ロード地獄に気付いたモブ令嬢は、逆ハールートをクリアさせたい
違和感を感じたのは数か月前。初めは些細な事。俗にいう、デジャヴを感じただけ。
「あれ? こんなこと前にもあったような?」
そんなことを思う日が、何回か続いただけだ。
そう、何回か続いた。1回や2回ならば気にしなかった。けれど、それが頻繁に、ほぼ毎日のように起きれば話は別。
あまりにも不気味に思ったけれど、気のせいかもしれない。そう思って、日記をつけるようになったのは気付いてから1ヶ月ほど経った後。
そして気付いた。
書いたはずの日記が消えていることに。
日付が巻き戻っていることに。
気付いてからは、まるで別人になったようにいろいろなことを思い出した。否、実際に別人の記憶が鮮明に浮かんだ。自分でない人の一生分の記憶。これを前世と呼ぶならそうなのだろう。現象の名前付けは、この際どうでもいい。摩訶不思議な現象の理由を理解したことのほうが重要だ。
ここはゲームの世界。
名もなきモブだった私は、プレイヤーのロードごとに記憶を持ち越す異端児になっていた。
前置きが長くなりました。皆さん、こんにちは。私はヘレナ。ヘレナ・ケニオン。ある日唐突に、自分がゲームの中のモブだということを思い出した伯爵家の次女です。辛い。
思い出したところで、私にできることなんて皆無だ。ゲームの攻略キャラはこの国の王子や、公爵家の跡取り、騎士、王弟の隠し子といろいろといるけれど、私にはまったく接点がない。もちろんヒロインも。学園ですれ違うことくらいはあるけれど、それだけの存在だ。
そんな私が、なんでこんな不思議な現象に見舞われなきゃいけないんですか。誰か教えて。
「ヘレナ、どうかした?」
「いいえ、何も。空が青いなぁ、と思っていただけです」
「なんだい、それは」
隣でくすくすと笑うこの男性は、私の兄・オリバーだ。学年は違うけれど、学園には一緒に通っている。そして今は、帰りの馬車の中だ。
そう、学園。これは学園が舞台の恋愛シミュレーションゲームだ。難易度としては、普通のシミュレーションゲームよりも高いと言われていた。ある程度進めなければルート分岐が起きず、固定ルートに突入したからといってハッピーエンドへの道は狭い。
理由は簡単。普通ならある「好感度の表示」がこのゲームには存在しないからだ。
選択肢はある。けれど、その選択によって好感度が上がったかどうかはわからない。全てが裏パラメーター。ある程度進めなければ、どのルートに突入しているかわからないのだ。
そりゃ数ヶ月単位でロードしたくなるよねー。セーブデータ数、限界まで使ってるんだろうな。気持ちはわかる。私もプレイヤーの時は同じことをした。
まさか自分がそのゲーム内の人物に生まれ変わるだなんて思いもしなかったし。
「はー・・・雲が白い・・・」
馬車の外の景色を見ながら呟けば、お兄様がまた笑う。その姿をちらりと見て、またため息を一つ。
私は攻略キャラたちとの関わりは一切ない。けれど、お兄様は別だ。殿下たちとは同じクラスだし、仲も悪くないと聞いている。ゲーム内でもたぶん登場していたんだろう。名前のない、取り巻きの一人として。
ため息をついた私を見て、お兄様が顔を覗き込んできた。
「本当にどうしたんだ。別人みたいだよ」
「ちょっと夢見が悪くて」
「夢? どんな?」
「・・・お兄様こそ、ぐいぐい来ますね。珍しい」
「可愛い妹の憂い顔は取り除きたいからね」
「・・・・・・」
うっわぁ、乙女ゲーム。
って口にしなかった私を誰か褒めてほしい。そういうことは妹ではなく、女性に向かって言ってくれ。
とは思うけど、お兄様がこういう人だということは16年+αの付き合いでわかっている。誤魔化してもいいけど、これは夢の話だ。ならば、多少滑稽な内容でもいいか、と思い切って話してみることにした。
もちろん、ゲームの話はできない。私たちは両親から生まれて、ずっとこの世界で生きてきたのだ。誰かの作り物の生だなんて、間違っても口にできないし、したくない。
だから、毎日夢を見るという話をした。毎日夢を見る。夢で見た内容は、近い日に現実になる。そんなことが続いて気持ち悪い、という話をしたら・・・
「・・・それ、僕以外にも言った?」
お兄様がなぜかとても難しい顔になった。
「いえ。やっぱり頭おかしいと思われますよねぇ」
「そうじゃなくて。あー・・・・・・」
なんだ、この反応。予想していたのと違うぞ。
お兄様の事だから、「今日は一緒に寝るかい?」と揶揄われるくらいなら予想していた。もしくは、良く眠れるようにハーブティーを用意するとか、ストレス発散に連れ出されるとか。それくらいは予想していた。
だけど、今のお兄様は頭を抱えて、何かを考え込んでいる。何かおかしいこと・・・は言ったけど、そんなに考えこまれることだろうか? 例え夢の話だとしても、言わないほうがよかっただろうか。
「お兄様?」
疑問をぶつける様に呼べば、お兄様はうーんとまた一唸りした後。
「今日・・・は無理だな。明日、ちょっと帰りに寄り道しよう。いい?」
「はい、それはもちろん。でもどこに?」
「それはまた明日ね。今日は・・・うーん、よく眠ってほしいけど、夢も見てほしい」
「は?」
なんだって? やっぱりお兄様の様子がおかしいぞ。
「いや、でも健康には代えれないな。夜にハーブティーを届けるから、ちゃんと飲んで寝るんだよ」
「はぁ」
あ、やっぱりいつも通りかも? うーん、微妙だ。
その後、家に着くまで兄妹の会話はほとんどなかった。お兄様は何かを考え込んでしまったので、話しかけるのも憚れたからだ。
がたんごとんと馬車が進む音だけが聞こえる馬車の中。気付けば私はうとうとし、お兄様にもたれかかるように眠り込んでしまっていた。
翌日。
学校が終わり、宣言通りお兄様に連れていかれた場所に、思わず頬が引き攣った。だってここは・・・
「王城・・・」
なんで王城。ちょっと待て。何が起きた。
私の混乱をよそに、お兄様は慣れたように廊下を進む。王城の人たちもお兄様を気にすることなく、むしろぴったりとくっ付いて離れない私を不審そうに見ては何かを言い合っている。
ううう・・・居心地悪い。なんで王城。何? どこに連れていかれるの?
