#8 それはまるで、魔法のような
ガルギアがジリジリと照り付けるお昼前。
体感温度を更に上げるよう錯覚させる虫の音が、ゴベゴベと嫌に響いていた。
ゴベゴべと。
地球基準だとさぞかしキモイ鳴き声だろうね。
私は、空っぽになった水筒から水を出すなんて言うまるで大道芸の様な光景を目の当たりにし、
完全に思考が止まっていた。
鈴は水筒をひっくり返しながら、「あれぇ~~?」なんて首を傾げているけれど、不思議な事は何もない。
そもそもその中に水なんてなかったのだ。
けれど、大方その原因にも大体想像はついていた。
おそらく......
「能力だね」
「えっ」
鈴ちゃんはなんのこと?と首を傾げる。
「のうりょく??」
「うん、能力。
鈴は、私が戦ってる時、何もない所から剣を出したり、闇の弾を出したりしたのを見てたでしょ?」
「!それ、ずっと気になってた!
いつか聞こうと思ってたんだけど、魔法みたいで、かっこよかった!」
「......ちょっと怖いけど」
そう付け足す鈴ははにかんでいた。
素直でよろしい。
ちなみに、吹き飛ばされて死んだ後に生き返ったように見えたのも、この能力のおかげだよ!と少し口角を上げて、ドヤったものの、え?吹き飛ばされた?と鈴は首を傾げていた。
どうやらその頃には殺し損ねた魔獣に襲われていて、それどころではなかったようだ。
まぁ、うん。
いや??落ち込んでないっすよ??アニメならきっと一番の激熱展開みたいな超カッコ良いシーンを見られてなくて悲しいとかないし??
あっ、そもそもそんな盛り上がってないって?
......そっすか。
まぁそんなどうでもいいことは置いておいて。どうでもよくないけど。
この世界には、能力。異能?とか言った方が伝わりやすいだろうか。
だいたい一人一つ、何かを作れるだとか。火を点けられるみたいな能力を持って産まれる。
アニメへの見聞の広い皆様にはヒ〇アカをイメージしてもらえれば簡単に想像付くんだけど。
とはいっても、この世界の能力というものは、そこまで便利でもなくて、その種類はかなり限られている。
私は手の中に闇の塊のような、黒い物体を生み出して鈴に見せる。
「わぁ!すごい!!
鈴もこれができるってこと?!」と、期待に満ちた目でそれを凝視していた。
「私の能力は霧散。体の一部をこうやって黒い物体に変えられるんだ。
多分鈴はそれの水版。周りの物質を水に変換できるんじゃないかな。
多分、鈴はそうやって作り出した水を飲んでたんだと思う。
さっき思い出したんだけど私、水筒に水をそもそも汲み忘れてて。」
「!!!」
さらにキラキラとした眼差しで私を見つめる鈴ちゃんに、こちらまでワクワクしてきてしまった。
とりあえず。
ガルギアは頂点に上り、背中がジリジリと焼け、いい加減痛くなってきたので、木陰に移動しつつ、私は能力についての説明をすることにした。
この世界には光と酸素のように、それに加えて当然の様に魔力という概念があるのだという事を。
けれどそれは摩訶不思議な超常現象という訳でも無い。
なぜなら、この世界の生き物は大体、魔力製造機関と呼ばれる臓器を持っていて。日本語への直訳だからかなりダサい感じだけど、それを草も生物も持っているので、要は魔力というものは、まるで光合成の循環の様に存在しているのだ。
草は光合成と同じ様に、酸素と魔力を吐き出すし、動物はそれによって空気中に放出された魔力を吸って、体内の魔力機関でそれを増幅させ、その魔力を利用して能力を使う。
この星の生き物は、大体地球に似た体の造形をしてるけれど。
その中身は、進化の過程が違うので、臓器の位置も、数も実は全く違う。
医学書を見たり、人の解体を行った訳では無いので詳しくは知らないけれど、動物を解体する限り、あの世界の生き物とはその内部から違った。
だから、その能力という物は臓器の質によりけりなので、その特異性は、大きい物から小さい物まで。下位互換的な物から上位互換的なものまで。多種多様、という程でもないけれど、色々種類がある。
その大体は属性のように決まっていて。水を出せたり、火を出せたり。風を起こせたりだとか、生活に質をちょっと上げてくれるようなものばかりで。
まぁ要は、一概に平等では無く、人間の能力のように個体差があるのだ。
長ったらしいけれど、簡単に言うとまぁ人によって決められたなんか魔法もどきが使えるよ!って感じかな。
