#2 出会い、別れ
森はさざめき、暖かいガルギアの光が形を変えながら辺りを照らす。
私の視界の先では、一人の少女が叫ぶことすらも忘れ、目の前に突然現れた恐怖に怯え、黄色く地面を濡らしていた。
私はどうやら、この容姿のせいで人の子を怖がらせてしまったらしい。
.....という事がわかった所で、どうしたものだろう。
態度や行為で嫌われたのなら、まだ弁解の余地はあったと思う。
けれど、容姿で怖がられたのなら、どうしたって対処しようが難しいじゃないか。
......困った。
私は腕を組んで、唸り始める。
何を隠そう、私はこの森の引きこもりだ。
彼此もう5年ぐらい引きこもってる私には、昔からあったかすら怪しいコミュ力というものは完全に消え失せていた。
だって!話しかけなくたって、この美貌のおかげでみんな話しかけてくれるんだもん!
しかし、今その武器は彼女にとって、通用しないようだった。
はぁ、とひとつ、溜息を吐く。
一応、しばらく待てば落ち着くのかな?
としばらく待って見るも、人の子の顔は静止画のように引き攣り固まったまま。
ならばと今度は少し踊ってみるも、相変わらず......
というか恐怖の表情が別の意味の恐怖に変化した気がする。
少しイラッときた。
それでも人の子は、恐ろしいぐらいに顔が整いすぎてて、不思議と人を惹きつける魅力があるのだった。
そもそも、どうして人がここに?とか、なぜ日本語を?とか、
諸々の疑問はある。
だってそもそも、この森に人はいるわけがない。
それを聞くにしても、まずは話をしなくちゃいけないのだ。
どうすれば怯え続ける少女にどうしたら安心してもらえるのか。
けれど、何も行動しなければ溝は一向に埋まらない。
仕方ないか。私は1つ、小さい溜息をつくと、自分のアイデンティティを犠牲に、1つの策を実行する事にした。
というのも、この容姿のせいで人に恐がられるというのは、実は実は1度や2度では無いのだ。
こんなにも美人なのに。
つまり、容姿の事はどうしようも無いと言う発言を撤回することにはなるんだけど......
私は目を閉じると、体の各部位に意識を集中させた。
「ッ!」
意識した瞬間、ズキンという鈍痛が、全身を駆け巡る。
何をしたかと言うと、8つ目や触手、蜘蛛足等の人外要素を全てを霧に変え、消し去ったのだ。
不思議な事は何も無い。
私の能力は、こうやって物の形状を変える事が出来る力なのだから。
勿論体の大事な器官であるその複数が消えたのだから、かなりの痛みは伴うけれど、これで外見だけはただの人間。
血だらけだけど。
そう、私はこれでもう、周囲の誰もが認める正真正銘、ただの美人になってしまったのだ。
嗚呼、なんと罪深い。
血だらけなんだけど。
そしてゆっくりと深呼吸すると、人の子へと1歩、近づいた。
「大丈夫、私は貴方を助けたんだよ」
今度こそ、柔らかい笑みを浮かべて手を差し出す。
体の消えた部位から続く疼痛に耐えながら、どうにか笑顔を崩さないように心の中で己へと呪いをかける。
決して表に出してはいけないと。
ここで少しでもマイナスの感情を出してしまえば、少女は安心なんてできないと、ひたすら私は繰り返す。
それでも硬直し続ける人の子に、
その手を取って無理やり立ち上がらせた。
「怖かったね、もう大丈夫」
「ほら、怪我はない?」
地面に座り込んでいた事で汚れてしまった人の子の服を払いながら、一方的に語りかける。
一瞬、「ヒッ」という声と共に人の子は逃げようとするも、
「ごめんね、怖がらせたよね」
それでも私はめげずに話しかけた。
そして、私の懸命な努力あってか、時間にして約10分。
「大丈夫......です......」
私の繰り返される質問に、か細く、今にも消えてしまいそうな声で、返事があった。
やっと喋ってくれた!
