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僕たちの場合  作者: 伊織愁
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最終話 いつもの日常

 無事(?)にイベントも終わり、今は打ち上げの真っ最中である。 相葉グループのホテルのイベントホールでは、ステージ上で歌う相葉グループの社員の姿。 相葉グループ会長、相葉紅葉は、最前列を陣取りご満悦のようすだ。 全力で歌う社員に手拍子で答えている。 全力というか、必死というか、社員は全員ほぼ涙目だ。


会長が薫たちが座っている方向に視線をやると、にっこり笑い。


 「次、薫くんたちね。 私は久しぶりにラップが聞きたいかな。 全力でね、手抜きは許さないよ」


 と言った。 会長の笑顔は『拒否は許さない』と言っている。 会長以外の全員が『なんてブラックなんだ』と内心で叫んでいるに違いない。 薫たちささっと立ち上がり、ステージ上に向かう。


 ステージでラップを歌い、ダンスを披露している薫たちを見て、志緒は唖然とする。 こんな4人の姿は、見る事はないだろうと息を呑んだ。 隣に座る鈴子に尋ねると呆れる答えが返って来た。


 「これは、何事?」

 「伊織くんのお父様の趣味かな……自分が聞きたい歌を全力で歌わせてるの。 本当にブラックだし、モラハラに、パワハラだよね」


 鈴子は呆れた様子で、しかし、楽しそうに眺めている。 何をやるにも気心の知れたもので行うのは、楽しいが、会社なので強制されるのは苦痛だろうと思う。


 薫たちは、曲が終わるとお礼をしてステージを降りていった。 伊織と紫苑は『演歌でデュエット』とリクエストされて、本気で歌っていたが、上手すぎて会場中がうっとりと聞き惚れていた。 鈴子と志緒は、普通にアイドル曲をカラオケ気分で歌い上げた。 打ち上げは、夕方前には終わり、薫たちは夜中に伊織が運転する車で夜中に帰路についた。




――後日、伊織の父親から薫宛てに荷物が届く。


 「何で!!」


 荷物を開けて、入っている物を見た薫は、愕然としていた。 荷物には、カードが入っていて『高校入学、おめでとう』と書いてあった。 伊織の父親は、薫たちに入学祝いを渡したい為だけに、イベントを思いついたと思われる。 会長からのプレゼントは、VRゲームと、電動のキックボードではなくて、足で蹴って自力で動かす普通のキックボードだった。 そして、最新の携帯電話は入ってなかった。


キッチンから顔を出した母親が薫の部屋として使っているロフトを覗く。


 「薫、何を騒いでるの?」

 「プレゼントがリクエストしたのと違う!」

 「ああ、それなら私が却下しといわよ。 電動のキックボードなんて危ないうえに、あんた免許持ってないでしょ? 運転免許ないと乗れないのよ」

 「えっ! あれって免許いるの? 知らなかった!」

 「後、携帯は変えたばっかりなんだから、駄目だからね。 今あるのを大事に使いなさい」


 携帯の電話料金は母親が払うのだから文句は言えない。 母親はささっと梯子を下りて、夕方から収録があるからと仕事の準備をしている。 薫はガックリと肩を落として落胆した。 電動のキックボードが届くのを楽しみに待っていたのに、VRゲーム機を持ち出して、玄関に向かう薫の背中からは哀愁が漂っている。


 「薫、何処行くの?」

 「伊織くん、イオリ(子猫)の世話もしないと駄目だし、良人と新しいゲームしてくるわ」

 「あ、ちゃんと伊織くんのお父様にお礼状、書きなさいよ。 出さなかったら私に泣きついて来るんだから」

 「分かった。 じゃ、行ってくる」

 「あんまり、長居しないのよ」


 もう、伊織の部屋に集まっているだろう幼馴染たちを想像して、エレベーターのボタンを押した。 伊織の部屋を訪ねると、思った通りに良人とビリィがいた。 瑛太たちも夕飯後に来ると携帯に連絡が入った。


 「やっと来たか。 VRゲームやろう」

 「おう、ビリィも交代でやろうぜ」

 「いいの? やった!」


 暫く、皆で交代でVRゲームで遊ぶ。 熱中し過ぎて、23時を回ってからも、伊織が帰って来るまで遊んでいた。 VRゲームは、何もない所を叩いたりと、傍から見たら奇妙な生き物に見える。


 帰って来た伊織が、薫たちを見て引いたのは言うまでもない。 伊織に遅くまで遊んでいるのを叱られて、追い出されるのもいつもの日常だ。 そうして、薫たちはいつもの日常に戻っていった。                       ――完

『僕たちの場合』を最後まで読んで頂き、誠にありがとうございました。

皆さまの午後のひと時が、素敵な時間になりますように。

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