#4 約束
「早く行こう......!」
鈴ちゃんはまるで興奮が抑えられないといった風走り出しながら笑顔でこちらに振り向いて手を差し伸べる。
その背景には、旅の始まりにふさわしい、視界の先に延々と広がる、果ての見えない大草原。
風が吹くと、淡い緑の草木が楽しそうに揺れる。
草木の揺れるさらさらと子気味のいい音が耳を撫で、より興奮を掻き立てる。
眼前に広がるこの景色は、まるで私達を祝福するように輝いて見えた。
......とはならないんだよね。
と言うのも、目的地である飛行大陸はその名の通り、物理的に飛んでいる。
飛んでいるのだから、そりゃあ徒歩ではどうやったってたどり着けない場所にある。
とは言っても、飛行大陸は年に数回この大陸に降下してきて、生態調査という名目でこの大陸に何日か滞在する。
つまり、飛行大陸に入るためにはその大陸の降下場所に行かなきゃ行けない。
そこと言うのは、山越え谷越えやっと付ける場所。
そう、山越え谷越えってのは比喩じゃなくてそのまんまの意味。
この目の前の大草原のどこに山や谷があるだろうか...?
あ、見えますかね!
アレですアレ!この視界の端の端に写ってるアレの事ですね!
めちゃくちゃ険しく連立するあの山岳!
如何にも人を寄せつけんとする、重苦しい威厳を放つあの山々!見えますかね?!?!
そう、アレを登って行かなきゃならないんですよ。ええ。
さて、その頃鈴ちゃんはと言うと〜〜〜?
草原目がけてまっしぐら。
うーん待てこら。
鈴ちゃんは、その顔に天真爛漫な笑顔を浮かべて突っ走っていく。
嗚呼、それを引き留める心のなんと苦しいことか。
「待って待って待って」
私は走って追いついた鈴ちゃんの手を掴み引き止める。
「どうしたの?」
引き止めた鈴ちゃんは尚も、目をキラキラと輝かせ、その心は希望に満ち溢れ、ワクワクが止まらないと言ったご様子。
うう、心が痛い!そんな目で私を見ないで欲しい!!
「......すごく悪いんだけど、私達が行くのは、そっちじゃなくて、こっち」
そうして私が指を指したのは、草原の端に連なる険しい山岳。
頂点には雪が積もっているものまであり、雲を突き破って聳えるその山々。
うーん私も行きたくない。
私が指さした方向を見た人の子は数秒硬直し、再び私に向き直ると、
「早く行こ!」
と真逆の草原へと向かいまた走り出す。
現実逃避するな。
でもどう説得したものか......。
気持ちは分かるんだ。私も正直な所、見かけだけで言うなら絶対あっちは行きたくない。
だってぇ?どちらかと言うと私は山よりは海派だし。
......そういう話じゃないけど。
けれど、これだけは好き好みの話ではなくて、それ以上にこの平原は、ヤバいんだ。
なんとか掴んだ手を握って、視線を合わせて説得する。
「あのね、鈴ちゃん。聞いて欲しいんだけど。
草原には馬鹿みたいに強い魔物がわんさか住んでて、中にはめちゃくちゃ好戦的なものだっているんだ。
私達が襲われたらひとたまりもないんだよ。
でも山岳の方は、道が険しいぶん、強い魔物はそんなに居ない。
だからあっちを通ろう?ね?」
鈴ちゃんは顔を顰めて固まってしまった。
見捨てようとした癖にどの口がとは思うかもしれないが、今は付いてきて正解だと思い直した。
実を言うと、この草原はこの大陸屈指の危険地帯。
なんでかってそれは、この草原にはこの星のトップを争うレベルで強い神話生物級の魔物がそりゃもうわんさか住んでいるのだ。
そんな草原に何も知らない鈴ちゃんが「わ〜い」とバンザイ姿で飛び込もうもんなら?