「お兄様・・・」
「大丈夫、もう着くから」
すでに大丈夫じゃないんですがっ!!
そう反論する前に、お兄様にぽんぽんと頭を撫でられて、言葉に詰まってしまった。うう・・・もう少しだというなら、もう少しだけ我慢しますよ・・・
お兄様の言う通り、ほどなくして辿り着いた部屋。部屋の前には兵士がいたけど、お兄様の顔を見て扉をノックしてくれた。
「殿下。オリバー様がお越しです」
「通せ」
・・・いや、待て。何て言った? 聞き捨てならない単語が聞こえなかったか?
混乱している私の前で、ゆっくりと扉が開かれた。と、同時に中に歩を進めるお兄様に釣られるように、私の足も勝手に動く。
背後で扉が閉められる音がする。そして、兄様の視線の先。部屋の奥には・・・
「君が最後だよ、オリバー」
「すみません。妹は登城するのは初めてなもので」
敬語! お兄様が! 敬語!!
ということは、ここにいるのは私たちよりも身分が上の人。伯爵家の私たちよりも上の身分、そしてお兄様に関りがある王城住まいの人といえば・・・
「そうみたいだね。君の後ろに完全に隠れてる」
「笑い事じゃないでしょう。オリバー、紹介してください。話が進まない」
「わかってる」
一人じゃない、だと!?
驚く私の前で、兄様が体をずらす。急に影がなくなって明るいところに出た私は・・・
そこにいた人たちを見て、くらりと眩暈がした。
攻略キャラがいる。
我らが王子、エリオット・ウェストン殿下。公爵家の跡取り、ヴィクター・ラッセル。お二人の背後にいるのは、護衛のジョージだ。攻略キャラのうち、3人も揃っている。他のキャラがいないだけマシか? いや、マシじゃない。全然マシじゃない。殿下と公爵家というだけで全然マシじゃないぞ。あああ・・・なんでこんなことに・・・
混乱する私の背を、お兄様が軽く押す。
「ヘレナ、挨拶を」
「へあ!?」
兄様に言われて、初めてそのことを思い出した。貴族令嬢としてあるまじき声を出してしまったが、気を取り直してドレスをつまみ、お辞儀をする。
「お初にお目にかかります。ヘレナ・ケニオンです。どうぞお見知りおきを」
「ああ。初めまして、ヘレナ嬢」
そう返してくれたのは、ヴィクター様だ。彼も軽く頭を下げた後、
「貴女は御存じのようですが、こちらも自己紹介を。私はヴィクター・ラッセル。そこにいるのはジョージ。そしてこちらにおられるのが、我が国の第一王位継承者、エリオット殿下です」
ヴィクター様の紹介に合わせて、ジョージ様も軽く会釈してくれた。それには私も会釈を返したのだが・・・
「ふっ・・・はは・・・だめだ・・・笑いが・・・」
「殿下」
「だって・・・へあ、って・・・あー、おかしい」
殿下は机に突っ伏して笑っていた。
いや、わかる。変な反応をしたのは私だ。だけどそこはヴィクター様のように見なかったことにしてくれるのが優しさというもので、ここまで盛大に笑われると恥ずかしい。居心地が悪い。居た堪れない。
思わずお兄様の後ろに逃げ隠れたら、今度はお兄様も素直に隠れさせてくれた。お兄様もちょっと笑ってたけど、この際気にしないことにする。
「ほら。殿下が笑うから、隠れてしまったでしょう」
「ごめんごめん。謝るから出てきてくれないか、ヘレナ嬢」
謝られてる気がしなーい! まだ声が笑ってるんですけど!!
「ヘレナ」
「・・・・・・」
だけど、お兄様に言われたら仕方ない。お兄様の後ろから少しだけ顔を出せば、とびっきりの笑顔の殿下が目に入った。
「エリオットだ。初めまして」
「・・・・・・初めまして」
にっこりと笑った顔は、ゲームで見たものとそっくりだ。私の感覚としては、ゲームのほうが殿下に似てるんだけど・・・まぁ、それは今は置いておく。
私と殿下が自己紹介を交わしたことで、挨拶は終了したらしい。殿下が大きな机と椅子から離れ、応接用と思われるソファに腰かけた。
「座って」
その前に促されて、思わずお兄様の様子を窺った。けど、お兄様が何かを言う前に、殿下が言葉を重ねてくる。
「ここにいるのは、僕の友人たちだ。余計な気は回さず、君の意志で動いてくれ」
・・・つまり、多少の不作法は不問ってことか。
一瞬迷って、お兄様から離れて促されるままに座った。それだけで、殿下は嬉しそうににこにこ笑う。
「オリバーから君の夢のことを聞いた」
だけど、その口から飛び出た言葉は、信じられない物だった。
弾かれるようにお兄様を見れば、申し訳なさそうに眉根を下げている。
なんで!? なんで妹のとんでもない夢の話を殿下にしたの!? 世間話にもならないと思うんだけど!!
