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僕たちの場合  作者: 伊織愁
5/12

~予選会場の町~③

 森の中を草木をかき分けて進むと、森の匂いが濃くなってくる。 生い茂った草をかき分ける音と、荒い息遣い、額からは汗が滲む。 袖で汗を拭った薫は、空を見上げて、太陽の眩しさに目を細めた。


 「暑っ! もう、昼近いか? 直ぐに着くって思ってたけど。 意外と距離あるな」

薫は、後ろを振り返ってにかっと笑った。 少し、笑顔が引き攣っている。 志緒も察して頬が引き攣り、薫の方を指さして、絶望的な声を出した。

 「ねぇ、道に迷ったんじゃないよね……」

ビリィは、志緒の後ろで何が楽しいのか、面白そうにニコニコしている。


 小さく葉が擦れる音に、薫の背中に悪寒が走る。 ビリィも反応すると、志緒を小脇に抱えて、後ろに距離を取った。 薫が構えるのと同時に、草叢から迷彩服が飛び出して来た。 飛び出して来た迷彩服の男は、体勢を低くして、薫の間合いに素早い動きで入って来る。 腹に一発、入る前に、後ろに飛んで男の拳を避けた。 男の拳が、薫の体をなめるようにギリギリを通って、薫の頬を軽く裂いた。 男の口角が上がる。 薫の体に緊張が走り、眉間の皺が濃くなっていく。 睨み合う薫と迷彩服の男

 

 少し、離れた場所でビリィが動く気配を感じた。 音もなく迷彩服の男の背後に近づくビリィ。 志緒が草叢に隠れるのを目の端で確認すると。 薫とビリィは同時に動いた。 小さく空気が走る音。 

 薫とビリィの上段蹴りが、迷彩服の男の後頭部と顔面を狙う。 男の口元に笑みが広がる。 足首に男の腕の感触と、筋肉が打ち合った音が鳴った。 薫とビリィの上段蹴りは、いとも簡単に男に阻まれた。

 薫とビリィは、後ろに飛んで距離を取る。 薫から舌打ちが漏れる。 でも、防がれるのは想定済みだ。


 志緒の隠れた方向から叫び声が聞こえた。 声がした方を見ると、志緒が別の迷彩服の男に連れ去られそうになっている。 隣から軽く空気が鳴る。 薫の後頭部めがけて、男の蹴りが襲ってきた。

 薫は、しゃがんで避けると、男に足払いされてつんのめる。 ビリィが駆け出そうとするも、男に足払いされて転びそうになるのを踏ん張っている。 薫とビリィは、駈け出したが間に合わなかった。


 「ちょっと、離しなさいよ!! 噛むわよ!!」


志緒は、言う前に迷彩服の男の腕を噛んでいた。 男は、痛みに顔をちょっと顰めただけで、ダメージはない。 志緒は、軽く抱えた迷彩服の男に、草叢の奥に連れされて行った。 直ぐに志緒の後を追って走るスピードを上げる。 後ろにいる迷彩服の男は追って来なかった。 薫は少しの違和感を覚えたが、今は志緒を助ける事を最優先にした。


 少し走った後、男女が揉めている声が聞こえてきた。 志緒の切羽詰まった声に、二人は走るスピードを上げた。 追いついた二人は、森が開けた場所に出た。 向かう先に揉みあう男女の姿が見える。


 「嫌だ! 止めて、離して~!! 誰か~! 助けて~!!」

 「ちょっと待て! 違う! 勘違いするな! ちょっとだけ大人しくしてろって!」


迷彩服の男は、志緒を大人しくさせる為に、組み敷いたのが間違いだった。 暴れまくった志緒の足が男の急所に直撃して、男は痛みに震えて屈みこむ。 男の丸まった背中に薫の片足が乗せられた。


