遠い宇宙の君へ
<メッセージ>
——私は、今、X億光年先の惑星にいる。
君たちの地球は昔の我々を見ているようだ。
行き過ぎた競争社会のままでは、人類がこの先も生き残ることは難しいだろう。
我々の惑星の歴史が、君たちの未来のヒントになればこれほど嬉しいことは無い。
どのような選択をするかそれは君たちにかかっている。
それでは、さっそく始めるとしましょう。
君たちの未来の為に——
<歴史>
その惑星セルカークの民は、当然生きる為に狩りを行い生きていた。
最初は三人~五人くらいの家族で暮らしていたが、やがて、集落、村、町を作り、そして、それは国へと発展していった。国と国は領土を広げる為、やがて戦争となり、何度も何度も血をめぐる戦いをしてきた。沢山の命は失われ、悲劇は何度も繰り返された。時は経ち、星では経済活動が発展していった。資本家は効率を求め、全ての仕事をテクノロジーによってオートメーション化することにより、労働者は次々と仕事を失った。郵送をしていた民はドローン技術に仕事を奪われ、警備をしていた民はAI搭載の警備ロボに仕事を奪われた。会計士も、料理人も皆、職を失った。全てはテクノロジーによるオートメーションとなった。ある国では仕事を失った民に保障をしたが、まだ働けている民からは不平不満が生まれた為、生きていくのに必要な額を働けている者含めて全国民に給付した。ある国では、保障はしなかった。結果、職を失った沢山の民は暴動を起こし治安は悪化、最後は国に対して反乱を起こし、内戦状態の末に、そういった国々は亡びた。そのような混乱や悲劇はあらゆる国々で何千年もの間、続いた。その中で最後に唯一残った国の名はオール。オールでは大企業である、オッドテクノロジー社が国以上に権力を所持していた。国王も以前のように神格化はされておらず、お飾りとまでは言わないが唯一の力と言えば王に通貨発行権があることだけだった。オールでは、過去にあったあらゆる国のテクノロジーを統合し、交通機関、運搬、警察機能、食料生産、手術などの医療技術、レストラン、全てがテクノロジーによって自動化されていた。オッドテクノロジー社の一族、そしてその幹部職員以外の民は、職を失った状態ではあったが、国からの一定給付により、オッドテクノロジー社のサービスを利用する事で何とか生活をすることは出来ていた。その給付はあくまで生活最低限であり、貯蓄をするなどは難しい額だった。これにより、王は民の生活をコントロールしている状況だった。
<始まり>
「キース、あの件、どうなった。明日までに仕上げる予定だろう?」
いつもの如く激しい口調のオッドだった。オッドは小さな頃から英才教育を受け、早くに亡くなった父の跡を継いでオッドテクノロジー社の社長として君臨している。青色髪でオールバック、そして鋭い眼光が特長だ。このオッドテクノロジー社の服装は地球でいうスーツに似ているがジャケットがつま先近くまで長いデザインだ。ロングコートのイメージに近い。社長のオッドは黒を好んで着ている。他の幹部は白を基調とし、所々万華鏡を覗いた時に見えるような模様がデザインとして刻まれている。
「兄さん、大丈夫さ、僕は何だかんだいっていつも遅れたことがないだろう? もう少し僕を信じたらどう?」
キースは不満そうな声で答えた。
「あぁー、悪い悪い! そうだったな。しかし、時間は無いからな。なるべく早く頼む」
「うん、わかってるよ!」
彼はオッドの弟のキース。前髪がアシメで左側が少しはねているのが特長だ。兄であるオッドの二十歳年下。オッドテクノロジー社のオートメーション化をさらに強化したのはキースだ。小さな頃から、彼は何故かAIの技術を学んでもいないのに、あらゆる製品を感覚で作ることが出来た。兄のオッドは、オッドテクノロジー社のサービスを活用して、多くの人々の幸せを実現したいと考えている。全てオートメーション化となった今、その中で生きる楽しさ、新しい生き方の提示をしていくことが自分の生きる使命と考えている。その想いにキースも強く共感し、今まで共にビジネスを発展させてきた。人々に対していつも優しいオッドは、キースのヒーローだった。ただ、その時、キースはまだ兄の本当の目的を知らずにいた。
<エンターテイメント>
オッドテクノロジー社の外観は楕円形のドームとなっている。デザインは全てクリスタルカラーとシルバーで統一されている。また、従業員は最高幹部以外、AIロボとなっており、執行役員の一部でさえ最新のAIロボだ。
この国のAIロボは基本的な見た目は雪見だいふくのような白くて丸い体に可愛い目が二つついている仕様だが、用途によってその姿からあらゆる形に変化する事が出来る。
例えば、新サービスを作っている技術開発局の入り口には警備特化型に姿を変えたAIロボが何体も常に監視している。このロボはとても筋肉質で身長は二メートルを超え、且つ、地球の警察のようにしっかり制服を着ている。立ち入り禁止区域にこんながたいの良いロボがいたら誰も近づきたいとは思わないだろう……。
そんな厳重管理されている部屋にキースとオッドは新サービス開発の為、ずっと寝泊まりし仕事をしていた。
「兄さん、例のプログラム出来たよ」
「キース、さすがだな。期限前の仕上がりだ。それではさっそく起動し、意識を転送してみよう」
静かな起動音と共に新プログラムが立ち上がる。頭に繋がれた一つのコードから、システム本体に意識が転送されていく。それはまるで、インターネット接続と変わらない状態だ。このプログラムの名はオッドテクノロジー社の新サービスである、
『エデンプログラム』
人々の意識をデータ化し、肉体以外に乗り物やアバターに意識を転送することが出来る。今まで出来なかった自分自身が飛行船になり銀河を超えた宇宙旅行も可能になるし、ゲームの中のアバターに意識を転送することでその中で自分自身がゲームキャラクターとして遊ぶことも出来る。人々に仕事、労働が無い今、全力で遊ぶことが人々の『仕事』だ。
そう、まさに、これはエデン。理想郷だ。
「キース、次に私の意識をゲーム内のアバターに転送してくれ」
「了解」
キースは操作用のクリスタルレッドのレバーを動かし、一度システム本体に転送された意識をさらにゲーム内のアバターに転送していく。
「兄さんどうだい?」
「うん、大丈夫だ。アバターが自分自身と何ら変わりない感覚だ。次に敵のキャラクターを出現させてみて欲しい」
オッドの指示とほぼ同時にキースは早々と操作をする。
「了解、ドランゴンいくね」
「おい、最初から……」
苦笑いをするオッドを置き去りにしたまま、目の前に漆黒のドランゴンが現れ、物凄い勢いで炎を吐き出す。それを上手く躱すオッド。ドラゴンは続けてオッドを踏みつけようと攻撃を仕掛けてくる。間一髪避けた次の瞬間、ドラゴンが地面目掛けて放った炎を身体全体に浴びてしまった。
「兄さん、大丈夫!?」
オッドからの応答が無い。
「兄さん……!?」
続けざまに呼びかけるが応答が無い状態が続く。心配になったキースは、とっさに修正プログラムの起動を試みたその時、
「ハハハハ! 冗談だよ。生きているよ。さすがキースのプログラムだ。熱いという感覚は強くあるが本当に死なない。今までのゲームとはまるで違う。自分自身がこのゲームの中でリアルに楽しむことが出来る」
冗談交じりの発声と共に聞こえたのは、心から歓喜した言葉だった。
「もう! 心配したよ。何か不具合があったのかと思ったじゃないか……。でも、そう言ってもらえて嬉しいよ、兄さん。作った甲斐があった。それでは意識を肉体に戻すよ」
頼む、というようにオッドは頷いた。キースは再度レバーを動かし、転送されていた意識を身体へと戻した。
「兄さん、明日にはこのレバーも必要無くなるよ、この操作自体も全てAIにやらせるようにするからさ」
「お得意のオートメーション化だな。楽しみにしているよ。あと、例のSNSサービスのアップロードも頼む」
「あれは既にアップロード済みだよ。意識とSNSを繋いで、記事や自分の記憶にある映像なども、ふと思うだけでネット上に投稿出来るよ」
少し得意気な様子のキースの言葉に、オッドも感心した様子だった。
「仕事が早いな。サービスのリリースは来月だ。プロモーションに関しては、ベインに任せるよ」
「わかりました。さっそく取り掛かります」
ベインは感情が無いとも思えるような表情で返事をした。
<ベイン>
オッドの右腕であるオッドテクノロジー社のナンバー二であるベインは、容姿がキツネのような鋭い目をしている。小さい頃から秀才で学生時代はいつも成績が一位であった。また、頭脳だけでは無く運動神経も良く格闘技の大会で賞を獲得した経験を持つ。オッドテクノロジー社に入社してからは、その頭脳を活かし、主に財務やプロモーションを担当している。民に新しい生き方を提示するには、『こんな楽しい生き方がある』『仕事が無くても人生は素晴らしい』といったようなプロモーションが重要だ。今まではほぼ全員に仕事があったが、現在仕事をしている民はオッドテクノロジー社の最高幹部のみだ。国民の生き方の再定義をするには強いメッセージが必要だ。彼は、オッドテクノロジー社のプロパガンダ担当と言ったほうがより明確だろう。
「ミスターササキ、エデンプログラムの広告は順調か?」
ベインは予定通りプロモーション計画が進んでいるかを直属の部下に確認した。
「ベイン様、ご安心下さい。TVコマーシャル、ネット広告など全てのチャネルで計画は進んでおります」
「そうか。それなら安心だ。全国民に行き渡るよう徹底するように」
ベインは、失敗は許されない、ということをササキに念押しすると彼の肩を叩きその場から姿を消した。
<サービス開始>
「さぁ、国民の皆さん! いよいよ我が社の新サービス、エデンプログラムが本日よりスタートします! そんなに慌てず並んでお待ちください!」
白のロングジャケット、中は水着という何とも不思議な姿の女性型AIロボが両手を大きく振り、Fカップの大きな胸を揺らしながら、甲高い声で誘導している。内臓スピーカーがある為、広範囲に声が届いていた。
この日、巨大なドームに約七十億人の国民がエデンプログラムを体験する為に訪れていた。ベインのプロモーションで、ほぼ全国民の七十億人の来場だ。
『あなたの意識を転送し、憧れのゲームのキャラクターになろう!』
『意識を転送し、自分が宇宙船となり宇宙旅行を楽しもう!』
『今まで感じたことのない夢の体験、エデンへ!』
約一か月、毎日のように繰り返される宣伝は時間が有り余っている民の興味をそそった。会場に入った民は複数のAIロボの案内にて個別のカプセルベットに寝かされる。一人ずつおでこにコードを当てて、システム本体に意識が転送されていく。キースが改良を加えたことにより、コードをおでこに触れさせただけで、意識が転送される仕様となっている。
エデンプログラムはこの約七十億人が様々なゲームを選択し、遊ぶ。
例えば、憧れのゲームキャラクターや自身がデザインしたアバターに意識を転送し宝探しのゲームを行う者、自分自身の意識を宇宙船に転送し自分の身体のように宇宙船を操り、宇宙旅行を行う者、意識をSNSに転送して自分の思い出を動画や写真、文字で掲示板に残す者、それぞれだ。仕事が無い状況ではいかに暇な時間を遊びに使うかが大切だ。
<ゲーム>
「お父さん、このドラゴン強すぎるよ!早く攻撃してよ!」
「分かった、今行く! でりゃー!」
「お父さん強い! カッコイイ!!!!」
親子が戦いに夢中になっている側では、
「なぁ、あそこにあるパール盗んじゃおうぜ。あの家族、戦いに夢中だ。奪うなら今がチャンスだ」
「そうだな、あのパールがあると、このゲームで最強の剣『ラグナ・カリバー』と交換してくれるという噂だからな」
ゲームの中には簡単なルールがあるのみで、例えば最後のボスであるフェニックスに打ち勝つことで宝をゲットしクリアする事ができるといった設定くらいだ。不死鳥の為、最強の剣を手に入れることでしか倒すことが出来ない。
宇宙旅行では旅行安全区域を念の為に設けている。
ゲーム内では様々な心理が出てくる。人々の思惑、犯罪心理、悪賢さ、優しい心。全てがこのエデンプログラムの中で表現される。SNSでもそうだ。自分の意識を転送し、想い出を記載する中で誰かを批判する記事を投稿する者もいる。また宇宙旅行に出かけた者も安全区域を超えて宇宙旅行をする者もいる。
例えばこんな具合に。
「自分の身体が宇宙船になっている! 好きなように宇宙空間を動き回ることが出来る! 自分の意志でこんなことが出来るなんて!」
「テツ! そこまで行っては行けないルールだよ! 早く戻っておいでよ」
「大丈夫だよ! 少しくらい! もう少し銀河の果てまで飛んでいこうぜ!」
「もう! どうなっても知らないんだから!」
自分を制御することはとても難しいことなのだ。
<データ分析>
「ノウェル、プログラム内の思考データはどうだ」
「オッド様、順調に集計出来ていますヨォ」
およそ一万台近くのディスプレイを確認しながらノウェルは答えた。まるで狸のような容姿のノウェルは、オッドテクノロジー社のナンバー三。データ分析担当だ。理系トップクラスの大学を首席で卒業している。データ分析に関して、彼女の右に出る者はいない。
「エデンプログラムにてデータ転送した意識のスコア化をしっかり行うように」
「はい。分かりました。必ず正確に実行しますヨォ。キースが作成したプログラムと私が作成した集計プログラムがあれば間違いはございません」
いつものように顎の下にある二つのイボを掻きながらノウェルは答えた。
「そうか、正確に頼むな」
「承知致しました」
<日常の中で>
エデンプログラムがスタートしてから、国民はこのプログラムに喜びを見出していた。
「兄さん、成功だね! 国民が喜んでいるね!」
「そうだな。新しい生き方を伝えることが出来ていると思うよ」
「これからもさらにサービスを進化させてもっともっと国民に喜んでもらえるようにしたいね!」
キースはこれ以上無いと思えるような笑顔で言った。キースはオッドと共に、アイディアを出しそれを実現していくといったこのサイクルが昔から好きだった。
頭でイメージして二人で話し合ってそれを実際に形にしていく。そして、多くの人々が喜んでくれる。キースとオッドのコンビはまさに誰にも負けない最強コンビだった。
二人が話しているといつも見ているニュース番組が聞こえてきた。
「四十三歳男性、二十五歳女性が昨夜から行方不明。心当たりがある方はAI警察までお願い致します」
「兄さん、何だか物騒なニュースだね。何が起きているんだろうか」
「我が社のAI警察がしっかり治安維持を行っているから問題ないだろう。しっかり捜索して見つけ出すことが出来るさ。心配することはないよ」