言いたいことはいろいろあるはずなんだけど、ここが我が家なら思ったままに言葉を紡いだと思うのだけど。状況がそれを許してくれない。言葉に詰まった私の前で、殿下はさらに爆弾となる言葉を紡いだ。
「実は、僕も同じような夢を見る」
「・・・・・・え?」
「僕だけじゃない。そこにいるヴィクターとジョージもだ」
「え!?」
え!? え!?!?
思わず殿下とヴィクター様、ジョージ様を順番に見る。ヴィクター様達は首を縦に振ることで、殿下の言葉が本当だということを教えてくれた。
え、ちょっと待って。どういうこと・・・?
「夢、と呼ぶには、あまりにも現実的でね。僕の話をするから、君の夢と合致するかどうかを教えてほしいんだ。お願いできる?」
「あ、はい」
いや、「はい」じゃないよ!? え、なに!? これどういうルートなの!?
私が困惑している間に、殿下は話を始めてしまった。しまった、最初ちょっと聞いてなかった。だけど、途中からとはいえ殿下の話した内容は・・・うん。ゲームの時間軸で、これから起こることですね。でも、個別のハッピーエンドに向かうルートではなさそうだ。ヒロイン、もしかして逆ハールート目当て? まじで?
そして、モブである私と、殿下たちの接点は少ない。殿下の話に心当たりはあるけれど、どうしようか・・・
迷ったのは一瞬。殿下は「君の意志で」といった。私の思いはただ一つ。
早くEDを迎えて、このループ地獄なら脱出することだ。
「・・・殿下。私は、お兄様に少しだけ嘘をつきました」
「ほう?」
殿下の話をすべて聞き終わった後。私が紡いだ言葉に、殿下は変わらず笑っている。
だけど、図られているのがわかる。わかるからこそ、正直に話すべきだと思った。
「私のは夢ではありません。ここ数ヶ月、同じことを何度も繰り返している、と、思っています。そこで起きた出来事を夢の話として、お兄様には話しました」
「・・・なんだと?」
殿下だけではない。お兄様もヴィクター様達も、怪訝そうな顔をしている。
彼らの信頼を得なければ、このループからは抜けれない。ヒロインが逆ハールートを目指すというのなら、乗ってやろうじゃないか。
「私が繰り返した内容をお話します。殿下の夢と一致する部分も、殿下が隠された部分も、全て」
今度は殿下の目が大きく見開いた。やっぱり意図的か。殿下の話はゲームの内容だったけど、ところどころ辻褄が合っていなかった。いや、夢の話なのだから曖昧でもおかしくないけど、殿下は意図的に隠している。そう確信があった。
だから、私視点の話として、いろいろと話した。殿下はヴィクター様やジョージ様の夢に関しては話さなかった。だけど私は彼らの話も含めて、私視点で、できる話を全て話した。学園で起きるイベントと、彼らの恋愛イベントの話を。
「・・・・・・そうか。君はそこまで・・・」
すべて話し終えた後。殿下は肺にたまった空気をすべて吐き出すような深いため息とともに、そう呟いたきり黙り込んでしまった。
さぁ、私はすべて話した。ループはそれぞれ違うルートで中途半端に終わるから、すべてを見たわけではない。けれど、私にはゲームの知識がある。ゲームとは、エンディングを迎えれば終わるもの。このゲームも1つのEDを迎えれば、最初からやり直すしかない。その時はきっと、違う「私」が生まれるのだろうけど・・・
私は今を抜けられるなら、それでいい。
「原因に心当たりがあります」
「聞こう」
「シルヴィア」
私が告げたのはヒロインの名前だ。まさか親しい令嬢の名前が出るとは思わなかったのだろう。殿下は無言で睨むように先を促してくる。
「私のループでは、殿下もヴィクター様もジョージ様も、彼女と仲良くしていました。ある時は殿下と、ある時はヴィクター様と。巻き戻るまで、彼女は様々な男性と親しかった」
「・・・なんだと?」
殿下の視線がヴィクター様達に向かう。心当たりがあるのだろう。少し気まずそうだ。
まぁ、私には関係ないけど。
「先に言っておきますが、私は殿下に興味はないので、嫉妬から言っているわけではありません。きっと彼女がカギを握っている。彼女の望む未来がつかめれば、きっとこのループは終わると思うのです」
「いろいろと言いたいことはあるが、何故彼女に限定した? 時を巻き戻す力があるというのなら、使いたい者は多くいるだろう」
「そうですね。でも、彼女はいつも中心にいた。疑わしき者は、潔白を証明できるまでは疑いたいのです」
間違えたことは言っていないつもりだ。疑わしきは罰しない。これはこの世界の司法でも通用するルール。けれど、疑わしきを疑ってはいけない、とまでは言われない。疑わしいものは疑わしい。ごく当たり前のことのはずだ。
しばらくの間、私と殿下は腹の探り合いをするかのように、無言で睨みあった。それを破ったのは、ジョージ様だ。
「殿下」
「なんだ」
今まで一言も言葉を発していなかったジョージ様の割り込みにも、殿下は私から目をそらさない。それでも、ジョージ様は言葉を続けた。
「俺はヘレナ嬢の意見に賛同します」
だか、この言葉は意外だったのだろう。弾かれるようにジョージ様を振り向いた。
驚いたのは私も同じだ。殿下から視線を外してジョージ様を見れば、彼はいたって真剣な顔で、
「言葉にするのは難しい。けれど、彼女は・・・怖い、と思うことがある」
「怖い? お前が?」
ジョージ様は殿下の護衛だ。護衛を一人で任されていることからわかるように、騎士団の中でも屈指の腕前の持ち主でもある。ゲームの中でも、それを強調されていた。
そんなジョージ様が怖いというのだから、殿下が驚くのも無理はない。私だって驚いた。
「彼女は何を考えているのかわからない。いや、そういうのは他にもいるんだが・・・得体のしれない、妙な薄気味悪さがある」
「・・・ヘレナ嬢の話では、お前もシルヴィアとは親しいのではないのか?」
「それはヘレナ嬢のループの一つの結論でしょう。今の俺とは関係がない。俺の夢には毎回シルヴィア嬢が出てくる。疑う理由はある」
「ジョージ様・・・」
思わぬ協力助っ人だ! ありがたい!!