ロクな抵抗無しに、直ぐに食い殺されるのが目に見える。
ところで神話生物とは。
神話生物というのは、呼んで字の如く、神話の、生き物。
遥か昔からこの世界に住んでいて、神話と呼ばれるほど語り継がれるのだからそれ程に強い。
というのも、この世界の魔物は生きた年月に比例して強くなっていく。
だって、食うか食われるかのこの世界で長い年月を生き抜くという事は過去その魔物に勝てるやつがいなかったというのを示している。
だからこそ、この世界で生きた年月というのは、強さに匹敵する。
......のだけど、この平原だけはその常識を覆す。
この平原に住む魔物は遺伝子的なものかは知らないけれど、生まれた頃から化け物級の強さをしていたり能力を持っていたりする。
そして実は、この大陸に人族が居ないのは9割9分この平原が原因だったりする。
え、この大陸に人族がいない?
なんで空を飛ぶ必要があるの?
じゃあこの大陸を占領しちゃえばいいじゃない!
そんな事を考えたそこの君。
それは無理な話。
だって、この平原には動くだけで大地を吹き飛ばすレベルの魔物がひしめき合ってる。
そんな所に人族が何十万何万人。
下手すりゃ国単位で攻め込もうとも、落ちる事はまず無い。
なんてったって、ここに居るのは、
少し走るだけで地層単位で大地をめくれあがらせるヒトデ。
息をするかのように大地を焦土に変えるカマキリ。
ちょっとジャンプするだけで大震災を齎すウサギ。
そんなものがゴロゴロいる。
言ってる意味が分からない?
私だって分からない。
それ程この平原に住む魔物はインフレしているのだ。
生憎インフレ系主人公じゃない私は、この平原に突っ込もうもんなら塵すら残らず消し飛んでしまう。
だから何としてでもこの平原を通るのを阻止せねばならなかった。
「鈴ちゃん、この先の平原は、奇麗なのはよく良くわかるけど、ここは本当に危険な魔物が沢山いるんだ。
どうしてもと言うなら仕方がないけど、私じゃ守り切れる自信はくて。
だから、良かったら山を通らない?」
鈴ちゃんの表情はどんどん曇っていく。
嗚呼、これ以上私の心を痛めないで......
でも、もしかしてそんなに奇麗な景色に興味があるのなら。逆に好都合なんじゃないか?
「じゃあさ、これ以上に奇麗な景色を、これからもっとたくさん見せてあげるよ」
鈴ちゃんは少し顔を上げた。
「森に虹を降らせる大きな滝とか、夜に空より輝く星の砂漠とか。
代わり映えしないこんな平原より、こっちに道はもっと良い景色を見せられるよ」
鈴ちゃんは少し逡巡の表情を見せる。
「きっと奇麗だよ。
地球の景色より、テレビで見てきたどんな景色より。
だってこの星は、あんな灰色ばかりの世界じゃなくて。
手の尽くされていない色とりどりの大自然ばっかりなんだから!」
「......約束ですか?」
「うん、約束!」
わたしは小指を差し出すと、鈴ちゃんの小さな指が絡められた。
「わかりました」
鈴ちゃんは渋々うなずく。けれど少しだけ、その表情にはまたワクワクが戻っていた。
その純粋な笑みに、思わずかわいいなぁと笑みが零れる。
「ありがとう」
良かった納得してくれた鈴ちゃんにほっとしながら、この先もきっと沢山の難しい選択を迫られるこの旅に、不安が募る。
このままでいいのだろうか?この笑顔を守り続けられるだろうか。
けれどそれを振り払うように、まだ少しだけとぼとぼと歩き出す鈴ちゃんの手を握って、まるで魔王城の如く威圧感とオーラを放つ、険しい山へと一歩を踏み出す。
だって大丈夫。その先で待ち構える絶景は、誰にも書き記す事ができないぐらい、奇麗なのだから。
「さぁ、行こっか!」
私は鈴ちゃんよりも先に走り出すと、
「あっ!置いてかないで!」
と鈴ちゃんの声が後ろから響いた。
気が付けば、四季が巡り2年の時が経っていました。不思議ですね?
実を言うと、不幸や闘病が続き、文字を書くのが困難でした。
ですが、その間もずっと心の支えになっていたのはこの作品です。
まだ5話目で何を大層なとお叱りをいただけば当然ですが、この作品はきっと完結します。
ぜひ長く生暖かい目で見守っていただけると幸いです。
P.S.
あまりの夏の熱気に耐えきれそうもないので失踪します。