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#閑話 心は踊る

「また、失敗か......?」

灯りのない部屋の中、机の上に広げられた大きな紙の上で、文字と図形の入り交じった円形の幾何学模様が、仄かな光を放っていた。

その光は、身に纏った白衣に反射して、ぼんやりと部屋を薄暗く照らしていた。


確かに術式は完成したはずだが。

何故こうも上手く行かないものなのか。

ポリポリと頭を掻くと、苛立ちを払う様に頭を振る。

そして、机の上の何枚もの紙を片手で乱雑に振り落とし、また大きな紙を広げるとそこに円系の幾何学模様を描き始める。

「術式は......確かに成功したはずだ。

それならば魔力を辿れば......」

三日三晩、寝ていない頭で必死に思考を紡ぐ。

ボソボソとつぶやきながら、思案する。

これが完成すれば、もっと効率よく、着実に...。


長年失敗続きの実験に、いい加減嫌気がさしてくる。

しかし諦めるわけにもいかず、ただ黙々と実験を続けていた。


すっかり時を忘れ実験に没頭していた頃、

ふと、ドタドタドタドタと廊下を走る音が聞こえてきた。

そしてその音は、こちらへと段々と近づいてくる。

悪い予感に顔を顰めていると、

案の定、バァン!激しくドアの開いた音と共に、「やっほーー!!ギエル!!!暇?!?!」

耳を劈くような幼い女の高い声が、狭い部屋に木霊した。

それと同時に、さっきまで薄暗い部屋にはドアからの眩い光が差し込み、思わず目を細める。


徹夜続きの私には、その行動全てが物理ダメージに変わり、苛立ちが募らせながら最大限に顔を顰めてそちらを見やる。


「扉を閉めている時は入るなと言っただろう、このガキめ」


ドアを開け放ったそこに居たのは、天真爛漫な笑顔を浮かべた、ボロ絹を纏ったみすぼらしい少女。

好奇心に満ちたその目は、机の上に描かれた幾何学模様を捉えていた。


「ねぇねぇ!それってまた、ケンキュウってやつ?!」

「出ていけ」

「連れないなぁ」

全く話を聞かず大げさに首を振るフェリアの仕草に、ますます苛立ちが募る。


それに留まらず、フェリアはずけずけと私の研究室に入り込むと、入口付近にあった手ごろなソファにドカッと座り込んだ。

「おい、座るな。出て行けと言っただろ」

「いいじゃんいいじゃん。

アタシ達の仲なんだし、さ」

語尾にハートマークの付きそうな甘い声でウインクをするフェリアに、いい加減苛立ちが隠せなくなる。

「これ以上邪魔するなら、また魔力を抜き取るぞ」

「え~!それはヤダ!

だってあれ気持ち悪いんだもん!!