まさかのジョージ様までシルヴィアを疑うとは思ってなかったんだろう。殿下が黙り込んでしまった。
彼らは攻略キャラだ。私がループしているなら彼らもループしているだろうし、そのたびにヒロインとの接点は増えるだろう。良かった、味方になってくれる方がいて。
考え込んでしまった殿下を見て、お兄様が私の肩に手を置いた。
「何も今日結論を出す必要はないでしょう。殿下。もう遅いですし、今日はこれで失礼しても?」
「ん? あ、ああ。そうだな」
生返事だな。これは許可がでたと思っていいんだろうか?
わからなくてお兄様を見たら、お兄様もヴィクター様を見ていた。釣られてヴィクター様を見れば、こくりと首が縦に振られる。
帰っていいのか。よかった。
「では、僕たちはこれで」
「御前、失礼します」
頭を下げる兄様に合わせて、私もお辞儀をして退室する。殿下からの返事はなかったけど、まぁ、ヴィクター様とジョージ様が残っているから大丈夫だろう。
殿下たちのいた部屋を出て、また兄様に隠れて王城の廊下を歩き、我が家の馬車に乗り込んで。
兄様も私も、やっと詰めていた息を吐き出すことができた。
「お兄様、こういうことは先に教えてください・・・」
「それはこっちの台詞。まさか夢じゃなくて過去に戻ってるとはね」
おや?
「お兄様は私の言葉を信じてくださるので?」
「可愛い妹の言うことだからね」
わぁ・・・
まさかこんなすんなり信じてくれるとは。だったら最初から夢の話になんてしなければよかったかも。・・・いや、夢の話にしたから、今日、殿下たちに会えたのだ。昨日のことは、間違ってはいないはず。
だから、私が言うのは素直な感謝でいい。
「ありがとう、お兄様」
うまく笑えたかな。自分ではわからない。嬉しすぎて涙をこらえるのにも必死だ。
けど、お兄様は嬉しそうに笑ってくれたから。きっと私も、同じように笑えていたんだと思う。
殿下たちと話して、数日が経った頃。私はまた、時間が巻き戻ったことを知った。時間にして1ヶ月。つまり、殿下たちと話し合う前まで戻ってしまった。
はぁ・・・またやり直しか。なんて面倒くさい・・・そう思っていた時だった。
「ヘレナ!!」
「お兄様?」
お兄様が部屋に飛び込んできたのは。
お兄様がこんなにも取り乱しているのは珍しい。メイドたちもみんな驚いている。
だからこそ私はできるだけ冷静に、お兄様を出迎えた。
「どうしたんですか?」
「戻った! 時間が戻ってる!! ヘレナの言ったとおりだ!!」
「!!」
なんと!? お兄様も記憶を持ち越した!?
「殿下のところに行こう。もしかしたらあの人たちも・・・」
「はい!!」
驚きが収まらないまま、お兄様に連れられて再び王城へ。顔パスってすごいね。突然だったからアポも何も取ってないだろうに、お兄様がいるだけでこの間までの部屋を誰にも咎められることなく進むことができた。・・・お兄様、実は結構すごい人なのでは?
そして、これまた何の問題もなく通された部屋で。部屋に入るなり、私は殿下に頭を下げられた。
「疑って悪かった!」
「ということは、殿下も私と話した記憶が・・・?」
「ある。今までも、夢だと思っていただけで、本当は巻き戻っていたんだろうな」
なんと! まさか私に会ったことで新しいルートができたのか? 何にしても、忘れられていないならよかった!