私はバレないようにそっと息を吐く。
けれど、息を抜けば再び襲いかかるズキズキという疼痛に、危うく顔を歪めそうになってしまった。
「別に取って食ったりなんてしないよ。
私は君を助けたんだ、怖がらせてごめんね」
私がゆっくり微笑むと、
「ありがとう、ございます」
と、相変わらず表情は強張ったままのものの、ちゃんと返事が返ってきた。
やっと会話ができる様になった人の子に、私は感動に近い何かを感じていた。
「ううん、大丈夫。
怖かったね、ごめんね。怖い思いさせて」
人の子はコクリと頷いて返す。素直。
「ここが何処かわかる?」
落ち着き始めた人の子は、私の質問に、キョロキョロと周りを見渡す。
しばらく周りを見渡した後、
「何が起こってるのかすら、わからなくて。
ここは、どこなんですか?何が、起きたんですか......?」
と、今の状況をだんだん理解してきたようで、不安そうにこちらを見上げた。
それと同時に、私の諸々に対する疑問はすべて、打ち砕かれた。
「そうだよね。
何から話したらいいか。
......少しだけ、質問に答えてくれる?」
答えて上げたい気持ちも山々なのだが、宥めるようにそう言うと、
人の子は不安そうに顔を顰めながらも頷いてくれた。
といっても、私にも何もわからなかった。
うーん、と腕を組んで思案する。
彼女の状況は、昔私が転生してきた時とはまた違い、私にもすべてがわかるわけじゃない。
それでも、多分こうだろうな見たいな憶測はある。
「ありがとう。ごめんね。不安なのに。
ここに、どうやって来たかはわかる?」
「わからないです......」
人の子は首を横に振って否定する。
「そっか。
じゃあ、貴方の、名前は?」
「多分......鈴。です」
「いい名前だね。
じゃあ鈴ちゃんは、日本から来たんだね?」
なるべく笑顔を絶やさず、優しそうに聞くと、不思議そうにしながらも「はい......」
と頷いた。
私は心の中で納得する。
やっぱり、じゃあそういうことなんだろう。
その理由はよくわからないけど、ひとまずは置いておこう。
「そっか。
じゃあ、鈴ちゃん。落ち着いて聞いてほしいんだけど」
私は、息を整えた。
そしてゆっくりと鈴と名乗った女の子の目を見つめながら、
その、あまりにも理不尽で、あまりにも突拍子のない話を、語り始めた。
そう、それは、ここが惑星システィア、地球とは違う星なのだということを。
そこに彼女は、来てしまったのだと。
「ちょっと、何言ってるかよくわかんないです」
ですよね〜〜〜〜〜〜〜〜〜⭐︎
私は、この星がシスティアって名前だとか、龍やら竜やら大陸なんかが飛んでるそりゃもうゴリゴリの異世界だと言うことを説明したんだけど。
説明された人の子、もとい鈴ちゃんは、まるで分からないと言った風に顔を顰めていた。
まぁ正直、私も同じ説明された所でよくわからないと思う。
なんのこっちゃねんこいつ、気でも狂ったのかな?って、なるとは思う。
「言っていることは、いまいちよくわからなかったんですけど、
でも、ありがとうございます」
「ごめんねこちらこそ。
望むような情報を教えてあげれなくて」
「いいんです。どんな状況だったとしても、
動ける、それだけでわたし、嬉しい。
助けてくれてありがとうございました」
......?私は首を傾げる。
なにやら不穏な事を鈴ちゃんは呟いていた。
「動ける、って言うのは?」
「少しずつ思い出してきたんですけど」
そう言って彼女は、何かを思い出すように視線を外す。
「わたし、今さっきまで病院にいたはずなんです。
私は体が元々弱くて、意識もこんなにハッキリしてなかったし、歩く事なんて、絶対出来なかったのに。
ましてやわたし、もう死ぬって、言われてました。
......そんなはずだったのに、なのに今、動ける。
もしかしたらわたしの事、神様が救ってくれたのかな」
「......そう、なんだ。
きっと、しんどかったのかな......。
ごめんね、こういう時、なんて言ったらいいのかわかんなくて」
「ありがとうございます、大丈夫ですよ。
わたしは今こうやって立ててる。
それだけで、もう」
そういって、鈴ちゃんは、人当たりのいい笑顔を浮かべた。
確かに、この子の服は入院着で、それとなくそういう予想はあった。
けれど、思った以上に、重たい話だった。
そして、ハッキリと言いたいことを言う子だな、という印象だった。
言いたいことをパキパキと喋って、すごくいい子なんだなって印象。
正直ドタイプ。めっちゃ好き。
超可愛い。
「じゃあわたしは、どうしたらいいでしょう」
「どう......」
淡々としてるなぁ。
これがさっきまで泣き崩れていた子だろうか?