でも暇なんだよ〜遊ぼうよ〜!」

「私はガキの相手をしてるほど暇じゃない。帰れ」

苛立ちに頭を掻きむしりながらも、その言葉を受け流して、

フェリアの腰かけたソファの後ろの戸棚から、実験に必要な小瓶を取り出す。

もちろん、諦めの悪いフェリアはその手を逃すまいと私の腕を抱きしめるが、それを予想していた私はその手を勢いよく振り払った。

しかし、

「パリンッ」

思った以上に力ずよく振り払ってしまった私の手からは、小瓶がスルリと飛び出した。

宙を舞ったガラス瓶は、私たちとの対面の壁にぶつかり、甲高い音を部屋に響かせる。

「あっ、あの、ごめん」

さすがにまずいと思ったのか、フェリアは慌てて謝る。

しかし、その時にはもう怒りすら超え、呆れが生まれていた。

「じゃあもう黙ってろ」

「はい......」

さっきとは打って変わって急激にしおらしくなったフェリアに、これで邪魔されずに済むと、大きな溜息を吐く。

するとフェリアは、更に申し訳なさそうに縮こまっていた。


そんなフェリアを尻目に、床に散らばってしまったガラス瓶と、その中に入っていた砂をかき集め始める。

それを手伝おうとフェリアは身を乗り出したが、邪魔するな。と手で制止し、黙々と砂をかき集め続けた。


いくら空気が重かろうが、実験は続ける。

なんとか砂とガラス片をかたずけ終わると、背後を振り返る事も無く、砂を片手に部屋の中央に置かれた机のへと移動する。

そして、机の上に置かれた古びた地図の上に集めた砂を散らすと、砂達は、地図の上でゆっくりと浮かび上がり、やがて流動を始めた。


「あの、その、さ。

そのケンキュウってやつ、手伝う事とか無い......?」

しばらくその様子を眺めていると、後ろから申し訳なさそうにフェリアが声を出した。

「これ以上邪魔するなといったな?」

「ごめんなさい......」

首をピクリとも動かさずそんな会話を続けていると、やがて地図の上に浮かんでいた砂が、大きく渦を巻き始めた。


......なんだこれは?見たことも無い現象に、唖然とする。

しかし、一体何事だと呆気に取られている間にも、地図上の渦は段々とその大きさを増し、まるでそこに何かあると言わんばかりに、その中心点作りながら、地図の上で大きな渦を巻いていた。

全く前例のない現象に顔をしかめていると、しばらくしてその現象に大方の予想がつく。

それと同時に、その憶測は、私の実験の大成功を意味していた。

「やった!!やったぞ!!!」

余りの嬉しさに、私は机をたたいて大声で立ち上がった。

ガシャン!と机の上の物が音を立てて揺れる。

しかし、この興奮は、そんな程度で冷静に戻るようなものではなかった。

「成功だ!やはり成功していたんだ!フハハ、やった、やったぞ!」

「ちょっ、どうしたのギエル」

「研究の成功だ!ほら見ろ!こいつがいればまた新たな計画ができる!」

「えっ、どういうこと?」

理解されなくたっていい。

私にとってこれは、大きな、いや、大きすぎる進歩なのだから。

そうだ。成功したということは、また1つ計画を進められる。

また新たな武器を創り出せる。

しかし、なんだこの魔法砂の渦巻いている場所は......