室内には殿下とジョージ様しかいなかった。けど、ヴィクター様も同じように記憶を持ち越している可能性は高い。今日は無理でも、また話す機会はあるだろう。
この間と同じようにソファに座る。そして殿下が口にした言葉は、驚くべきものだった。
「実は、シルヴィアを問い質した」
「は?」
「潔白を証明するまで疑う、といったのは君だろう。本人に聞くのが一番早いと思った」
な、なんという行動力・・・いや、無謀力? 私の話だけでヒロインに突撃するなんて、丸腰でラスボスに立ち向かうようなものじゃないか。
思わずぱかりと口が開いたままになってしまった。だってなんと言えばいいのかわからない。流石に王子様に向かって、「馬鹿ですか?」なんて言えないし・・・
反応に困っていたら、更なる爆弾が落とされた。
「巻き戻されたのは、僕が問い質した当日だ。君の勘は正しかった」
うわー・・・ヒロインもヒロインだ・・・まぁ、殿下が何をどこまで話してるのか知らないが、ゲーム内でありえない行動を取られたらやり直したくもなるよね。わかる。向こうはこっちが気付いてるなんて思いもしないだろうしさ。
でもこれで私の言うことを信じてもらえるなら、まぁ、安い・・・と、思いたい。
「君が参っていたのもわかった。周りは巻き戻ったことに気付いていない。誰にも言えず、訳も分からず、同じ日々を繰り返す・・・というのは辛かっただろうな」
「・・・いえ。私も気付いたのは最近でしたから」
たぶん、ヒロインはもっとやり込んでいるはずだ。私が気付いたのが何回目のロードだったのかはわからないけど・・・全体に比べたら、微々たるものだと思う。
私の言葉をどう受け取ったのか知らないが、殿下がぐっと唇を引き結んだ。・・・なんだか勝手に憐れまれている気がするけど、まぁいいか。
「君が来るのを待っていた。君はシルヴィアが怪しいと睨んだだろう。対処法にも心当たりはあるか?」
「・・・引きません?」
「引かない。今度はちゃんと聞くと決めている」
殿下の言葉は嬉しい。嬉しいけど、私の考えは推理の域を出ない。そもそも私は、シルヴィアと話したこともないのだ。説得力はないだろう。
「ヘレナ嬢」
考え込んでいたら、促すように名前を呼ばれた。ええい、もう! なるようになれ!!
「たぶん、ですが、シルヴィア様はちやほやされたいのだと思います」
「ちやほや?」
「はい」
ああ、やっぱり意味わからないよね。ハーレムエンドなんて口が裂けても言えないし、なんて言えばいいんだろう。
「シルヴィア様は、殿下やヴィクター様、ジョージ様、他にも何人かの男性と親しくなさっていました。おそらく、複数の男性に甘やかされたいのではないかと思います」
今度はちゃんと伝わったのだろう。めちゃくちゃ嫌そうな顔をされた。
わかる。乙女ゲームの世界とは言え、ここは一夫一妻の国。王家だって、お妃様は一人で側室はいない。一夫多妻制の国は他国にはあるけど、ここは違う。離婚だって滅多にない。
愛した人と添い遂げる。それがこの国での一般的な恋愛観だ。複数人と同時に、だなんて、ありえないだろう。
「・・・それが対処法か。まさか一生?」
「いえ、学園を卒業するまでで大丈夫だと思います」
「何故?」
「私は卒業式を無事に終えたことがありません。きっとあそこが、時を戻せる最後のタイミングなのだと思います。時を巻き戻す力なんて、制約もなしに使えるとは思いませんから」
このゲームは卒業式でプロポーズされるところで終わる。逆ハーエンドだと、全員の花嫁エンドだ。そこを越えれば、もうロードポイントはない。スタッフロールまで一直線だ。
それっぽく言い換えた私の言葉に、殿下はしばし考え込む仕草をしたが、
「・・・つまり、卒業まで演技しろということか」
「はい」
理解の速い王子で助かった。だが、だからこそ難しい顔をしているのだろう。ジョージ様もすごく嫌そうな顔をしている。わかる。
先ほども言った通り、この国は一夫一妻制。複数人と結ばれることはありえない。そんな典型的な悪行を王子が行ったなど、悪評にもほどがある。王子だけじゃない。他の攻略キャラたちにとっても、不名誉な噂だろう。
無理なことを言っているのはわかっている。わかっているから、「ノー」と言われても仕方ない。殿下たちが背負っているものは、モブの私とは引き換えにならないほど大きいのだから。
「・・・すまないが、少し考えさせてくれ。芝居をうつにしても、無策では挑めない」
「はい、わかっています」
おっと、思ったよりもいい返事だ。考えてくれるというだけでもありがたい。
「一つ確認だが、君はこのループを抜けるためなら、なんでもするか?」
「します」
正直、もう疲れた。私が殿下の立場なら、多少の汚名を受けてでも、このルートを終わらせるだろう。
私の返答を聞いて、殿下はまたも何かを考え始めた。そしてお兄様に視線を移す。
「オリバー、すまないがヘレナ嬢だけ先に帰らせてもいいか」
「えーー・・・」
「ジョージを付ける。ヘレナ嬢。道はジョージが案内するから、オリバーを借りても?」
「どうぞ」
「ヘレナ!?」
なんでお兄様がそんな絶望顔を浮かべるんですか。正直、場内の人たちの目が怖いけど、まぁ、帰るだけならなんとでもなりますとも。
ソファから立ち上げれば、ジョージ様が扉を開けてくれた。そこまで近づいて、お辞儀とともに退室の挨拶を。