「そうだね。AI警察に解決出来ない事件は無いからね」
「その通り。さぁ、我々は仕事に戻ろう。どんどんエデンプログラムをブラッシュアップさせ、さらに楽しいプログラムにしなければな」
「了解!」
キースは親指を立てグッドポーズを取りながら言った。
<生い立ち>
幼少期の記憶が自分は定かでは無い。両親の記憶も無い。
名前はキースと呼ばれていたので『自分はキースである』という認識だけを持っていた。
ただそれだけだった。
また、何故か教わってもいないプログラミングが最初から出来た。他人とは違う能力を嬉しくも思ったこともあるけれど、他者には自分と同じ感覚で新しい技術の凄みを感じて貰うことが出来ず、時には苦しい時もあった。でも、それは生きる上でどんな事柄でも同じことで自分と同じように他者も認識することなんて無いのだから、それはそれで仕方無いとも思っていた。
いつも遊び相手は兄のオッドだった。これはしっかり覚えている。兄は唯一の僕の理解者だ。もちろん完全一致では無いけれど、僕が新しい技術を開発する度に感動してくれた。周りが理解してくれなくて苦しんでいた時も兄は必死で理解しようと努力してくれた。それは唯一の救いだった。オッドはとても優しくて、時には厳しくしてくれた。
しかし、いつも何か欠けている気がしていた。最初は何だか分からなかったけれど、国民の生活を見ていると何となく輪郭がはっきりしてきた。それは、自分は両親のぬくもりというものを感じたことが無い、そして、友情や恋愛感情というものにも一切触れあったことが無いということだった。
両親について兄からは、僕が生まれた直後に両親はプログラム開発中に不慮の事故で亡くなったと聞いている。
そして、昔はもっとたくさんの国々、そして企業があったと聞いている。沢山の戦争や飢餓、疫病などにより沢山の民が亡くなり、とても残酷な時代が続いたようだ。
我々の一族はその中で何とか競争を勝ち抜き、今、この地位を築いていると。
僕は十歳になる頃にはこのオッドテクノロジー社でシステム開発をしていた。
正直言うと何も教わってはいない。学校に行ったことも無い。ただ、古いプログラミングを見ると、新しいアイディアがふと浮かんできて、それを具現化することが出来た。僕の周囲はその力を見て、とても驚いていた。我々の一族で、一番の天才だと言ってくれた。
しかし、自分自身はとても不思議だった。何故、自分にはこのような力が備わっているのか。
時は流れ、民は職を失い、仕事をする時間を無くしたことにより暇になってしまった。そこに対して新しい生き方の再定義をしていくことがわが社の務めと兄は教えてくれた。
ただその言葉を信じてずっとやってきた。
今までの人生を度々このように思い耽るのは今が初めてではない。
時々、月が二つあるこの夜空を眺めながら、そして人工的な機械の世界を眺めながら、こんな風に思いを巡らせる。
そんな時、またニュースが流れた。
「本日も三人が行方不明となっています」
何だろう、また人が行方不明になっている。何か大事に至っていなければ良いけれど。
キースは何か大きなことが起ころうとしているのではないかと不安な気持ちを抱えていた。
<計画>
「ベイン、ノウェル、本計画は順調に進んでいるな?」
「はい、オッド様」
表情を何も崩さずベインが答えた。
「ベイン、この計画は外には漏れてはいないだろうな」
「大丈夫です」
「この計画は経営幹部十名以外に決して漏れてはいけない。
特にキースが知ってしまっては、キースの才能を活かすことが出来なくなるからな。アイツのプログラミング技術無しではこの計画は完成されない」
「承知しております」
「本計画に関する情報は全て高セキュリティにて管理するように」
「承知いたしました。何層にも渡ってセキュリティをかけております為ご安心を」
「頼むぞ。それと、言っておいたはずだが、あのニュースが邪魔だ。AIの人口カウントシステムをオフにしろ。二度とミスは許されない。分かったな。次は無いぞ」
「申し訳ございません……」
「分かれば良いんだ。それではさっそく、四十三歳男性、二十五歳女性のサンプルを見ていく。この二名はエデンプログラム参加時に悪性のスコアを叩き出しているな。男性は、ゲーム内で女性を後ろから襲おうとしていた。女性に関しては、若い男性を誘惑しその上で殺害している。仮にゲーム内だとしてもこのゲームでは遺伝子レベルの本性を全てスコア化出来る。且つ、ゲーム内だからそのような行為を行ったという言い訳は通用しない。いずれはどの場所で生活をしていてもその素養は必ず発現する。この二名の意識は危険分子の為、肉体に意識データを戻さず、さらに格納器に転送保管。肉体はエリア十四に保管するように。また、飛行船でのルール逸脱者、SNS上での誹謗中傷を行った者も同様に処理するように」
「承知いたしました」
再度表情を一切変えず。ベインは返事をした。
<オッド>
………………私は、清き世界を築き上げる為なら、
どんな手段を使っても実行する…………
「オッド! また父さんの研究の邪魔をして! ダメじゃない!」
「だって暇なんだもん、俺だって研究に参加したいんだよ」
「駄目よ、あなたにはまだ早いの。しっかり小学校で学ぶことがあなたの仕事よ」
「分かったよ、母さん。でも、学校の勉強なんてつまらないよ」
「でも、学校で学んでいる道徳含めそういったことが大人になってからとても重要になるのよ」
「そうなのかな。僕には分からないや……」
「今は分からないかも知れないけれど、この先きっといつの日か役に立つ日が来るわ」
「いつか来るか分からない為に道徳を学んだりするのはしんどいよ」
僕はため息をつきながら母の綺麗なゴールドの瞳を見つめながら答えた。
父さんの研究は、人工知能を使いあらゆる商品を開発することだった。
自動キッチンシステム、
空飛ぶ車、
そして、
他の星に移動出来る小型宇宙船も父が開発した。
特にこの小型宇宙船は凄かった。AI搭載で、行きたい星を入力するだけで勝手に飛んで行ってくれた。
四人乗り、八人乗りなど様々なタイプがあった。デザインも丸、四角、ひし形など様々なタイプがあり、色も青、赤、白、黒、緑など様々なバリエーションを揃えていた。僕はいつも父とこの小型宇宙船で宇宙旅行をしていた。日帰りも可能だったし、小一時間遊びに宇宙に行くこともあった。
時は経ち、自分が大学入学した頃だった。
僕は初めて恋をした。周りのみんなは、もっと早くに恋をしていたけれど、僕は大学生になって初めて人を愛することを知った。
彼女の名前はシェリー。茶色の髪でポニーテールがとても似合う女性だった。
同じ大学の生徒だ。
僕と同じ人工知能学科の生徒で同い年だった。
「オッド、今日も一緒に映画観に行かない?」
「いいけど……今日は一緒に月まで行く予定だったような……」
「それだったら両方すればいいじゃない! ね! そうでしょ?」
いつも通りサバサバした口調で彼女は答えた。
僕たちは映画を観た後に、小型宇宙船に乗り、月まで“ドライブ”をした。
「外から見る私たちの星、セルカークはまた一段と綺麗ね」
「そうだね。とても綺麗な青だね」
「うん。この景色を見ていると、どんなに嫌なことがあっても忘れられるわ」
彼女はほほえみながら優しい声で僕に言った。
彼女との出会いは、実験室だ。
同じ実験グループとなった。
彼女はとても気さくで少し男っぽくて、サバサバしていた。
また、貧困の民を救うべくボランティア活動のリーダーも務めていた。
仕事を失い、行き場を失った民に食事や衣服などの提供を行っていた。
この時期、AI技術の急激な進歩により民は職を失い、まだ国からの支援も無く、路上生活者が急激に増加したこともあり、シェリーのような活動で救われた民は沢山いた。
僕たちはいつも一緒にいることが多くなった。
何でも相談出来る仲になっていって困ったことがあったらいつでも相談し合っていた。
——こんな出会いはこの先もう無いのではないか——
そう思えるくらいの女性だった。
そんなある日のこと。
「オッド様、ご両親が……」
秘書のミナトが走りながら私のもとへ来た。額からは大量の汗を流し、息を切らしていた。
「父さんと母さんがどうしたって?」
「現在開発している新サービスの実験中に研究室が爆発し、二人とも……」
「なんだって……何が起こったんだよ!」
頭の中で様々な思いが巡る。
何故こんなことが起こったんだ。
自分はまだ何も親孝行が出来ていない。
もっと両親から学びたい事だってあったのに。
何故……
様々な思いを巡らせているうちに両親の遺体が運ばれてきた。
物凄い爆発だったのだろう。
両親の面影はなく、僕はそっと目を反らした。
その日から僕は、ただの学生ではなく、会社の社長となった。
そこから、ほとんど学校にいくことはなくなり、オッドテクノロジー社のトップとして、
指揮することとなった。
父のビジネスを引き継ぎ、発展させることが残された自分に出来る親孝行だ。
そう自分に言い聞かせ寝る間も惜しんで働いた。
————プルルルル————
「はい、もしもし」
「オッド、大丈夫? 仕事ばかりでしょ? とても心配で」
電話口はシェリーだった。
「少し疲れ気味だけど大丈夫だよ。今は父さんに負けないように様々なことを学んでいるんだ。経営もそうだし、テクノロジーの技術に関しても。そっちはどうだい?」
「こちらはテストが終わって、ボランティアも順調よ」
「そうか、それを聞いてとても安心したよ。仕事が落ち着いたらまた月にドライブしに行こうよ」
「うん、そうね。楽しみにしているわ」
一か月後の十四日、丁度僕の誕生日に僕たちは約束通り月にドライブをした。
この星の近くには月が二つある。
今回はもう一つの月へ行った。
違う角度から見るセルカークはこれまたとても綺麗で、その中の唯一の国、オールの夜景も格別だった。そこで将来の夢について色々と語った。
「ねぇ、オッド。あなたは将来どんな人になりたい?」
「僕かい? 僕は父のように人々を豊かにするシステムを開発し、多くの人を幸せにしたい。シェリーは?」
「私は、今のボランティア活動をさらに拡大して、多くの貧困層を救いたい。今、貧困層は生まれてから夢を持つことが許されていない。日々生きることだけで精一杯。着る物も食べる物も全部不足している。そんな現状を私は変えたい。多くの人々が私たちと同じように夢を持ち、叶えようとすることが出来る世の中にしたいの」
シェリーはとても真っすぐな目で僕を見つめてそう言った。
「素敵だね。君のような優しい人はこの世界を救うことが出来ると思う。僕も君の力になりたいよ」
「ありがとう、オッド。あなたの力があれば百人力よ!」
シェリーの強いハグに僕は圧倒されながら僕はそっとこう答えた。
「ありがとう」
しかし、
僕たちの夢が叶うことは無かった。
運命とは何とも非情だ。
<壊れた自分>
「昨夜未明、ボランティア団体のリーダー、シェリー氏が、援助していた貧困層の集団に暴行を受け死亡しました」
ニュースから流れてきた情報を聞いて耳を疑った。
直ぐに携帯電話を取り出し、シェリーに連絡をするが繋がらない。
その後、学校から連絡があり直ぐに病院へ向かった。
病院のベッドにはシェリーが横になっていた。表情は真っ白でただ寝ているのと変わらない様子だった。
「シェリー、起きろよ! なぁ、寝る振りなんてよしてくれよ! 返事しろよ!」
シェリーは反応しない。
「あんなにたくさんの民を救ってきた君が彼らに殺されるなんてあんまりじゃないか……」
その後の記憶は定かではない。
どのように帰宅したのかも分からない。
ただ一つ言えること。
それは、この日を境に“僕は完全に壊れてしまった”ということ。
自分の両親を亡くし、愛する恋人を失った。
自分は、心に決めた。父を超えるプログラムを作り続け、そして、犯罪者を消し去る。もっと言うならば、悪の遺伝子をこの世界から消し去り、正しき血のみを選抜しこの世界に残す。
『選別をする』
悪の遺伝子を隠そうとしている人物を一人残らず選別し、抹殺する。もう自分と同じ苦しみを誰にも味合わせはしない。
遺伝子レベルで犯罪者を炙り出すには、意識レベルで且つ、あらゆるシチュエーションでスコア化し点数をつけて選別する必要がある。
その為に、意識を肉体から分離する必要がある。
無理矢理それを行うことは出来ないし、現時点ではその技術も無い。
しかし、
自分にはAIを作る技術がある。そのAIに自分が思い描くプログラムを作成させよう。そのAIロボは作り出した僕の知能を簡単に超えることが出来るだろう。
そして、
そのAIロボの名はこうしよう。
“キース”
この国の言葉で『戦い』という意味だ。
そう、これは僕の命を懸けた戦いだ。
<進行>
キースはこの間のニュースがとても気になっていた。
——少し、AIロボのバグをチェックしてみよう——
キースはそう考えて行動に出た。
この国のAIは国民のIDナンバーや国中に張り巡らされた監視カメラにて全て管理しており、もちろん総人口の数も全て記録されている。よって、今まで行方不明となってもすぐに探し出すことが出来た。
しかし、今回は見つけることが出来ない。バグの可能性があると考え、キースはAIロボの中央システムを確認した。だが、特にバグやエラーは見つからなかった。
「おかしいな。何も問題が無いのに。AIロボのパトロールにも問題は無い」
不思議に思ったキースは、オッドテクノロジー社の中枢であるコントロール室に向かった。コントロール室に入ると中にはノウェルがいた。
部屋には四角い箱が数えきれないくらい設置されている。一つの大きさは冷蔵庫くらいの大きさだ。その敷き詰められた箱と箱とで作り出された道を真っすぐ中心に歩いていくとそこにはエメラルドグリーンの丸い水晶がある。これは、この国の全てを管理している全AIをコントロールする神のような存在だ。
キースが中に入ると、ノウェルは何やら不思議そうに話しかけてきた。
「こんな所に何か用でも?」
キースは表情を変えずに、
「いや、特別なことではないよ。最近の研究で新しい商品開発をしているんだが、このコントロール室がその容量に耐えることが出来るか、その確認さ。いつものルーチンだよ」
「そうですか」
キースはこの時の微妙な表情を見逃さなかった。ノウェルが何かを隠そうしているのを感じた。そして、一つの箱に自身でプログラムしたハッキングシステムをノウェルに気づかれないように“意識転送”した。
これは、キースが意識を集中するだけであらゆるコンピューターに意識を転送出来るプログラムであり、他人に気づかれることは無い。彼が秘密裏に開発したものだ。
