~ゲームスタート~
ティーポットにお湯が注がれ、ゆっくりと茶葉がリズム良く踊る。 相変わらず、一番乗りした薫と良人が主のいない部屋でゲームに勤しんでいる。 ティーカップに紅茶が注がれ、紅茶の香りがリビングに漂う。
テーブルに紅茶とお菓子が並べられる。 お茶の準備が整うと、ゲームに夢中になっている二人に声が掛かる。
「薫くん、良人くん。お茶が入りました。 どうぞ、お席へ」
「ありがとう。 坂木さん」
「……サンキュー。 あ、伊織くんは? まさかもう出かけたの?」
薫が顔だけを坂木に向けて話しかけている。 薫の横では、良人がオンラインゲームでソロ討伐を楽しんでいる。
「若様は昨日から留守にされてます。 ご友人宅にご招待されまして、御帰宅は明日の夕方と伺っております」
「もしかして……今日って、坂木さん休み? 悪いね、貴重な休みなのに」
「「……」」
坂木の顔にゆっくりと笑顔が張り付く。 薫と良人の顔から血の気が引いていく。
坂木の顔に張り付いた笑顔が『分かってるんなら、ととっと帰りやがれ』とありありと浮かんでいる。
貼り付けられた目が笑ってない笑顔に、薫と良人は身も凍る思いがした。
「「か、帰る。 お茶飲んだら帰るから!!」」
薫と良人は同時に叫んで、慌ててテーブルにつく。 テレビ画面では、良人が丹精込めて育成したキャラが、ドラゴンに瞬殺された場面が映し出され、『復活する、救援要請する』の確認画面がポップアップされた。 そして、急遽、待ち合わせ場所を変更する旨、幼馴染グループに連絡事項で入れた。
『坂木さんを怒らせた。 駅前に集合!!』これで充分、皆に詳しく言わなくても伝わる。
――駅前のロータリーでは、車の行きかう騒音、ロータリーにあるパチンコ屋の騒音が、ドアが開く度に聞こえてくる。 駅前に集まったのは、薫、良人、瑛太、ビリィ、鈴、そして、薫たちのクラスメイトで、鈴子の高校からの友人の蘇我志緒だ。 薫たちは、志緒の登場に戸惑いを隠せない。
「鈴はいいとして、蘇我も来たのか……」
沈黙を破って声を発したのは薫だった。 答えたのは鈴子だ。
「うん、どうしても来たいって言うから。 一応、紫苑くんに確認したら、いいよって」
皆の視線が一人の少女に向けられる。 視線を向けられた志緒は、頬を膨らませて拗ねた様子を見せる。
「むっ、何? 私が居たら駄目なの?」
ふわふわの髪をサイドでお団子にして結わいている。 読者モデルをやっていて、すらっとした美少女だ。 頬を膨らませた様子もかわいい。 対照的に小柄でボーイッシュな出で立ちなのは、薫たちの幼馴染の鈴子だ。
薫は、何とも言えない歯切れの悪い答えを返す。 腕を組んで考える人のポーズを取って唸る。
「いや、そういう問題じゃないだよな。 ん~、口で言うより経験した方が理解が早いか」
「大丈夫だよ。 志緒ちゃんの事は僕が守ってあげるからね」
ビリィが蕩けるような笑顔で言った。 志緒はニ・三歩後ろに下がってビリィから距離を取る。
志緒が一人だけ状況が把握出来ないでいる。 キョロキョロと目線を動かして頭の上に、はてなマークを飛ばしている。 状況把握が出来ないでいる志緒を、薫たちは同情、または哀れみを露わにして見ていた。
――何てことをしているうちに、ゲームイベントが開催される島に向かう船に薫たちは乗り込んでいた。
潮の香りと、海の波間に太陽の光が反射して光っている。 小型船が島に向かってモーターを鳴らしながら波をかき分けて突き進んでいく。 遠くに見えた島が段々と近づいて来た。
「あの無人島って……伊織くん家の島じゃなかったっけ?」
