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#7 泣いて、咽いで、青い空

ガルギアが地平線から顔を覗かせる頃。

凍てつくような、乾いた風が体を包む。

近くに川があるので尚更冷え切った風は、体の奥底が芯までをすっかり冷やし切り、私は嫌な不快感と共に目を覚ました。


......寒い!!!!!!!

寒い!!マジで!!

死ぬが?!?!


あまりの不快感に飛び起きると、周囲は驚くほど冷え切っていて、本当に馬鹿にならない寒さだった。

えっ何?突然冬??


足元に何か揺れているのを感じ視線をやると、そこでは私にキュッとくっついた鈴ちゃんがガタガタと震えていた。

アッッこれはまずい。


慌てて震えながら鈴を揺さぶろうとした時、今度は自分の手に違和感を覚え視線を移す。

あっっ見てくださいこの手!!!おもしろいぐらいブルブル震えてますわ!!

それはもう見事に、ガタの来た洗濯機ですか?ってぐらいガタガタに震えていた。


慌てて鈴を震える手で起こそうとするも、鈴は低い唸り声を上げるばかりで一向に起きない。

えっ死んでる??


このままじゃ、昨日あんなカッコつけたのに、ここで私達の旅が終わってしまう!!!!

起きて~~!起きて~~~!!眠ると死ぬぞ!!もう寝てるけど!

必死に揺さぶってみたものの、鈴は一向に目を覚ます気配が無い。

というかすごい。見てこれ。

私の手が震えすぎて、揺さぶる鈴にも伝わってめっちゃ震えてる!

新手のマッサージ器みたいになって、唸り声まで震えてておもしろーい!!


言うてる場合か。

マズイ、まともな思考力すら欠如してる!!


私は慌てて火を熾そうと、昨日熾した焚火の残骸を探す。

確かすぐ隣に.....


比較的すぐにその残骸を見つけられたのだが。希望であるはずのその残骸を見つけて私は硬直してしまった。


......あ


凍ってる~~~~~~~~~~~☆



「えっくし!!」

可愛らしいくしゃみの声が辺りに響く。

ガルギアはすっかり空に顔を出し、薄暗い空が目に見えるように徐々に青さを増して行く。

「......で、それなにがあったの......?」

そんな青空の元、焚火の向かいに座る鈴は、ホクホクと煙を上げる果物を啜りながら訝し気な眼をこちらにやる。


なんすか。私頑張ったんですけど。

まぁ無理もない。だって何があったと視線を向けられたその先の私は、全身土まみれで背中の触手も何本か千切れ、見るも無惨な姿だったからだ。


聞いてください。ちょ〜〜〜頑張ったんですよ?私。

まず火を起こすのに、もうガッタガッタ震える体で、そこら中木を探し回って。

木を探すのはまだしも、火を点ける。これがもう大変だった。

夜明けで若干湿った木はただでさえ火がつきにくいってのに、腕はガクガク震えるから、火起こしする狙いも定まらず、這いつくばったりヤムチャみたいな姿勢したり。

触手を千切って腕を縛ったり、苦闘1時間の末何とか火をつけ。


その上、朝食用の寒さを癒すスープなんて作りたいものだけど、作れるような器具もないから、高い木になる果実を何とかよじ登って取って、果物を焼いて......としてる内にやっと鈴が起きてきたのだ。


大方の話を聞いて、状況を理解した鈴は、「朝からありがとう......」とニコッと笑う。

あっもう充分です。好きな人のこの笑顔だけで、頑張った価値があるってもんだ。

心なしかその笑顔は、眩しすぎて、後光すら差して見えた。


それはそうと、火を点けずに寝たのは本当に失敗だった。

そもそもこの地域は地球でいう多分亜寒帯あたりの気候で、しかも山の麓であるココは、夜は容易に0度を下回る。

昼は日差しが暑い癖、陽が沈んだ夜はその比にならない。さっきなんて通り道で通った池に薄い氷が貼ってた程だ。

なんで昨日の私はあのまま行けると思ったんだろう?

