#13 旅は道連れ世は情け
さて、どうしますか。
何だかもう、訳が分からなくって、ただ空を見上げる。
そこには、私達を馬鹿にするぐらいの星が、夜空を埋めつくしては煌めいていた。
何が何だか、何から考えれば良いのか、どうすれば良いのかすら、
私には全く分からない。
とりあえず、足元ですっかり意気消沈してしまった少女、元いフェリア。
コイツの頬を踏んづけていた足を、恐る恐る退かす。
そこで多少の反撃位はあるかと覚悟はしていたけど、蓋を開けてみれば彼女はなんの反応も見せず、ただ死んだように項垂れていた。
そこにちょうど、鈴が小走りで近づいて来た。
「だ、大丈夫......?」
鈴は心配そうに、私の顔色を伺っている。
あれ、私そんなに顔色悪いだろうか。
「う、うん......大丈夫......。
とりあえずは、多分」
「ごめんね、お姉ちゃん。箱のこととか、それに、
何言ってるのか全然分からなくって」
鈴は恐る恐ると言った様に、言葉を紡ぐ。
多分気を使ってくれているのだろうということは、雰囲気で察せた。
「大丈夫だよ、鈴は悪くない」
私も、なるべく心配をかけないように笑顔を心掛けたつもりだったけれど、
上手く笑えているのかはわからない。
「どう言えば、良いのかな.......」
上手く笑おうとしても、ハハハと乾いた笑いしか出ない。
今起こった事を説明しようと口を開き、けれど言っても良い物かと口を紡ぐ。
何せ、鈴がこの世界に何故来たのかは分かった。
それと同時に、恐らく帰れる可能性というのも、途絶えたような物だった。
私がどう言おうかと逡巡してる内、後ろから声が聞こえた。
「そいつが、ギエルの呼んだ奴だったんだね。」
私は慌てて剣を生成する。
こいつ!ギエルにでも報告するつもりか!
「待って待って、ごめん。
そういう意味じゃなくって」
慌てて誤魔化すフェリアに、私は剣を構え、精一杯の敵意を見せる。
鈴に害が及ぶのなら、ここで殺すしか......!!
「そんな警戒しないで。
アタシはもうアンタ達をどうこうしようって訳じゃないよ、ただ、思った事が口に出ちゃっただけ。
深い意味なんて無いよ」
フェリアは縛られたまま、それはそれは必死に弁解を重ねる。
信じられる?そんな事。
さぞかし焦っているように見えるけど、さぞかしやましいことでもあるんでしょうねぇ。
捨てられたと言えど、コイツがまたギエルとやらに連絡をしない確証は無い。
そうしてまたこいつが見直されれば?
それによって、またギエルが今度は鈴を標的に何かをしたら?
鈴に今後害があれば、私はきっと二度と人の道を歩めないだろう。
ならばいっそここで、やっぱりコイツだけでも。
「やっぱりわかって貰えないよね」
フェリアは、私の奔流する殺意を正面から受けながらも、
そう、寂しそうな呟きを吐いた。
そうして身じろぎをしたかと思うと、手足を縛られたまま、うつ伏せに寝転がる。
そして、膝を折り、頭も地面に付けた。
oh......!!
it's dogeza!!
少女は土下座をしていた。
長い沈黙が、その場を包み込んだ。
そう、この世界にも土下座という文化はある。
というかそもそもその文化は転生してきた日本人が伝えたとか伝えてないとか聞いた事があるけどそれは置いといて。
私は彼女の土下座をただ黙って睨め付けていた。
「ごめんなさい。
もう、アンタ達に攻撃も加えない。
話すことも全て話した。
私に教えれることはこれ以上何も無い」
そうして、1拍の静寂が訪れる。
「虫が良いのは分かってる。
だから煮るなり焼くなり、好きにしてくれて良い。
だけど、命だけは。命だけは許してください」
土下座の理由は、命乞いだった。
さっきからの行動の一連で、自分の命が危ない事ぐらい分かったのだろう。
彼女の声は掠れ、震えていた。
お涙頂戴かぁ?ふざけやがって。
勿論、その誠意はちゃんと受け止めているし、理解もしている。
けれど、けれど。
コイツが言ったんじゃないか。そんな都合の良い話、ある訳が無い。
私は、殺されかけたんだぞ。
というか、能力が無ければ当に死んでいた。
分からない、私が間違っているのだろうか?
自分を襲ってきた奴が都合よく頭を下げてきた事を許せない私は、おかしいだろうか?
