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「俺がこうして話すことで、お前は俺のことを認識していくだろう?」
「したくはないんですけどね」
「そう、それだ。したくもない認識を強制される。そういう事実が必要だ」
「なんで必要なんですか?」
「俺が例の悪霊……と呼んでいるものと同一化するためだな」
「え、悪いものと一緒になりたいんですか?」
「例えるなら俺の半身みたいなものだからな」
「何かいいことあるんですか?」
「ヒトならざる存在になって、現生人類を滅ぼせる」
サピエンスがネアンデルタールにやったように。
「進化でもするとか?」
「そんなところだな。ところで進化って何だと思う?」
「うーん……より強い生物になったり、高度な生体システムを持つようになったりですかね」
「ちょっと違うな。環境により適応することだ」
例えば犬は祖先の狼より強くなっただろうか。生体システムとしては本当に高度であるのだろうか。
なんなら、狼だって犬との共通祖先の時よりは進化しているはずだろう。
「つまり進化とは環境適応のことなんだ。それは場合により、子孫の繁殖力を増やす代わりに1個体としては弱くなり、単純化し、捕食されるだけの存在になることかもしれない。それでも数が多ければ種として生き残るチカラは強くなるかもしれない」
「なるほど……頭良いですね」
「そりゃそうだ。生物は何億年も前からそういう仕組みだからな」
「いえ、あなたのことですよ」
「あぁ?」
「誘拐するわ脅迫するわ自己中心的なことして悪びれもしないわでちょっとアレな人かと思いましたが、そのイメージからすると意外と頭良い人なんだなーって」
「まあ、それは仕方のないところもある」
「仕方ない?」
「さっき言った通り俺は悪霊の過去となるべき人物なんだが、その悪霊も色んな人たちの様々な不幸を動機にして悪行を尽くしているわけだ」
「まあ、悪いことする人にも理由があるって言いますね」
「じゃあその悪霊は何人もの不幸を持っていることにならないか?」
「なりますね」
「ということは、それが1人の人生であったとすると、不幸な人の更に何倍も不幸な体験をしていることになる」
「さすがにちょっと同情します」
「でだ、そんな濃縮不幸人生を生きるにしてもそれを乗り越えないと存在できないだろ。存在することは未来で確定してるんだから」
「まあ、そうですね」
「なので頻発する不幸を乗り越える程度には強くて賢い人物である必要がある」
「……結果論として、例えば事件を解決した人は解決できるほど優秀だったからというやつですか」
「そういうことだ」
不思議に流暢になっていた女が少し押し黙る。
そしてやおら口を開き、
「それで、そんな存在であるあなたは頭が良いと」
「完璧な理解だな。お前も頭が良いじゃないか」
「そういう人を選んで攫ったんですもんね?」
「そう、恣意的にな。それと同じように、この世界が恣意的に俺を作ったわけだ」
「選んだのではなく?」
「もとになった人はいるかもしれないな」
思案気になった女はしばし考え込む。
が、あっと言って顔を上げる。
「もしかして話終わっちゃいましたか?これで私、用済み?」
「大体終わったな」
「終わらせないでください」
「なんだよ、勝手な話を聞くのは不愉快じゃないのか」
「でも終わったら始末されちゃいますし」
「ああ、永遠に終わらなければ永遠に無事って話か」
「そうです。だから終わらせないでください」
「言われてみればその通りだな。要求を聞き入れるかどうかは別としても」
「是非とも聞き入れてほしいですね」
男はしげしげと女を眺める。
「ま、良いだろう。残りの話は"保留"しておこう」
「ありがとうございます」
こうして2人の間については平和が訪れた、そう見て差し支えないだろう。
だが、それはあくまでも一部、局地的な話。
世間全体が同様であるかについてはまた別の話である。