こんな事になるなら真っ暗でも維持で火を点ければよかった......。


その内、くぅとお腹の鳴る音がした。

「フルーツだけだと、少し心許ないや」

あははとフルーツを食べきった鈴は照れながら頭を搔く。


わお、小さいのに良く食べる子なんだ。

私は毎朝フルーツだけで充分なタイプなので、意外だった。

「昨日のお肉、食べる?」

鈴は逡巡の表情を一瞬見せた後、「うん」と頷いた。


肉......ああそうだ、火を点けてれば肉を燻製にしてでも持ち歩けたのに。

何やってるんだろう私〜

自分の手際の悪さと、幸先の悪い始まりに、一抹の不安を拭いきれない。

恋はこうも己の判断を鈍らせるものなのだろうか......


仕方なく、肉の余りをここで焼ききる事にし、お互い焚き火で暖を取る。

温まってきたのか、鼻水を啜り始める鈴に「暖かいね」と笑いかけると、

「うん。それに良い匂いもする」と可愛い笑顔を見せる。


言われてみると確かに。意識してみると木の焼ける仄かな香りと共に、山の自然独特の木と草の匂いに包まれ、心を落ち着かせてくれる。

先程までは私達に牙を剥いていた冷たい風も、日が昇るにつれ少しづつ暖かくなる。

それでも近場の水場の空気を含んだ冷やったい空気が近場の体を撫でて、これがまた気持ち良いのだ。


幸い鈴も同じような感想を抱いてた様で、すっかり明るくなった空に、

「気持ち良い〜!」

と伸びをしていた。


どうだい、都会の喧騒、コンクリートとアスファルトに包まれた灰色の世界から掛け離れたこの大自然は。


私は好きだよ。


きっとこんな奇麗な景色には、リラックスだとかデトックスだとか。

何だかそんな感じの効果があるはずだ。多分。

どっちがどんな意味だったか忘れたけど。


まぁその分、慣れていなくちゃ大自然は、人なんかよりよりよっぽど容赦が無いんだけどね。


やがて良い色に焼けた肉を、2人で齧る。

ホカホカの肉と溢れる肉汁が、また身体をじんわりと暖めてくれた。

朝から肉ってのも、案外悪くないもんだ。


「昨日はありがとうございました。」

そう、覚悟を決めたような真剣な表情で見つめてくる鈴ちゃん。

可愛いヤツめ。

その頭を鷲掴むと、思いっきり撫でくりまわす。

「無理しないの!

嫌な時は泣く!辛い時は好きなだけ甘える。

分かった??」

撫でくりまわされ、ただでさえ寝癖だらけだった髪の毛を更にボサボサにした髪の下で、その表情は嬉しそうに綻んでいた。


良かった。


「嫌いな食べ物とか、

言われてしたくない事とか、見たくないもの。

嫌な事があったら即言うこと!


いきなり変な場所に飛ばされて、全てを受け入れろって方が無理な話でしょ。

少しずつで良いから。無理に慣れなくても、覚悟決めなくても良い。


また寂しくなれば、いくらでも泣いて良いから」


私は精一杯微笑んでそう言う。

無理する必要なんて無いのだ。

ゆっくりでいい。ゆっくり、慣れて行けば良い。


「分かった!」

そう微笑む鈴ちゃんに私も笑顔の頷きで応えた。


「で、どう?

綺麗なもんでしょ」


左を見れば、どこまでも続く平原の地平線。

上を見れば、雲を突き抜け聳える壮大な山。

何処を見ても、それを表現する言葉が大仰な言葉ばかりしか思いつかず、言葉で紡ぐにはあまりにも圧巻の大自然が、私達を取り囲んでいた。


静かな山の中に、2人の静かな咀嚼音だけが寂しそうに響く。


「綺麗......ですね。

ずっとこんな景色なんですか」

「ううん、これからもっともっと綺麗な景色がこれから沢山あるよ」

「そっか、これより綺麗......

