#9 遭遇
山の奥だと言うのに、バシャバシャと言う水の音と、キャッキャと楽し気に響く2人の鮮やかな笑い声が木々の間に木霊する。
それに呼応するように鳥の鳴き声も響き、やがて私達の周りには沢山の小鳥が水浴びに混ざるように集まって来ていた。
すっかり水浴びでびしょ濡れになり、思う存分にはしゃいだ私達は、日焼け対策にはちょうど良いと、まだ乾ききらぬ体もそのままに、再び山登りを再開した。
服が重いけれど、まぁ日焼けに比べれば大したことは無い。
一口に日焼けといっても、単に体の色を変えるだけでは無くて、熱中症や高山病、直射病、網膜が焼ければ深刻な頭痛にも繋がるし、取り返しのつかない脱水にだって繋がる。
案外日差しという物は、実は全く馬鹿にならないのだ。特に日差しの強い山の中では。
なので、何時でも水を浴びれて飲み放題というのは、サバイバルと呼べるのか怪しい程に快適だった。
けれど、鈴の水はいつまで経っても止まることを知らず、その無尽蔵の魔力には不信感を覚える程なのだけど。
けれど、直ぐに山登りの疲労に思考は奪われ、そんな事は直ぐに忘れてしまった。
一応、魔力切れは体力が無くなるのと同じぐらい危険な死にかねない行為なので、程々にねと注意はしたけれど、
やっぱり楽しいのか、鈴は手からチョロチョロと水を出したり、水遊びを続けるまま山を登っていた。
そうこうするうちに、すっかり日は傾き始めていて、
もう鈴にとっての2日目が終わろうとしていた。
そういえば昼食を取って居ないことに気づいたけれど、朝からの肉と、たらふく飲んだ水のせいか、空腹感はまるで無かった。
「そろそろ山越えだね」
「ほんとだ!!」
ずっと手遊びしてた鈴は気づかなかったのか、顔を見上げると、1つ目の山の頂上が近づいてる事に気が付き、走って山の頂上へと登っていく。
あの子ほんとにどこまで体力があるんだ?
先に頂上まで着いた鈴は、その先に広がる光景に、わ.......とまで感嘆の声を出し、直後に顔を顰めて固まってしまった。
「ま、そうなるよね」
私も遅れて山を登り切り鈴の横に立つと、私も途端に開けて広がる視界に、感動と同時、同じぐらいの絶望を覚える。
視界の先には、茶色、茶色、茶色、緑、緑、緑。
代わり映えしない山肌と木が連なるばかりだった。
山を1つ超えても、その先には山。
その先にもまた山があってまた山がある。
代り映えしない山ばかり続くこの景色は、まぁ旅の初心者には少しばかり堪えるしんどい景色だろう。
大体予想はしてた事だ。
「早いけど、今日はこの辺で休憩にしようか」
「ありがとう」
と鈴は微笑んだ。
山と山の間な為、今回はそこまで景色は良くないけれど、やはり空気は美味しいし、ザノザノと鳴く虫の声も、心地よかった。
ザノザノと。
鈴が腰掛けて休んでる間に、私はまた焚き火用の木々を探す。
ここ数日雨等は降っていない様で、乾いた木ばかりで助かるものだ。
ちなみに今日の夕食は鶏肉です。
え?どこで仕入れたかって?