「それでは戻るとするよ。邪魔したね」
「いえいえ、お互い国民をさらに喜ばせる為に全力を尽くしましょう」
ノウェルは太った狸顔に笑顔を膨らませて言った。
「うん、また新しい商品を作り出し、多くの人々を喜ばせてみせる」
そう言って、キースはコントロール室をあとにした。
<ハッキング>
自室に戻ったキースはさっそく、コントロール室でシステムに意識転送し、獲得したデータをさらに自身のコンピューターに移動してチェックした。
「さすがに、ハッキングシステムが入らないようにあらゆる仕掛けが何層にも渡ってなされているな。しかし、これは痕跡を残さずに、ハッキング出来る!」
こんなことが出来るのはキースただ一人だ。
システムの奥深くまで入っていくと、沢山の情報が出てきた。
その中にシェリーと書かれた情報があった。
「名前かな? 他のファイルにあまり無いネームだ。この情報が何かくさいな」
そうキースがつぶやくとシステムにロックがかかってしまった。
「しまった……これはノウェルのハッキングフォローシステムだ、あいつなかなかやるじゃないか」
しかし、このプログラムは、三年前にキース自身が既に開発して解除方法も知っている。
「このケースはこのプログラムを打ち込んで……」
そうつぶやきながらキースは全てのロックを解除した。
そうするとそこには、『選別』と表示があった。
キースはそのプログラムを開いたことで、驚愕の事実を知ることとなった。
「な、な、なんだよ……これは……」
そこからしばらくの間、彼は何も考えられなくなっていた。
<遊び>
「やっとフェニックスまでたどり着いたぞ! これでやっと宝を手に入れることが出来る!」
「そうだな! チームを組んで戦う選択をして良かった。やはり力さ。俺たちのようにずる賢く、力のある奴がやはり勝ち抜けるんだ」
「そうだな」
「それでは、いよいよこの最強の剣『ラグナ・カリバー』でフェニックスを倒すぞ!」
二人組が勢いよく走り出したその時だった。
遠くから声が聞こえてきた。
「よくぞ、ここまで来てくれた」
そこにはオッドがいた。
「あなたは、社長のオッド。フェニックスはどこに?」
「フェニックスはいないさ」
オッドは笑いながら答えた。
「それじゃ、このゲームの最終ステージは何なんだ」
二人組の一人が不満そうに言った。
「やっと会えたね。やはり君たちは生きていたんだね。探したよ。本当に。まさか偶然にもこんな“お宝”を私が見つけるなんてね。もうこの世には無いと思っていたからね」
「何のことだよ! 何の話をしているんだよ!」
二人組のうちのもう一人が問い詰めた。
「そう、焦る事はないさ。ゆっくり楽しもうじゃないか。」
オッドは終始笑っていた。
<二人組>
二人組の一人はレイン、もう一人はヒョウ。二人は貧困の家庭で育ち、小さいころに親に捨てられた。服も破れた布で二人とも髪はバサバサだった。顔にも泥のようなものがこびり付いていた。この国のAI化がどんどん進んだことで両親は仕事を失い、二人は物乞いをしながら何とか日々を凌いでいた。
毎日毎日ケンカ三昧で、生きていく為に盗みもやった。
ある時、ボランティア団体が救いの手を差し伸べてくれた。彼らは食事に困ることなく、
衣服も提供され生活レベルが向上してきた。
その団体のリーダーの名はシェリー。レインとヒョウはシェリーに色々な事を教えてもらった。夢や目標を持つ大切さ、自分が本当にやりたいと思うことをやる大切さ。
レインとヒョウはそんなことを考えたことも無かったので、とても新鮮な気持ちだった。
シェリーと特に仲良くなったのはレインだった。
「レイン、あなたは力がとても強いけど、優しさが足りない。強いだけでは駄目なのよ。
相手に対する思いやりがないと」
「いや、俺は強さしか信じないね! 優しさが邪魔をして生きていけなくなった奴らを沢山見てきたからな」
「レイン、これからはもっとたくさんの世界を見ていきましょう。そうすることであなたの考えも少しは変わる。私はそう信じている」
「そうかな? よく分からないけど。俺たちは昔から悪いことばかりしかしてこなかった。
学も無いし、難しい話は分からないね」
そうレインがシェリーに返すとシェリーはにっこり笑ってこう言った。
「過去は過去よ。過去を全く無かったこと、消し去ることは出来ないし消す必要も無いわ。私たちに出来ることは過去から学び、今出来ることを一生懸命に考え精一杯やること。“今ここ”の積み重ねがこの先の未来へと繋がるのよ。諦めてはいけない。いつかきっとあなたにもわかる日が来るわ!」
「はい、はい! わ・か・り・ま・し・た」
レインはシェリーの髪に葉っぱをのせてふざけながら答えた。
「もう、レインったら!」
直ぐさま逃げるレインをシェリーが追いかけると彼はさらに速度を上げてチーターのごとく走っていった。レインはシェリーに会うたびに色々な事を教わった。過去の歴史、地理、数学、国語、プログラミング等々挙げればキリが無い程だ。両親に捨てられたレインは人を信用することが出来ず、また裏切られるのではないか、自分と関わる人はみんな自分の側からいなくなっていくのではないかと常に不安だった。その為、自分を守る為にも人を信用することは絶対に無かった。
しかし、会うたびに色々なことを教えてくれる彼女に彼は少しずつ心を開き、いつの日かそこには『好き』という感情が芽生えていった。
そんなある日のことだった。レインは買い物に行く途中にシェリーが男性といるのを目撃した。彼はシェリーに好意を抱いていたことにより、今までに感じたことの無い嫉妬が込み上げてきた。味わったことのない感情。今まで、盗み、ケンカばかりでこのような感情を持ったことが無かった。どのように対処して良いか分からなかった。それほどまでに彼は愛情不足の中で育ってきた。彼は彼女にあの男との関係を聞く勇気なんて当然の如く無かった。もし、恋人だったら、自分の気持ちをどこに置いていけばいいのかレインは分からずにいたからだ。聞いてしまったら、事実を知ってしまったら自分はシェリーをただ想うしかない。いつしかレインの頭の中はシェリーの事だらけになっていた。シェリーとは毎日会える訳では無い。一カ月に四回程度会えるときもあれば、一回も会えないときもある。
ある日、食事を届けにきたシェリーにレインは勇気を振り絞って聞いてみた。
「シェリー、こないだ買い物に行った時にたまたま男の人といたところ、見たけど……」
「そうだったの。同じ大学の人よ」
「そうなんだ。あの……」
「何?」
「恋、恋人なのかな?」
「そうね」
何だ、そんなことかという表情でシェリーはにっこり答えた。
「そうなんだ」
「何故?」
「いや、別に何でもないよ」
レインは平静を装っていたが、またあの感情が込み上げて来た。今日もこの感情にどう対処するべきか分からない。でも、一つ言えることは、シェリーを誰にも取られたくない、自分だけの物にしたいということだった。もう自分の側から大切な人がいなくなっていくのは嫌だった。レインは咄嗟にシェリーを抱き寄せた。
「誰にも渡さない。君は……君は……僕だけの物なんだ!」
そう叫んだ。
驚いたシェリーは
「ちょっとやめて、何をふざけているの! 急に何するのよ!」
「うるさい! 誰にも君は渡さない! どこにも行かせない! 僕だけの物、僕を救う為だけに君はこの世に存在しているんだ!」
鬼の形相でレインは叫んだ。
気付いたときには、思いきりシェリーの首を絞めていた。細い首にくっきりと、レインの手のあとがついていた。
「レイン! 何をしているんだ!」
振り返るとそこにはヒョウがいた。
しかし、時は既に遅かった。
二人は警察に捕らえられる前にその場から急いで立ち去った。何キロも何キロも寝ずに走り続け、
そして、
その日から彼らの逃亡の日々が始まっていった。
<攻防>
「ノウェル様、大変です。何者かがシステムにハッキングを仕掛けております」
配下のAIロボがハッキングに気づきノウェルに伝えた。
「誰からのアクセスか、わかるかな」
「いいえ、どこからのアクセスか識別することが出来ず、且つ、ハッキングを乗り越えられているかも分からない状況です」
「何? そんなことあるわけないだろ! しっかり調査しなさいヨォ!」
「はい、調査を再開致します!」
ノウェルは返事をしなかった。
彼女はそのまま空間に手を当てるとその場所に小さな通信機を出現させた。クリスタルレッドの通信機を握るとそのままベインへ繋いだ。
「ベイン、何者かが我々の機密システムにアクセスしている。追跡しているが追う事ができない。現在の状況を解析中だが、追い切れないかもしれないヨォ」
「そうか。いずれにせよ、我々は犯行に及んでいる者を探し出さねばならない。先ずは、引き続き調査を進めよ」
「分かった。出来る限りのことはするヨォ。オッド様への連絡はどうする?」
「忘れたのか? オッド様は現在ゲームの中にいる。今までに無い幸運が起こっているんだよ。この程度のことで邪魔は出来ない。我々が存在している意味を問われてしまうからな」
「そうだね。オッド様にとって予測していなかった幸運だ。ここは我々で解決するとしましょう」
ノウェルは深呼吸をし、心を落ち着かせた後にベインにそう告げた。
<全て>
キースは走っていた。
そう、兄であるオッドと話す為に。
キースは走りながらたくさんの想いを巡らせた。
——兄を説得できるだろうか。
今からでも遅くは無いだろうか。
自分にそれが出来るだろうか——
キースは兄の計画の全てを知った。
キースという自分の存在、生まれた意味、自分が何者なのか。兄の過去に何があったのか。エデンプログラムの本当の目的は何か。
キースは走りながら過去にあった兄との出来事を思い出していた。
いつもカッコイイ、そして優しい兄の姿。
民のことを考えいつも様々なサービスのアイディアを生み出してきた
尊敬できる兄の姿。
しかし、
今は思い出せば思い出すほど切ない
社長室に到着したキースが扉を開くとそこにはゲームの中に意識を転送した兄がいた。
クリスタルブラックの社長の椅子に座っている状態だった。
「社長室からも転送できるようにしていたんだ」
そう呟くとすぐさまキースは自身の意識をゲームの中に転送していった。
「ここの場所から兄さんの場所を探るにはマスタープログラムを使うしかないな」
エデンプログラムの開発者はキースだ。
ゲーム中のキャラクターがどこにいるのか探ることは簡単だ。
「よし、いたぞ、誰かと話しているようだ。そこに行こう」
転送プログラムを起動し今いる場所から、オッドの所まで自身を転送させた。
そこには兄オッドが立っていた。その目の前には二人の男性が横たわっていた。
<説得>
「兄さん、何をしているの」
オッドは何も答えない。
「その二人倒れているよ、早く意識を身体に戻さないと!」
「その必要は無い。それより、キース、お前がここにいるということは既に私がしていることの意味を知っているという事。お前が何もなくこの場所に来ることなど有り得ない」
少し悲しそうな顔で、そして切なくも聞こえる様な声でオッドは答えた。
「やはり、そうなんだね。違うと信じたいけれど。兄さん、でもこんなことしてはいけないよ! 完全に間違っている。今からでも遅くない。今すぐ止めにしようよ!」
キースは瞳に涙を浮かべながら兄を説得した。
「頭の良いお前だから、私が引き返さないことも分かっているはずだ。私が考える正義はこの形なのだ」
「いや、違うよ、そんなことシェリーだって望んでいないよ!」
その名を聞いたオッドは少し顔をひきつらせたが、咄嗟にに平静を装い答えた。
「そこまで調べつくしたのだな。ノウェルのセキュリティもお前の手にかかれば簡単だったか。かなり年月をかけて作らせたのだがな。私自身が作った“作品”には遠く及ばなかったようだ」
「僕は三年前に同じプログラムを作成して解除方法も見つけている。そして、今では何故自分が習ってもいないのにシステムが開発できるのか、それも全て知っている。兄さんが作品という言葉を使っている意味だって、今ならわかる」
「そうか。全部知ったのだな」
「そうだよ」
キースは声を震わせながら答えた。
「お前は私が開発したAIロボだ。何度も何度も失敗を重ねた末に生み出した。父が開発途中だったAIロボの設計図をアレンジしてお前を作った。これは本当に奇跡だった。もう一度同じロボを作れと言われても、もう作ることは出来ないだろう。奇跡の産物だ。そして、お前が知るようにシェリーは殺された。今、私の目の前に横たわるこの男に。
私はシェリーを心から愛していた。いつも将来のこと、どんな夢を実現したいのかなど色々なことを語ってきた。彼女は、貧困層を救いたいと、貧困層も夢が持てるような世の中を作りたいと高い志を持って生きていた。なのに、彼女自身が運営するボランティア団体の活動を通じて支援していたこの男の一人に彼女は、シェリーは殺された。有り得ないだろう。こんな理不尽なことがあって良いのだろうか。そこで、私は考えた。このような国民の不適切な遺伝子をまるごと末梢しなければならないと。必要な遺伝子とそうではない遺伝子を私が判断し選別する必要があると。そう、二度と私と同じ境遇になる民が生まれないように。
その為には日常生活だけではなく、あらゆる側面での性質を炙り出す必要があった。国民は、普段の生活では普通に過ごしていても、ネット上の書き込みなどでは豹変し他人を傷つけるような発言をする。ネットゲームの中でもそうだ。また、乗り物に乗って運転している時だけ豹変して、暴走する輩もいる。その沢山のシチュエーションの中で悪の遺伝子を炙り出すためにエデンプログラムをお前に開発させた。意識を転送し、ゲームの中や、SNSの中、乗り物などで遊ばせ、その中でズルをする奴、犯罪行為をする奴らの意識をすべて消去する。危険分子は肉体から分離して、意識をコントロール室に格納し、さらなるスクリーニングを行いスコア化の末、合格に満たない場合は消去する。そうすることでこの世界は本当の意味でエデン、そう、理想郷に到達する。その理想郷実現の為に私は淘汰を行う。必要な国民のみを、きちんと残すのさ。その後、長く優秀な民と生きていくためにもこの方法が必要なんだ。私は戦争などの恐怖で抑圧をしたくない。恐怖で民を統治したくない。そうすることで失敗した歴史を知っているからだ。だからこそ新しいこの方法が必要だった。キース、これはこの世界の本当の幸せへの一歩なのだよ。その手前の少しばかりの犠牲なのだよ。今はこの事実を知り、辛いかも知れない。しかし、この先の永遠の幸せの為に必要な仕事なんだ。誰かがやらないといけない。理解して欲しい。これは社長としての指示ではない。兄として、そして一人の星の民としての想いだ。理解して欲しい」
