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僕たちの場合  作者: 伊織愁
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長閑なハイキングコースに怒号と悲鳴が響き渡る。

 長閑なハイキングコースに水飛沫と怒号と悲鳴が響き渡る。 薫たちは、無事に第1給水ポイントに着いた。 給水ポイントには、水のタンクと様々な水鉄砲が豊富に取り揃えられていた。 ひとつ水鉄砲を手に取った薫が感嘆の声を上げる。


 「おお、めっちゃ種類あるじゃん。 水鉄砲ってこんなに色々あるんだな。 知らなかった」

 「だよねぇ。 今の子供たちは、色々なおもちゃがあっていいよね」

ビリィの意見に薫と良人が同意して、和気あいあいと騒いでいる。 自分たちは、伊織の父親に幼い頃から、ゲームやらおもちゃを散々貰っておいてのセリフだ。

 「あんた達がそれを言うの……」

鈴子が呆れた声を出す。 瑛太が『補給を済ませたら行くぞ』と薫たちに促す。


 準備を済ませた薫たちは、それぞれ新たに好きな水鉄砲を手に取った。 給水ポイントの出口に差し掛かった所で、草が擦れる音が小さく鳴って、給水ポイントに緊張が走る。 薫たちは、水鉄砲を構えて辺りを見回す。

 志緒は足手まといになりそうな気配を察知して、給水場の影に隠れた。 不穏な空気が薫たちの全身に駆け巡る。 緊迫した空気が弾けて、薫の背中にピリピリした痺れが走る。 相手の水鉄砲の引き金を引く音が耳に届く。 感覚と経験値で勘を働かせて薫たちは走り出した。 外れた水弾は、草の上で緑の色を濃くして日に反射してキラキラを光っている。


 草叢から飛び出して来た敵チームの男の手首を蹴り上げて、水鉄砲を遠くに飛ばす。 男は、薫の素早い動きに反応できずに驚愕の表情で、弧を描いて飛んで行った水鉄砲の行方を凝視している。 余所見をしている隙に男の的に水弾を当てた。 数秒遅れて、的に当たった事に気づいた男は、嫌そうな顔をして死んだふりをした。

 背後から、引き金の音が聞こえた瞬間、しゃがんで避ける。 背後を見ずに左右にジグザクに進んで相手が撃ってくる水弾を避けていく。 突如、急ブレーキをかけて立ち止まり、振り返りざまに男の眉間に水鉄砲を突き付ける。 薫は、妖艶に嗤って魅せる。 眉間に突き付けているのは、水鉄砲のはずなのに、銃を突き付けているように錯覚させられる。


 「あっ……」

 薫の雰囲気と威圧に気圧された男は、両手を上げて水鉄砲を地面に落とした。 薫は、にっこり笑って男の的に水弾を当てた。 男は膝から崩れ倒れて声を上げる事を忘れて、死んだふりをした。

 イベント終了後に男が同僚たちに『只の高校生じゃない、絶対に1人は殺ってるよ!』と触れ回っていた事を薫は知る由もない。


 他の敵チームの男たちも瑛太たちに撃たれて、死んだふりをしている。 瑛太が薫の方に駆け寄って来た。

 「給水ポイントだから、勝手にセーフティーエリアだと思ってたけど違うんだな」

 「みたいだな。 この先も気を付けないとな」


 風が強く吹いて突風に視界が歪む。 風の空気の流れに緊迫した空気が紛れている。 薫の背中に悪寒が走る。 瑛太と視線が合う。 瑛太の強い眼差しが薫に突き刺さる。 薫は、心の中で3つ数を数える。


 (3・2・1・0)


 0と同時に薫と瑛太は、反対方向に横跳びをして、互いの前方に水弾を撃ち込む。 前方と後方から男の叫び声が聞こえる。 男たちの顔面に水弾が命中した様だ。 呼吸がままならなくて、男たちは草叢から飛び出して来た。 薫と瑛太が一瞬で間合いを詰める。 男たちが気づいた時には、的に水弾が当たっていた。


 「薫! ここでもたついてたら、また、新手が来るぞ。 ここから出よう」

 「分かった。 蘇我! 行くぞ! ちゃんとついて来いよ」


 良人の意見に同意すると、志緒が隠れている給水場に声を掛ける。 志緒が這い出たところにビリィが駆け寄って、志緒を小脇に抱えてダッシュしてくる。


 「大丈夫。 志緒ちゃんは僕が守るからね」


 志緒は頬を引き攣らせた後、とうとうビリィの蕩けるような微笑みに当てられたのか、何故か真っ赤になった。 ビリィと志緒が甘い空気出す中、一同は給水場を後にした。



ーーイベントホールまで、後一回、S字を曲がったら辿り着く所まで来た。

 薫たちは、背後から今までと違う追い立てられるような威圧感が迫ってくるのを感じた。 志緒以外の一同は、顔を青ざめさせた。 薫たちが相手したくない男の気配が迫ってきている。


 「や、やばい! 伊織くんが来る! ここで来るのかよ!」

 「薫、後ろ見るな! 皆、このまま走るぞ。 迷路に逃げ込むんだ!」


 薫たちが走り出そうとした瞬間、薫の足元で水弾が弾ける。 血の気が引いた薫は飛び退いて走り出した。 周囲には、伊織の気配が充満している。 伊織の姿はどこにもない。 上から水弾の雨が降って来る。

 薫たちは器用に全ての水弾を避けて、迷路の入り口に辿り着いてゲートをくぐり抜けた。



 S字の道路横の木々の上に数人の迷彩服の男たちの影が現れる。 伊織と紫苑が飛び降りた後、次々と男たちが飛び降りてくる。 伊織は男たちを振り返って声を掛ける。


 「さて、薫たちを袋のネズミにして、一網打尽にするか。 お前らは怪我してもいいけど、薫たちに怪我だけはさせるなよ」

 「うわっ。 どこの暴君だよ。 でも、特に女の子たちには、傷ひとつ付けたら駄目からね」


 伊織と紫苑の容赦ない言葉と、瞳の奥が全く笑ってない笑顔に、伊織の部下たちは心の底から震えた。部下たちの中で、一番ガタイのでかい男『忍くん』が伊織に声を掛ける。


 「すずは女の子だけど、こういう事に慣れてるからいい。 なんで蘇我家のお嬢さんを飛び入り参加させたんだ?」

 「蘇我が来たいって言ったしな。 女の子がすず一人だと寂しいだろう」

 「今更だろ」

 「まぁ、彼女がいたら薫たちもやり過ぎないだろうしね。 そういう事だろ。 伊織」


 紫苑が伊織に片目を瞑って誤魔化した。 本当の理由は、足手まといを入れて薫たちにハンデを与える事と、裏の理由は、年頃の少年の中に鈴子1人を入れるのが心配だったからなのだ。 伊織は鈴子に対して時に実の親よりも過保護になる傾向がある。 伊織が鈴子を見る目は、実の娘を見ているようだ。 理由を知っている紫苑は呆れるばかりである。 薫たちも鈴子の事を幼馴染以上には思っていない。

 良人以外ではあるが。 伊織も知っているが、学生の立場上、間違いが起こらない様にしてあげたという親心なのだ。 雑談もそこそこに伊織たちは、薫たちを追い詰める為に迷路に入って行った。

『僕たちの場合』を読んで頂き誠にありがとうございます。

気に入って頂ければ幸いです。

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