興奮のあまり、濁流のように思考が次々と流れて行く。

そうは気づいいても、冷静になる事というのは難しい。

「......そうだな。

貴様、手伝いたいとか言っていたな。

もしかしたら、あるかもしれないぞ。手伝える事が」

「えっほんと?」

「ああ、少し待ってろ」

砂の下にある地図に、より縮尺の小さい地図を重ねると、砂の渦はより大きな渦へと変わってゆく。

「ああ、大体ここだな。

フェリア、私の指示した場所にいる生き物を攫ってこい。

それも、お前なら分かるだろう。魔力量のとびきりでかい奴だ」

「えっ、ちょっと待ってよ急に。

攫う......?」

私の突拍子も無い言葉に、フェリアは困惑の声を上げる。

まぁ、そうだろうな。

「もっと簡単に言うと、そうだな。

何とかしてその場所にお前を飛ばすから、そこにいる魔力量のとびきり多い奴を捕まえてくるんだ。

ただ魔力が多いってだけじゃない、多分だが、雰囲気でわかるだろう。

異次元的に魔力を保有した奴が多分そこに居る。

そいつをなんとしてでもここにそいつを連れて帰るんだ。


そいつがどうしても実験に必要なのだ。

必ずだ。だから、抵抗するようなら殺してしまったっていい」

どんな得体のしれない生き物だか知らないが、まぁ恐らくフェリアなら手間はかからないだろう。こいつは武道に関してはどこで学んだんだか達人だ。

龍だか人だか、どんな化け物だろうが構わない。

それよりも、何としてでも確保する事が第1優先だ。

「重大任務って事だね?」

フェリアは息を飲む。

「そんで、その上戦ってこいってことだね!?」

「......そう捉えてもらってもかまわない。」

「まかせてよ!アタシ、たたかうの、大好きだから!」


殺しても構わないという命令に、フンスと鼻を鳴らして応答するフェリア。

こいつも大概非常識に育ったものだと溜息を吐く。

誰に育てられたのやら。親の顔が見てみたい。

「で、敵はどこにいるの?」

「そうだな、ちょっと待ってろ。

しかし、場所としてはかなり遠いのだが。......まぁ何とかする。

その間に、外出の準備でもしてろ」

「アイアイサー!」

元気のいい返事を返してから、ケンキュウ、ケンキュウ〜♪と鼻歌交じりに部屋を飛び出すフェリア。


それを横目に見送ると、数秒思案した後、机を部屋の奥へと乱雑に押しのけ、部屋の真ん中に大きなスペースを作る。

地面に散乱した書類が、机に轢かれて皺くちゃに歪んで行くが、気にしない。

そうして無理やり作った床のスペースに、白衣からチョークを取り出すと、描き慣れた幾何学模様を描いてゆく。


少しでも間違えれば、フェリアの体が消し飛んでしまうような代物。

慎重に、それでも興奮気味に手早くその幾何学模様を描きあげる。


数分して、一筆を残して書き終えたその魔方陣は、白くぼんやりと光り始めていた。

「成功だ、成功だ。

ハハハ、本当に今日は最高の一日になるだろうな。

まるで神の祝福を受けているようだ」

用意を終えた私は、鼻歌交じりに、ティーカップに紅茶を注ぎながら主役の登場を待つ。

どうしたものうだろう。

今日という日は、本当に素晴らしい。長年行き詰まっていた研究がやっと身を結んだのだ。

何としても、何としてもこのチャンスを逃してはならない。逃してはならないのだ。


1人薄暗い部屋でふふふと薄気味悪い悪い笑みを浮かべていると、やがて、爆音と共に部屋の扉がまた開け放たれた。

勿論、そこに立っていたのはご機嫌そうなフェリア。

そしてその背中には、身の回りよりも大きな大剣を背負っていた。

そして、大声で。

「食料OK!!水よし!剣よし!フィリア、よし!!」

と、身の回りの確認をし始める。

いつもなら苛立つようなそんな行動すら、今は心地よかった。

「準備は出来たか?フェリア」

準備が整ったであろう頃に声を掛けると、

「バッチグーだよ!」

元気よくサムズアップと共に返事が帰って来た。

よし。

「じゃあ、いよいよだ。

この丸い模様の中に立ってくれ」

「おっけー!」

「行先はナシュだ。

......と言っても分からないだろうが、まぁ遠い場所だ。」

「でもギエルの力があれば行けるんだね!」

「ああ、その通りだ。」

珍しく理解が早く、本当にメンタルに良い。

本当に今日は、何かいい日なのだろうか。

「そうだ」

肝心な事を忘れていた。

私は、机の上にあった白い模様の描かれた真っ黒な箱を1つ手に取ると、そのままそれをフェリアに手渡す。

「こいつを渡しておく」

「これは?」

「こいつの白い模様に触れれば、1度切りだが私のこの部屋と声が繋がる。

だから、それっぽいのを捕まえた後に、1度だけ連絡しろ。

その時に、お前と共に回収する」

「回収って、ギエルも来てくれるの?」

「それはその時に考えよう。

しかし、連絡を取れるのは1度きりだ。間違ってもヘマはするなよ」

「イエッサー!」

元気よく敬礼をしながら返事をするフェリアに、やはり不安を拭いきれないが。

まぁ、今日はいい日だ。上手くやってくれるだろうと、迷いを振り払った。


「さぁ、いよいよだ。

準備はいいな?」

「まっかせてよ!

初めてのケンキュウの手伝い、完璧にこなしてあげるからね!」

胸をバシンと叩くフェリアを横目に、期待しているぞ。と、その足元に描かれた魔法陣に最後の一筆を加えた。

瞬間、魔法陣は燦然と煌めき、真っ白な光を放ちだす。


光りだした魔方陣は、そこに描かれた何重もの幾何学模様を高速回転させ、描かれていた文字は、その文字が読めない程にギュンギュンとその回転を増してゆく。

眩い光を放つ魔法陣は、一瞬で部屋全体を真っ白で埋め尽くした。

「うわぁ!なにこれ凄い!!」

興奮気味なフェリアの声が聞こえ、

「動くなよ!」

と忠告の声を上げるも、聞こえているのかさえも分からなかった。

加減を知らず明るさの増してくその光は、ゆっくりとフェリアを飲み込み、その輪郭すらも曖昧に消して行く。あまりの明るさに、思わず目を閉じてしまった。

「すごいよコレ!不思議!体がまるで、消えてくみたい!


あっ!行ってきます!!」

フェリアの大声が最後に響くと、次の瞬間にはパッと光が消え、再び暗い部屋に沈黙が訪れていた。

目を開くと、そこにはフェリアの姿は見当たらず、先程まで光っていたあの魔法陣は、その場所に焼け焦げたような刻印だけを残し、もううんともすんとも言わなくなっていた。

「一瞬の......出来事だったな」

呆然としながらも、その口角は、自然とまた持ち上がっていた。

「また1つ、計画が進んだな」

私は再び、机に向かう。紅茶の入ったカップを呷ると、飲み干してから、カップを揺らす。

今日という日に祝福を、新たな可能性に乾杯を。


薄暗い部屋に、カランと、小さな陶器のぶつかる音が響いた。

憂鬱な気持ちを何とか乗り切り、投稿しました。

留学するので失踪します。

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