薫は無人島に見覚えがあった。 去年は、受験生で来れなかったが、目の前に見える無人島は、小さい頃から一年前まで、伊織くんたちとよく遊びに来た島だ。 皆も気づいて、口々に話し出す。
「え~、あの無人島、紫苑くんとこが買い取ったとか?」
ビリィが寂しそうに言う。
「アミューズメント施設にしたって書いてあったな。 そうか……」
瑛太が感慨深そうに独り言をいう。
「……世知辛いな」
良人が小さく呟いた。
薫たちの島ではないが、小さい頃から薫たち専用みたいになっていた遊び場がなくなってしまった。
皆が感傷的になっている間に島の桟橋に着いた。
――ゲームイベントの入り口の受付カウンターでは、大勢の人がひきめしあっていた。
ゲームイベントという事で、家族連れも居るのかと思ったいたが、殆どが成人した大人だ。 しかも、かなり鍛えてそうな体つきをしている。 薫たちは、今までの経験で、ただのゲームイベントではない雰囲気を感じ取る。 他の招待客を眺めてた薫は、何となくゲームイベントのオチが想像できた。
「こんにちは! 招待状を提示してください。 では、こちらに必要事項、宣誓書に記入お願いします」
ゲームスタッフが渡して来た用紙にその場で記入していく。 項目に『今、欲しい物があるか? あるなら三つまで書きなさい』というのがあった。 薫の手が止まる。
(欲しい物? っていうか、めっちゃ上から目線の質問だな……いっぱいあるけど、一番欲しいのは『VRゲーム』と……『電動のキックボード』と……あと一つ……最新機種の携帯だな)
薫は周囲を見回す、書き終わった用紙を眺めて、他の皆が何を書いたか気になった。
「良人、欲しい物なんて書いた?」
「俺は、『VRゲーム』と最新型のモデルガン、巨大コックピット型のゲーム機が欲しいけど、350万くらいするからなぁ。 それは書かなかった。 社会に出てから、金貯めて自分で買うかな」
薫の頬が引き攣る。 側で話を聞いていたビリィが話に加わる。
「良人くんは、相変わらずゲーム好きだね。 eスポーツとか目指さないの?」
「ゲームは趣味だから、なりたい職業とは違う。 目指すのは建築関係だしな」
「ビリィは、欲しい物なんて書いたんだ?」
言いながら薫は、ビリィの手元を覗き込む。 ビリィの用紙を見た薫の目が死んだ。
「ビリィ、これ本当にお前が欲しい物か?」
ビリィの用紙には、小さい女の子が欲しがる物が書いてあった。 恐らく、いや、確実にビリィの妹が欲しい物だろう。 一つだけ『和菓子道具セット(高級品の物)』と書いてあった。 これは、本当にビリィが欲しい物だろう。
「お前らもう書けたのか? 書けたなら受付に行こう」
瑛太が雑談している薫たちに話しかけてきた。 後ろで女子二人がきゃきゃうふふと騒いでいる。
薫は、チラッと後ろの受付カウンターを見る。 数組がまだ、説明を受けていて今、行っても待たされるだろうと予測する。
「あの説明受けてる奴らが終わってから行こう。 瑛太は欲しい物なんて書いた?」
生真面目人間の瑛太だから、簡単に予測できるけどと薫は内心で独り言ちる。
「部屋のエアコンが壊れてて、父に言っても気合で暑さを乗り越えろって言われて、直してもらえないから、エアコンと後は大学受験の参考書と……後は『ブランドの腕時計』だな」
「エアコン……それは、切実だな……」
(気合だけでは、猛暑は乗り越えられないよな……実用的な物ばっかりだな)
薫は、チラッと瑛太の腕を見ると瑛太が言った某有名ブランドの腕時計が袖からチラリと見える。最後のは桜太が欲しがってるのか、桜太はブラコン気味で何でも瑛太と同じ物を欲しがる。