「では、失礼いたします。お兄様もまた後で」
「ヘレナああ!」
何やら私を呼ぶ声が聞こえたけど、気のせいだ。扉が閉まれば、聞こえなくなったしね。
ジョージ様に案内されて、来た道を戻る。ゲームの中でもそうだったけど、現実のジョージ様も多弁ではないみたいで、歩いてる間の会話はゼロだった。
それでも、私が馬車に乗る時はちゃんと手を取って乗せてくれた上に、
「お気をつけて」
と穏やかに笑ってくれたものだから、こちらは冷静ではいられない。
馬車の扉が閉まっていてよかった。こんなにも真っ赤な顔を見られたら、どう思われたかわからない。
はー・・・生の迫力、怖いわ・・・
あれから2週間ほどが経った頃、またロードを体験した。けど、時間にすれば数日分だったので、それほど驚きもなかった。これくらいはよくあったからね。
お兄様はまた驚いて私の部屋に飛び込んできたけど、今度は王城には行かなかった。あの日、殿下たちと方針でも決めたんだろうか。私としては気になるけれど、王城のプレッシャーは苦手なので、正直有難い。
そして、この日を境に、私の耳にもちょっとした噂が聞こえてくるようになった。つまり、殿下たちとヒロインの逆ハーレム関係だ。
「殿下、動いてくれたんだ」
よかった。これで何かが変わればいい。
殿下たちの様子は、その後も事あるごとに聞こえてきた。だけど、不思議と悪いうわさは聞かない。これもゲーム効果なのかな。すごいな。
その後も、何度かロードは体験した。けれど、どれも数日戻る程度だったので、今までのロードに比べれば可愛いものだ。
私は時々お兄様にゲームの話を実体験に置き換えて話して、殿下たちに情報を伝える。殿下たちにも何度か会って話したけど、王城というのは緊張する。お兄様が代行してくれるなら、それに越したことはなかった。
・・・って油断してたら、一度大きく巻き戻されたけどね。流石にこの時ばかりは自らお兄様にくっついて王城に行って、事情を聴いた。殿下の言い訳を要約すると、
「いろんな男にいい顔して、もう演技も無理だった」
とのこと。・・・どれだけ冷たい反応したんだろ。こんな最初のほうまでロードされるなんてね・・・辛い。
でも、「今回で懲りたから次は頑張る」との言質はとった。ぜひそうして欲しい。ミスをすればするほど、演技する時間も増えていくのだから。
それからは何度か王城に出向いて、ヒロイン向けの攻略方法を自ら教える羽目になってしまった。背に腹は代えられない。ええ。ロード地獄を終わらせるためならなんでもします。はい。
それからはまた順調に進んだ。何回かまたロードされたけど、同じ日を何度か繰り返したくらいで済んだ。私の演技指導のお陰ですね、うんうん。
そして月日は流れ――
夢にまで見た、卒業式の日がやってきた。
この日の展開は、殿下たちにも口酸っぱく言っている。ここで失敗したら、また何ヶ月巻き戻されるかわからない。なんとしても、卒業式の終了まで無事に進んでもらわなくては。
「ヘレナ、準備はできた?」
「はい」
卒業式、といったけど、今日卒業するのはお兄様たちとヒロインであるシルヴィアだけだ。私は学年が違うので卒業しないけど、在校生も全員参加のイベントだからもちろん参加する。
卒業生は着飾るけど、在校生は制服でOKなので、お兄様ほどの準備は必要ない。迎えに来たお兄様はいつも以上に格好良くて、
「お兄様、かっこいい」
と思わず呟いていた。褒められたお兄様は嬉しそうに笑ってたから、OKだよね。
お兄様と一緒に会場に向かう。お兄様と一緒なのも今日で最後なんだなぁ・・・と思ったら、早くもちょっとくるものがあった。お兄様がシスコンだとは思ってたけど・・・実は私も、自覚のないままブラコンだったのかもしれない。寂しい。
滲んだ涙を拭っている間に、気が付けば会場に着いていた。今日、ここでこの後が決まる、と思ったら緊張する。けどまぁ、私はモブだ。やるべきことは、何もない。イベントがイベント通り進むことを見守るだけだ。
お兄様と一緒に会場に入れば、すぐに殿下たちを見つけられた。殿下だけじゃない。攻略キャラたちが全員同じ場所に揃っている。ここからじゃ見えないけど、きっとシルヴィアがいるんだろうな。
一瞬、殿下と目があった。ふわりと笑われた気がしたけど・・・きっと気のせいだよね。これだけ多くの人が揃う中、私を見つけられるとは思わない。他の人に向けたものだろう。
卒業式は何事もなく順調に進み、いよいよ終盤。式が終わってから開始される卒業パーティーが始まった。
「お兄様、学友の皆様とご挨拶をされてきては?」
「いや、一緒にいるよ。あいつらとは卒業後も会うしね。それより、結果がどうなるのかが気になる」
それはそうか。ここに通うのは貴族のご子息・ご令嬢が多い。学生時代の3年間より、これからの付き合いのほうが圧倒的に長くなるのだから。・・・いや、いいのかな。令嬢たちの視線をちらほら感じるんだけど・・・まぁ、いいか。いいのか? ダメな気がするけど、お兄様がそういうのならいいんだろう、きっと。
無理矢理納得して、イベントが開始されるのをお兄様と一緒に待つ。そして、ほどなくその時間はやってきた。
「シルヴィア。君に話したいことがある」
大勢の前で、殿下が話を切り出した。殿下の周りには攻略キャラたち。そして正面にはヒロインであるシルヴィアがいる。
