだ!

講義のあとは、王妃様の時間があれば一緒にお茶を頂ける。とても幸せな時間だ。


「何時間もかけて頭巻いたり化粧したりするやつか。女って面倒だな」

私が転がっているソファに無理やり座り、勝手に私のお菓子を食べ始めたエディーもこの三年ですっかり成長し、ゲームに登場する姿そっくりになった。

いつの間にかお父様より身長が伸び、その愛らしかった顔はシュッとして、切長の水色の瞳がクールなイケメンになってしまった。

天使のあの子はどこへ行ってしまったんだろう……ちょっと悲しい。


私たちは十五歳になった。あと半年もすれば学園へ入ることになる。――そう、ゲームの舞台となる学園だ。

(そういえば、ゲームでは私とエディーは仲が悪かったのよね)

頭はいいけれど自分中心で我儘に育ったクリスティナは、義弟エディーが来た当初、自分の子分のように扱い、そのせいで姉弟仲は最悪だった。

現実のエディーとは、すごく仲がいいというほどではないけれど、言いたいことを言い合える良好な関係だと思う。


「……なあ、王太子ってどんな奴なの」

お菓子を食べ終わったエディーが口を開いた。そういえば彼は会ったことがないんだっけ。

「殿下は優しい方よ」

「ふうん。――好きなのか?」

「そうねえ……お顔は好きよ。王妃様に似て綺麗だし」

「……お前、ホント王妃様が好きだよな」

「永遠の憧れだもの!」

王妃様は全てが最高で素敵なのよ!


「じゃあ例えば、王太子が留学先で好きな相手見つけてそっちと結婚したいって言ったらどうする?」

「え?」

唐突な問いに首を傾げた。

「……まあ、そうなったら仕方ないんじゃないかしら」

「仕方ないのか?」

「だって、好きになる気持ちって止められないものでしょう? 諦められないくらい好きな人が現れたら……どうしようもないもの」

それはずっと意識していたことだ。

もしもゲームのようにヒロインに惹かれて、彼女を選びたいと言ったら。私は素直に引き下がろうと。


面倒ごとに巻き込まれたくない気持ちは今も変わらない。

この五年間受けてきたお妃教育が無駄になるのは勿体無いとは思うけれど……それでもこの先、何十年も人生は続くのだ。軌道修正するなら早い方がいい。

ほどほどの立場でのんびり暮らしたいという夢は忘れてはいない。


「ふうん。じゃあ、もし婚約がなくなったらどうするんだ?」

「さあ……それはお父様たちが決めることだわ」

できれば田舎で暮らしたいけれど、私が自分で結婚相手を選ぶことはできない。それが貴族の娘だ。

(まあ、お父様だったら希望を聞いてくれそうだけど)

私に甘いし、エディーという後継がいるのだから。


「ふうん」

「何でそんなこと聞くの?」

「……別に」

「そういうエディーは、好きな子はいないの?」

「は? いるわけないし」

「どうして? モテるじゃない」

見た目もよく侯爵家の後継であるエディーは、お茶会などに行くといつも女の子たちに囲まれるし手紙も沢山もらう。あの中で一人くらい、気になる子がいてもおかしくないのに。

「それに、そろそろ婚約者の話も出るんじゃないかしら」

この国では、王太子は留学に出る前までに婚約者を決める習わしがあるが、他の貴族たちは学園を卒業するまでに決めることが多い。そして卒業後、二十歳くらいまでに結婚するのだ。


「……まあ、それは様子見だな」

「様子見?」

「そのうち考えるよ」

そう言ってエディーは立ち上がると、お皿に残っていた最後の一個をつまみ上げた。

「ちょっと、私のお菓子!」

「食べ過ぎると太るぞ」

「はあ?」

にっと笑ってそう言い残して、エディーは部屋から出ていった。

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