~予選会場の町~②
「薫!!」
突然、真上から筋肉隆々な男たちが降りてきた。 薫の近くに降りた男が警棒を、薫の頭を狙って、打ち下ろそうとしている。 薫が警棒を避けて、男に土を投げつけた所までは確認できた。
瑛太は、目の前の男が襲って来て、周りを気にしている場合では無くなった。 男たちの正体は直ぐに分かった。
紫苑の家の家紋が背中に印刷された、警備保障の制服を着ているからだ。 男たちは、本気で薫たちを倒しにかかってきている。 高校生相手に大人げない。 相葉グループの会長で、伊織の父親の差し金に間違いないだろう。
瑛太は、嘆息して、こめかみを抑える。
(……頭が痛い。 あの人、大人げないからな……)
考え事をしている間に、男に間合いを詰められて、腹を警棒で打たれる。 打たれる寸前、後ろに飛んでダメージを逃がす。 瑛太が反撃体勢に入る前に、男の背後から、後頭部に鈴子の後ろ回し蹴りが炸裂した。
「瑛太! 大丈夫?」
男は脳震盪を起こしたのか、足元がおぼつかない。 瑛太は男の腹を蹴り飛ばして、自分たちから離した。
男は、頭を振って立ち上がろうとしている。 後ろでは良人が男にボディーブローを決めて、膝をつかせたところだった。 目の端に薫たちが、森の奥に駆け出したのが見えた。 自分たちもこの場を去った方がいいと判断して、薫たちとは反対側の森の中を駆けだした。 木々の間を通り過ぎた時、少しの違和感と不安が過ぎる。 後ろから男たちの声が聞こえてきて、振り切る為に、瑛太たちは走るスピードを上げた。
暫く走った後、森の先に道が見えて光も目に入ってきた。 本戦会場に続く大通りに出たようだ。 『刑事』に扮した参加者(?)『探偵』に扮したゲームスタッフの姿は見えない。 瑛太たちの現在地は、レストラン区画とグッズ店舗区画の中間くらいの位置だと推定する。 隣に来た良人から声が掛かる。
「このまま真っ直ぐ進む? グッズ店舗区画に入る前に、一旦森に入った方がいいと思うけど。 薫たちと合流出来るかも」
「でも、薫たち、山の方に行ったよね? 野生の勘で本戦会場に登って行ったりして……」
鈴子の言葉に瑛太と良人の顔が引き攣る。 瑛太は眼鏡を押し上げて嘆息する。
「それは……あり得るな」
「志緒、大丈夫かな?……もう、嘆いてそうだわ」
鈴子が森を振り返って、心配そうに眺める。
「取り敢えず、先に進むぞ」
瑛太たちは、グッズ店舗区画を目指して歩き出した。 『刑事』は全員、相葉グループの人間か、紫苑の所の警備会社の人間だろうと結論付けて、出くわしたら倒せばいいと話し合った。
――少し前に時間を遡る。
薄暗い部屋に、長テーブルとパイプ椅子、長テーブルにはパソコンが何台か置いてある。 壁一面のモニター画面を、パイプ椅子に座った迷彩服を着た青年二人が凝視している。 一人は、涼し気な目元に銀縁眼鏡、シャープな顎のライン、左分けした黒髪を流している。 隣で座っている青年は、垂れた目元、右目の下の黒子が大人の色気を漂わせている。 茶髪の肩まである髪を、後ろで一つに纏めている。
二人は、口元に不適な笑みを湛えている。 壁一面のモニター画面に、イベント会場の地図が映し出されている。 予選会場に設定した区画は、グッズ売り場やレストランや屋台村、小規模のイベント会場として使う為に作った区画だ。
レストラン区画の一角に六つの点が点滅している。 六つの点はレストラン区画の端を目指しているようだ。 青年の思惑通り、追跡機能付きのバンダナを、薫たちに身につけさせる事が出来た様だ。
予想通り、六つの点はレストラン区画の端で止まった。 青年の一人の眼鏡が怪しく光る。 眼鏡を押し上げた伊織は、画面を凝視しながらほくそ笑む。
『こちら、レストラン区画担当の探偵Cです。 例の子供たちですが、立ち入り禁止区域の森の中に入って行きました!!』
無線連絡が入り、モニター画面を確認する。 六つの点が立ち入り禁止区域の森の中を移動していた。
「了解しました。 こちらで対応します。 君は持ち場に戻って下さい。 予想通りだけどどうする? 伊織」
「紫苑とこの出して」
「了解」
紫苑は、待ってましたとばかりに部下に連絡を取った。 部下の服に備え付けている小型カメラの映像が、モニター画面の地図上に窓枠で、何個か表示された。 薫たちが難なく、紫苑の部下たちを倒していく映像が流れる。 紫苑は簡単に部下がやられていくのを見て苦笑する。
「くっくっ……相変わらず、容赦ないねぇ」
暫くすると小型カメラの映像は消えた。 薫たちに振り切られたらしい。 地図上の六つの点は、今は二手に別れ、山に向かう点と大通りを歩く点が表示されている。 伊織は山に向かう点を凝視して、眉を顰める。 無線ではなく携帯を取り出して、部下に連絡を入れた。
