反応
災害のような男は県境の川に差し掛かったらしい。
テレビがそう告げている。
ライフルでもマシンガンでも傷一つ付いていないように見える男は、例え人間であっても装甲目標のようなもの。大砲を撃ち込むほかないだろう。
人間に向けて撃つのは常識的に考えればあり得ない判断だが、案外決断は早かった。
河川敷を進む男に砲が向けられる。
「あの男には、それでも無駄じゃ」
「え、どうしたのおじいちゃん」
「あの男は呪いのような存在。戦車でも勝ち目はあるまい」
「おじいちゃん……この前からちょっと変じゃない?」
元気に、というべきか。一日にして若返ったかのような体力を発揮する老人に対して家族は当初喜んだものの、今ではやや不気味さも感じるようになっていた。
「あ、始まったみたいよ」
最初は単発でポン、ポンと着弾する。
だがやはり効いている様子はない。
やがてずらりと並んだ大砲や戦車が次々と発砲するようになる。
「わーすごい……映画みたい」
煙が薄れていくにつれて、その呑気な顔も引き攣っていく。
「…………映画みたい」
当然というべきか、男は健在だった。
そこで橋が爆破され、渡河する手段を断った。
はずだった。
「橋がなくなったところで止まるわけがあるまい」
果たして。
少なくとも見た目は人の身である。それが曲がりなりにも大河川を渡る。
「えっ……うそ……川が割れて……」
モーセのように、というほどではないが男の周りだけ水が避けていく。
ここで漸く、人々は異常を確信した。
都下は一斉にパニックに陥り、逃げる人々で混乱が起きる。
なまじリアルタイムで放送してしてしまっていたことが災いした。
老人の家族もパニックを起こし、我先と逃げ出す。
「逃げても意味はあるまいに」
老人は一人悠々と眺める。
「おじいちゃん!早く逃げないと!」
「わしはここに残る。今更どこへ行こうと変わらぬぞ」
いくらかの押し問答の末、家族はそのまま逃げ出して行った。
「やれやれ、今になって交通など機能するはずもなかろう」
のんびり構える老人であるが、どうやらカメラもまだ粘っているようだ。
テレビには相変わらず男の様子が映っており、都内へ上陸する様子が放送されていた。
老人はゆったりと視聴を続ける。
「さて……どこか良い地下はあったかの」
まるでこれから起こることを知っているかのようであった。
それから2時間後、都心で核爆発が生じ、首都は廃墟となる。