そりゃあもう、水浴び中に飛んできた鳥ですよ。抜かり無く。
私の腰には、頭のない紫がかった羽の鳥が、5匹ほどぶら下がっていた。
鈴は露骨に嫌な顔をしてたけどね。
さよなら道徳。
私達だって食べなきゃやっていけないのだ。サバイバルサバイバル。
それにしても不思議だ。
というのも、鈴の能力はなんだかずっと異質だった。
そういう物か、と何度か納得しようとしたものの、やっぱり納得がいかない。
そもそも、能力というのは、分子構造を繋ぎ変える物なのだ。
能力とは魔法では無い。どちらかと言えば錬金術に近いもので、無から有を生み出す物では無い。
限りなく化学に近いものだ。
元より空気中にある分子の再結合を用いて、体に刻まれた、自分に決められた形を自然に作れる。
それがこの世界に置ける能力だ。
だから水を作ったり、燃やしたり、それは水素原子の結合だったり、原子の振動による発熱、また酸化反応を無自覚で行っているからこそで、何か特別な事が起きている訳では無い。
けれど、鈴が能力を使う時、魔力、それに分子の揺らぎを全く感じない。
どこからともなく水が現れては、流れていく。
けれどその水にはちゃんと魔力が含まれていて、
魔力の流れを敏感に感じ取れる私からすれば、なんだか変な感じだった。
そんな考えも、遠くで吠える大きな竜の鳴き声に掻き消される。
視界の端で、向いの山に眠る黒い竜が映る。
割と近いな。
尚更今夜は火が欠かせない。
肉食獣から身を守るには、火は欠かせない。
それ程、火というのは、サバイバルにおいて重要だ。
昨日火無しで寝れたのが奇跡ぐらい。
とは言っても、私は魔物なので、魔力を持つものが近づいてきたら寝ていても分かる。
ので、そこまで強襲されて死ぬと言う危険性は無いけど、それは勝てる相手ならの話だからね。
そうこうしている内に木を集め終わった私は、太さそれぞれの木を抱えながら、鈴のいる場所へと戻った。
そこでは鈴が、なんだかモジモジと居づらそうに座っていた。
その横に腰掛けながら、
「どうしたの?大丈夫?」
と声を掛けてみると、その返答は、
「トイレ、行きたくて......」という返事だった。
はーんなるほど。
「その辺の木の裏ででもしてきなね」
と言うと、鈴はすっかり顔を顰めてしまった。
私は、カバンに入れていた朝から火で乾かした乾燥した葉を数枚渡して、ニコッと微笑む。
きちんとこれ用に取ってある。
嫌な顔をしながら鈴は受け取り、それでもまだ渋っていた。
「あ、トイレするなら今日は心配無いと思うけど、一応尿の色確認しといてね
それと大きいのなら、置いといて。使うから」
すると鈴はありえないといった風に目を見開きながら、
「なんですか?!変態ですか?!?!」
と声を上擦らせて引いていた。
いや違うって、尿の色で脱水を判断できるんだよ!!
それに、大きいのは罠に使える。
マジ大事なんだって.......
こういう時、地球とはとことん常識が違うので、こっちにすっかり慣れてる私はよくギャップを感じる。
元々は地球人なので理解はできるけど、その抵抗感は、随分と昔にすっかり忘れてしまった。
それを伝えると、鈴は尚更不快そうに顔を顰めた。
「......嫌。」
「こればっかりは嫌って言われても......」
「嫌!!
だって嫌なら言えってお姉ちゃん言ったもん!!」
言ったけど。
え〜~~でもどうしようもないしな
「......じゃあ私隣でしようか??」
「えっそれはキモい!!」
おっけナチュラルに傷ついた。
でもこうやって素直に嫌な事は言ってくれる様になったのはいい事だ。
静かに不満を抱えられるより余っ程良い。
その後はお互い死闘の討論の末、大きい方は見逃すという話で落ち着き、鈴は嫌な顔をしながら遠くまで歩いて行ってしまった。
そんなに遠くに行かなくても良いのに......
今夜のトラップには私のを使うか、なんて考えながら鈴を待つ。
そうでもしなきゃ草食動物の美味しいお肉が食べられないのに。
そんな時だった。
私は咄嗟に剣を生成して手に握る。
鈴がいなくて良かった。
振り返ると、山を少し下った場所で、大剣を担いだ少女が1人、口角を嫌に上げ、こちらを見つめていた。
年は鈴と同じぐらい?身にまとった服、服とも呼べないような身に巻いただけの粗末なボロ絹数枚を繋ぎ合わせたものだ。髪も雑に上げれれているだけで、到底お金は持ってい無さそうだ。
随分と幼そうなのに、追い剥ぎかな。
明らかに友好的ではないその態度に、私は不快感を隠せない。
「山賊かな?
こんな辺境までご苦労、一応聞いておくけど、何の用?」
私は遠くにいるその子に声を届かせるよう剣を向けながら大声で叫ぶも、
「すごい魔力、一目見ればわかる?じゃあ絶対こいつだ」
山賊はブツブツと小さい声で何かを喋る様で、
その声は小さくてあまり聞こえない。
なんだアイツ。
そう油断した瞬間、山賊の顔がニヤリと嫌に歪んで、山賊の下で魔力が急激に集まり始める。
嫌な予感。
それと同時に、遠くにいた山賊が一瞬で距離を詰めてくる。
早い?!
それに大剣を持った上でこの速さ、ただの山賊じゃない!!