すごく、楽しみ」

その言葉に鈴は目を輝かせる。

その笑顔に嘘は無いようで。

自分の気持ちをちゃんと切り替えられる鈴に尊敬すら覚えていた。

きっと、自分の足で見

れない物を見れる喜びも、鈴の中にはあるのかな。


やがて朝食を終えた私達は、いよいよ山を登り始めた。山とは言っても、

相変わらず川沿いを上がり、比較的緩やかな傾斜を上がっていく。

木々も程々で、頂上まである程度見渡せるこの山の景色も、そこはことない神秘さに溢れていて、綺麗だった。


自然ってのは面白い。

木々をかき分ける音、枝を踏んで割れた足音や息遣い。


その些細な音までが、自然にはあるようで無い音で、まるで私達が自然という物から拒絶されているかの様に感じる。


けれどその相容れない空気もまた、心地よいのだ。


自然は寛容じゃない。

度々私に牙を剥く。


飼い慣らしは出来なくとも、上手く仲良くなる事が出来れば、


ヒンヤリと心地よかった風も、ガルギアが昇る度、ゆっくりと身を焼くような、ジリジリとしたとした陽射しに変わってくる。


「体動かすのって、楽しいね!」

「すごい......体力、だね......」

鈴はもう汗をかきながら、言葉通り体を動かすのが楽しくて仕方ないと言った風に、楽しそうに私より先行して山を登っていく。


一方引きこもっていた私はと言えば、もう疲労に飲まれてしまい、すっかり疲れ果ててしまった。

それに、寒さのせいで夜もまともに寝れていない状況で、元気がある方がおかしいのだ。

鈴はすごいな。


すっかり喉が渇いてしまい、汗を吹き出しながらカバンから水筒を取り出す。

それを見た鈴も駆け寄ってきたので、先に鈴に飲ませてあげる事にした。


水筒を受け取った鈴は、「ありがとう!」と笑みを浮かべながら、受け取った水筒から一口、大きな口を開けて水をがぶ飲みする。

いい飲みっぷりだ〜!私も早く飲みたい


「ありがとう!体に染みるね〜!」と気持ちの良い笑顔を浮かべ、ぷはぁ!と爽快な息を上げる鈴を見ていると、更にのどが渇いてきたような錯覚に陥る。

さながら飲料水のCMの様な光景を生唾を飲みながら見守り、鈴の飲み終わった水筒を受け取ると、

朝から水を飲んでいないのだ。早く飲みたい一心で、私も大口をあけ、水筒をひっくり返した。


そこで私もぷはぁ!と至上のため息を上げる、予定った。


しかし、

水は出てこなかった。

あれ?

不思議に思い、水筒を覗き込んでみると、その中は空っぽだった。

「あれ?!もう飲みきったの?!」

「えっ!わたしそんな飲んでないよ......!」

慌てて鈴も水筒を覗き込むも、相変らず空。

「......だよね」咄嗟に言葉が先行したが、私だって鈴が飲んだとは思ってない。

だって、鈴が一口だけを飲む所はこの目で見た。

その一口がとてつもなく多いなんて、そんな事も無かった。


改めて2人で水筒を覗き込んでみるも、空のものは空だった。

2人で顔を見合せて首を傾げる。


そんなに入れた水が少なかっただろうか?

私は朝どれほど水を組んだかを思い出す。

昨日焚き火に水をかけて空っぽになって。だから朝、水を組むためにわざわざ池に寄って。

そうだ、その時に池に張ってた氷を見たんだった。

それで相変わらず冷え込む夜に怨みを馳せて......


......そうだ。私は氷を見たんだ。

だから、水なんて、汲んでない。


私は鈴に視線を移す。

「あれ~、まだあった気がするんだけど、飲みきっちゃった?ごめんね......」

と申し訳なさそうにする鈴。

いいや、いいや。そんな問題じゃない。水はそもそも無かったのだ。


じゃあ、水はどこから?

私は、申し訳なさそうに眉を顰める鈴を、ジッと見つめ思考を巡らせた。




「もうギエル〜!エモノってやつ、どこなのさ〜!」

一人の少女が広大な平原を彷徨っていた。肩には巨大な剣を担ぎ、その片手には巨大な肉食猛獣の上半身を引き摺っていた。無惨にも真っ二つに切り裂かれたその肉体は、地面に深い血と臓物の跡を残す。

「変な平原に飛ばされたと思ったら、いきなりこんな雑魚ばっかり襲ってくるし~!」

どうやら苛立ちを抑えきれない少女は、不満を隠さず、地団駄を踏みつけた。

「弱いのばっかり!私は早くタタカイをしたいのに!

それに、なんでこいつらはこんな所に集まって.......」

止まらない不満を不平を重ねる途中、少女の言葉がふいに途切れる。

視線の先に、肉食獣たちが集う理由があった。そこには、食い荒らされた狼の死骸が幾つも転がっていた。

「やっとそれらしいの、見っけ」

不敵な笑みが口元に浮かぶ。その目は、山へと続く血の痕を見据えていた。

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