直前までの情報量のせいか、私のキャパは当に超えていた。
そうして裏返った感情は、怒りとなって。
怒りだけが、私の感情を支配していた。
私達の立つ山肌を、長い沈黙が、漠然と支配していた。
「許して、あげないの?
謝ってるん......だよね?」
その沈黙を破ったのは鈴だった。
その異様な空気から、言葉は分からずとも、元々頭のキレる鈴は、徐々に状況を理解したらしい。
私は歯を食いしばる。
分からない。本当に何も。
何が正解で、今何をすれば良いのかすら。
分からない自分に、何より腹が立つ。
嗚呼、本当に自分が嫌いだった。
理由は色々ある、突然訳の分からない情報が沢山入ってきて、
多分私は理解を拒んでいるだけな気もする。
だってきっと鈴なら、一瞬で折り合いをつけて答えを出しそうだとぐらい、付き合いが短くても分かる。
でも私は?
畳み掛けられるように急に色々な事を言われたって、謝られたって。
そんなすぐに答えを出せなかった。
それに何より、悔しかった。
なんでって、
アイツは多分本気を出してない。
いや多分大剣の威力が馬鹿すぎて何度か誤算があるみたいだけど。
けれど彼女の目的は本来生け捕りだったはずだ。
つまり、手加減した上で、その上でも、私はあの炎が無ければ惨敗していた。
炎はギエルの仕業だか何だか知らないけれど、私はあのままじゃ負けていた。
それが何よりも。悔しかった。
だって、笑わせるじゃないか。
鈴を守るなんて格好つけて心で誓ったのに、
そんなの、結局は守れなかったのと、同意義じゃないか。
嗚呼、ダメだ。逃げ出したい。結局私は変わらない。
どうも私は、考える事が嫌いなようで。
モニターの画面だけが部屋を照らす、暗い部屋が、フラッシュバックする。
あの子を背負って、森へと歩いた道が、フラッシュバックする。
だって私は、私が頑張って導き出した答えが全て、現状を打開する物でも、意味のあるものでもない事をもうずっと、知っているから。
何も許せないし、理解だってしたくもない。
たって私は、理由のない不条理が大嫌いで、それを受け入れられる程、私は優しい人間ではないから。
「お姉ちゃん......
大丈夫?」
鈴が本当に心配そうに、私の顔を覗き込む。
取り乱してしまった。
そうだ、いつだって、毅然と振り撒くのが私じゃないか。
大丈夫。今日だって、きちんとやれる。
せめて、お姉ちゃんと呼ばれるのならお姉ちゃんらしく。
「ううん、大丈夫。」
私は一息吐くと、そう笑って答える。
考えなければ良いんだ、考えなければ。
「どうしたら良いのか、私もわかんなくて」
アハハと鈴に笑ってみせると、鈴は困った顔をしていた。
私はフェリアに向き直った。
「許す許さないは兎も角として、誠意は伝わった。
私も、これ以上何かする気はもう無いよ」
ずっと地面に頭をつけていたフェリアが、顔を上げた。
本当は許す気なんて毛頭ないけれど、今私が何かを考えればきっと、脱線する。
だから、今隣に居る、鈴軸で考えるのだ。鈴ならどう言うか、鈴ならどう考えるか。
それに沿って考えててみた。
視点を変えてみると、見方も変わる。そもそもこのフェリアの種族。
この世界の魔族っていう種族は、自分に誇りを持って生きている種族なのだ。
何よりも自分が優れていると思い込んでいて、他種族よりも何よりも優れている。
他人を見下して、自分が、自分達が1番優れていると思い込んで生きている傲慢な種族。
それが魔族。
そんな種族のフェリアが土下座をしている。
土下座というのは日本古来より謝罪だけではなく高貴な人間に対して恭儉の意を示す行為。
つまり自分と言う存在を下と認める行為でもある。
その意味はこの世界でも変わらない。
だから私達にはわからないけど、傲慢で自尊心の高い魔族からすれば余程悔しいはずだ。
多分ね。
「あり、がとう」
フェリアは潤んだ瞳で顔を上げる。
なんだかその光景にも言いたい言葉は幾つか思いついたけど。
とりあえず思考放棄するのが今は良い。
鈴も状況を雰囲気で悟ったらしく、私の手を握って、笑いかけてくれた。
どうやらこれで正解だったらしい。
これからは心に鈴を飼うのも良いかもしれないね。
「で、どうするの?これから。
捨てられたんでしょ?」
その言葉を聞いたフェリアは、なんだかモジモジしながら地面を見つめていた。