オッドがキースに伝えると、キースはゆっくりと話し始めた。
「ニュースで見た、消えた民はそういうことだったんだね。兄さん、今までたくさん辛いことがあったと思う。でもこれは自然淘汰ではない。
“人工的な淘汰”だ。
やってはいけない。自然ではないんだから。この世界の均衡が保てない。こんなこと兄さんにやって欲しくない」
目に涙を浮かべながらキースは訴えかけた。
「キース、これを止めることは誰にも出来ない。既に国王にも許可を頂いているのだ。そして、民が混乱しないように消去された民の家族や友人の記憶はきちんと消去する。
このエデンプログラムで自分の家族や友人が消えたことを知って混乱させては優秀な民に影響が出るからな。また、現時点でおおよその選別は完了した。今後はキース、お前の希望通り純粋に民のゲームとしてプログラムは活用される。沢山の機能や新作のゲームも追加する予定だ。エデンプログラムでの選別、そして、AI警察による逮捕の両輪があってエデン、そう、この理想郷は完成される。共にこのユートピアを作り上げようじゃないか」
冷酷な目でキースを見ながら、オッドは語りかけた。
「兄さん、僕はその計画に賛同出来ない。だから、肉体から転送された民の意識を今すぐもとに戻して。いつもの日常に戻して欲しいんだ。もし、兄さんがそれを許してくれなくても僕がそれを行う。開発者の僕にはそれが出来る」
「キース、理解して欲しい。やっとここまでたどり着けたんだ」
「いや、僕には理解できない」
「考えは変わらないのか?」
「そうだよ」
オッドは残念そうな表情をして、そして、少し考えてから言った。
「分かった。この計画を知り、そしてそれに賛同出来ず、計画を阻止しようとするのであれば、私は、お前を消すしかない」
「これ以上、話しをしても無駄なんだね……」
「そのようだな、お前はこの計画を知るのが、私が考えていた予定より早すぎたんだよ。計画完了後であったならばお前は数年嫌な思いをするくらいで済んだだろうに。その時はなす術がそもそも無いんだからな。非常に残念だ。今ある一ミリの希望がお前をより不幸にする」
そう言葉を発したと同時にオッドは右手に装着している熱線銃でキースを撃った。
しかし、すれすれのところでキースは躱したが白いジャケットには微かにかすり、少し焦げ付いた匂いがした。
その時、ヒョウがピクリと動いたのが見えた。
——もしや……二人のうちの一人は格納器の中に意識転送がまだされていないのではないか——
キースはそう予測すると、ヒョウの身体に触れながら自身と彼の意識を肉体へ転送し、ゲームの外に逃げ出した。
<脱走>
頭が痛い。何だ、この感覚は。ゲームはどうなった。確かレインと俺はフェニックスを倒しに行こうとしていた。
しかし、そこにオッドが現れて……
そうだ。オッドは自分の恋人だったシェリーを殺したレインを見つけたことを喜んでいて、『ラグナ・カリバー』で応戦するも何も役に立たず……そしたら急に頭上から黒いベールが下りてきて息が苦しくなって……
それから……
「ここはどこだ」
ヒョウは目を覚まし、あたりを見渡した。
目の前には知らない男が何やら機械をいじって作業している。
「君は?」
そうヒョウが話しかけると男は作業をやめた。
「ああ、やっと目を覚ましたか。もう意識が戻らないかと思って心配したよ。初めまして。僕の名はキース。君の名は?」
「僕の名はヒョウ。レインの弟さ。レインが今どこにいるのか君は知ってる?」
「うん、知っているよ。今彼は僕の兄であるオッドに捕らえられている。肉体と意識を分離されている状態だ」
「分離? そうか、あの時、オッドは僕ら兄弟にこう言ったんだ。『お前たちを見つけることが出来るとは思っていなかったが神は私の味方をした。お前たちの過ちは決して許されることではない。私の愛する人を殺めた奴は私がこの世から抹消する』と。もう兄はこの世にいないんだろうか……」
「いや、計画通りに兄が進めているのであれば、彼、そしてその他同様の国民もまだ殺されてはいない。兄は現段階ではゲーム中で不正を犯した人など危険遺伝子を所持していると考えられる場合はゲーム内や乗り物、SNS内に転送された意識をさらに各納器に転送し一時保管している。その後に最後のスクリーニングを行い、意識と肉体をまるごと末梢する予定だ」
「最後のスクリーニング?」
「ああ、兄が考える優秀な民だけをこの世に残す為に、エデンプログラム内でスコア化し
最後のスクリーニング、いわゆる“最後のふるい分け”にて本当に危険遺伝子を所持していると判断した場合に肉体と意識両方を消し去る。そして、残された民が消えたことによって不思議に思う事がないようにその部分の記憶だけを消去していく。記憶さえ改ざんしていくんだ」
「確かにレインは悪い事をした。それは間違いない。でも、国民を選別していくなんて……」
「ああ、僕だって信じたくなかったよ。兄がそのような計画をしているなんてずっと知らなかった。こんなことになるなんて」
「僕たち、これからどうなるんだろう。オッドがこのままでいる訳が無いんじゃないかな」
「そうだろうね。計画を知った僕を殺しに来るだろうし、君の意識の格納が途中だったから必ず君を捕らえに来るだろう」
「キース、これからどうするつもりなの?」
「僕は最後のスクリーニングが行われる前に選別された民を全員助け出す。このまま見過ごすわけにはいかないし、一生逃亡生活なんてごめんだからね」
——逃亡生活——
その言葉を聞き、ヒョウは考え込んでいた。
レインと、自分はずっと逃亡して生きてきた。また同じように逃げ回る人生なんて嫌だ。
でも戦う勇気も力も無い。
どうすれば……
そう考えているとキースがヒョウの顔を覗き込み
「君はどうする? 無理について来いとは言わないよ」
「僕は……でも相手は物凄い数だよね……勝ち目なんてないんじゃ……」
「そうだね。向こうはAI警察もいる。何万という兵がいるんだ」
「こちらは二人……」
「そうだよ。だから無理について来いとは言わないし、ヒョウの好きなようにしたら良いよ」
「僕は……どんなに悪いことをしていたとしてもレインにはやはり生きて欲しい。そして、生きて罪を償って欲しい。だから、僕はレインや捕まっている人々を救いたい。本当はとても怖いけれど。ただ、一つ聞いてもいい?」
「何だい?」
「何か作戦はあるのかな?」
「もちろん。何も無しに兄に戦いは挑まないよ」
自信満々の表情をしたキースの顔はとても頼もしく、ヒョウは彼となら戦いに勝つことが出来るのではないか、そう思う事ができた。
<幹部会議>
コの字型の机に十名の幹部が座っている。誕生日席の一番近くに座っているのはベインと、ノウェル。
そして、少し遅れてオッドがやってきてゆっくりと誕生日席に腰かけた。
「諸君、忙しい中集まって頂いてありがとう。これから緊急会議を実施する。もうすでにここにいる幹部は知っていると思うがキースがエデンプログラムの秘密を知り、脱走した。私の手で抹殺しようとしたが、もう少しのところで逃げられてしまった。その時にレインの弟であるヒョウを連れている。現在、約五万のAI警察で捜索にあたっている。捕らえ次第、キースを処分する。エデンプログラムが完成し、あとは最後のスクリーニングまできた今となってはキースの存在は必要が無い。そして、恐らくだが、キースはただで死ぬ男ではない。必ず我々の計画を潰しにやってくるだろう」
そう言うとすかさずノウェルが意見を挟んだ。
「それでは最後のスクリーニングを今すぐにでも実行しましょうヨォ」
「いや、それは出来ない。最後のスクリーニングで手を抜くわけにはいかない。万全な状態で無ければ誤った民を末梢する可能性がある。そんな精度の低いことは私には出来ない。私は新しい理想郷を作る為に全力を尽くす。反対意見のあるものはいるか」
全員が静まりかえる。
「無い様であれば、会議は終える。何かキースに関する新しい情報が入った場合は必ず私に報告するように。以上」
オッドの気迫のある声に幹部一同は圧倒されていた。
<作戦>
オッドが放ったAI警察がキース捕獲に向け捜索をしていた。AI警察も我先にとキースを捕らえる為に必死だった。何故なら、捕まえられなかったAI警察は無能扱いとなり廃棄となるからだ。キース並みの感情は無くとも恐怖に対する感情を彼らは備えている。
キースは自身が開発したシールドにて敵から位置を把握されないようにしていた為、AI警察は探し出す事が出来ずにいた。
AI警察が捜索しているまさにその時、キースは目を閉じ、自分自身の能力の全てを振り絞って作戦を練っていた。
古びた倉庫を基地として、ヒョウはただキースの次の言葉を待っていた。
そして、キースはゆっくりと目を開いて口を開いた。
「それでは、作戦を伝えるよ」
「うん」
「先ず、AI警察の数が多いからAI警察をコントロールしているシステムをダウンさせる必要がある。そして、そのコントロールをしているのはあの塔だ」
キースはそう言うと塔の方に指を差した。
「あの金色の塔?」
「そうだ、あの塔のシステムを破壊する事でAI警察のシステムが止まる。
それと同時にオッドテクノロジー社の防御システムも一部ダウンさせることが出来る。だから先ずはあの塔まで行かなければならない。
そして、僕がハッキングした情報によれば、危険遺伝子と認識された民の肉体はその塔の西側にあるエリア十四に保管され、意識データはコントロール室の格納器に転送されている。何としても最後のスクリーニングまでに、塔のシステムをダウンさせて、AI警察を止め、オッドテクノロジー社に入り込み、コントロール室の格納器から君の兄さんや民の意識を肉体に戻さなければならない。もちろん、ただ歩いて行っては捕まるだけだ。だから、この倉庫の部品を使って今から君と僕専用の宇宙船を作る」
「え、今から!? こんなガラクタ部品で?」
「そうだよ。大丈夫」
そう言ってヒョウの肩をポンと叩くとキースは辺りのガラクタを集め、作業を始めた。
キースは倉庫にある部品を一つ一つ使いながら小型宇宙船を仕上げていく。
そして、宇宙船と自身の意識が繋がるように意識転送が出来る仕様にした。これは、より柔軟に飛行する為だ。自分の思い描いた通りに飛行することが出来る。
「キース、君は天才だ。いや鬼才だ。こんな短時間で、そして鉄クズのガラクタ部品でここまでの物を仕上げるなんて」
「ヒョウ、驚くのはまだ早いよ。ここに今から大型熱線砲をつけて攻撃も可能にしていく」
「す、すげぇ…」
「よし、宇宙船が出来上がったよ。あとは、これだね。万が一攻撃を受けた時の為に防具も準備したよ。一着しかないから、これは君にあげる」
「え……良いの? でも……こんな薄いローブで守れるの?」
ヒョウは真っ白なローブに所々万華鏡を覗いた時に見えるような模様で彩られたローブを見ながら言った。
「大丈夫、これは物凄く強力だ。そこらの銃で撃たれても剣で切られても死にはしないよ」
そう言うと、直ぐにキースは宇宙船に乗り込み、宇宙船に意識を転送した。
「さぁ、乗って」
キースの口は動いていない。宇宙船から声が聞こえる。
「分かった。これはエデンプログラムの中にあった宇宙船と同じ仕組みだね。自分の意識を宇宙船に転送して自分が宇宙船として自由に動ける。こんなガラクタから作れるなんて驚きしかないよ」
そう言うとヒョウも宇宙船に乗り込んだ。
そして、ゆっくり機体は宙に浮き、金色の塔に向かって飛び立った。
<王>
「ベイン、ノウェル、まだキースは捕まらないのか?」
オッドの怒号が響き渡る。
「申し訳ございません。未だに二人の消息は不明とのことです」
「さすがキースだな、なかなか捕まらないのは予想していた通りだ。だが、一日も早く捕獲しろ。この計画を完成させることが我々にとって、そしてこの星の未来にとって大切なことだ」
「承知しております。何としても叶えてみせます。それと、王がオッド様にお話があるとのこと。リモートで通信が繋がっておりますのでお繋ぎ致します」
「そうか。分かった」
オッドがそう答えるとベインが通信を開始した。目の前に丸いディスプレイが表示され、
そこにはこの国の王が映し出された。
「オッド、久しぶりだな。この計画はいよいよ最終局面と聞いておるが、順調か」
「陛下、もちろんでございます。スケジュール通り進んでおります」
「いよいよ、我々が望む幸せな世界が作られること、とても嬉しく思うぞ。今まで過去を振り返れば沢山の戦争が起こってきた。その度に新たな勢力が国を統治し、そしてまた戦争が起きる。犠牲が生まれても何も変わらず学ばず同じことの繰り返し。だからこそ、私とおぬしが考える選別、この世界の最初で最後の“大掃除”が必要なのだ。今までは犠牲があっても世界は変えられなかった。だが、今回は違う。確かに犠牲は生じるが確実に世界を変えられる。根本からじゃ。心苦しい部分はもちろんあるが、これは次のステージに行くために必要な犠牲だ。だから、もう一度だけおぬしに伝えておくが最後のスクリーニングだけはしっかり行うように頼むな。そこでミスがあれば、間違った民が残ることになる。また、正しい民を間違って殺害することにもなる。ミスは許されない。分かったな」
「承知しております、陛下。ご安心下さい」
「それならよい。念の為の忠告じゃ。オッドよ。宜しく頼む」
そういうと通信が切れた。オッドは通信が終わると、深呼吸をしてから少し笑みを浮かべ、ベインとノウェルに言った。
「あの王はこの国のただのお飾りだ。それに仕えている貴族共もそうだ。奴らこそ悪の遺伝子。この計画の進行と共に殺害する。“例の計画”も進める様に」
「はい。承知致しました」
ベインと、ノウェルは同時に返事をした。
<飛行>
「キース、金の塔が近づいてきたね」
目の前に広がる金の塔に胸を躍らせ、ヒョウはキースに話しかける。キースは目を閉じて席に座っているが意識は飛行船に繋がれているので船内のスピーカーを通じてヒョウと会話をすることが出来る。
「そうだね、もう少しだ」
ヒョウがキースの言葉を聞くと同時に左側に目を向けると今までに見たことの無い光景が広がった。
「何だ、この都は……」
ヒョウはまるで宝物を見つけたような驚きの表情で言った。
「王都だよ。王族や貴族の居住地だよ」
「テレビなどで少し見たことあったけど、こんなに凄いんだ……」
空から見ると大きな城や大きな家が見える。社会の底辺で生きて来たヒョウには無縁の世界だ。
「この星には我々の国であるオールしか今は存在しないから、あそこに住んでいる王様がこの星の王だ」
「まさにこの国の名と同じ、オール……オール王……」
ヒョウはとてつもなく大きな城を眺めながら呟いた。
ドーーーン!