とても信じられない。
しかし、どう言われて悩む。
「うーんと、どう、かぁ。
少なくとも、衣食住の話だよね?
それとも、元の世界に戻る方法とかかな」
「両方......かもです」
「分かった。
聞いといてなんだけど、正直な話、元の世界に戻る方法は知らない。ごめんね。
私も実はこの世界に地球から来た人間なんだけど、
見ての通り、帰る夢は叶ってない」
私は肩をすくめて、おどけて見せる。
なんなら、私が知りたいぐらいだ。
「そう、なんですか」
鈴ちゃんは少し目を開いて、落胆と驚きを混ぜたような表情で言う。
「そして、衣食住なんだけど......」
1度周りを見渡してから、少し言い渋る。
「見たらわかる通り、サバイバルをするしか無いね」
「へ......?」
しばらく鈴ちゃんは硬直する。
「冗談ですよね?
とりあえず、森を出て街に行くとか、
区役所みたいな所で相談するとか......」
嫌に現実的だなこの子。
私異世界に転生した時こんなに冷静じゃなかったよ。
「残念なんだけど......
この星ではあまり文明が発達して無くて、鈴ちゃんの考えるようなビルの乱立する大都会や大きな国なんてのは存在しない。
良くて、中世のお城を中心としたでかい街が遠くにあるぐらいだよ」
鈴ちゃんは、目をパチクリと開け、数回瞬かせる。
「近くの街といっても少なくとも1週間は歩かなきゃ着かないような場所にある。
その町の方角を教える事は出来るけど......。
それまでは、まぁ。
サバイバルだ」
現実主義者の鈴ちゃんにも、どうやらこの言葉は効いたらしい。
今度こそ本気でわけか分からないと言った風に顔を顰めてしまった。
「じゃあ、これからどうすれば......」
「自由だよ。本当に。
君が自由に、選べばいい」
「そんなこと言われても......」
数秒の沈黙が訪れる。
「じゃあ、とりあえず、近くの町までの道を教えてもらっても......?」
「うん、それなら任せて」
私はその言葉を聞いて、きっと訪れる別れに、
短い恋だったなと、区切りをつけた。
それから私たちは、森の中を歩いた。
まだ登りきっていない陽の作りだす、陽だまりの中を歩く。
ギャアギャアと騒ぐ奇鳥が空を飛び、木々の梢には、しっぽの長い小動物。
そのどれもが、地球にはいない生き物ばかりだ。
それを見て鈴ちゃんの表情が曇っていくのを、私は見逃さなかった。
それもきっと、私にはもう救えない。
道中、私たちは、とりとめのない話をした。
主に、この世界についての話だけど、
答えれる話には答えたつもりだ。
唯一、あなたは何者なんですか?という質問だけには答えれなかったけど。
だって仕方ないじゃん......正直言って私も私が何者なのか、わからない。
それでも、私にできることは、精一杯したつもりだ。
「ここは......?」
たどり着いたのは、私の巣、大きな大きな、蜘蛛の巣だった。
木漏れ日が、木々の間に張られた大きな蜘蛛の巣を照らす。
白銀の糸はその光を反射して、明るく光っていた。
その奥の木の枝に、小さな魔女帽子が揺れている。
「ここは私の巣、うーん、家、みたいなものかな?」
「へ~......すごい......あの、触っても?」
「外周だけなら、大丈夫だよ」
鈴ちゃんはそれを聞き、恐る恐るといった風に蜘蛛の巣に近づく。
そして、太めの蜘蛛の糸でできた蜘蛛の巣の端を指先でちょんちょんとさわり、すぐ手を引っこめる。
慣れてくるとベタベタと握ったり引っ張ったりしていた。
「わぁ、すごい、太くて、硬い......おっきい......」
あの、決して卑猥なことをしているわけじゃないからね?
