~ゲームイベントへの招待状~
まだまだ田畑が残る長閑な田舎町。 町で一番高いであろうマンションのポストに、郵便物が投げ込まれる軽い音がする。 郵便局員が迷いなく効率よく、郵便物を配達していく。 田舎町に唯一ある高校に、春から入学した蛯原薫の元に、一通の手紙が届いた。 差出人は、珍しい人物からだった。
「薫! 起きなさい。 学校、遅刻するわよ!」
キッチンから母親の呼び声がする。 それでも薫は寝返りをうって、微睡んでいた。
リビングは20畳ほどあって、天井も高く作ってあり、ロフトがある。 そこを薫の部屋として使っている。
ロフトの対面には、高い窓があって、窓の向こうはバルコニーだ。 その向こうには田畑が拡がっている。 リビング全体に朝日が差して、薫の顔にも朝日が当たる。 薫は、朝日の熱と眩しさに、硬く目を瞑った。 寝ていても端正な顔立ちだと分かる。 眉間に深い皺を寄せた。
壁やドアも無いので、キッチンからはロフトが丸見えだ。 一応、カーテンは付けてあるが冬しか使用しない。 母親がロフトに繋がる梯子の下から、薫に声を掛ける。
「薫、紫苑くんから手紙が来てるわよ。 お母さんもう、出ないと遅刻するんだけど、早く起きて」
「……て……がみ……?……んっ……分かった、起きる……ふわぁ~」
薫は欠伸をして、重い体を起こし、ゆっくりと布団から出た。 梯子を軽い足音を鳴らしながら降りる。 頭を掻きながら、母親がいるキッチンに行って手紙を受け取った。
内容は、紫苑の父親が所有する島に、様々なイベントが出来るアミューズメントパークを作ったそうだ。 お披露目にちょっとしたゲームイベントをするという。
一緒に招待状が入っていた。 優勝者には賞金も出るらしい。 薫は母親に招待状を渡し訊いてみた。
「行っていい? 土日泊まりだって」
「いいけど、紫苑くんに迷惑かけないでよ。 それとお母さん、今日は帰って来れなくて、明日からは一週間、海外ロケなのよ。 あんた、どうせ伊織くんの家に入り浸るんでしょ? 伊織くんにあんたの世話、頼んでおくから。 たまには、家に戻ってね。 空き巣とか心配だから」
「分かった」
伊織くんとは、同じマンションの最上階に住む、薫の年の離れた幼馴染だ。 しかも、春から通っている高校の教師で、薫のクラスの担任を務めている。 紫苑は伊織の高校時代の友人で、その縁で紫苑とも仲良くしてもらっていた。
伊織がこのマンションに引っ越して来た時から、なんだかんだと理由をこねられて、6歳の頃から預けられたりしていた。 母親曰く、他にも理由があって、同じマンションの数人の奥さんたちと決めたらしい。
薫の母親は20歳で薫を産んだ。 父親は薫が生まれる前から病気で、子供が出来た事は奇跡だった。 薫が生まれて直ぐに、父親は薫を認知して亡くなった。 籍は入れていない、両方の親族から反対されたからだ。
母親は、薫の父親の兄が経営する芸能事務所で、敏腕マネージャーとして働いている。 薫の父親は子役から活躍する若手人気俳優だった。
薫がつけているクロスのピアスと、クロスのネックレスに朝日が当たって、キラキラ反射して光っている。 クロスのアクセサリーは、父親の形見で、元は祖父の物だった。 高校生になった薫は、益々、父親に似てきた。 まだ、幼さが残る生意気そうな顔立ちに、父親の面影が覗く。
キッチンカウンターのテーブルコーナーに朝食が並べられていく。 コーヒーとトーストの香ばしい香りが、朝のリビングに漂って食欲をそそる。 コーヒーを受け取った薫は、母親が自分の顔を見つめているのに気づいて、顔をあげて不快そうに顔を歪めた。
「何?」
「あんた、それ学校につけて行っていいの?」
母親が形見のアクセサリーを指して顔を顰めている。 クロスのネックレスを持ち上げて薫は何でもない様に言った。
「皆、してる。 何? 高校に合格したらピアス穴開けていいって、母さんが言ったんだろ?」
「いや、言ったけどさ……校則あるんじゃないの?」
「もう、いいだろ。 学校行ってくる」
薫は鬱陶しそうにして、自分のロフトに戻った。 後ろで母親が溜め息をしたのが分かったが、薫は無視した。 布団の中に潜り込んでいる携帯を発掘して、幼馴染の良人に連絡を取った。 薫の頭の中は、もうゲームイベントの事しかない。 下から母親の声がして、覗くと大荷物を持った母親の姿が目に入って来た。
「お母さん、もう行くから。 紫苑くんによろしくって言っといてー! 気を付けて行くのよ」
「あんたもな。 いってらっしゃい」
「ふふ、ありがと。 行ってきます」
母親は慌ただしく出かけて行った。 薫は母親を見送った後、携帯の操作を続けた。 『放課後、伊織くん家に集合!!』といつものメンバーに一斉送信した。