一瞬で間を詰められ、真上から振り下ろされた大剣を、とっさの判断で私のか細い剣で受け止める。「ガァン!!!!」と耳を劈くような金属音が山を木霊し、付近の鳥が一斉に羽ばたいた。
火花を散らしながら大剣を受け止めた私の剣はギリギリと嫌な金属音を鳴らす。
けれど、受け止めた時のあまりの衝撃に、私の手はとてつもない痺れに襲われ、思わず剣がその手からこぼれ落ちてしまった。
少女の顔が、ニヤリと歪む。
まずいまずいまずいまずい。
その直後、少女が後ろに飛び退く。
完全に無謀にな私を前にして。
は?と言う私の疑問と、1拍の間の後、「喰らい尽くせ、フィリア」と小さな声が聞こえた。
その声と共に、少女の足元から手も足も無い、真っ黒な胴体に口だけが付いた、巨大な魚のような化け物が轟音と共にいきなり飛び出した。
その目、いや、目すら無い。
その口は、確実に私を捉えていた。
巨大な胴体に付いた、巨大な口が私を飲み込もうと迫り来る。
その口の中には堅牢そうな無数の歯が並び、その奥には果ての見えない虚空が広がっている。
分かっている。ヤバい。
けれど、私は重い一撃を受け止め身体が痺れて動かない上、突然現れたそれに対応できる訳も無く、その大口に下半身を噛み付かれる事を許してしまう。
その巨大な口に挟まれた私の身体は、ゴリゴリと嫌な音と共に、身をすり潰されるような激痛が全身を駆け抜け、口から悲鳴にならない音が漏れ出す。
しかしそれに留まらず、その黒魔獣は私を咥えたまま地面に再び潜り込み、私の体は地面に叩きつけられると共に、巨体が地面に潜り込む巨圧に耐えきれず、腹部から真っ二つに引きちぎれ、その上半身は面白いぐらい跳ね上がりながら、血と臓物を撒き散らして宙を舞った。
「ッ゛ッ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!?!?!」
直後、ぐるぐると回る視界の中、かつてないほど強烈な痛みに、断末魔を上げる。
上半身だけとなった私の体は、その身を制御する事も叶わず、勢いよく回転しながら仰向けにべちゃりと、激しく叩きつけられた。
視界が揺れる。意識が遠のく。
揺らぐ視界の中、何とか下腹部に目を向けると、己のへそのあった辺から下が。
いつも当たり前にそこに付いている、あるはずの人型の足も蜘蛛脚も。
全て跡形も無く消え去り、歯型に引きちぎられた腹部からはおびただしい量の鮮血が吹き出していた。
吹き出た血が化け物の潜った地面に真っ赤な血の池を作っている。
視覚でその惨状を認識した瞬間、またあり得ないぐらいの激痛が体を支配する。
生命本能がけたたましい警笛を鳴らす。
痛い。暑い。死ぬ。死ぬ。死ぬ!!
必死に体を再生しようとするも、それよりも何倍も早く、意識が遠のいて行く。
そんな中、私は髪をむんずと掴まれ、そのまま軽々と持ち上げられていた。
「ヤバ!やりすぎた!!
ねぇ死なないで!ギエルに怒られる!」
私を掴み上げた少女は、私の眼前で尚も変な事を口走る。
イってんのかこいつ?あまりの行動と言動の支離滅裂さに遠のきそうだった意識は怒りによって塗りつぶされ、意識がどんどんと深い地の底から引き上げられて行く。
掴み挙げられ宙ぶらりんになった私の腹部からは、未だにボトボトと血と臓物が垂れ流しになっていた。
そんな事をお構い無しに、私は拳を振りかぶり、上半身のまま眼前の少女の顔面にドギツイ拳を叩き込んだ。
少女は目を見開きながら後方へとよろめき、支えを失った私は殴った反動でまたくるくると宙を舞ってべちゃりと嫌な音を立てて落下する。
しかし今度はすぐさま下半身を生成し直すと、
再生された蜘蛛脚が音もなく地面を這い、体を持ち上げる。
そして、剣を眼前に構え、剣の奥に写る少女を見据え、剣を握り直す。
「いいねいいね!そう来なくっちゃ!!」
狂気的な笑みを浮かべる少女に対し、私は堪えきれない怒りが頭を支配していた。
「いい加減黙れお前。一回殺してやる」
戦闘描写本当に苦手です。
本当勘弁してください。失踪します。