進展
少女は噂話を集めていた。
男の、或いは悪霊の。
公式発表とデマの入り混じる中で、ただこの異変の流れを追っていた。
とはいえ不思議と物怖じしなくなった少女は、それだけでも周囲からすれば異変。
世間の動きとは別に、少女の身辺にも動きがあるのが当然……といえば当然だった。
しかしそれはまた少し別の話である。
なにしろ人生を狂わされていく人間は1人だけではない。
「おじいちゃん、やっぱり危ないことはしない方が……」
そう心配の声を浴びている老人は既に平均年齢を超え、杖を突いて歩く人物となっている。
「わしはもういつ死んでもおかしくない身。このまま座して見ているわけにはいかんのだ」
消えた孫のためにも、と強い語気で咳き込む。
「ほら、すぐそんな咳をする。探す以前におじいちゃんが行方不明になっちゃうよ」
宥めるのは少年であるが、その少年の目が見開かれる。
「なに……あれ……」
老人も硬直していた。
「…………」
無言で近寄ってくる存在に少年は我に返り、老人の手を引いて逃げようとする。
「待て。わしは残る」
言葉にならない言葉で少年は老人の手を引く。
しかし老人は動かない。
噂の通りであれば、あれが探していた存在だ。
デマかもしれない。
公式発表にはない。
だが、いかにも怪し過ぎる。
ならば……
「わしの孫を、どうした?」
答えがあるはずなどない。
答えを返すような存在には見えない。
それでも何らかの反応は示すだろう。
「……そうか、お前だったか」
老人はその場に腰を落とし、あぐらをかいた。
「あやつは昔から不器用な子じゃった」
ぶつぶつと呟く。
「よく虐められもしたし、仲の良い友達もいなければ良い仲の異性もおらんかった」
少年は手を掴みながらおろおろするだけで、近付く存在に目をやりながらたじろいでいる。
「ただ1人の孫というわけではない。出来の悪い孫が大切だったわけでもない。わしだって、それなりにぞんざいには扱ったつもりだ」
涙を流すわけではない。
「だからといっていなくなってほしいと思うわけではない。家族からも見捨てられたあの子を、わしはそれでも孫の1人だと思っておった」
少年はそろそろパニックになったのか、遂に手を放して逃げ出した。
が、今までとは全く異なる速さで滑るように追ったそいつは、まるで齧り取るように少年を襲った。
「あの子が抱いていた気持ちが、わしにも今、漸く正確に分かった」
人生への失望、家族への不満、異性への憎悪。人類社会全体が自分の敵。
しかし無力だからこそ反抗できない。
孤独で孤立しているからこそ反発する気力も起きない。
だがもし、そんな人間に力があったら。
団結して対抗できるようになったら。
けどもただ集まったところで限界は早い。
だからと言って自分一人でできることには限界がある。
だがもし、集まってなお一人になることができたとすればどうだろう。
もしかすると、積年の蓄積を形にすることができるのかもしれない。
「この世に生を受け、望まぬものあるべきや」
少年の始末を追え、老人のところに戻ってきたものが向かい合う。
「わしに心残りがあるとすれば、終ぞ孫を探し当てられなかったことだ」
それ以外にもう未練はない。
自分はもう充分に生きた。
充分にも満足にも生きられなかった1人の孫が、孫の1人として気掛かりであった。
「あの曾孫のように、わしのことも済ませるか?」
少年は曾孫。
それをまるで赤の他人のように。
この時点で、老人も幾分染まっていたのかもしれない。
まるで心の闇が寄せ集まったかのようなその存在に、老人は呑まれ――――
たのではなかった。
何かを飲まされたのだ。
「これは……っ!」
立ち上がる。
杖は要らない。
果たして老人からは、未練が消えていた。
「……!? あ、あやつは?」
一体どこに。
そう、口籠るようにして。
姿が消えていた。