私と先生
第一章 私
瞬きをした。一度、刹那の瞬きをしただけで時が30分も過ぎている。また寝てしまっていた。なぜ、とも思ったが、高校2年生など授業中に寝入ってしまうなんて普通のことだろう。
またウトウトとし始めた時、1人の国語教師が私の前に立った。
「僕の授業はそんなに退屈ですか?」
優しい声で聞かれた。しかし、本当に退屈ではないし、多分興味のある内容だ。それなのに寝てしまっていた。こう言うこともあるだろうとしか思わなかったので答えるのに少し困った。
「いや…すみません。そんなことないです。」
「そうですか。」
先生はとても悲しそうで、とても冷たいように私の答えに返した。先生は私を起こすためだけにほんの少し時間を使っただけで、授業という体裁を保っただけのようだった。私を起こさないと他の生徒も寝るという連鎖を断ち切っただけなのだろうが、この先生を見るとさながら真面目な授業をしたい人、と言うわけではなく、惰性で授業をしてるように見えるのだが、どうして私を起こしたのだろう。そんなことを考えているうちにお昼休みに入った。
「あんたまた寝てたね。」
このクラスで一番仲の良い、いや去年から一緒なのだけれど、友人が話しかけてきた。
「また?前も寝てたっけ。」
「あんた成績良くて他の授業真面目に受けてるのにこの時間だけよく寝るよね。」
「そうだっけ。」
他の授業も別に真面目に受けてるわけじゃない。内容など全く聞いてない。ずっと頭の中のモヤモヤが消えず、それがなんなのか考えていると時間が過ぎているだけなのだ。
「てか聞いてよ。木村先生彼女いるらしいんだ〜、最悪〜。」
「そうなんだ。木村先生格好良いもんね。」
友人は、まだまだ私たちと歳の近い顔の整った数学教師がお気に入りのようだ。たしかに顔を見れば女子生徒が惹かれる理由もわかる気がする。でも私は異性を恋愛的に見るという経験が浅く初恋もまだだ。少し気になった人がいたこともあるが、交際をしたいと思ったこともなければ、その人が誰かと付き合ったからと言って嫉妬したわけではない。と、思う。まだそう言うことに疎いのは遅いのだろうか。
学校に向かい、いつもの席に座り、授業を受ける。お昼休みに友人と話し、帰り道にコンビニに寄る。家に帰り夕食を食べ、お風呂に入り、また翌日も同じことをする。私はこれで満足だ。生きていられるしそれをつまらないと感じているわけでもない。でもずっと頭のモヤモヤは消えない。
次の日、また現代国語の授業中、気がつくと寝てしまっていたらしく、目を開けると授業は残り5分だった。今日は注意されないのかと不思議に思った。昨日は30分すぎた頃に注意されたのにそれよりもずっと時間が過ぎている。いや、今日は先生が私が寝ていることに気がつかなかっただけなのだろうと思い、残りの時間授業を聞いて過ごした。もちろん内容などわかるわけもなく、どうやらこの授業で扱っている話は大詰めのようであったことだけは分かった。
「あ、おはようございます。よく眠れましたか。」
気付いていたのかとはっとしたが、嫌味たらしくない言い方をされたのですぐに焦りは無くなった。
「また、寝てしまっていたみたいで…すみません。気をつけます。」
そうやって先生に返答したが、クラスの皆はクスクスと笑っていた。しかし先生はまるで気にしていないように返事をした。
「そうですか。」
とてもそっけないその言葉を言う時だけ何故か少し悲しげなのは、気のせいだろうか。今日もまた、ここからお昼休みだ。
「あんたあの時間だけ本当よく寝るよね。いや現国だけか。」
「なんでだろうね。私にも全然わからないや。」
「あっそうそう、木村先生がさ〜…」
また、友人の色恋を聞かされそうになったので適当にあしらった。私にはよくわからないことだ。必要ないとは思わないけど、まだ理解してないこと。つまらないものではないのだろうけどまだ面白くはないこと。そんな風に考えていた。
「あっ、そういえば。」
また始まるのかと思い、友人の話を適当に聞き流そうとした。
「現国の先生結婚してるんだって。」
息が詰まった。そんなこと考えたことがなかったのだけれど、先生も27歳だ。結婚には適した年齢であるし、不思議なことは何もない。何もないのに。なんでこんなに考えているのか。疑問点は特にない。特にないのに。
「あっ、そうなんだ。年齢もそのくらいだしね。」
私にはそう答えるのが精一杯だった。他に考えて答えることができなかったのだが、それが何故なのかはわからない。
2日後、お昼前の現代国語の授業。私は寝なかった。高校2年生になってこの授業に寝ていないことの方が珍しいのかもしれない。周りの反応が私にそう教えてくれた。みんなは不思議そうにこちらを見ている。
「今日は珍しいですね。しっかり聞いていただけるのですか。」
「ちゃんとしないといけないと思いまして。」
「いつも思ってくれるとありがたいのですが…」
クラスの皆は少し笑い、この先生にしては珍しく授業を止め、少し私との会話に興じた。
「嬉しいですよ。みんながちゃんとこっちを見てくれて授業を受けてくれるのは。」
「本当ですか?私には先生が楽しんで授業をしているとは思えないのですが…」
いきなり本心を言ってしまった。こんなにこの先生と喋ったのが初めてで、気づかないうちに焦ってしまっていたのかもしれないと思った時
「…楽しいですよ。」
と、少し間を開けて先生が答えた。でもそう答えた先生の横顔は、とても楽しんでる人がする顔と言うには無理があった。もう少し話していたいと思った気もしたが、その返事以降は特に会話もなく授業は淡々と進んだ。