#5 サバイバル
初夏の生ぬるい風が髪を揺らす。
一面の緑が、風に吹かれて楽しげに揺れていた。
時刻はちょうど正午を回ったぐらいかな?
ガルギアが空の頂点に上る頃。私達は、人々を祝福するように煌く草原とは対照的に、鬱屈と聳える山へと向かい、続く丘に歩みを進めていた。
「空気が地球と全然違いますね。」
機嫌を取り戻しつつある鈴ちゃんが、深く息を吸いながら独り言のように呟いた。
「そうだね~。ここは日本と違ってそんなに湿気もないし。
今は夏の始まりの季節なんだけど、そこまで熱くもないしね。」
「そうなんですね。でもその分、太陽の光が向こうよりずっと痛い気がします。紫外線かなぁ。」
鈴ちゃんは、病的に真っ白な肌を手で擦りながら不満を連ねる。
太陽って名前、久々に聞いたな。
「......後は音も。鳴いてる虫とか鳥の声だけじゃなくて。
その聞こえ方とか。風の音とか。草の匂いだって。
歩いてる土の感じも何だか違うみたいで......
全部が全部、微妙に違う何かに囲まれてるみたいで、気持ち悪いです。」
そんなこと、私がここに来た時は考えもしなかった。
鈴ちゃんが言うのならそうなのだろうか。鈴ちゃんは何かと洞察力が優れていて、驚かされる。
「......不安?」
「少しだけ」
顔を覗くと、心なしか眉間に皺が寄っているような、微妙な表情だった
「時期慣れるよ」
私が頭を撫でてやると、鈴ちゃんは私の手のされるがままに頭を揺らしていた。
遥か頭上を飛ぶ竜の迫力のある鳴き声が、どこかにこだまして響いていた。
「サバイバルって.....具体的に何をするんですか?」
基本会話といえば、そういった鈴ちゃんの質問ばかりだった。
「文字通りサバイバルだけど......
そうだなぁ、例えば獣を狩ったり、山菜を摘んだり。そうやって自給自足で食材を手に入れて、寝床を自分で用意して寝る......みたいな?」
「そんなことできるんですか?」
鈴ちゃんの表情が不安で曇る。
「大丈夫、こう見えて私、サバイバル生活だけで5年間生きてきたから!」
「5年も?!」
驚愕の表情をこちらに向ける鈴ちゃんに、「すごいでしょ」と胸を張って答える。
「例えばあの木になっている木の実とかは、甘みがあって食べやすい。」
左手の遠くの方にある緑色の木の実を指さす。
「そこの草なんかは苦みもなくていいサラダになる。」
今度は鈴ちゃんの左足元の茂みに生えた緑を指さして言う。
「へ、へぇ~~!
すごいですね......」
驚いたように目を丸くして出た関心の感嘆に、ドヤ顔で返す。
そうか。そういえば日本なんて平和な国に住んでたら、普通は食材に困る事はおろか、住居に困る事だって無いだろう。
サバイバルという言葉は聞いた事があれど、きっとそれがどんな暮らしかは想像つかないのだろう。
そんな他愛もない話をしながら歩いていると、ちょうど進路方向。
丘の真ん中あたりで日向ぼっこをするように眠る狼のような外見の、真っ黒な魔獣が7匹、気持ちよさそうに丸まって寝ているのが見えた。
モフモフの漆黒の体毛が、風になびいて揺れている。
「わっかわいい~......けどちょっと怖い......」
鈴ちゃんが私の後ろで頬を綻ばせる。
かわいい~私もまったく同じ感想が出てくる。だけど、可愛らしいのだけど......
サバイバルとは。これすらも食材なのだ。
眠っていた魔獣は私たちに気が付くと、ゆっくりと起き上がり、「グルルルル」唸りを上げ、こちらを威嚇し始める。
その目は、完全にこちらを敵として捕らえていた。
「え?!大丈夫なんですかあれ?!」
慌てて私の後ろへと隠れた鈴ちゃんに、そっと肩に手を添え「大丈夫大丈夫」となだめる。
その間にも徐々に目が覚めてきたであろう魔獣達は、ふさふさの体毛を全身逆立たせながら、さらにうなり声のボルテージを上げ、鋭い牙を覗かせたその口から、よだれを滴らせていた。
ひえ~怖い。きっとここが縄張りだったのかな?
まるでここを通さんと吠えるその威勢に、カッコ良さすら覚えてしまう。
「どこがですか?!」
鈴ちゃんが絶叫を上げる。
ちょうど良い機会だ。
これから私達がしていくのは、血も涙もない正真正銘のサバイバル。
まぁでも、サバイバルと言っても、基本獣と対峙するなんて普通はまぁ有り得ないんだけど。
でもその普通ってのは地球での話。私だって地球上でのサバイバル知識だっていくらある。
だけど、この世界はちょっとだけ違うんだ。
向こうから向かってきてくれる食料のどんなに楽な事か。
「見てると良いさ。これがサバイバルってやつだよ」
私は手の中に剣を生成すると、鋭い咆哮を上げる魔獣へと構えた。
てっきり夏のボルテージは上がり続けるのかと思っていましたが、そうでもないようで。
何とか耐え凌げそうです。
そう思っていた矢先、クーラーが壊れました。
避難します。