――ポットにお湯を注がれる音と、ふんわりとアッサムの香りが立ち込める。
ポットの中で茶葉を躍らせて蒸らし、ゴールデンルールに乗っ取り、最後の一滴まで五つのティーカップに紅茶を注ぐ。 伊織の執事が優雅な所作で紅茶を淹れている横で、ソファーからは何とも騒々しい声が聞こえてくる。
「っくそ! また、負けたーー!」
薫は、ゲーム機のコントローラーを投げ出して、ソファーの背もたれに項垂れる。
「薫は、この手のゲームには向いてないから、もうやめた方がいい」
隣で名人級にコントローラーを操る幼馴染、松坂良人が薫に不適な笑顔を向ける。 髪を金髪に染めて、耳の長さに切り揃えている。 三白眼で、チェーンが着いたピアスを何個もつけている。
一人用のソファーで長い足を組んで、携帯でお喋りに興じてるのは、結川・ジェームズ・ビリィ。
通称ビリィ。 イギリス人の父と日本人の母に生まれた、青い瞳の美形のハーフだ。 グレーの髪は柔らかそうだ。 家は老舗の和菓子屋さんだ。
「今日は、ごめんね。 幼馴染がどうしても会いたいって懇願して来てね。 僕は幼馴染のお願いには、断れないんだ。 妬いてるの? 嬉しいな。 明日は君の好きな所に付き合うよ。 じゃ、またね」
幼馴染の部分を殊更に強調している。 その場の空気が一瞬でうすら寒い空気に変わる。 ビリィは、女の子と浅く広く付き合っていて、毎日、違う女の子と遊び歩いている。 それでいて特定の彼女は作らない。 薫が嫌な顔でビリィに向かって悪態をつく。
「おい! ビリィ……その幼馴染ってのは、俺か? しかも我儘女みたいに言いやがって! お前もう帰れ! 嫉妬するような女と付き合うな!」
「薫……怒るとこそこ?」
「嫉妬しない子はいないよ。 薫くんは意地悪だな。 呼び出しておいて」
全く悪びれないビリィは、この手で薫を揶揄うのが好きだ。 ニコニコと楽しそにしている。
騒がしくしているとリビングの扉が開いて、二人の少年が入って来た。 手に本を数冊持っている。
「坂木さん。 この本の続きは何処でしたか? 分からなくなってしまって……」
「私がお持ちします。 お茶が入りましたので、皆様はどうぞお席に着いて、お召し上がりください」
「ありがとうございます」
坂木は、伊織の父親から派遣された執事だ。 伊織の生活面から仕事、プライベートまで様々な事を任されている。 背筋が良くて、優しそうな顔立ちしている。 しかし、見た目に騙されては駄目だと皆、嫌と言うほど知っている。 坂木に目が笑ってない笑顔を向けられたら人生の終わりを迎える覚悟が必要だ。 坂木は瑛太にご所望の本を渡すと、キッチンカウンターの奥の下がった。
皆が各々好きな場所に座る。 薫、瑛太、桜太が並んで座り、向かいに良人とビリィが座った。
お茶が始まるとゲームイベントの話になった。 ゲームイベントの招待状は、幼馴染、全員に届いているらしい。
本を借りた少年二人は兄弟で、彼らも薫の幼馴染だ。 マンションの前にある剣道場の師範の息子で、薫たちも小さい時は、剣道を習っていた。
兄の如月瑛太はメガネ男子で、生真面目な性格だ。 弟の桜太は、薫たちの一つ下で、今年は受験生、少しブラコン気味なのが、最近の瑛太の悩みである。
「僕は行けない。 父さんに止められた。 受験生なのに遊びに行くのかって。 残念だけど、お土産よろしく」
桜太はとても悔しそうにしていた。 皆から苦笑されて憤慨している。 お茶請けのクッキーに手を伸ばすと、薫は一人忘れている事に気が付いた。
「そういや、鈴は? あいつ行くの?」
「どうだろう? イベントの日は、クラスの女子と買い物に行くって言ってたけど」
薫の問いに良人が答える。 幼馴染の中で紅一点の西九条鈴子は、昔から良人と一番仲がいい。
まぁ、そういう事なんだろうと、何も言わなくても皆、分かっている。 それからは、優勝賞金を何に使うか、話が盛り上がった。 出発前に伊織の家に集合する事に決めて、坂木が作った晩ご飯を頂き、如月兄弟だけは帰った。
皆、自分の家の様に寛いでいるが、ここは他人の家、しかも、担任の家である。 家の主である伊織は、飲みに行って今は居ない。 何せ居心地が良い。 ゲーム機は一通り揃っているし、坂木が作るお菓子やご飯は絶品で、お風呂は広くて、浴槽がバルコニーにあるプールに繋がっている。 ベッドやソファーは、ふかふか。
子供だった薫たちが伊織の家の虜になるのに時間なんて必要なかった。 それからずっと、伊織の家に入り浸っている。 伊織は毎日、薫たちを家から追い出すのに苦労させられている。
今日も夜中に帰って来た伊織に叱られる事は言うまでもない。
『僕たちの場合』を読んで頂き誠にありがとうございます。
気に入って頂ければ幸いです。




