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実験作  作者: げるとう
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転回

これだけ繰り返される、しかも短期間にうち続く怪事件にもかかわらず世間は不気味な静けさを保っていた。

いや、凶悪事件自体は毎年のように多発しているのだ。社会規模が大きいからこそ、多少の増減では動揺するほどには変化しない。

だがいずれどこかで決壊するであろう。秩序が消えるのが先か、事件が止むのが先か。

「未来が先に決まるのであれば、過去はそれに沿って定められると思うのだがね」

若い、と言っても中年ではないだけの男が語り掛ける。

「時間は必ずしも過去から未来へ向かって流れるわけではない」

語り掛ける先は若い女性だ。少女といった方が近い。

「過去から未来へ流れる時間の一部分だけが逆行する場合もある、それが全体の時間から見た場合はどのように映るんだろうかというのは興味深いところだな。どうだね?」

女性は答えない。

いや、答えられない。

理由はごく単純なもので、恐怖だ。

男はこの少女を拉致した。

「どうと訊かれても答えようがない、くらいの反応はやはり欲しいところだなあ。仕方がない」

固まる少女の顎を掴み、口の中に無理やり突っ込む。

何を入れられたのかわからない少女の方は初めて抵抗らしいものを見せるが、敵わない。

「なんだ、口が嫌か。入れるなら別の穴が良かったのか?」

分かっていて問いかける意地の悪さ、性格の歪み具合はこの男の本質を顕しているのだろうか。

「ほれ、そろそろ受け答えができるようにもなるだろう」

男が少女を離すと、そぞろ口を開き始める。

「……なんで私なんですか?」

問いかけに男は満足したような顔を見せる。

「会話になりそうだからだ」

「話せる相手がいないんですか?」

「いないのさ。俺は言わば厄神だからな」

「それって、私にも悪いこと起きません?」

「現に起きてるだろうが、今」

「言われてみればそうですね」

軽口を叩く男に少し意外そうな顔をした女が続ける。

「にしても、私じゃなくっても良かったんじゃないかと思いますけど。さっきみたいに、こう、処置みたいなことしなくても良さそうな人を選ぶとか。そもそも普通に声をかけるとか」

「俺みたいな男がいきなり話しかけて雑談に応じるやつがどこにいるんだよ。俺は好きに話したいんだ」

「まあ、確かにそうかもしれませんけど……そういう店とか行けば、できません?」

「知能が保証されないだろ。頭が良くて言語能力が高そうな女で若いのが良かったんでな」

「我儘ですね」

「そう。そんで、若く優秀な女からランダムに搔っ攫うとこうなるわけだ」

「……理解できました」

納得はしませんが、と付け足す。

「そういう女は限られてるからな、交通事故に遭うよりは高い確率だったんじゃないかと思うぜ」

「そんな気がします」

「さて、ここからだ本題だ」

「今までのは目的じゃなかったんですか?」

「前提みたいなものだからな。なくても良かった」

「なら、雑談と言えど具体的に話したい事柄があったんですね」

「そういうことだ。重要と言えば重要な話だからな」

「誰にとって重要なのかは検討の余地がありそうですが」

「確かにその通りだ」

チクリと刺すような皮肉に機嫌を損ねることなく、むしろテンポの良い会話に満足したような様子で続ける。

「俺は厄神のようなものだと言ったな?」

「言ってましたね」

「ここ最近続いてる凶悪事件の犯人、その過去の姿が俺だ」

「……比喩ですか?」

「事実だ」

さすがにわからない、という顔をする。

「アレは何人もの怨念や怨恨・怨嗟が混じり合った悪霊のような存在だ。にわかには信じがたいだろうけどな」

「そうですね、信じられません」

「でもこの世界の理からすれば1人の人間であるはずだ」

「まあ、同じ人がやったことなら経緯はどうあれ1人の人間の仕業なんでしょうけど」

「なら、世界はその事実を修正するために1人の人物を過去に遡って生成するわけだ」

「それがあなたなんですか?」

「結論としてはそういうことだ」

「と、いうことは私は今から惨いことになるんですかね」

「まだ大丈夫さ。後々わからんがな」

「逃げてもいいですか」

「逃がさないがな」

「見逃してください」

「断る」

コミカルなやり取りに見えなくもない、だが本人達は至って本気だ。

「第一、まだ話は終わっていない」

「あ、まだ続くんですか」

「続く限りお前の安全は保証されるぞ?」

「じゃあ続けてください」

ここは首都圏某所、都心部の一角。

帰宅途上の若い女性を狙って誘拐した男の身勝手な動機と不可解な能力。

そして非科学的で非現実的な話。

ただのおかしな男であるのか、本当にヤバい存在であるのかは、まだこの時間軸では決まっていないのかもしれない。




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