ゲームで見たスチルそのままの光景が、いま、目の前にあった。
殿下たちが、次々にヒロインに向かって愛の言葉を紡いでいく。それを聞いている令嬢たちは大変だ。いきなりこんな光景見せられたらね。わかるよ。いろいろ思うよね。
羨ましいのと、恥ずかしいのと、少しの憎さと、これだけの男性に口説かれるヒロインが信じられない気持ちと。
本当にいろんな気持ちがあると思う。私は芝居だとわかっているから、ただただ純粋に恥ずかしい。
「真っ赤だよ」
「ううう・・・」
お兄様にからかわれても、反論できない。いや、だって、ゲーム内でさえも「あまーーい!」って叫んだ言葉の数々を生で聞いているんだ。なんともいえない気持ちになるのは許してほしい。
頬を抑えて赤い顔を隠そうとするけど、まぁ、うまくいかない。くすくす笑っているお兄様に言いたいことはいろいろあるけど・・・だけど、そんなお兄様を見ていたらちょっと冷静になれた。ちょっとだけね。
私が悶々としている間にも、イベントはどんどん進んでいた。攻略キャラの口説きが一通り終わって、あとはヒロインが応えるだけのところまで来ていた。
「はいっ!!」
飛び切りの笑顔でヒロインが笑う。そして、攻略キャラが差しだした手を、一人ずつ順番に、全員に触れた。
ああ・・・これで終わりだ。今頃エンディングが流れているだろう。これできっと、ループも終わる。
そう思ったら、ぽろっと涙が零れた。
「ヘレナ」
「・・・」
両手を広げたお兄様に呼ばれて、おとなしく甘えさせてもらうことにした。流石にね。泣き顔を人前にさらす趣味は私にもない。
他人から見たら、下手すれば失恋シーンにも思われそうだ。だけどこれは嬉し涙。お兄様もきっとわかってくれている。
その後、卒業パーティーはつつがなく終わり、私はお兄様と一緒に帰路についた。
あとは明日。明日がちゃんと来れば、本当の解放だ。
明日がちゃんと来ますように。そう願いながら、眠りについた。
迎えた朝。
起きて真っ先に、メイドさんに日付を確認した。
「4月1日ですよ」
「王国歴は何年?」
「592年です。お嬢様ったら寝ぼけておられますね」
592年4月1日。間違いない。ちゃんとゲーム終了後に来ている。ちゃんとループが終わったんだ・・・
だけどまだ実感があまりない。お兄様と会った時にお互いにぎゅうっと抱きあったけど、それでもまだ実感は薄かった。
そう。家にいる間はまだ実感できなかった。出来なかったんだけど。
私はなんでまた王城にいるんですかね?
「お兄様・・・」
一緒にいるのは、いつもの通りお兄様。だけど、お兄様は困ったように笑うのみで、何も教えてくれない。ますます意味が分からなかった。
王城に来たのは久しぶりだ。物語の後半になると、ヒロインとの接点が増える。増やさなくてはいけない。そのため、自然と会う機会は少なくなり、お兄様を通してのやり取りのみになっていた。
久しぶりに歩く王城は、だけど、今まで通ったことのない道を歩いている気がする。なんだろう。とても嫌な予感がする・・・
お兄様の背に隠れ歩きながら着いたのは、やっぱり知らない扉だった。というか、なんだこの豪華さ。殿下の部屋より豪華ってどういうこと? え、今すぐ逃げ出したいんだけど。
だけどもちろん、そんなことは許されない。お兄様と私を確認した扉番の人が、室内に向かって許可を取る。
「入れ」
室内から聞こえてきたのは、低く、すこししゃがれた声だ。声だけで威厳が伝わる。え、やだ。入りたくない。
私の意思とは関係なく扉は開き、お兄様が入っていく。流石に入るのが嫌で躊躇っていたら、
「ヘレナ」
お兄様に手を向けられ、名前を呼ばれてしまった。そこまでされては、流石に回れ右もできない。
震える手でお兄様の手を握れば、強く握り返される。心強い。素直にそう思った。
お兄様と一緒に室内に入れば、入ってすぐのところにヴィクター様とジョージ様がいた。二人とも私と目が合うと、小さく会釈してくれる。私も会釈し返していたら、急に目の前にドアップで殿下が現れた。
「ふひゃあ!?」
「ふふ、いい反応。久しぶりだね、ヘレナ嬢」
いい反応じゃない! 心臓止まるかと思ったじゃないか!!
どきどきする胸を押さえて、殿下を睨み付ける。でもここで挨拶を交わさないのは無礼に当たる。それくらいの知識は私にもあった。
「・・・お久しぶりです」
渋々挨拶を返したら、嬉しそうな笑顔が返される。うう、なんだこれ。何が起きてるんだ。
ぎゅうとお兄様の手を握り返したら、殿下が気付いたみたいだ。
「相変わらず仲良しだね」
「お陰様で」
今度は返事をしたのはお兄様だ。見せびらかすように繋いだ手を掲げられ、私は逆にびっくりする。
殿下の表情がわずかに引くついた。だけど、彼が何か言う前に。
部屋の外で聞いた、低い声が割って入った。
「エリオット。私にも彼女を紹介してくれ」
「失礼しました」
・・・エリオット? 呼び捨て? しかも殿下が敬語だと? え・・・
声のした方を振り返れば、一段高い場所にある椅子に壮齢の男性が座っていた。殿下は彼の隣まで歩み寄り、
「陛下。彼女がヘレナ・ケニオン嬢。オリバーの妹で、僕の婚約者です」
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだって?
