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僕たちの場合  作者: 伊織愁
10/12

~薔薇の生垣の迷路~

 迷路は小規模イベント区画のツツジの生垣ではなくて、薔薇の生垣で出来ていた。 迷路をクリア出来なければ、生垣を突き破ろうと思っていた薫は、薔薇の棘を見つめて考えを改めた。 


 (これ、刺さったら痛そうだな。 突き破るのはやめとこう。 血まみれになる未来が見える)


 薔薇の生垣を作るだけで凄い労力が要っただろう事が分かる。 しかも、かなり金も掛っただろう事も伺える。 鈴子と志緒は、薔薇の生垣を目にすると感嘆の声を上げた。


 「わぁ、綺麗! 薔薇の香りが凄いする」

 「イベント終わったら、この薔薇どうするんだろうね」

 「う~ん、確か、伊織くんの本家の家に薔薇園があったんじゃないかな? そこに移植するんじゃない?」

 「薔薇園……家に? この規模の薔薇を移植出来るくらい広いんだ」

 「勿論、全部は無理だと思うけど。 1度だけ連れて行ってくれたんだけど、すっごい綺麗なんだよ」

 「へぇ」


 志緒が伊織の実家が金持ち過ぎてドン引きしている。 鈴子の話で3年前の事を思い出した。 伊織の不機嫌な顔、本家の薔薇園に連れて行ってくれた伊織は、態度にこそ出さなかったが、終始いらだっていた。

 行きたいなんて言わなければ良かったと、後悔したのはまだ記憶に新しい。 薫が感傷に浸っていると、まだ後方だというのに、伊織の気配が薫たちの方まで漂って来て、ぶるりと背中を震わせると自身を抱きしめた。


 「やばい! 伊織くんが追いついてきた!」

まだ伊織の姿は見えないが、振り返って後方を見つめる。 薫の声に全員が後ろを確認する。 瑛太の『走れ!』の声が響く。 良人が薫のすぐ横に並んで走る。

 「薫、どっち行く? 俺は薫の野生の勘に頼る」

 「僕も!」

いつの間にか薫と良人の直ぐ後ろに、ビリィが志緒を小脇に抱えて追いついてきた。 ビリィの後ろには瑛太と鈴子が続いている。 薫は何も考えなく良人の疑問に答えた。

 「取り敢えず、直進」

 「了解」


 良人が薫に柔らかい笑顔を向ける。 あまり表情が出ない良人にしては珍しい。 先ほどの薫の感情を機敏に感じ取ったのだろうか。 などと考えていると、生垣から水弾が薫たちに向けて撃たれた。 薫たちは、すぐさま屈んで胸の的を防御する。 後ろのビリィを狙い撃ちされて、ビリィたちと距離が離れて行く。

 水鉄砲の引き金を引くを音が小さく鳴ると、薫と良人は素早く反応する。 水鉄砲を構える。


 「薫! 後ろ!」


 良人の声で振り向きざまに相手の的に水弾を当てると、薫の頬のすぐ横を水弾が通り過ぎていく。 薫はわずかに顔を傾げただけで、水弾を避けた。 的を当てられた男は、信じられないという顔をして、死んだふりをして地面に倒れ伏した。 薫と良人は背中合わせになって周囲を警戒する。


 「そんなに動けるのに何で、ゲームだと全然ダメダメなんだ? 薫、簡単にやられるなよ」

 「大丈夫。 これはコントローラーじゃないし、格ゲーでもないしな」


 要はコントローラーを操るのが、薫は苦手なのだ。 良人は薫を振り返って、半眼になって見つめる。 良人の顔が、ゲームじゃなかったら勝てるってのも考えものだなと物語っている。 薫は良人が呆れているのに全く気付かない。


 「全員、倒す!」


 良人は生垣の隙間を狙って敵チームの相手の顔を的確に打ち抜く。 バラバラと顔を撃たれ男たちが生垣を突き破って飛び出して来る。 流石にサバゲ―で鍛えているだけがある。 薫は出てきた男たちの胸の的に水弾を当ててく。 代わる代わる薫と良人は方向を変えて、良人が生垣の中の敵チームを炙り出し、薫が出てきた敵チームの的に当てて倒していく。 薫の背後から楽しそうな良人の鼻歌が聞こえてくる。 薫は良人の鼻歌を聞きながらげんなりした。 薫の表情は、楽しそうに人を撃っているのもどうかと思うと言っている。

 男の悲鳴と生垣を抜ける草が擦れる騒音が、辺りに響き渡る。


 「よし、こんなもんか」


 薫と良人の周囲には、死んだふりをした、いいおっさんたちの屍が転がっている。 良人は水鉄砲の具合を確かめて、軽く溜息をつく。


 「少しは、楽しめるかと思ったんだけど、あっけなかったな。 サバゲ―初心者なのかな?」

 「いや、良人……結構、楽しそうに炙り出してたじゃねぇか」

 「それよりも、水タンクがもう、空になりそう。 薫のも補給しないとまずいな」

 「そうだな。 よし、ビリィたちと合流しようぜ」


 2人の腰に巻いている水タンクを見ると、お互いもう残り1発あるかないかだ。 ビリィたちがいる後方を見るが大分と引き離されたようで、ビリィたちの姿が見えなかった。




ーー薫と良人と引き離された後、ビリィたちも敵チームに襲われていた。

 「志緒! 地面に伏せて的に当てられないよにしてて!」

鈴子がビリィに降ろされた志緒の頭を押さえると、敵チームの男の的に水弾を当てた。 男は死んだふりをして志緒のすぐ横の地面に倒れる。 志緒は『ぎゃっ』と尻餅をついて後ずさった。 本当に死んでいるわけではないが、気持ち良いものではない。 倒れた男をビリィが腕を掴んで薔薇の生垣に投げる。 投げられた男は、薔薇の棘が刺さって痛そうな悲鳴を上げた。