 「女を襲うなんて……伊織くんの舎弟は、いつからそんな下衆な奴らに成り下がったんだ?」

薫は笑顔で迷彩服の男に体重をかける。 薫の目の奥は全く笑っていない。 薫の背後からゆらりと黒いオーラが漂っている。

 「志緒ちゃん大丈夫?」

ビリィが志緒を立たせて、男から引き離す。

 「結川……蛯原……」

薫とビリィ登場に、安心したのか、志緒の大きな瞳から大粒の涙が零れ落ちる。


 薫とビリィの背後の黒いオーラが、更に濃くなる。 迷彩服の男が座り込んだまま後ずさりして、片腕を上げて制止する。

 「いや、ちょっと待て! 薫、ビリィ、これには訳があってだな……襲おうとしたんじゃないんだ」

薫の目が怪しく光り、手を組んで指を鳴らす。 ビリィはにっこり黒い笑顔で言った。

 「「 問答無用 」」

迷彩服男は、薫とビリィにボロ雑巾のような姿にされて、草叢に転がされた。



ボロ雑巾のように捨てられた迷彩服の男を見て、志緒が心配そうな声を出した。

 「ねぇ、あの人、あのままで大丈夫なの?」

 「大丈夫、急所は外してるし、そのうち伊織くんの別の舎弟が迎えに来るから」

薫は迷彩服の男を鋭く睨みながら言う。 志緒は『舎弟』という言葉を耳にして不安そうに訊いてきた。

 「あの……舎弟って?」

 「……伊織くん、十代の頃、グレてたからな」

薫が頬を掻きながら明後日の方向を見る。 伊織の過去を勝手に話すのは憚れる為、歯切れが悪い。

しかも、伊織にとっては黒歴史だろう。 薫の表情は『これ以上は言いたくない』と書いてある。

 「さっき襲って来た人達は、伊織くんの昔の友達だよ。 今は、更生してベビーシッターさんなんだ」

にっこり笑顔で気にせずに、思いっきり爆弾を投げるビリィ。 無理やり投げられた爆弾を受けた志緒は、目が大きく見開いき、今までで、一番大きな叫び声が出た。

 「あんな怖い人たちがベビーシッター!!」


『それより』と薫とビリィが、未だに騒いでる志緒を無視して、真剣な顔で話し合う。

 「忍ちゃん……追いかけて来なかったな……」

 「そうだね。 多分、僕たち道を大きく外れたんだね……遭難しないように、ここまで誘導してくれたんだと思う」

ビリィの言葉に、逸早く反応した志緒が至極当然な事を叫んだ。

 「やっぱり、道、間違ってたの!! それなら襲わないで声掛けてくれたら済む話じゃない!」

薫が溜め息を吐いて、志緒から目を逸らして言った。

 「伊織くんは……そういう奴なんだ……揶揄って遊んで楽しんでるんだ」

 「でも、何で私たちが遭難しかけてたの伊織くんは分かったの? 私たちでさえ気づかなかったのに」

志緒が顎に手を当てて考え込む。 ビリィが注意深く辺りを見回す。

 「見張られてるのかな? そんな気配はないんだけど……」

 「気配……? ちょっと、不思議に思ってたんだけど、二人とも何で襲ってくるの分かるの?」

 「周りの空気の流れとか、草木の音とか、あと色々な気配とかかな」

ビリィの答えに引き攣った笑いを零す志緒。

 「へぇ……そうなんだ。 凄いね……蛯原は?」

 「俺? 俺は勘! そういう時は、背中がゾッとする」

 「正しく野生の勘だね」

ビリィが『流石、薫くん』とにこにこ笑顔で称賛している。

 「……私、すず達と同じ方が良かった!!」

志緒は涙目で訴えた。 『絶対、普通の高校生じゃないよ』とブツブツを呟いている。



 薫の野生の勘の所為で、遭難しそうになり、伊織の舎弟に襲われたのだから、無理もない。 薫は、二人の意見を聞いてみる事にした。 しかし、薫の表情は硬い。


 「よし、取り敢えず前に進むとして、ビリィと蘇我はどっちに進んだ方がいいと思う?」

 「それなら、三人同時にどっちに行った方がいいか指してみようよ」


ビリィの意見に賛成して、三人で頷きあう。 『せ~の』の合図でそれぞれが思う方向を指し示す。

 薫は山の方、志緒は薫とは反対の方角、ビリィは薫と志緒が指した丁度中間を指した。 正解は、ビリィの方角だが、それでも少しずれている。 薫の方向はもちろん却下。 話し合った結果、ビリィの方角に進む事にした。



 暫くは、平和に森の中を進んで行く。 ビリィを先頭に直ぐ後ろに志緒、しんがりは薫が務めた。

咽返す様な緑の香りと、遠くの方で鳥の声が聞こえる。 生い茂った草を掻き分けて進むと、森の終わりが見えてきた。 少し、遠くに柵が見える。 柵の向こうに、建物が並んでいるのが見えた。

 薫たちに安堵の吐息が漏れる。 何とか森を抜け出たらしい。


 「すんげ~疲れた~~」

薫は柵の前で、突っ伏した。 手足を投げ出して全身の力を抜く。 志緒も疲れた様子で地面に膝をつく。 志緒は、キッと薫を睨みつける。

 「主にあんたの所為だけどね……」

 「ここでも安全ではないから、気を抜かないでね。 薫くん」

ビリィが警戒をするように促す。 薫は、手を振ってビリィの言葉を軽く流している。

 「分かってるって」

ビリィの顔には本当かなと疑惑の表情が現れている。


柵の向こうから複数の足音が聞こえてきた。 話し声も聞こえる。 薫は寝転びながら、頭を声のする方へ向けた。 薫の目から、逆さの状態の三人の男女が歩いて来るのが見える。 良人と目が合った。


 「「「「「「 あ 」」」」」」


同時に発した皆の声が合わさった。 どうやら無事に瑛太たちと上手く合流できたようだ。 良人が薫を見て、柵を乗り越えて側に来る。 表情筋が死んでいる良人の顔が、どことなく喜んでいるように見える。


 「やっぱりな。 薫の事だから、ここから出てくると思ったんだよ」

 「すず~~!!」

柵を軽々と乗り越えてきた鈴子に、志緒は思いっきり抱き着いて泣いた。

 「……やっぱり……嘆いてたか」

受け止めた鈴子が、抱き着いてきた志緒の背中を軽く叩いて宥める。


瑛太がビリィに近づいて、お互いの近況報告をする。 薫は、二人の様子を目を細めて眺める。

 「そっち、大変だったんじゃないか? 山の方に行っただろう?」

 「うん、遭難しかけて、忍ちゃんが来たよ」

ビリィが何でもない事のように、にっこり笑って報告した。

 「……そうか。 こっちは、誰にも遭わなかったからし、薫も居なかったから平和だった」

瑛太は、眼鏡を押し上げて息を吐く。 薫は瑛太に無言で、避難の視線を送る。 

 「ちょっとだけ休憩してから、これからどっちに行くか決めるか」


同意した皆から『お~~』と返事した直後に、12時を知らせる鐘が鳴り響いた。


 『12時をお知らせします。 イベント参加者の皆さまは、一時、休戦して頂き休憩を取って下さい。

ゲームイベントは、13時より再開したします』

『僕たちの場合』を読んで頂き誠にありがとうございます。

気に入って頂ければ幸いです。

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