#3 旅の始まり
いつか私は夢を見た。また守れない夢を。
覚えていないぐらいずっと昔だった気も、つい昨日だった気もする。
それでも確かにそれだけは覚えていて、だからまた、森に引き籠って、
誰も傷つかない家を作ろうと決めた。
きっとそれが、幸せなはずだから、何も失わない、完璧な家を。
心は虚空でも、それが正しいはずだから。
けれど、私は恋に落ちてしまった。私はもう一度だけ、前を向く選択をしてしまった。
そう言葉を発した時点で、言葉には責任が宿るのだ。
さて、こうなったら切り替えるしかない。
付いて行くと言ったからには、義務が生じる。
言ってしまったからにはもう、この身に変えても全力で彼女を守るしかない。
それは、二度と同じ過ちを、繰り返さぬように。
「ありがとうございます......!」
重ねてお礼をする鈴ちゃんに
「うん」
と、何気なくふるまってみる。
自分では気にならないけれど、イタかったりしないだろうか?
他人を意識して喋るのは初めてだから何とも......
「じゃあ、これからどうしたらいいでしょう」
対する鈴ちゃんも、何気なくふるまっているようだけど、その心中はバレバレだった。
「無理しなくていいからね」
「ごめんなさい。正直、まだ怖くて」
その足は、面白いぐらいに震えていた。
ガクガクガクって感じで。
例えるなら、この子の足元だけで地震が起きてるんじゃないかってぐらい、その足は震えている。
本当に正直なのは、好感が持てる。
「ぷっ」
そして私は、思わず吹き出してしまった。
「あ、あの、ごめんなさい!」
「いいよ、本当はそんなに怒ってないから」
「えっ」
「本当に、離れたくない理由だけが、あったんだ。」
私は、チラリと、巣の奥で揺れる小さな魔女帽子を見つめる。
「何か、あったんですか?」
「ごめんね。もう大丈夫」
きっといい加減、過去の感傷に浸るのはやめろって、あの子からのお告げだろうか。
「さぁ、準備をしようか!
時間は有限なんだ、早速、今日から行ける所まで行ってしまおう!」
私は気持ちを切り替えるべく、パンパンと自分の頬を叩いた。
景気のいい音だ。
私は巣の下から、茶色い斜め掛けの鞄を引っ張り出す。
中を開けると、埃と共に、硬貨が数枚、小包と革製の水筒。
そして小さなナイフが入っていた。
名してお手軽旅キットだ。
ナイフが錆び付いてないといいけど。
それを鈴ちゃんは隣からのぞき込む。
「なんですか?ソレ」
「昔、ちょっと旅をしててね。その時使ってたお金とか、ナイフとか。
まだ使えるといいんだけど」
「なるほど」
そして、そんな会話もほどほどに、私たちは、家を出発した。
さよなら愛しの我が家。
きっとまた戻ってくるからね......。
ちなみに鈴ちゃんはずっと裸足だったので、草とツタを捩じった簡易な靴を作ってあげた。
足を下手に擦り剥いちゃまずいからね。
そうして私たちは、さっきの小川とは反対方向に、森の中を再び歩く。
反対方向といっても、川は山からずうっと流れてきているものなので、相変わらず川沿いに、代わり映えしない景色を歩いて行く。
二人の足音と、小川の流れる水の音が森に静かに響いている。
「これから、どこに向かうんですか?」
やがて鈴ちゃんの疑問が静寂を遮った。
「説明した通り、まずは一番近い耳長族の村かな。
とりあえずはそこで衣食住が確保できるし、そこからは鈴ちゃん次第」
「なるほど......、
一週間、かかるんですよね」
「うん、一週間」
いよいよ鈴ちゃんの顔は曇ってしまった。
「大丈夫大丈夫、私がいれば安心さ」
そういって力拳を作って見せるも、こちらをちらりと見た瞬間、鈴ちゃんはびくりと体を震わせてしまった。
この先が思いやられるなぁ......
そう頭を悩ませていると、突然。
メキメキメキィ!と不自然に木々のへし折れる音が聞こえ、鈴ちゃんの隣にあった大木が、こちらへと倒れ掛かってきた。
それは突然で、私は一瞬、何が起きたのかさえ分からなかった。
「危ない!!」
私は咄嗟に鈴ちゃんを抱えて、前方へと少し飛んで倒れこむ。
地響きと共に、私たちのいた場所に大木が倒れ、幹の直撃は回避したものの、大量の枝が私の背中をたたきつけた。
幸い私が覆いかぶさるように倒れたおかげで鈴ちゃんにダメージはないようだけど、私の背中は、多分ヤバイ。
アドレナリンのおかげか痛みはないものの、その衝撃はすさまじいものだった。
「大丈夫?!」
「そちらこそ!!大丈夫で......す......か......っ」
言っている途中で、鈴ちゃんは途中で言葉を詰まらせてしまった。
「どうかした?!」
「あ、あれ......」
呆気にとられ、私の肩越しに指さす鈴ちゃん。
咄嗟に振り返ると、その指さした先には、
倒れてきた大木の木々の隙間から覗く青い空。
その空を覆い隠してしまうほど豪壮な飛行大陸が、その大陸の下に付いた大陸と同じサイズの大型のプロペラを2枚を高速で回転させ、悠々と漂っていた。
「ああ、あれか」
緊張からの解放か、少し笑ってしまった。
鈴ちゃんを押し倒す姿勢からそのまま転がり、鈴ちゃんとの隣で、同じように仰向けで寝転がる。
「あれはね、飛行大陸。
この世界の人間が住んでるんだよ」
そのあまりの巨大さに、私も初めて見た時、腰を抜かしたものだ。
「へ、へぇ......」
呆気に取られたように、鈴ちゃんはずっと空を見ていた。
そのうち、強めの暴風が森を吹き抜けた。
読んで字の如く、人力で飛行するあの大陸は、その性質上真下には爆風が吹き荒れる。
なんてはた迷惑な、と笑いたくもなるが、実際問題めちゃくちゃ迷惑だし、笑いごとでもない。
アレのおかげで下の大陸の畑や民家、果てには山なんかが吹っ飛ぶ事件は昔から結構あって、それは割と国際問題にまで発展していたりする。
てなわけで、この木が倒れてきたのはその暴風被害のせいだろうか?