え、待って待って。殿下が何を言ったのか、全く理解できない。否、耳は確かに聞き取ったけど、脳が理解を拒否していた。
二人の会話はなおも続く。
「おお、そうかそうか。可愛らしい令嬢ではないか」
「そうでしょうそうでしょう。陛下の娘になる子です。どうぞ仲良くしてあげてください」
「ちょっと!! 僕はまだ認めてないですから!!」
陛下?と殿下の会話に、お兄様が割って入っていく。だけど、待って。私、本当に何も理解できないんだけど。
呆然としていたら・・・たぶん本当に、間抜け面をさらしていたと思う。そんな私を哀れに思ったのか、助け舟を出してくれたのはヴィクター様だった。
「陛下、殿下。ヘレナ嬢が困っています。オリバー、彼女に何も話していないんですか?」
「殿下はまだ我が家の出した条件を満たしてない」
「ああ。なるほど」
何がなるほど!? っていうか、お兄様もグル!? いや、連れてこられたんだからグルに決まっていますね、はい!!
お兄様の手を離せば、お兄様が勢いよく振り返る。そんなお兄様を睨み付けながら、
「お兄様、何が起きているんですか?」
って聞いたら。うわ、何その顔。すっごく嫌そう。お兄様、そんな顔もできたんですね。今日は驚くことばっかりだ。
「ヘレナ嬢、僕が説明する」
「・・・・・・お願いします」
お兄様は口を一文字に結んで話してくれないんだ。殿下でも誰でも、説明してくれるのならありがたい。
何もわかっていない私に、殿下はとてもわかりやすく一から説明してくれた。
「まず、今回の件。全部お芝居だったことは君も承知してるね?」
「はい」
明言はされなかったけど、シルヴィアのことだとはわかる。・・・そういえば、最初の時に殿下は「策を練る」と言っていたっけ。それ関係だろうか。
「陛下には、学園に男遊びの激しい女性がいると報告した。彼女が好き勝手しないよう、僕たちが見張るということも。男好きな彼女の注意を引けるよう、惚れたフリをすることも了承を取った」
なるほど。確かに陛下の許可がないと、殿下が遊び人になってしまう。「時間を巻き戻ってるんです」なんて摩訶不思議な説明は信じてもらえないだろうし、そういう説明にしたのか。
オッケーだ。ここまでは理解できる。私が頷いたことを確認して、殿下は続ける。
「とはいえ、僕と陛下だけでは僕や協力者の名誉にかかわる。主要な貴族には事前にすべて連絡済みだ」
まぁ、ヴィクター様や他の攻略キャラもいりますもんね。それもわかります。
「で、貴族たちにあくまでも『フリ』だとわかってもらうために、僕にはもう心に決めた人がいる、という話も同時に広めた」
「はい、ストップです」
一気にわけがわからなくなった。いや、嫌な予感が増したというべきか。無意識に話を止めてしまった。
だけど、目の前の殿下はそれはそれは楽しそうに笑って、
「止めたってことは、何か察した?」
「察してないです。何もわからないです。わかりたくないです」
私の言葉に、殿下はますます嬉しそう。対する私は、きっと真逆の表情をしているだろう。
「『なんでもする』って言ってくれただろう、婚約者殿?」
「あああああああーーーー!!!!」
あれか! あの時か! 確かにループを抜けるには何でもするつもりだったけど! 何でも試すつもりだったけど!!
なんでそれが殿下の婚約者に繋がるんだ!!!!
いや、説明されたけど! されたけど! わかってたまるか、こんな理由!!
「あー、いい反応。君といると、きっと毎日楽しいだろうな。ふふ、今から楽しみ」
思わず頭を抱えながら絶叫した私を見る殿下は、言葉通りとても楽しそうだ。あまりにも楽しそうに笑うものだから、こちらは頬が引き攣った。
嫌な予感なんてものじゃないんだけど!!
言い返す言葉も浮かばずに殿下を睨み付けたら、ふと視界が真っ黒になった。
「条件!! うちは!! 相思相愛じゃないと結婚なんて認めません!!」
ああ、お兄様か。お兄様の腕に閉じ込められたのだとわかれば、自然と体から力も抜けた。
よかった。お兄様は味方みたいだ。
視界いっぱいにお兄様の服が広がっているから、殿下の顔はうかがえない。だけど、声はまだ聞こえている。
「わかっている。邪魔者もいなくなったし、これからちゃんと口説くさ」
「ひぇ・・・」
思わずこぼれた悲鳴は、きっとお兄様の服に吸い込まれた。吸い込まれてよかった。殿下に聞こえてたら、どんな反応をされるかわかったものじゃない。
そう思っていたら、強く腕を引かれた。あまりにも強く引っぱられたので、お兄様の腕からも放たれて・・・気が付けば、目の前にはとびっきりの笑顔の殿下。
「君の好みは把握した。僕が君しか見えないように、君もすぐに僕の事しか考えられないようにしてやるからな」
なんて笑顔で、なんて言葉を紡ぐんだ! ゲーム内でもそんな言葉は言わなかったじゃないか!!
なんで、どうして、という疑問がぐるぐると頭の中を回る。どこで選択を間違えた? 何もわからない。
だけど、至近距離で浴びたキラキラに、キャパシティーが完全にオーバーした。と同時に、近い未来、私は確実にこの人に捕まるのだろうと確信する。
ゲームでも見たことがない、蕩けそうなほどに甘い笑顔。こんな笑顔を見せられて、惚れない女性なんていないだろうから。