 「志緒ちゃん、もうちょっとだけ伏せててね。 もうすぐ終わるから」

ビリィがにっこり微笑んで志緒から背を向ける。

 「ビリィ! そっち行った!」


 瑛太の声に直ぐに反応をして、水弾を素早い動きで左に避ける。 地面に水弾が弾けて水飛沫を上げる。 ビリィは口元に笑みを浮かべると、敵チームの男の水鉄砲を持った手を掴んで、勢いを利用して背負い投げで相手を投げ飛ばした。 相手の男が後頭部を打ち付けないように、地面に打ち付けられる寸前に腕を引っ張って、相手の頭を守るのも忘れない。 あっけに取られているうちに男の胸の的に水弾を当てる。


後方から複数の新手が押し寄せてくる。 ビリィは水鉄砲を構えて走り出した。 ビリィの後に瑛太が続く。


 「すず! 蘇我を守りながら漏れた奴を倒してくれ!」

 「了解! 志緒、私の後ろに来て!」

 「わ、分かった」


 志緒が鈴子の後ろに回って、ビリィたちの後に続く。 敵チームとの戦闘が始まった。 ビリィが先行して瑛太がサポートする布陣だ。 ビリィは王子様みたいな容貌とは裏腹に、意外と好戦的な性格をしている。 反して瑛太は、性格上サポート役が合っている。


 「ビリィ、あんまり先行するなよ」

 「分かってるよ。 瑛太くん」


 走りながら敵チームの的に正確に水弾を当てていく。 漏れた敵チームを瑛太が、こちらも相手チームの的に当てながら進んで行く。 たまに漏れた敵チームを鈴子が容赦なく打ち落としていく。 複数人が少し前で水鉄砲を手に待ち構えている。 ビリィのスピードが上がり、先行すると相手チームの水弾が全てビリィに向かう。


 屈んで水弾をかわすと、長い足を生かして相手チームの男たちに足払いで男たちのバランスを崩す。 立ち上がったビリィと、追いついた瑛太とで男たちを倒していく。 男たちは無言で死んだふりをした。

 鈴子たちもすぐに追いついてきた。


 「はぁ~。 やっと追いついた。 私たちのは、まだ大丈夫だけど、ビリィと瑛太のは補給しないとまずいんじゃない?」

 「ああ、この先に薫たちがいるだろうから、合流しよう」

 「そうだね。 志緒ちゃん? どうしたの?」

ビリィが不意に志緒を振り返る。 志緒の様子がおかしい事に気づいて声を掛ける。

 「何か、私、全然役に立てなくて、むしろ足手まといで、ごめんね」

 「ああ、そんな事、気にしてたの? 大丈夫だよ。 寧ろそれが伊織くんたちの狙いだし。 最初から分かってたから全然、気にしなくても大丈夫だよ」

志緒の頬が引き攣って、ビリィを見つめる。 鈴子と瑛太が呆れた顔でビリィを見た。

 「……ビリィ。 そんなはっきり言わなくても」

 「全く、フォローになってないな」

ビリィはにっこり笑って宣った。

 「だから、志緒ちゃんはちゃんと僕が守ってあげるからね」

 「あんたに守ってもらわなくても結構よ!!」


 ビリィが『え~! どうして? 何で怒ってるの?』と志緒に詰め寄っている。 志緒がぷんぷん怒っていると薫と良人が合流した。 周囲に死んだふりをした男たちを見て、薫と良人が残念そうな声を出した。


 「瑛太、こっちも終わったか。 給水場、行こうぜ。 もう、弾がない」

 「ビリィと蘇我は何やってるの?」


 瑛太が良人の疑問に何でもないと手を振って答えた。 それだけで薫と良人は何かを察したらしくそれ以上は訊かなかった。

 「そっちも終わったか。 じゃ、給水場行こうか。 あいつらは放っておいたらいい」

 「志緒、ビリィ! もう、行くよ」


 鈴子の呼びかけに、志緒はまだぶつぶつ言っていたが、大人しくついて来た。 合流を果たした一同は、次の給水ポイントに急いだ。




ーー薫たちが離れた後

 死んだふりをした男たちが起き上がって、それぞれが体のあっちこっちを擦っている。 1人の男の無線に連絡が入る。 無線から紫苑の声が聞こえる。


 『そちらの状況の説明を求む。 どうぞ』

 「こちら遊撃隊、作戦通りに少年たちの水タンクを空にする事に成功しました。 少年たちはそちらの給水場に向かったようです。 どうぞ」

 『了解した。 君たちは休憩してくれ。 交代要員を入れる』

 「了解しました!」


 給水場に大量の水タンクが置いてある。 水タンクが入った籠の側に、伊織と紫苑が立っている。 無線の向こうでは、喜ぶ男たちの声が響いていた。 紫苑は振り返って伊織に報告する。


 「もうすぐ、ここに来るみたいだよ。 薫たち」

 「そうか、薫たちと対戦するのも久しぶりだな」

 「加減してやれよ。 まだ、高校生なんだから」

 「ここまで来れたらいいけどな」


伊織の頬に意地悪な笑みが広がっていく。 紫苑が腕を組んで呆れたように伊織を見つめた。

『僕たちの場合』を読んで頂き誠にありがとうございます。 気に入って頂ければ幸いです。

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