その割には木は大きすぎるし、風が吹くよりも倒れるのが少し早かった気もする。
私はそんなことをボーっと考えながら、鈴ちゃんの横で、空を見上げていた。
やがて、隣で寝転がる鈴ちゃんの頬を、スっと涙が伝う。
「凄い......ですね。
ハハ、もう何が何か分からないや」
困ったように笑う鈴ちゃんに、その横顔を見ながらかける言葉を迷っていた。
「とっても、奇麗ですね......
何だか、いろいろどうでもよくなってきちゃった」
鈴ちゃんは寝ころんだまま目線の先まで腕を伸ばすと、飛行大陸に手のひらを重ねる。
「あんな小さな島に、人が住んでるんですか......?」
「うん、実は見かけによらず、結構大きいんだよ。
あそこでは、沢山の人間が毎日平和に暮らしてるよ」
絶賛戦争中だけど。
「へぇ......あんな高くから見る景色なんて、すごいいい景色なんだろうなぁ。
......あっ、大丈夫ですか?!
背中、痛くないですか?!
ごめんなさい!護ってもらったのに!!」
鈴ちゃんは急に我に返ったように、慌てて立ち上がる。
そして、私の手を引っ張り、枝に挟まった私をズリズリと引きずり出してくれた。
そのまま私を立ち上がらせると、いそいそと私の体を払いながら私の背中に周り、「うわっ......」と声を出した。
「えっ、そんな私の背中ヤバい?」
不思議と痛みは感じないものだから、そこまでとは思って無かったんだけど。
「いや、大丈夫です。
あの、傷は1つも無いんですけど。
その......」
......?
傷一つないというのも不思議なものだけど、それだというのに、何故か鈴ちゃんは露骨に顔を顰めていた。
「ごめんなさい......触手の生え方がその......凄いなって......」
ブレないなぁ。
「いいよ別に。
とりあえず、傷は無いんだ?」
「大丈夫みたいです」
傷がないのは不思議だな首を傾げながらも、笑ってみせた。
「鈴ちゃんこそ、傷はない?」
「わたしは大丈夫です!」
「良かった」
あんな大木が倒れてきたのに2人とも無事だなんて、奇跡みたいな物だ。
良かった良かったなんて楽観的に思考する傍ら、本当に不思議な事だなぁと、内心首をかしげていた。
まぁ純粋に木が腐っていたんだろうか?なんて考えていると。
「あの......わたし、」
と鈴ちゃんがこちらを見ながら言葉を選んでいた。
「わたし、あそこに行ってみたいです。
あの、飛んでる大陸......!」
鈴ちゃんは意を決した用に、そして少し目を輝かせながら、そう言った。
マジかぁと驚き半分、正直あそこに行くのは......なんて思考はよぎったものの、口に出すほどのものでもないか、と飲み込んだ。
「いいと思うよ、中々難しい点もあるけど、
旅の目標がある事は、とてもいい事だ」
私が笑ってみせると、鈴ちゃんは少し嬉しそうに笑った。
「じゃあ、それにしてもまずは町で物資調達だね」
「......はい!」
旅の目標はどうやら決まったようだ。
そうして私と鈴ちゃんは、再び森の中を歩き出した。
なんやかんやありながらも、鈴ちゃんは少し不安そうな、少し夢を持ったような。
そんな複雑な表情のまま、歩いていた。
それからは特に何も無く、歩いてるうちに木の間隔がまばらになり始めた。
そろそろ森も終わりかな。
歩いてるうちに、心地よく吹いていた風が止まり、音が消える。
やがて木がなくなり、視界が開けると、ゴウっと向かい風が吹き荒れた。
「わっ」と悲鳴と同時に思わず閉じた目をゆっくりと開くと。
そこには延々と続く、果ての見えない大草原が広がっていた。
心地よい風が頬を撫でる。
風が吹く度、淡い緑の草木が楽しそうに揺れる。
草原には豚に似た魔物や黒色の四足歩行の形容し難い魔物。
遥か彼方に見えると言うのに、ここからでも巨大に見えるサイズの亀。
見上げればどこまでも広がる快晴の空に、そこに優雅に浮かぶ小さな4つの飛行大陸。
その下を龍や竜が大きく羽ばたき、楽しそうに大空を舞っている。
いつ見ても、圧巻の光景。
久々に見たこの景色に、私もこれからの不安と、希望に胸に募らせる。
「わぁ......綺麗......!」
鈴ちゃんも、その隣で感嘆の声を上げていた。
草原から森の中へと吹く風は、私の頬を撫で、髪を揺らす。
鈴ちゃんの入院着もバタバタと風にはためき揺れてた。
この広大な大自然が、旅の始まりを祝福しているようだった。
「早く、行こう......!」
好奇心のままに手を引く鈴ちゃんに、
「待って待って」
と笑いながら着いていく。
これが私達の、旅の始まりだった。
新しいイヤホン、とても快適です。
Bluetoothイヤホンというものは、いいものですね!
しかし、四月が憂鬱で、春眠暁を覚える事が出来なかったので、再び失踪します。