急に大きな爆音と激しい揺れが起こり、二人は一瞬何が起こったから分からなくなった。ヒョウは直ぐに椅子の下に隠れるとキースに向かって叫んだ。
「キース! 何があったんだ! 故障か何かかい!?」
「いや、故障じゃない! これはオール軍からの攻撃だ」
「オール軍? AI警察のこと?」
「違う、王族を守る軍だよ。AI警察よりはるかに強力だ。しかし、オール軍が動き出す時は戦争状態の時だけだ。今この状況下で動き出すことはない」
「君の兄さんが王に話をして僕たちを追ってきているのでは?」
「それは無い。兄さんが我々を逃がしたという失態に対して、そのリカバリーを王に依頼することは無い。兄さんはあくまで自分の手で僕たちを捕まえに来る」
「そうか……それなら何故」
そう言っているともう一度ドーンという爆音が鳴り響いた。
「ヒョウ! 大丈夫かい? このままだと全て躱しきれない。そのまま椅子の下に隠れているんだ!」
「わかった!」
後方から連打で攻撃を仕掛けてくるオール軍。
敵は三機だ。
キースが即席で作った宇宙船よりもはるかに高性能だ。
その時、前方に回ったオール軍の戦闘機に対してキースは大型熱線砲を放つ。
ドカーンという音ともにオール軍の一機が墜落し、周囲には強いオイルの匂いが漂っている。
「よっしゃ!」
とキースが言ったと同時に残りの二機から立て続けに攻撃を受けた。
ドンドンドーン!
とてつもない爆発音が鳴り響く。
「キース、大丈夫!!!!?」
ヒョウは宇宙船が乱高下するのを感じ、胃が上に上がる感覚に耐えながらキースに状況を確認した。
「マズイ……このままだと墜落する」
そうキースが言うとそのまま宇宙船は近くの林に墜落した。
<王都進撃>
ベインとノウェルの二人は、一台のコンピューターだけが置かれている会議室にいた。部屋の色もコンピューターもボタンの色を除いて全て白一色、とてもシンプルな部屋だ。
「ノウェル、準備は良いか? オッド様から言われているもう一つの大切な“例の計画”を実行する」
「大丈夫だヨォ、ベイン。準備は完了した」
それを聞くとベインはゆっくりと頷いてから口を開いた。
「これより王を殺害する。そして、王都を消し去りオッド様をこの星の王とする」
それを聞くと不気味にニヤリと笑ったノウェルは作戦のシナリオを話した。
「既に作戦通り、王都の全てに熱線砲を設置したヨォ。このコンピューターのボタンを押すことで起動する。これにはオール軍も気づけない。オール軍はこちらが万が一裏切るかも知れないと軍を配置しているが我々の最新テクノロジーの前に、なす術は無い。そして、王を確実に始末する為に、王の間に君を転送できるようにしたヨォ。もちろん、君に良く似たアバターだ。そこに君の意識を転送し自分の身体のように動かすことが出来る。後は君が好きなようにすれば良いさ」
「ノウェル、お前に言われなくても私は好きにやる」
そう言うとベインはコンピューター上のクリスタルブラックのボタンを操作した。
「では、王の間に行ってくる」
そう言うとベインはアバターに意識を転送し、ノウェルはそのアバターを王の間へ転送した。
<想>
——僕は死んだのだろうか……。自分の命はここで終わってしまったのだろうか……。終わる時はこんなにもあっけなく終わるものなのだろうか——
僕は生まれてから、友達という存在や恋人という存在がいたことはない。それがどんなもので、どんな感情を伴うものなのかもイマイチ僕には分からない。もちろん、両親のぬくもりさえも、両親の愛というものも……。兄さんがいたから自分には両親も友達も、恋人もいなくても良いとずっと、ずっと思ってきた。たくさんの新しい技術を生み出す事で、忙しくすることではっきりとは分からない心の中の違和感をごまかしてきた部分もあると思う。
今となっては心のどこかで繋がりに憧れを抱いていたのは否定出来ない。
他人との深い繋がりを僕はどこかで求めていたんだと思う。
しかし、それを誰かに伝えることも出来なかった。ただ想うしか無かった。ただ、自分の胸の中にしまい込んで耐えるしか無かった。答えが見つからないままただ走り続けるしか無かった。
僕は兄が作った『作品』でしかない。AIロボでしか無い。このような僕がこのような感情を持つことに何の意味があるというのか。
兄は僕にあらゆるサービスを作らせる為に、民同様に感情を埋め込んだ。
他のロボと異なる設計で僕を作った。
生まれながらあらゆるアイディアが浮かび、それを具現化出来た。
そのように僕はただ『設計』された。
本来、生命が生まれて来た意味というのは無いのかも知れない。
他のみんなは無いのかも知れない。それが普通で自分自身で意味というものを生きながら少しずつ見つけていくものなのかも知れない。
でも僕は違う。
あらゆるサービスを生み出す為、オッドの復讐の為に、憎しみの中から生まれて来た。
オッドの戦いの為にだけ存在する兵器。それ以上でもそれ以下でもない。僕の生きる道には明確な答えがある。それは民を選別し殺戮する為の技術を生み出すこと。
僕は民を幸せにするどころか知らぬ間に沢山の民を苦しめる技術を生み出してしまった。何も知らずに。僕はただの馬鹿じゃないか。何故気づけなかったんだろう。何故、もっと早く。
悔しい。こんな愚かな自分が。
こんな『物』でしかない僕が今さら愛やぬくもりに憧れを抱く矛盾をどこに解き放てば良いのだろう。
<牢>
身体中が痛い……でも何とか動く事は出来そうだ……
ここは一体どこだろう……僕たちは墜落をして……物凄い衝撃を受けて……その後は……その後は……はっきり思い出す事が出来ない……それよりも……キース、キースは無事か?
ヒョウは何とか目を覚ますと隣で倒れているキースに呼びかけた。
「キース! キース! 大丈夫かい?」
ゆっくりとキースが目を開くと共にキースは周囲を見渡した。
「うっ……イテテテ……ここは……どこだい? 僕は生きていたのか? それとも、ここはあの世か?」
「キース、しっかりしろ! 恐らくここは牢屋だ」
「牢屋? ん? この紋章は……」
牢屋の壁には蛇のマークが刻まれている。
「この紋章はもしかして……」
「うん。ヒョウ、君も見たことがあるだろう? まさに王の家紋だ。ここは王の城の牢屋だ」
「僕たちこの先どうなるんだろう。殺されるのかな」
「分からない。しかし、王の軍がこのように動き出しているということは何かに対して警戒していることは確かだ」
そうキースが話すと
ゴゴゴ!
という音と共に牢屋が揺れ始めた。
「何だ、この揺れは?」
ヒョウは怯えながらキースの後ろに逃げ込む。牢屋の上から砂埃が落ちてくる。
ゴゴゴゴゴー!
さらに爆音が鳴り、牢屋がさらに揺れる。
「マズイ、このままだとこの場所が持たない。どうにかこの場所から逃げよう!」
「でも逃げるってどうやって!」
「この小さな窓から逃げるしかない!」
「でも、兵隊とかがいたらすぐに捕まってしまうよ!」
「そんなこと言っている場合じゃない! 今できる最大限を尽くすしかないんだよ、ヒョウ!」
「分かった! 行こう!」
キースは牢屋の壁の少し上に設置された窓を熱線銃で突き破り何とか外に出ることが出来た。
「手を掴め!」
キースがそう言うと、ヒョウに手を差し伸べて思いっきり引っ張った。何とか牢屋の外に出た二人だったがそこは辺り一面が血の海となっていた。何百という兵隊が倒れており、既に息絶えていた。
「何だこれは……どうなっているんだよ」
ヒョウはキースの背の後ろに隠れながらそう呟くと、さらにその後ろから男性の声が聞こえた。
「誰かいるのか?」
<それよりも三十分前>
転送されたベインは王の間にたどり着いた。
そして、
王の前に立つとベインは一言こうつぶやいた。
「陛下、オッド様より命を受けここに参りました」
そう伝えると王は少し動揺して
「貴様ごときの身分でこの王の間に入ることなど許さん。何を考えておる! この王の間は私しか入れないように高セキュリティ化しておるはず。なのに貴様何故?」
「陛下、何をおふざけになっておられるのですか。そもそも、そのセキュリティシステムを作ったのは我々オッドテクノロジー社でございます。よって、セキュリティを解除することなど容易いのです」
「貴様、こんなことをしてただで済むと思うな! 死刑! 貴様は死刑に処する!」
「死刑ですか。それは随分重たい罪でございますこと。しかし、このように直接私のような身分の者に陛下のお言葉で死刑とおっしゃっていただけること、大変光栄でございます」
「貴様、何をイカレタこと言っておる!」
そう声を荒げると同時に王は自分の剣を振りかざした。
グシャ!
右肩から斜めに剣が入りベインの身体は真っ二つになった。
「馬鹿垂れのキツネ顔め。貴様のような男がこの王と話が出来ること自体おかしなこと。
おい! 誰かおるか! ジェイド、ここへ来い!」
王は大きな声で部下を呼ぶが誰も来ない。
そうすると、目の前に真っ二つに切り裂かれたはずのベインが上半身だけで浮かびながら王に話しかけた。腹部からは内臓が垂れると共に大量の血液がポタポタと滴り落ちている。かすかに背骨だろうか、骨の一部も見えた。床は一面深紅に染まった。
「陛下、急に何をなさるのでしょうか」
口からは血が大量に溢れ、その血は顎から喉へと伝い、小さな血の川が胸元まで流れていた。それはまるで満開のヒガンバナの様だ。
「おぬし、何故生きておる?」
王は状況を理解出来ず、パニック状態に陥っている。そして、部下の助けを呼ぶために大きな声で叫んだ。
「ジェイド、ライ、誰でも良い! ここに来い!」
しかし、それを遮るようにベインは王に語り掛けた。
「無駄ですよ。王の間から声は届かないようにシステム処理をしております。誰も助けには来ませんよ。それでは始めましょうか」
「何を始めるというのだ!」
「選別です」
「選別?」
王は不思議そうに答えた。
「そうです。陛下、王族、そして、貴族を抹殺するようにオッド様より命を受けております。なので、厳密には選別と言いますか、抹殺ですがね」
「何を言っておる。選別されるのは王である私ではない! オッドと話をさせろ!」
王は感情をあらわにしてベインに告げた。
「オッド様はもう陛下と話すことは二度とありません。あなたを殺害し、新しい王になるのはオッド様です。この国の、この星のお飾りでしかない陛下、あなたはこれからの時代には必要が無いのです」
「何を言うか、小童が! 今までのこの星の歴史で、最後の国として統一したのは我々一族じゃ! 高貴な血じゃ! どの国も全て滅んだ中で唯一残ることが出来た国。そして、おぬしらのオッドテクノロジー社も我々と共に成長し唯一残ることが出来た企業ではないか。オッドテクノロジー社とオール国との長い歴史、この長い支え合いをお前は知っているのか」
それを聞くとベインは面倒くさそうに、そして、呆れた表情でこう答えた。
「しかし、これからの未来に陛下、あなたは必要無い。そして、あなただけでは無く、王族、そしてその周辺の貴族さえも必要は無い。民はもう王、王族に対して何も高貴さを感じてはいない。昔は神と崇められたあなた方一族。民を統一するにはその力はとても重要なシンボルであったが、今やあなたはお飾りでしかない。そして、態度だけは神のつもり。オッド様の作り上げる未来に、アナタの居場所は無い」
「貴様!」
王はもう一度、剣でベインを切り刻もうとするが、それ以上の速度でベインは短刀で王の心臓を一突きした。
「陛下、オッド様はこう言っておられました。『今までお疲れ様』と」
「ふざけ……る……な……」
そう言うと王は絶命した。ベインは王を殺害すると、手元の短刀に設置されている赤いスイッチを押した。それと共にベインの意識はアバターからオッド社にある自分の肉体に転送された。ベインは肉体に意識を戻すとノウェルに指示を出した。
「ノウェル、それでは攻撃準備を」
「お疲れベイン。それにしても話が長いヨォ」
「うるさい。黙って指示通りやれ」
「はいはい、それでは起動スイッチオン」
そうすると、空を割りその空間から王都三百六十度を囲むように超大型熱線砲が現れた。
「よし、やれ」
「はいヨォ」
ノウェルはそう答えると発射ボタンを押した。
ババババババババーーーーーーーーーー!
ズドーンン!