けれどその実は魔法とは全く違って。私は過去その原理まで追っていたので、その理屈も理由も大体説明出来るんだけど。
それは今の所は省いておいた。
「でもわたし、そのまりょく製造機関?って持ってないんじゃないの?」
木漏れ日が心地よく照らす木陰の下、鳥の羽ばたきと共にこの説明を聞いた鈴が真っ先に抱いた疑問がこれだった。
この子は本当に冷静で、いつも驚かされる。
私がこんなの聞いたらもうはしゃぎたい放題の放水祭りだったろうに。
けれど、その疑問は限りなく正しい。
それに、私も真っ先にそれに思い至って、鈴は能力を持っていないだろうと踏んでいたからここまで特に説明をしていなかったのだ。
「そうなんだよねぇ。
私はこの世界に転生して、この世界で産まれ直してるから、完全にこの世界の生き物で。
能力を使える事に疑問は無いんだけど」
「わたしは.......違うはず」
そう、そうなのだ。鈴は転生ではなくおそらく異世界召喚の類い。
だから恐らく魔力製造機関も、魔力を操作する力だって持たないはずだ。
それとも、私が勝手に召喚や転移って先入観を持ってるだけで、実は転生の記憶喪失だった。とか、都合よく体が作り変えられてますよ、みたいなご都合主義があるもしれないんだけど。
ひとまず百聞は一見にしかず。
「とりあえず、使ってみようか」
とは言っても、どう説明したものか
例えるなら、息を吸って吐くのは誰でも出来るし、無意識の内にやっている事だ。
それを意識して、息がどこに入って何処から出るか、というかそもそもその呼吸方法。
筋肉の動きから取り込んだ酸素はどこに消えて.....という物を考えてやるってのは、また難しい。
うーん、ほんとどうなってんだこれ?
「えっとね、体の中に魔力が流れてるのを意識して。
目の前にあるものを自分の持っている物に作り替えるように......」
私は目をつぶりながら説明をする。こう、うーん説明難しいなんて言っていると。
「あっできた」
鈴ちゃんは意図も簡単に手から水をチョロチョロと出していた。
嘘でしょ??
「......流石、だね。
そんな一発で出来る子、この世界にも中々居ないよ」
「えへへ」
鈴は褒められたのが嬉しいのか、照れた様に笑う。
それがまた可愛くて。
ふとした時に見せるこういう幼さが、庇護欲を増大させる。
いかん。このままでは本当にお姉ちゃんになってしまう。
けれど、それ所でも無い。
だって、簡単に能力と言うけれど、この世界の人間だって、立つや喋る、絵を描くといった行動と同様に、幼い頃から相当研鑽を積んで、それ相応の力になるのだ。
絵を描くのに、はい書いてねと紙を渡されたからと言って想像通りの絵が出力出来るだろうか?
楽器を引けと言われていきなり完璧に想像通り鳴らせるだろうか。
それはありえない。どんな天才だろうが、触れたことのない事をいきなり成すなんてことは絶対に無い。成長速度に個体差があれど、小さい頃から、想像したものを形にする為、徐々に徐々に、その形と感覚を掴んでいくのだ。
それが今の一瞬で?子供と違い、元々成長仕切った知能があるからだろうか?
なんだか納得がいかず、違和感が募る。
そもそも、能力の使い方にすら違和感を感じた。
私は魔物なので、特にその魔力の動きにに関しては敏感だ。
だけど、まるでその動きが無かったのだ。
まるで鈴は、水をまるで0から産み出したかの様に見えたのだ。
それがまた、不思議で仕方なかった。
けれど、目の前で水を浴びる様に出し、
......というか浴びていた。
頭の上からバケツをひっくり返したように水を浴びてはしゃぐ鈴を見ると、そんな事がどうでも良くなり、
「程々にね」と笑うしかなかった。
それに反応した鈴は、満面の笑みで、私にまで水を放出して来た。
「わっ!」
一瞬でびしょ濡れになると当時に、全身っを人割と蝕んでいた日焼けの痛みが水によって突然緩和され、スッキリとした心地良さが体を包む。
これで私の美白が保たれる!!
「やったな~??」
と笑うと、そこからはもう水掛け合戦だった。
山で海の恒例行事が始まるもんだから、まだ初夏だと言うのに、なんだか夏を総取りした気分だ。
まぁなんでも良いか。
積もる違和感はあるけれど、目の前で鈴が沢山の水を放出する光景に目を奪われ、私はその幸せを噛み締めるように、その感情に蓋をした。
そんな私達を、確かにジリジリと窮追するものがあるのだとはつゆ知らず。