鈴ちゃんが蜘蛛の巣で遊んでるうちに、私は説明を始める。
「ここから北東、大体こっちね。
に、まっすぐ進むと、山が見えてくる。
その山に向かって歩いていけば、山を越えたあたりに、耳長族の村がある。
彼女たちは見た目は感じ悪いかもしれないけど......」
等々、私はなるべく近くの村までの説明をし、人の子は手を止め、真剣に聞いてくれていた。
「あの.....」
説明が終わったころ、鈴ちゃんは、言いづらそうに声を出した。
そして、私は、覚悟を決める。
「ついてきていう話なら、私はごめん、行けない」
「どうして......」
予想していた質問を遮り、突き放す。
確かに、こんな子が一人で森を出れば、知識もないんだ。
一日だって持たないだろう。
私だってそれはわかってる。
それでも、
私はもう、失いたくないんだ。
「私はこの場所から離れたくないんだ」
私は、言葉と同時に、霧散していた体の部位を、再生させる。
一瞬で蜘蛛足や触手が生え、八つの目が再生し、この子の怖がる化け物の、その姿に戻る。
その姿をみて、案の定鈴ちゃんは、腰を抜かしてその場に尻餅をついた。
きっと、放っておいたら死ぬ。
それはわかりきっている。
だからと言って、じゃあ助けてしまった後に目の前で死なれるのとは、また話が違う。
そしてそれがどれだけ理不尽なことなのかもまた、理解している。
だから私はこうやって、威圧することしかできない。
さっきより、言葉に力を込めて低い声で威嚇する。
「私の本当の姿はこれだ。
この姿をそんなに怖がられて、私は傷ついた。
そんな人に対して手を貸してほしいなんて、都合がよくないかい?」
あまり怒りなれていないのもあり、怖い言葉なんてものがわからず、自分で言っておいて、大した怒りだとは思えなかった。
仕方ない、実際私は怒っていないし、威圧感はこの姿で誤魔化しているだけだ。
そう、ただ諦めてくれれば、それで。
それでも、その恐怖と戦いながら、鈴ちゃんは震える口を開いた。
「ごめん、なさい。
虫がいいのは、わかってるんです、それでも」
鈴ちゃんは震えながら、とぎれとぎれに言葉を紡ぐ。
それすら私は切り捨てるように一蹴する。
「それでも、何?」
鈴ちゃんは、ビクンと体を震わせる。
「それでも......!
話してみて、いい人だってわかりました!
姿は、その、ごめんなさい、怖いです、でも」
「私にメリットは?」
言っていて、心が痛い。
「足は、引っ張りません!」
それはメリットじゃないし、できるかもわからないことを......
私は一つ、溜息を吐く。
そのため息にすらも、びくりと反応され、今のは本当に少し、傷ついた。
私、そんな怖いだろうか......
構図的に、鈴ちゃんはうるうると上目遣いで訴える。
その姿に胸がまた高鳴り、心の中の私は、とっくに白旗を上げていた。
そもそも、一目ぼれしていた時点で、私に勝ち筋はなかったのだ。
しばらく時間を置いて、考える。
「わかったよ、町までなら」
恰好がつないのは嫌なので、せめて、心が折れた風に取り繕う。
なんてダサいんだろう。
「ありがとう、ございます!」
鈴ちゃんはキラキラとした目で顔を上げる。
しあしその姿を見て安心している私がいた。
そうだね、最初からこれは
私の、完敗だった。
私は天を仰ぐ。
私はもう二度と、繰り返したくない。
だから今度こそ、守り切れるかな。
いや、守らなくちゃ行けないんだ。
私は新たな決意を胸に、鈴ちゃんへと視線を戻した。
それが、私にとっての、新たな第一歩だった。
お久しぶりです。
モニターは新調したおかげで、何とか作業環境は復活しました。
しかし今度は愛用していたイヤホンが壊れてしまった為、作業効率が落ちるので再び失踪します。