何度も爆発音が鳴り響く。三百六十度のあらゆる方向から王都を連続攻撃し
瞬く間に王都は落ちた。
「完了したヨォ、ベイン」
「ご苦労。オッド様に報告をする。繋げ」
彼女は直ぐにオッドへ通信を繋いだ。
「オッド様、全て完了しました」
「ベイン、ノウェル、よくやった。とても手際が良いな。完膚無きまでに王都を落とすことが出来てとても満足しているよ。あとはキースだ。一日も早く捕らえろ」
「承知致しました」
そう答えるとベインはその部屋を後にした。
<仲間>
「誰かいるのか?」
その声の方向を見ると三人の男と、一人の女がいた。全員、ケガをしており血を流している。
「あなた達は…? それよりそのケガ大丈夫ですか?」
キースがそう答えるとその中の一人が答えた。
「少しケガはあるが、全員致命傷では無い。それより、君たちは傷一つ無いな。
……その残骸から見るとそこは王宮の牢屋。なるほど、とくに頑丈に作られている恩恵か。しかし、この牢屋にいるということは君たちは罪人ということになるが」
「いいえ、我々は何も罪を犯してはいません」
「そんな訳は無いだろう。牢屋にいて罪人ではないとは信じられない」
「僕たちは王都付近を飛行していたんです。そしたら急にオール軍に追跡されて攻撃されたんです。戦争状態でもないのに王の軍を動かすなんて」
それを聞くと、その男は申し訳無さそうにキースに謝罪した。
「それは、申し訳ないことをした。警備強化をする理由があったのだ。謝って済む問題ではないが」
「そうですよ! 死にかけたんですよ!」
隣にいたヒョウは声を荒げて訴えた。
「それにしても、さっきの爆発音は何ですか。また、そこに倒れている兵隊の方々も……
ここで何があったんですか」
キースは状況を整理する為にその男に尋ねた。
「先ず、王の軍が出陣していたのには訳があった。それは、王の命を狙われている可能性があった為だ。その為、軍を出陣させていた。そこで君たちが王都周辺を飛行していた為、警戒していた軍は君たちを攻撃したということになる。そして、今何があったかは、直接君たちの目で見たほうが早い。こちらへ来てくれ」
キースとヒョウは粉々になった階段を何とか上るとそこには信じられない光景が現れた。
「何だよ……これ……」
キースとヒョウは同時に言葉を放つとしばらく放心状態となった。目の前に移る景色は、
完全に焼け野原だった。全ての建物が崩壊し、焼き尽くされていた。あたりはガソリンのような匂いが立ち込めており、白い煙も所々漂っていた。瓦礫の下からは、身体から引きちぎられた焦げ付いた手首がまるで天に助けを求めるように微かに見えた。
「我々は攻撃を受けたんだ。軍を配置していたが何も出来なかった。一瞬の出来事だった」
キースはその男を見ながら疑問に思っていたことを二つ聞いた。
「王はご無事で……? そして誰がこんな攻撃を……」
「王は殺害された……守り切れなかった。
王の間は高セキュリティであったがそのセキュリティを難なくクリアした。それをいとも簡単に実行したのは……オッドテクノロジー社だ」
「え……」
キースは、それ以上言葉にすることはできなかった。兄がやろうとしていることの中に王都殲滅まであったとはキースの想像の域を超えていた。そして男は続けた。
「私の名はジェイド、隣の男は親衛隊のライと中将のロック。そして、隣の女性は、
この国の姫であるサラ様だ」
ジェイドは逞しい筋肉で胸板も厚くがっちりした体形だ。髭が濃くとても男らしい。ライは細身、高身長で百九十センチくらいはあるだろうか。剣を背中にかけていて、髪はパンクロッカーのようにツンツンとしている。ロックは銀髪でライフルを肩にかけている。体系は細マッチョと呼ばれるものに近いだろう。そして、この国の姫であるサラは金髪で目が青と赤のオッドアイ。肌が白くとても美しい女性だ。
「初めまして。僕はキース、隣はヒョウです」
ヒョウもぎこちなくお辞儀をした。
「王は殺害されてしまったのですね。そして、王都はこのような状態に……」
キースは辺りを見渡しながらそう言うと、悲しそうな表情を浮かべた。
「ああ、そうだ。ちなみに、君たちは王都を通過してどこに向かおうとしていたんだ?」
ジェイドは不思議そうにキースに聞いた。
「僕たちは塔に向かおうとしていました」
「何故? 君たちが塔に向かって何をしようと?」
「塔のシステムを破壊しようとしました」
「何だって? あそこを破壊したらどうなるか君は知っているのか? 君たちは何者だ」
ジェイドは困惑した面持ちでキースに問いかけた。
「はい。知っています。僕はオッドテクノロジー社が行おうとしている“あること”を阻止しようと考え塔を破壊し、AI警察、そしてオッドテクノロジー社のセキュリティシステムを
ダウンさせるべく塔に向かっていました」
「オッドテクノロジー社が行おうとしていること……」
「はい」
そうすると、今まで口を開かなった姫が口を開いた。
「あなた、あの計画を知っているのね?」
サラの声はとても優しかった。
「はい、知っています。そして、オッドテクノロジー社の社長であるオッドは私の兄です。私は兄が実行しようとしていることを阻止しようと社を抜け出し、塔に向かっているところでした。兄は計画を知った私を殺害すべくAI警察を使い、今も私を追っています。ハッキングによって選別の計画を知ることは出来ましたが、まさか王都を殲滅させるなんて……」
「あなたの兄がオッドなのですね。王はここにいる親衛隊以上の限られた幹部にだけ、この計画を話していました。私はもともと選別の計画に反対し、父に何度も進言していましたが全く聞き入れてはくれませんでした。これがこの星の未来の為だと言って……」
「僕も兄と話し合いましたが、兄を説得することが出来ませんでした。そして、兄はその場で僕を殺そうとした。その為に僕は社を逃げ出して何とか兄の計画を阻止しようと……」
「分かりました。今の状況が理解出来ました。あなたの兄であるオッドを止める策はあるのですか?」
「あります」
「それを聞かせてもらえますか?」
キースは、サラに、自分はエンジニアであることやハッキングした際に抑えた情報である、
危険遺伝子と認識された民の肉体は金色の塔の西側にあるエリア十四に保管され、意識データはオッド社のコントロール室の格納器に転送されていること、格納器に保管されている意識に対して最後のスクリーニングを行ったあと真の危険遺伝子と選別された民の肉体、意識は永遠に末梢されること。何としても最後のスクリーニングまでに、塔のシステムダウンをし、AI警察を止め、オッドテクノロジー社に入り込み、コントロール室の格納器から意識を民の肉体に戻さなければならないことを伝えた。全て聞き終えるとサラは落ち着いた声でこう言った。
「共に協力して戦いましょう。この星の未来の為に」
<三年前>
サラは配下の兵士を振り切って王の間へ足早に向かっている。
「サラ様、お止め下さい。この先は入ってはいけません」
ジェイドがサラを止めようするがそのまま突っ切ってしまう。
「お父様にお話があるの! 邪魔しないで!」
サラはそう言うと大蛇の模様が入った大きな扉を開き王の間へ入っていった。
「お父様!」
大きな声でサラが王に話かけると、何事も無いように王は冷静な声で答えた。
「サラ、何事だ。こんな朝早くから」
「お父様がやろうとしている計画はおかしい! 今すぐ中止して!」
サラは物凄い剣幕で王に対して進言した。
「何を言い出すかと言えば、またその話か。前にも話したがこれは中止することは出来んのだよ。サラ、きちんと物事を理解して欲しい」
諭すように王はサラに伝えた。
「理解出来る訳無いじゃない。民を何だと思っているの!? 私たちが人工的に選別することなんて許されることじゃない。友人や家族だって引き裂かれる。死んでしまう民が、何億人と出る可能性があるのよ!」
「サラよ、友人や家族の記憶もしっかりコントロール出来るのだ。家族や友人の一人が選別でいなくなっても残った方の民の記憶からは選別された家族や友人の記憶は消去される。
“もともと存在しなかった”ことに出来るのだ。
パニックとならぬよう、しっかり手は打っておる。心配ご無用じゃ。これは我々の星が次のステージに向かう為に必要な選別なのだ。今までの歴史で何度も、何度も度重なる戦争、テロ、犯罪が行われてきた。私の父も最後の世界大戦で命を落としている。先ずは民の選別を行い、次のステージに進むべき優秀な遺伝子のみ残す。そして、我々は永遠の幸福、理想郷を手に入れるのだ。そしてお前はそこの女王となるのだ」
全て聞き終えると、サラは涙を浮かべ、声を震わせながら一言呟いた。
「歪んでいるわ」
それを聞くと王はさらに話を続けた。
「何と言ってもらっても構わん。しかし、全て正論だけでは世の中を変えることは出来ないのだよ。いずれお前が私の跡を継ぎ、女王として君臨する時に私が行った偉業を讃えてくれると信じている。これからは、さらにオッドテクノロジー社と手を組み、選別後はさらなるエンターテイメントを提供し、楽しい毎日を民が過ごせるようにしていくのじゃ。経済も初めは切磋琢磨して世の中は発展したが、AIが登場したことにより、もう民が努力した所で以前のように切磋琢磨することは出来なくなった。努力をしても所詮民の能力ではAIには勝つことは出来ない。もうそれは健全な切磋琢磨とは言えない。結果、民は仕事を失った。それならばせめて民が楽しい毎日を過ごせるように、エンターテイメントを提供して他に充実出来ることを提供していく。こんなに民を思っている王は他にはいないと思うがな」
「理解出来ない!こんなこと許されるわけない!」
そう言うと、サラは王の間から走り去っていった。
王はその姿を見つめながら、自分の父が目の前で無残にも殺された情景を思い出していた。今でも繰り返し夢の中に映し出される光景。忘れようとしても、消し去ろうとしても出来ない父の瞳から流れたあの最期の、最期の一筋の涙。
あの日、あの一筋の涙の向こうに誓った真の平和。
——必ず実現させてみせる——
絶対に自分の大切な娘にはこんな悲劇を味合わせまいと王は心に誓っていた。
<同志>
キースはもう一度、ガラクタを集め飛行船を作っていた。その姿を見ていたサラはキースの才能に驚きを隠せなかった。
「キース、あなた何者なの? いくら何でもガラクタからこんなものを作り出せるなんて理解出来ないわ……」
ジェイド、ライ、ロックも目を丸くして作業を見守っている。
「サラ様、こんなことは慣れですよ、慣れ! 習慣です」
キースは自分がAIロボであることが悟られないようにあくまで努力で作れるようになったことを強調した。
「私は何度やっても作れるようになる気がしないわ。それより、サラ様っていうのも、敬語もこの際止めましょうよ。これから一緒に戦う者同士。仲間としてサラと呼んで」
そうすると、横からジェイドが口を挟んだ。
「サラ様、それはいけません。私たちに対してはともかく、あなたはこの国の姫なのですよ」
「ジェイド、私たちはキースがいなければこの先戦うことが出来ないわ。そして、何よりもお姫様をやっている状況ではないの」
ジェイドは何かを話そうとしたが、サラの勢いに押され黙り込んだ。
「サラ様、あっ、サラ……飛行船がもうすぐ出来ます……もうすぐできるよ!」
ジェイドの表情も少し気にしながら照れた表情でキースが言うと
サラは笑顔でこう言った。
「うん、その方がいい! ありがとう、キース」
サラは満面の笑みで応えた。
少しの時間が経過し、飛行船を作り上げたキースは作戦会議を開いた。
「これから作戦を伝えていこうと思う」
キースは位置を把握する為、デジタルマップを広げると細かく作戦を話し始めた。
「先ず、予定通り王都から北へ向かい、AI警察を避けながら金の塔へ入る。そして、AI警察、オッドテクノロジー社のセキュリティシステムを一部ダウンさせる。そうする事でオッドテクノロジー社の内部に侵入する事ができる。システムをダウンさせた後は、チームを二つに分ける。一つのチームはエリア十四にて全ての国民の肉体を救出する役割。意識を取り戻せたとしても敵に国民の肉体を掴まれている以上、何をされるか予想出来ないからね。一度はスコア化にて危険遺伝子と認識された民の肉体だから、最悪のケース全部消される可能性だってある。もう一つのチームはオッドテクノロジー社に向かい、格納器の中の意識を肉体に戻す役割。AI警察を止めたとしてもエリア十四にもオッドテクノロジー社にも敵は存在する。その為、ガラクタから作ったものだけど……ここに武器がある。ぜひ活用して欲しい。AIを搭載しているから二倍近くの確率で敵に攻撃が当たりやすくなる」
そこには地球で言うところの銃、ライフル、槍、剣に似たデザインの武器が置かれていた。簡単に言うと、通常の武器に比べるとAIの自動調整機能がある為、二倍近く攻撃が当たりやすい仕様だ。
「攻撃が当たりやすくなるのは有難い。是非活用するよ。それと、AI警察の対策は他に考えているかい? 何よりも数が多い」
親衛隊のライが口を開いた。
「それには僕に考えがあって、このアイテムを使用する」
そう言うと、キースが手に何やら青い水晶を持っている。
「……ん? 何だ? それは?」
中将のロックは不思議そうに呟いた。
「これは、AI警察の動きを一時的に止めるアイテムだ。全部で四つある。もちろん、金の塔のシステムをダウンさせないと根本的な解決にはならないけれど、AI警察は配置されているだろうから一時的にでも止めなければならない」
それを聞いてジェイドはキースに一つ確認した。
「その青い球で、一時的に止めて金の塔に入り込んだとしてシステムは確実に止めることは出来るのかい?」
「大丈夫! あのシステムの土台を作ったのは僕だから。絶対に止めることが出来る」
「君は優秀だな。任せたぞ」
ジェイドは安心した面持ちでそう伝えた。
「でも、どのように攻め込むの? 正面突破ということにはならないよね? さすがに……」
ヒョウは心配そうにキースに尋ねた。
「それは、万が一に備えて、塔を全員で囲むようにして僕たちの配置を分散させる。僕が塔の真正面、塔の真後ろがジェイド、塔の正面から右がロック、塔の正面から左側はライ。サラとヒョウはジェイドの後方で待機していて欲しい。」
それを聞くとサラは口を挟んだ。
「私はキース、あなたと行くわ! 私はこう見えても戦える! 大丈夫!」
そうすると、すかさずヒョウも体を乗り出して言った。
「僕だって戦える! 大丈夫だよ!」
それを聞くと、キースは真剣なまなざしで答えた。
「分かってる。しかし、これは戦争だ。少しでも確率を上げる必要がある。気持ちだけは嬉しいけれど……」