(しかし、どいつもこいつも弟妹に甘いな……)
雑談をしている間に残ったのは薫たちだけになった。 イベントスタッフが声を掛けてきた。
「用紙が書き終わりましたら、こちらでゲームの説明をしますので受付までお願いします」
薫たちがゾロゾロと受付まで移動する。 イベントスタッフからゲーム説明が始まった。
「それでは、ゲーム内容を説明します。 私は今日、このイベントの管理を任されました明神と申します。 イベント中お困り事がありましたら、私、明神まで申しつけてくださいませ」
明神が深くお辞儀する。 薫たちも反射的にお辞儀を返す。
「今から、皆様にはチームを組んで頂いて、こちらのくじを引いてもらいます」
明神がくじの箱を薫たちに差し出す。
「チームは五人一組なんですが、皆様には特別に六人一組でも良いとオーナーから許可が出ていますので、皆様は六人で一組とさせて頂きます。 半分に別れても少なすぎますからね。 では、代表でいいのでくじを引いてください」
「「「じゃ、瑛太で」」」
と薫と良人と鈴子の三人。
「瑛太くんで」
これは、ビリィ。 ビリィは皆をくん、或いはちゃん付けで呼ぶ。
瑛太は眼鏡を押し上げて、『やっぱりか』と軽く眉間に皺を寄せる。 志緒は薫たちの様子を不思議そうに眺めている。
瑛太がくじを引くと『泥棒』と紙に書いてあった。 皆が横から瑛太が引いた紙を覗き込む。
「『泥棒』ですか。 簡単に説明いたしますとゲームイベントは予選と本戦があります。 予選は『ドロケイ』です。 時間までに本戦会場まで行っていただきます。 時間が過ぎても本戦会場まで辿り着かなかったら失格ですからね。 参加者は『泥棒』と『刑事』に別れます。 『泥棒』は『刑事』に捕まらない様に逃げ切って本戦会場まで行ってください。 『刑事』は本戦会場まで捕まえた『泥棒』を連れて行かないと駄目です。 『泥棒』は『刑事』に捕まったらアウトですからね。 そして、情報屋として、イベントスタッフが『探偵』に扮してイベント会場のあちらこちらに居ます。 『探偵』は『泥棒』にも『刑事』にも有益な情報を与えます。 上手く利用してください。 それと『泥棒』『刑事』が分かりやす様にそれぞれそれに見合った衣装に扮してもらいます」
明神が泥棒の衣装が入った籠を薫たちの目の前に差し出す。 お馴染みのあの泥棒の衣装だ。
薫たちの今日の服は、おしゃれ着じゃない。 カジュアルでもない。 今から『体動かします』的なスポーツウエアだ。 薫たちの顔が青ざめる。
((((((そんなコスプレ絶対に嫌だ!!))))))
薫が唐草模様のバンダナを一枚取って、自分の二の腕に巻き付ける。
「これでいいだろう? 『泥棒』って分かるし」
他の皆も薫の真似をして、それぞれ好きなようにバンダナを巻いていく。 薫たちの様子を不適な笑みで明神が見つめているのに薫たちは全く気が付かなかった。
「では、準備が整いましたら逃げてください。 検討を祈ります」
明神の両手が打ち合わさり、軽い音が辺りに響き渡る。 それを合図に薫たちは、予選会場、小さい町と言っていいくらいの広さがある町中に走って入場した。
薫たちが予選会場に入った後、受付は締め切られ、どこからともなく刑事に扮した参加者たちが予選会場の入り口に集合した。
「では、皆さん、打ちあわせ通りにお願いします」
『刑事』に扮した参加者(?)たちが恭しく頷くと明神の目が怪しく光った。
『僕たちの場合』を読んで頂き誠にありがとうございます。
気に入って頂ければ幸いです。