「どうしよう。分かんなくて、何も。
突然の事で、何が何だか」
まぁ、それもそうか。この子も同じだったんだ。
そりゃあ、いきなり裏切り?にあって、例え訳が分からなくても、現状が掴めなくとも。
自分の命の保守を最優先にするのは、間違った行動じゃない。
心のムカムカが少しだけどこかへ行った気がした。
ならば尚更どうしたものか。
悔しさ半分、けれど不憫な気持ちも半分。
それと、色々な意味でこのまま放っておけないという気持ちが少々。
それが今の心情だ。
それに、鈴はこの先何を言うかもう大体想像が出来る。
多分フェリアは1人でも生きて行けそうなもんだけど。
まぁ、こんなのって、だいたい流れが決まってるよね。
運命なんて言葉を使うのは大袈裟だけど、成り行きに流されるというのも、時には悪くないかもしれない。
一応私は、鈴に今の大まかに状況を説明した。
突然襲われた理由は、ギエルとやらのせいだと言うこと。
そのギエルと言うやつは、魔法を研究していて、それはやばい物だと言うこと。
そして、目的を達成出来なかったフェリアが今ここで捨てられた事。
鈴がギエルに召喚されらしいという事だけは置いといて、それ以外をざっと説明した所。
全部を説明し終えた所で開口一番「可哀想!じゃあ一緒に連れて行こうよ!」と目を潤ませていた。
やっぱりね。
「一応確認しておくけど、
コイツは私達を殺しに来てたんだよ?
今後また突然襲ってこないなんて確証は、何処にもない。」
「.......分かってる。分かってるし、それは怖いけど。
可哀想な子をこのまま放っていく事の方が、もっとヤダ」
と鈴は語る。
「.......お姉ちゃんは、嫌......?」
私が渋い顔で悩んでいると、鈴は上目遣いで伺ってきた。
この子、うっすら私の扱い分かってるよな??
「鈴が嫌じゃないなら、別に良いんじゃないかな」
「本当?!やったー!!
人が多い方が絶対楽しいし、わたしは大丈夫!」
鈴はまるではしゃいだ子供のように歓喜する。
......まるでじゃなくて、まだまだ子供だった。
その様子を、日本語が分からないフェリアは訝しげに見つめていた。
「という事だそうですよ、フェリアちゃん」
私はそう言って手を差し伸べる。
「アンタ達どこの言語で喋ってんのさ。
聞いた事ないし、
全然何言ってるのかわかんないよ......」
フェリアは相変わらず訝し気な表情のまま、手を後ろで縛られ、膝を付いている。
おっといけない、まだフェリアを縛った触手を切っていないんだった。
カバンにしまった短剣で、触手を千切ってやり、改めて手を差し伸べる。
「行く宛てがないなら、私達に付いてこない?
ちょうど旅をしている所なんだ」
フェリアは驚愕に目を見開いて居た。
「本気?
私、アンタ達を殺そうと」
「可哀想な子をほっとけないでしょ」
フェリアゆっくりと瞳を潤ませていく。
そう言ったのはこの子なんだけどね、と付け足し、後ろに居る鈴を親指で指す。
鈴は言葉を全く分かってないだろうに、腰に手を起き、胸を張ってそれに応えていた。
実に可愛らしいポーズだね。
「ごめんなさい......」
フェリアはやがて、ポトポトと涙を流し始めた。
「良いんだよ、こういう時はありがとうで。
それとも、よろしくの方が良いかな?」
改めて手を差し出すと、フェリアはそれを力強く握りしめて、立ち上がった。
「ありがとう、よろしく。
絶対、アンタ達にこれ以上迷惑をかけないって誓う。えっと、信仰してる宗派は無いけど、絶対。何かの神様に誓う。
それに、迷惑かけた分、アンタ達の剣になるから」
なんて心強い約束だろう。
戦闘員が私だけじゃ心細かったから、味方になれば100人力じゃないか。
「よろしくね」
笑顔で手を握り返すと、フェリアも微笑んでいた。
まだ、許した訳じゃないし、悔しさは消えない。
というか、一緒に居るのならいつか絶対リベンジマッチを申し込むつもりだ。
それでも今は、これで良かったじゃないか。
一難去ってまた一難。この一件でまだまだ分からない事だらけだけど。
まぁ、これも旅の一興かな。
確か、忘れちゃったけど、情けも大事みたいなことわざもあった気がする。
なんて言ったけな。
こうして、私達の旅仲間が増えたのだった。