溶解
少女は悩んでいた。
このところ、どうも違和感がある。
月並みな表現ではあるが、自分が自分でなくなっていくような感じ。
心当たりはある。思い当たる節がある。
あれが自身のネイティブな意識を蝕み、塗り替えていくような。
だがほどなくしてそんな疑問も薄らいでいくのであろう。
そして老人も訝しんでいた。
少しずつ、ゆっくりではあるが自分が自分でなくなっていく。
いわゆる認知症ではない。
むしろ、若返るが如くクリアな思考と堅牢な肉体が戻っていく。
まるで、今から別の生物になっていくかのように、僅かに加速しながらも変化していく。
その疑念が消え行くことになるのは近い未来ではないのであろうけども、果てしなく遠い未来でもないのだろう。
この世界はまだ平穏さを失ってはいない。
局所的に騒ぎは目立つようになりつつあるのだが、まるで封鎖でもされているかのように伝播しない。封鎖が必ずしも封じ込めに資するわけでも、制圧に寄与するわけでもないのかもしれないが、おかげで平穏さは保たれるのだ。
不気味な静けさが世間に漂っている。
世界中で景気は良く、株価は上がり、人口も増え続けている。
軍事的な対立がないわけではないものの、目立った戦争があるわけでもない。
しかしながら局所的に、どういうわけか経済状況がじわりと悪化し、人が減り、人々の実感とは少し解離した数字の出ているところがある。
そしてその帳尻合わせをするかのように、薄っすらとした悪意が世間に立ち込めつつあった。