終結
「ここにいる人間は全員、文明崩壊後の生まれだ」
私が正体を尋ねたところ、彼らはそう答えた。
「旧人類を滅ぼしたのは神ということで良いのかな?」
「そうなる。ただ、滅ぼしたと言っても全て死滅させたわけじゃなくて、一部は繁殖に使ったのだ」
ということは、もしかしなくても……
「お察しのようだが、旧人類のメスと交雑して生まれたのが我々だ」
あの男、どれだけの女性を手に掛けたのやら。
「しかし、神は直接人間と交わらなかった」
「うん?どういうこと?」
「自らの分身、つまり分霊をお創りになり、それをあてがったわけだ」
「……何人くらい?」
「千とも万ともいわれているが、実態は分からない。世界中で実施したそうだから」
世界中、か……
もしかすると僻地までは行ってないのかもしれないが、僅かでも生き残っている旧人類はいるのだろうか。
その後も幾らか話を聞かせてもらったのだが、私は早々に集落を辞した。
集落自体は以前の建築物等を流用したそうで、修繕は続けているもののいずれは自分達で新しいものを作らねばならない、とは言っていた。
そうした物思いに耽りながら歩いていた私の前に、果たしてそいつは現れた。
「……随分と久し振りですね」
「元気なままのようで何よりだ」
今は特に何かを破壊して回るでもなく、そこら辺をうろついていると聞いたのだ。
集落の人達がそう証言するくらいには当たり前に目撃されるのだから、私が外を行けばこの男に会える。そう思った。
「俺がどうしていたか気になるか?」
「そうですね。神と呼ばれるほどの人物が気軽にうろついている理由は気になります」
「言うじゃないか」
たくましくなったではないか、と喜ぶような男にややムッとする。
「お陰様で。頂きましたチカラがだいぶ役に立ちましたよ」
「それは良かった」
皮肉に気付いていることは疑いないが、相手にする気もないのかもしれない。
「ところで、生き残った人は本当に一人もいないんですか?」
「たぶんな。もしかしたら見落としているやつがいるかもしれない」
「その人達をどうにかする気は?」
「特にない」
少し驚いた。
「今は何がしたいんですか?」
「やりたいことはやったし、残したいものは残したからなあ……特にない」
要するに暇、と。
「だからこんなにもすぐに私の前へ現れたわけですか」
「そういうことだ」
満足したからとて消滅するわけではない、なるほど。
「あとは今を生きる彼らが好きにやるだろう」
「そう言えばあの人達、本当に全部あなたの子なんですか?」
「正確には俺の分霊の、かな。だからそれぞれちょっとずつ違う。全員がいとこみたいなものだ」
母体も違うのだろうからそれなりに差異はあるのだろう。
「ホモサピと違うところは色々あるだろうが、基本的に成長は早い」
「あ、それ疑問でした。みんな結構大きく成長してますけど」
「分かりやすく言えば12歳くらいで18歳、つまり5割増しくらいの速度で成長する」
「心や知能もですか?」
「そっちは倍くらいじゃないか?最終的には平均的なホモサピよりずっと賢く、ずっと成熟した人間になるのが一般的だと思う」
「進化……ですか?」
「環境適応による変化を進化と呼ぶのであればそれは間違いだろうな」
「あなたが進化させたんでしょう?」
「俺を環境と呼ぶのであれば、確かに進化だろうな」
前に聞いた話を思い出す。
この男は、膨大な人間の苦難を1人で乗り越える経験を可能とする能力を持つことが前提として備わっていた存在。
そこまでの能力が子供の頃から存在するのであれば、それはもう先天的なチカラであり遺伝子レベルのものだ。
そんな男の遺伝子を受け継ぐならば、確かにハイスペックな人間が標準になるだろう。
「つまりは漸進的な進化ではなく、急激な進化。キリンの首みたいな話だな」
飛び抜けて優秀な遺伝子を用意できたのであれば、その遺伝子をして大量に子孫を残すことによる意図的な進化ができる。集団の遺伝子構成が変われば種の進化ともいえる。
元々いた人類を消滅させ、限られた子孫だけを残せば人類の標準形が変わる。ある種の統計マジックでもあるかもしれない。
「本来なら地球環境の変化なんかで起きていた現象を人為的に起こしたともいえるな」
「地球環境の変化って要するに究極の大災害ですから、やっぱりあなたは歩く災害ですね」
「そして災害とは神が起こすものと昔から相場が決まっているわけだ」
「自分でも神を称するんですか?」
「邪神だけどな」
「まだ言いますか」
魔法や呪術のような、ちょっと科学的とは言えないような力が主体となったであろうこの男。
この男の機嫌一つでこの先も世界は変容していくのだろう。
そして私はその変容から逃れ、生き残るチカラを持ち合わせることとなった。
だから恐らく、この後も変哲な歴史を見聞きして暮らしていくことになるのだろう。
ならばいっそ今度は私が神になるべきか?
だがそれにはこの男に勝つだけの力が足りない。
ゆえに私は、これからもただ傍観して過ごすだけになるのかもしれない。