不快
世の中には明るい話題も暗い話題もある。
どんなに暗澹たる年にさえ明るいニュースは存在するものだ。
しかし個人の話となると別である。
本当に暗い出来事しか起きない人もいる。
そういう人は原則として心を病むのだ。
「っていう話がモーニングニュースにあってさ」
「時節柄、明るいニュースが流しにくいっスもんね」
いつの記憶だか、あまりはっきりは覚えてないのだが。
そんな会話をした覚えがある。
「クレームを入れる人とかっているでしょ?」
「いますね」
「本当に辛い人はクレームを入れないんだって」
つまり、クレーマーってのは余裕がある人だから相手にするのは云々。
いやいや、クレーム来るぞそれ。
「でもさ、本当に暗いニュースばっかだよね」
「あー、最近は猟奇的な通り魔事件も続いてるしね」
「そうそう。あれ、まだ犯人捕まらないんだって?」
最初はあんなに「すぐ解決する!」みたいなこと言ってたのに。
「途中から犯人像がぐちゃぐちゃになっていったらしいな」
「ここだけの話なんだけどさ」
おばちゃんが割り込んできた。
「最初の方の被害者、いるでしょ?」
「最初って言うと……若い女の子?」
「そうそう。次の事件から全部、その子のDNAとかも検出されてるんだって」
「……死人の?」
「それどころか、事件の度に前の事件の被害者の痕跡が増えてくって」
「随分なホラーだね」
誰が?何のために?
その場にいる皆がそんな感想を抱いているようだった。
「仮に、目的があるわけじゃないとしたら……」
「……返り血とか付けたままってこと?」
「最初の犯人とされた人の痕跡は毎回見つかってるのよ」
「じゃあ、やっぱりその人が犯人?」
「でも、最初の犠牲者の痕跡も毎回見つかってる」
「……犯人が、毎回少しずつ置いていってる?」
「何のために?」
「…………さあ」
何か目的があるにしても狂気じみた行動だ。
仮に捜査攪乱のためだとしても、そもそも怪し過ぎて危険だろう。
だからこそやるとは普通、思わない。
「じゃ、ぼくはこれで失礼します」
「あ、はーい。また明日ね」
おばちゃんとほか数名の世間話から抜けて足早に裏路地を往く。
自分には大事な用があるのだ。
……ところでだ、こんな言葉がある。
深淵を覗く者は、深淵に覗き返される。
あまり暗い出来事に目を向け過ぎていると、自分も暗い気持ちになる。
強い憎しみを抱いていると、強い憎しみを向けられることになる。
目の前にあるのはヒトの形をした……のかどうかもやや分からなくなりつつある、何か。
触れれば吞まれてしまいそうな、その何かに手を伸ばし……
その日、1人の男が闇に沈んだ。