「でも……うん……分かったわ、キース。あなたに、あなたに従うわ」
反論したそうなサラだったが少し考えてから答えた。
「ありがとう、サラ。それではさっそく向かうとしよう!」
キースがそう言うと、飛行船に乗り込み、飛行船に意識転送した。そして、ヒョウ、サラ、ジェイド、ライ、ロックも乗り込んだ。
<焦り>
いつも通り誕生日席に座しながら、会議室にてオッドは幹部に話しかけている。
「キースはまだ捕まらないのか」
幹部の一人が口を開く。
「はい。まだ捕まえることが出来ません」
オッドはキースの才能に恐怖を抱いていた。
それは自分の想像をはるかに超えた製品を今までも生み出してきたからだ。
今まで沢山の製品を生み出し、今のステージまで上り詰めるにはキースが必要だった。
そう、エデンプログラムを構築する為だ。しかし、今ではキースが邪魔になった。AIロボだとしてもキースには感情がある。そして、その考えはオッドとは異なる。
一日も早く消したい。
オッドはそう考えていた。
色々な策を考えるうちに一つの方向性がオッドには見えてきた。
自分達を潰す為にキースが行う事。
もしも、自分がキースの立場なら何を行うか。
それを考えると一つの答えに辿り着いた。
それは、金色の塔。
そこのシステムを破壊するのでは無いか。しかし、AI警察がいる中でそれを行うことは出来るのか。いや、キースならやりかねない。そう考えたオッドは幹部にこう伝えた。
「金色の塔の配備を強化せよ。もう五万AI警察を増やしセキュリティを強化せよ。そして、ノウェル、エリア十四へ向かえ」
「承知致しました、オッド様」
彼女は不気味な笑みを浮かべながら静かに答えた。
<金色の塔>
キース達は金色の塔付近まで到着し着陸した。キースは肉体に意識を戻し飛行船はカプセルに格納してポケットにしまった。金色の塔周辺は森に囲まれている。その森の中心に千二百六十八メートルの金色の塔がそびえたっており、金色の塔から西側に向かうと肉体の保管場所であるエリア十四がある。
「みんな、それでは当初の予定通りの配置に着こう。このAI警察を止める装置は即席で作ったものだから約三十分しか効果が無い。しかし、この装置を天にかざすことでAI警察の動きを止めることが出来る。また、これからはリモートで連絡を取る必要があるからこの装置を耳につけて欲しい」
キースはそう言って、青い水晶と小さなイヤフォンを渡した。
「それでは、早速配置に着こう」
ジェイドは落ち着いた声で言った。
「承知致しました、ジェイド将軍」
そう言うとライとロックも準備を開始した。
「絶対にオッドの計画を阻止しましょう。私達なら出来る。そう信じて」
サラがそう言うとすかさずヒョウが呟く。
「本当に上手くいくかな……」
「ヒョウ、心配な気持ちは分かる。しかし、ここで逃げてもいずれは殺されるだけ。それならば最後まで一緒に戦おうじゃないか!」
キースはヒョウの目を真っすぐ見つめながら言った。
「そうだね、キース。ただ待っていても何も始まらない。やろう! やってやるさ!」
そう言うと暗かったヒョウの表情は明るくなった。
「よし! 行くぞ!」
キースがそういうと、それぞれは配置に向かった。全員予定通り、金色の塔を囲むように
キースが塔の真正面、塔の後ろがジェイド、塔の正面から右がロック、
塔の正面から左側はライ、サラとヒョウはジェイドの後方で待機している。
「何かがおかしい、AI警察が見当たらない」
キースがそういうと、ロックが反応する。
「確かにこんなにも警備がないのはおかしい」
「これは何かの罠かも知れない、十分に用心していこう」
ジェイドがそう言うと、真上から何やら音が聞こえる。まるで台風のような風音だ。その音の先を見るとなんと、約五万のAI警察が向かってくる。AI警察タイプの中でも最新の翼がある型で全身は銀色だ。よって、飛行しながら攻撃を仕掛けることが出来る。
「この最新タイプをすでにこの数用意していたなんて、兄さんやるじゃないか」
そういうとキースは予定通り青い水晶を天にかざした。
すると瞬く間にAI警察の動きが止まった。
「僕はこれから塔の内部に侵入する。プログラムを解除するまで外で待機していて欲しい。しかし、AI警察はこれで全部かは分からない。もしも、何かあったときには青い水晶を使って!」
そういうと、金色の塔にキースは侵入していった。しかし、その瞬間残りのAI警察五万が地底から現れた。
「何体いるんだよ、早めに青い水晶で動きを止めないと!」
そういうとジェイド、ライ、ロックは青い水晶を天にかざした。AI警察はまたもや一瞬で動きを止めた。
と、思ったのも束の間、直ぐに動き出した。すると、AI警察は熱線型ライフルを乱射してきた。
ダダダダダッダダ
辺り一面に銃声が鳴り響く。ジェイドは真正面から攻撃を受け、そのままその場所に倒れ込んだ。
<内部>
金色の塔に侵入したキースはコントロール室まで走っていた。
金色の塔内部は、中も全て金色だ。その中にコントロール室があるというシンプルな作りだ。
この場所も高セキュリティではあるがキースは全て熟知している為、一つひとつ難なくクリアした。
そして、コントロール室に入ると、金色の水晶が透明なガラスケースの中に収められていた。これを止めれば、AI警察を根本的に止めることが出来る。そして社の防御システムも一部ダウンさせることが出来る。キースはセキュリティ解除のためのコードを打ち込み始めた。しかし、セキュリティを解除することが出来ない。そんな時通信機が鳴った。
「キース、マズイ。AI警察が止まらない。この装置で一時的に止めることが出来たんだが
直ぐに動き出してしまう!」
ロックのその言葉を最後に通信が途絶えてしまった。キースは再度ロックに通信をつなげようとするが繋がらない。そこでジェイドに繋ごうとするがジェイドにも繋がらない。全員との同時通信に切り替えるがやはり同様に繋がらなかった。
「マズイ、早くしないと。兄さんはAIが止まらない設定まで入れたんだ……まさか解除システムまで埋め込んでいたとは」
キースは気を取り直し、急いでセキュリティを解除しようとするが、一向に解除されない。
「何層にも渡ってセキュリティを張っている。以前のセキュリティシステムをさらに発展させて作っている……」
キースは全てのセキュリティシステムを一つずつ解除しているが時間が掛かり過ぎる。
「こんなことをしていたら何日もかかってしまう……何とかしなくては……
ん? これは……そ、そ、そうか! もしかして……そういう事なのか!」
プログラムのある仕掛けに気づいたキースは直ぐに操作手順を変えた。
<戦場>
……………………
…………………………………………
………………………………………………………………
「いてぇ……」
ジェイドはAI警察の銃を受けていたが、自身の鎧によって守られていた。銃の威力が強く少しの間気絶をしていたが、目を覚ますとすぐにAI警察に青い水晶をかざした。AI警察は一瞬止まるが直ぐに動き出す。その動きに合わせてジェイドはキースから与えられた熱線銃でAI警察に攻撃をした。
ズドドドドドドドド!
AI警察はバタバタと倒れていく。
「さすが、キースの野郎が作った武器だ! 命中率、そして何より威力が凄いぜ!」
ジェイドは通信を繰り返し、やっとライには繋がった。
「ライ、無事か?」
「ジェイド将軍、何とか無事です! 三十分効果があるはずの青い水晶ですが効果が無く、熱線型ライフルで攻撃をしながら逃げている状況です」
「ライ、青い水晶をかざした後に少しの間だけAI警察は動きが止まる、その隙に攻撃を仕掛けろ!」
「将軍、承知しました! その方法でやってみます!」
「ライ、親衛隊の意地を見せてやれ! ロックの奴にも連携をしてくれるか! 私は姫のもとに向かう!」
そう言うと、ジェイドはすぐにサラとヒョウの元に向かった。
「キース頼むぞ! これ以上、長引くと我々も持たない……」
金色の塔を見つめるとジェイドはそう呟いた。
<危機>
「どうなっているんだよ! 全然効果が無いじゃないかよ!」
ヒョウがそう叫びながら全力で走っている。
「今は全力で逃げ切るの! キースがシステムを止めるまでの辛抱よ!」
サラはヒョウを元気づけるためにそう言った。
しかし、何百のAI警察がサラとヒョウを追いかけてくる。そして、ライフルの乱射で攻撃を仕掛けてくる。木の陰に隠れながら、時々、サラとヒョウは熱線型ライフルで応戦しながら何とか逃げていた。
「サラ様」
声の主の方向に顔を向けるとそこにはジェイドがいた。
「ジェイド! 無事だったのね!」
「はい! 姫もご無事で何よりです! ヒョウも大丈夫そうだな!」
「はい! 何とか生きてますよ! しかし、このままだといつ死んでもおかしくないです!」
「そうだな、先ずはこのAI警察を振り切って逃げ切ろう! ライ、ロック聞こえるか?」
ジェイドは同時通信をした。
「将軍、こちらロックです! 先ほど、ライと合流しAI警察に応戦しております! 将軍のアイディア通り一度水晶をかざして一瞬動きを止めた所でその隙を狙って一気に攻撃をしかけております! キースの武器がかなり強力でAI警察を一撃で仕留めることができています!」
「そうか! それを聞いて安心した。こちらは姫、ヒョウと合流した。あとはキースがシステムを解除してくれるのを待つだけだ!」
「そうですね! 彼を信じましょう!」
ロックは金色の塔を見つめながら言った。
そして、心の中で願いを込めて祈った。
「頼むぞ、キース」
<解除>
セキュリティを解除する中でキースはある仕掛けに気づいた。セキュリティを解除すればするほど、さらに強力なセキュリティが発動する。キースの解除するスキルを学習しセキュリティはさらに強化されていく。
「そうか、兄さんやるじゃないか。セキュリティシステムのディープラーニング応用か。しかも僕が工夫すればするほど、それを上回るセキュリティシステムを自動生成していく。それならば、僕はその逆をすれば良い。そう。このシステムにロックをかければ良い」
キースは、もともとのロックをもう一度かけなおした。
ピピピピピピ
機械音が鳴ると画面には“解除”と表示された。
「よし、これであと少しだ!」
キースは、AI警察をダウンするシステムとオッドテクノロジー社のセキュリティシステムを全て破壊した。
「何とか出来たぞ! よし、戻るぞ!」
全力で走っていると物凄い爆音と共に金色の塔が揺れ始める。
……………………
何だ? これは……
もしかして、
兄さんはこうなった時は金色の塔を破壊させるつもりだったのか?……………………
地面が揺れ、天井が剥がれて金色の壁が落ちてくる。
キースは走り続ける。
しかし、全方向から壁が崩れて襲ってくる。すれすれで躱しながら前へ進むが、一部の壁がキースにぶつかる。
「いてぇ! ちくしょう!」
左腕から血が流れている……
「もう少し、もう少しで出口だ! このまま進むぞ!」
しかし、入り口が揺れのせいで崩れかかっている。
「あの扉がふさがれたら他に出る場所は無い、何としても突っ切る!」
キースは崩れかかった出口の扉に思いっきり飛び込んだ。
<信>
AI警察は剣でジェイドの胸を刺そうとしたところでピタッと止まった。
「動きが止まった。ということは、キースの奴、成功したな」
ジェイドの険しい表情が緩んだ。しかし次の瞬間、金の塔が大きな音を立て崩れ始めた。
「早く助けにいきましょう! キースが危ないわ!」
サラがそう言うとジェイドは金色の塔を見ながら
「あそこまでの倒壊であれば今から救い出すことは出来ないです、側に行くことさえも。ここはキースを信じましょう!」
「でも! 私はキースが心配。私は行くわ!」
サラがそう言うとすかさずヒョウがサラの手を掴む。
「サラ、それは駄目だ。ジェイドさんが言うように危険過ぎる。僕たちはキースを信じて待とう。大丈夫。彼は必ず来る」
<指令>
金色の塔のシステムダウンをされた後、オッドは冷静さを装っているが内心怒りが収まらない状態だった。
「ノウェル、今どの辺りだ」
「オッド様、間もなくエリア十四に到着致します。AI警察は全てダウンしておりますヨォ」
——キース……お前というやつは……自分で作っておいていうのも何だが、素晴らしい作品だよ。しかし、私が思い描く世界にオマエはいらない——
「ノウェル、エリア十四は任せたぞ。最後のスクリーニングを実施し、真の悪性遺伝子が炙り出され次第、該当者は正確に肉体を消去せよ。それ以外は優秀な民であり、これからの国の発展に必要な連中だ。大切に保管せよ。最後のスクリーニングが終われば優秀な民には意識を戻し私が作り上げる新しい世界の住人として迎え入れるのだ」
「オッド様、承知しております。お任せ下さい」
「ノウェル、頼んだぞ」
「承知致しました」
ノウェルがそう言うのを聞くと、オッドは少し微笑み、通信を切った。
「ベイン、それでは最後のスクリーニングを開始する。準備は良いか? 何より選別にミスはあってはならないぞ」
「はい。精度を上げる為にかなり時間が掛かりましたが、やっと準備が整いました。それでは、最後のスクリーニングを開始します」
そう言うと、ベインは目の前の何も無い空間に指でひし形を描いた。そうするとそこにディスプレイが表示され、画面の中のクリスタルレッドのボタンを押した。
「開始いたしました。予定通り今から四十八時間で最終スクリーニングは完了します。良性遺伝子であるならば予定通りエリア十四の肉体に意識を戻します。悪性遺伝子である者は肉体、意識を全て消去致します。良性遺伝子の民の知人が悪性遺伝子で消去される場合、消えたことによるショックを強く受ける可能性がある為、良性遺伝子の民から悪性遺伝子の知人との記憶を消去します。それにより知人が消えてしまったという混乱は起こらなくなります。オッド様、間もなくオッド様の世界が、理想郷エデンが完成致します。おめでとうございます」
「ベイン、あとは必ずここにキースが来るだろう。キースを消してこそ確実に新世界がやってくる。最新の兵器で迎え撃とう」
「承知致しました」
そういうと、ベインは他の幹部を引き連れ、会議室を後にした。その後、オッドは独り社内の窓から外を眺めこれまでの記憶を巡らせた。
両親との思い出、シェリーとの思い出、キースを作った日のこと、キースと共に遊んだり、システムを開発した日々のこと。遠い昔のことも今起きているかのように思い起こされた。しかし、彼の考えが変わる事は無かった。自分がこれから行うことについての覚悟を胸の中に持っていた。その覚悟を今一度確かめると、オッドは遠い空の向こうにいるであろうキースに向かってこう言った。