「須田さん、伊織です。 薫たち、山に入って行ってるので、グッズ店舗区画に進路誘導して下さい。 このままだと遭難するので。 ええ、お願いします。 グッズ区画まで、山に入らないように監視してもらえますか? はい、ありがとうございます」
紫苑が面白そうにモニター画面を見ている。
「流石だな薫……野生の勘で本戦まで一気にショートカットする気かな?」
「……」
伊織は嫌そうに顔を引きつらせた。
紫苑が手元の用紙をチェックしながら、ネットサーフィンを始めた。 一枚の用紙を見て呆れた顔をする。 紫苑が見ていた用紙は、薫たちがイベント会場で入場する時に書いたアンケート用紙だ。
紫苑が一枚のアンケート用紙をひらひらと振った。
「薫、『電動キックボード』が欲しいんだって……」
改めて、アンケート用紙を見た伊織は、呆れた声を出す。
「あいつ、分かってんのか? 貰っても乗れないぞ。 まだ普通免許、持ってないんだから。 しかも、携帯の新機種って、この間、変えたばっかだろ」
「薫の事だから知らないんじゃない? 電動キックボードに乗るには、普通運転免許証がいるの」
「……」
伊織は、あり得て何も言えない。 紫苑は、数枚の用紙をペラペラ捲り、ネットサーフィンを続ける。
「しかし、伊織の親父さんも毎回、回りくどいね。 普通に訊けばいいのに」
「……本当にめんどくさい」
伊織は、相葉グループの社長、伊織とは異母兄弟の兄に呼び出された時の事を思い出した。
――数日前、伊織は相葉グループの社長室に呼び出されていた。
『行き成り呼び出して悪かったな。 久しぶりだな、伊織、元気にしてたか?』
目の前の豪奢な事務机に座るのは、年の離れた異母兄弟の兄、相葉智光だ。 智光は、母親似で伊織と全く似ていない。 柔らかい髪に優しそうな顔立ちの智光は、上品にスーツを着こなし、長い足を組む姿は、とても五十代には見えない。
『ご無沙汰して申し訳ございません。 智光さんもお元気そうで何よりです』
『堅苦しい挨拶は抜きにしよう。 高校教師はどう? 楽しいかい?』
『ええ、まぁ……』
智光は、苦笑した後、本題を切り出した。 組んだ手に顎を乗せて伊織を見据える。
『父から伊織に伝言があってね。 伊織に手伝って欲しいと』
にっこりと人の良い笑顔を向ける。 智光の笑顔に嫌な予感がして背中に冷や汗が流れた。
『あの無人島、商業用に使う事が会議で決まった。 実は、言ってなかったけど、去年から工事に入っててね。 先週末に完成したんだ。 で、取引先とか招待してお披露目のパーティーをする前に、父が薫くん達を個人的に招待して、『遊びたい』って言っててね。 伊織、紫苑くんに手伝ってもらって準備してくれないかな。 これ、父からの指示書ね』
智光の笑顔が絶対に拒否は許さないと物語っている。 父の『遊びたい』は、確実に面倒くさい事になる。 伊織は内心で嘆息した。
『それと薫くんたちの欲しい物リストを作っておくようにって言付かっている。 それともう一つ、お披露目パーティーの時、婚約者の美香子さんを同伴しろとの事だ。 以上だ』
数秒逡巡した後、伊織は無表情で返事をした。
『承知いたしました』
(最後に爆弾投げてくるなよ。 婚約者を放置してるの知ってて言ってるんだろうな)
伊織の相変わらず硬い態度に、智光は寂しそうに眉を下げる。 伊織は他人行儀を崩さず、社長室を辞した。 伊織は、紫苑が経営するバーに直行する事にした。
「伊織、伊織!」
身体を揺さぶられて、意識が戻って来た。 目の前に紙の束を差し出される。 壁に映し出されたモニター画面をチラリと見ると。 薫たちがグッズ店舗区画に向かっているのを確認して安堵する。
「おお、トリップから戻って来た? これ、欲しい物リストと詳細説明。 後、注文書と各荷物の配達追跡番号ね。 エアコンの設置工事予約もしておいた。 智光さんにメールで送っておいたから」
「ああ、一人でやらせて悪い。 ありがとう紫苑 後、つき合わせて悪いな」
紫苑から紙の束を受け取って確認する。 書類には、保護者の承諾済みと書いてあった。
「いや、今時の高校生は、こんなの欲しがるのかと知って面白かったよ。 それに俺は気楽な三男坊だからな」
「いや……平均ではないだろうな……」
伊織は、モニター画面に視線を戻す。 背後からふわりとハーブティーの香りが薄暗い部屋に漂った。
「どうぞ、ペパーミントのハーブティーです。 頭がスッキリして目が覚めますよ」
にっこりと笑った坂木が、薫の机の上にカップを置いていく。 ソーサ―には、チョコが一つ乗せられている。 隣で紫苑が坂木にお礼を言って受け取る。 溜め息を吐いて、ハーブティーを一口飲むと、爽やかですっきりした味が口の中に広がった。 伊織たちの出番まで、後もう少し。
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