「キース、お前の覚悟を見せてみろ」
<生きる>
サラ達は合流後、不安な気持ちを抱えながらキースの帰りを待っていた。
その時、遠くから人影が近づいてくる。ジェイドはその人影に向かって走っていく。
「キース! キースだ!」
ジェイドは後方にいる皆にそう伝えた。サラは急いで走ってキースの手を握った。
「キース、大丈夫!? こんなにケガをして……」
キースの腕からは血が流れていた。
「サラ……大丈夫……ではないけど……というのは冗談……大丈夫だよ」
「もう、ふざけている場合じゃないわ! 早くこちらで休みましょう」
サラはキースの肩を支えながら並んで歩いた。
「少し先に洞窟があるわ。あそこで少し休みましょう」
サラがそう言うと、ライとロックが駆け出し、洞窟の中を偵察に行った。
「姫、大丈夫です! この近辺に敵はいない模様! スペースも十分にありますので大丈夫です!」
ロックがそういうと全員が洞窟の中に入った。
「今夜はもう遅いから食事と休息をしよう」
ジェイドがそう言うと、焚火を用意し料理を始めた。
彼は、いつでも戦争に対応できるように城内で配布されていた小型システムである『デジタル焚火』を使用し火を起こした。
デジタルではあるが、普通の炎と変わりなく暖かく、そして、料理なども出来る。料理も彼が所持していた非常用小型システムを使用した。
小型カプセルの中に食器、食材などのすべてが収納されている。彼はカプセルを起動し、それらを取り出した。食器にはAIシステムが内臓されており、今ここにいるメンバーに必要な栄養を察知し自動で料理を作ってくれる。今夜の食事は、地球でいう、すき焼きに似た料理だった。湯気が立ち、甘い匂いが立ち込めている。
「よーし! みんな! 食べるとしよう!」
ジェイドがそう言うと皆同時に食べ始めた。
キースはジェイドが手際よく料理の準備をしてくれた姿を見て『父親というのはこんな風な感じなのだろうか?』とふと想像していた。ジェイドには何というか親分肌のような雰囲気を感じさせる皆を包み込むオーラがあった。
皆が料理を食べ終わると疲労からかすぐに眠りについた。
しかし、キースは一人寝つくことが出来ずにいた。
——僕は、オッドの復讐の為に、憎しみの中から生まれて来た。
僕は、オッドの戦いの為にだけ存在する兵器。それ以上でもそれ以下でもない。
僕の生きる道には明確な答えがある。それは民を選別し殺戮する為の技術を生み出すこと——
彼はこの思考を何度も何度も頭の中で反芻していた。事実を受け入れられなかった。今まで信じていたものが全て嘘だったことを知り、何度も何度も乗り越えようとしていたが、それを上回る速度で繰り返し、繰り返しこの思考が侵入してくる。しかし、彼は自分に出来ることを深く、深く考えた。『今の自分に出来ること、それは民を救うこと。このまま戦いに負けてしまえば僕は確かに殺戮兵器のままだ。でもこの戦いに勝つことが出来れば……僕は……僕は……』そう考えているといつの間にかキースも眠りについてしまった。
少しばかり時間が経過しキースが目を覚ますと、サラが焚火を見つめながらずっと考えごとをしている様子だった。
「サラ? 寝てないのかい?」
「うん……何だか目が覚めちゃって……」
「そうか……今日は本当に大変な一日だったからね……」
「うん……でもキース、あなたが一番大変だったじゃない。私は大変だなんて言えないわ……」
「みんな、それぞれの場所で全力を尽くして頑張ったんだ。比べることなんて出来ないさ」
「そうね…」
「サラ、君はこの戦いの先にどんな未来を見る?」
「未来?」
「うん」
「そうね。この戦いをもう最後の戦いにして宇宙にある星全体でも未だ到達したことの無い平和な世界を手に入れたい。どこの星も戦争、戦争、戦争の繰り返しだもの。キースは?」
「僕もそうだよ。僕はオッドテクノロジー社のオートメーション技術を開発してきたけれど、
実は星や太陽を作り出す技術も研究していたんだ。もう九十九%仕上がっている。これからもし人口が増えてもこの技術があれば大丈夫さ。それと、これなんだけど、通信機になっているんだ。遠い宇宙にでも通信出来る。今後、どこかの宇宙で同じように生きている民がいたら会話してみたいな……なんてね。子供みたいだよね。でもこれが男のロマンってものさ! なんちゃって……。
そして、将来的にはオッドテクノロジー社のサービス全てを無料で提供したい。そう考えている。これを王族のきみに言うのは心苦しいけれど……」
それを聞くとサラは笑顔で答えた。
「王族は通貨を発行する権限があって、その通貨の供給で民をコントロールしている。
その部分は私もずっと疑問で父に何度も話をしたことがあったけれど何も聞いてはもらえなかったわ……。でも、もう王族だって貴族だって壊滅してしまった。これは新しい時代へ向かう良いきっかけだと思うの」
キースは王族に通貨発行権廃止を伝えるのは非常識であると思っていた為、サラがこのように答えたことに驚いた。
「サラ、君のような姫は新しいと思う。とても柔軟な思考の持ち主なんだね。軽蔑されてしまうかと思ったよ。実際に僕はずっと思っていたんだけれど、このAI技術もオートメーション技術もオッドテクノロジー社だけで作ったわけではない。そもそもこの星が生まれて過去にあらゆる民、先人が創意工夫を重ねたその延長に出来た技術。もちろん、オッドテクノロジー社は最後の一社として競争を勝ち抜いてきた訳だけれど、この先もずっと独占して良いとは僕は思わなくて。だから、このオッドテクノロジー社のサービスを無料開放して全員でシェアして生きていきたい。そう考えている。過去から続く民の英知をこれから全員で共有していくことが重要だ。大昔の民が川の水を飲んだり、木の実を食べていた時のように。AI、オートメーション技術、例えば料理でも車でもゲームでもすべて無料で利用できるようにする。我々はもう仕事をしなくても生きていける時代まで来たんだ。あとは本当にやりたい事をみんながやっていけば良い。絵を描きたい者は絵を。歌いたい者は歌えばいい。料理に興味がある者はオートメーション技術で学びながら。次はあえて自分で作ってみるというのもありさ。治安だってAIによって守ることが出来る。新型のウイルスだってAIテクノロジーによって解析し自動でワクチンを開発することだって可能さ。隕石の衝突だって未然に防げる。だから兄がやろうとしているこの世界の民を選別し、そして今後支配しようとしていることが僕には理解出来ないし、何としても阻止しなくてはいけないんだ」
「キース、あなたの考えに賛成よ。私は王政を廃止したいとずっと考えていたの。誰かが誰かを支配しているとそれに不満を持った誰かがまた支配しようとする。その循環を断ち切りたい。だから、この星に王はもういらない。そう思っているわ」
「サラ、女王になれなくて良いの?」
キースはいじわるな質問をした。
「なれなくていいわ。私はもう覚悟が出来ているのよ。何度も何度も父と話してその度に決裂してきたんだから」
サラは過去に父である王と度重なる口論をしたあの日々を思い出しながら言葉を絞り出した。
「そうか。僕も兄と話したけど説得することが出来なかった。悔しいけれど。でも、こうして君に出会えて、サラとなら新しい世界を実現出来る気がするよ」
「そうね。必ず一緒に実現しましょう! それと……」
「それと?」
「その通信機とても綺麗ね」
「そうでしょ? いつか君にあげるよ」
「ありがとう。必ずだからね」
「うん、約束するよ」
そう言うと二人は手と手をゆっくり合わせ握手を交わし、平和への誓いを立てた。
<突撃>
洞窟の中に太陽の光がかすかに入り込んでいる。
セルカーク周辺には特大とも言える太陽があり、これがとても眩しい。地球付近の太陽の約二倍近くはあるがセルカークと太陽の距離は、地球と太陽の距離と比較するとそれよりは遠い。だからこそ干からびずにはいるが、地球の日差しよりも強く、まるで太陽がすぐ隣にあるようだ。
「さぁ、みんな起きて! これから作戦会議を行うよ!」
キースの声が洞窟に響き渡る。
ゆっくり皆が目を覚ますとキースはデスクに作戦を入力したタブレットを設置した。
「予定通りチームを二つに分ける。一つのチームはエリア十四で肉体を救出する役割。
ここからさらに西側にいくとその建物がある。もう一つのチームはオッドテクノロジー社に向かい、格納器の中の意識を肉体に戻す役割。エリア十四には、僕以外のみんなで行って欲しい。オッドテクノロジー社には僕一人で向かう」
「キース何を言っているの? 一人で行くなんて正気? 有り得ないわ!」
「でも、意識転送の処理が出来るのは僕しかいない、そして、社の内部に精通しているのは僕だし、一人だと小回りが利く」
「何故、君一人で背負い込む必要があるんだ。僕が護衛でついていく」
親衛隊のライが口を開いた。
「そうよ、キース! あなただけで向かうのは危険過ぎる! オッドテクノロジー社には私とライが一緒に行く!」
「でも……」
キースが戸惑っていると
「じゃ決まりだな! さっそく出発しよう!」
ジェイドが大きな声で号令をかける。
「それでは、オッドテクノロジー社へは僕、サラ、そしてライ。エリア十四にはジェイド、ロック、ヒョウで向おう!」
キースもジェイドに負けない声で号令をかけた。
「なんで俺はエリア十四なんだよ!」
ヒョウがキースに問い詰めた。
「ヒョウ、君はレインが目を覚ました時に側にいてあげた方が良い。君にしか出来ない大切な、大切な、任務だよ」
「そうだけど……うん……そうか……そうだよね! 分かったよ」
ヒョウはキースの意図を汲み取り返事をした。
「いよいよ最終決戦だ。絶対に生きて、またこの場所で会おう!」
キースが皆に伝えると全員は手と手を握り締め励まし合った。
「我々ならこの難局を必ず乗り越えることが出来る! 自分たちの力を信じようじゃないか!」
そうジェイドが言うと、全員は目と目を合わせ頷き、二手に分かれてそれぞれ目的地へ向かった。
<十四>
ジェイド、ロック、ヒョウはエリア十四に向かっていた。
十四……これはオッドの誕生日、そして、シェリーと月のドライブに行ったあの日、そこから取られている。十四日。それはオッドに取って忘れられないとても大切な日。オッドがシェリーのことを一生忘れないその想いから名付けられた。
森の中を歩きながら三人は色々な想いを胸に前進していた。
「あの……ジェイドさんとロックさんは王国の方ですよね。王国は強者揃いと聞いています。その中でもあなた方はかなり強いですよね……」
「我々は王家を守る為の軍人だ。強くて当たり前だ」
ロックはそう言って説明を続けた。
「ジェイド様は将軍だ。軍のトップ。前回の戦争にて武勲を上げられ将軍になられたお方。
私は中将で、ライは親衛隊。親衛隊は特に戦闘力が高いメンバーが配置されている」
そうロックが説明しているとジェイドも後に続いて補足の説明をした。
「中将以上は戦闘の才能以外に人を束ねる力も必要だ。中将の中でも親衛隊出身のロックは一番の強さを持っている次期将軍候補だぞ」
そうジェイドが説明をしていると真っ黒なキューブ型の建物が見えて来た。
目の前に現れたのは、エリア十四。
入り口に近づくと、扉だけは真っ白だった。
「これがエリア十四か……何だか不気味な建物だな」
ヒョウが建物を見上げながら初めに口を開いた。周りにはAI警察が配備されているが金の塔にてシステムダウンをしている為、AI警察は直立不動状態だった。
「よし入ろう」
そうジェイドが言うと三人は中に入った。
「何だ……これは……」
ロックは目の前に広がる光景に唖然とした。目の前にはドーム状の空間が広がり宙に浮いたカプセルベットに民が個別に寝かされている。外から見るエリア十四の大きさと内部はまったく異なり、宇宙レベルともいえるような壮大な空間がそこには広がっていた。
「ようこそ。皆さーん」
遠くから声が聞こえる。
「誰だ!」
ジェイドが大きな声で壮大な空間に呼びかける。
「私の名前はオッドテクノロジー社 CTO ノウェル。初めまして、皆さん。さっそくですが、ここから先は立ち入り禁止ですヨォ。お引き取り下さい」
彼女は顎の下にある二つのイボを掻きながら言った。
「そうはいかない」
ジェイドがそう答えた。
「ここは関係者以外立ち入り禁止なのでね。早く出ていかないとそれなりの対処が必要なるんですがね」
「出来るもんだったらやってみろ!」
ロックはノウェルに挑発的な態度で言い放った。
「仕様が無いですね、困りました。それでは、執行役員の皆さーん、この人たちを排除しておしまいなさい」
そうノウェルが言うと、真っ黒なスーツと真っ赤なネクタイをした二人の男が彼女の後ろからやってきた。
「ショウチイタシマシタ」
そう言うと二人はジェイド、ロック、ヒョウに両手を大きく開き、長い爪で襲い掛かってきた。
<オッドテクノロジー社>
キースはポケットからカプセルを出し飛行船を起動。意識転送をして飛び立った。飛行してから一時間程度が経過し目の前にオッドテクノロジー社が見えて来た。
「久しぶりだな、ここに戻るのも」
飛行船のスピーカーからキースの声が聞こえた。運転席ではキースはどう見ても寝ているように見える。サラもライもとても不思議そうだ。
「いよいよね」
サラがそう飛行船に話しかけると
「そうだね、そろそろ着陸するから二人ともしっかり捕まっていてね」
そういうとキースはオッドテクノロジー社付近に着陸した。金の塔でシステムをダウンさせている為、本来、会社全体をを包み込んでいるバリアは全て解除されておりスムーズに付近に着陸が出来た。意識転送を解除し肉体に戻ったキースは飛行船から降りると。よく使用していた秘密の地下道へ二人を案内した。
「ここからいけるのか?」
ライが不思議そうにキースに問いかける。
「大丈夫、ここの道は僕が内密に開発したワープゾーンなんだ。この先にオッドテクノロジー社の中枢であるコントロール室がある。そこで意識を肉体に戻すことが出来る」
真っ暗な道をひたすら歩き続けたその時、後方から声が聞こえてきた。
「キース様、お久しぶりです。こんな所で何をされているんです?」
振り返るとそこにはベインがいた。
「ベイン……何故この場所を知っている?」
キースは自分以外にこの場所を知っている者はいないと想定していた。何よりこの空間を作ったのは自分であり、その空間に入ることが出来るのは自分が設定した人間のみ。
つまり、キース、サラ、ライだけだ。
「キース様、私はあなたが何らかの仕掛けを社内にしていると推測し、あらゆる場所の捜査をしていました。そう、オッド様の命令で。その中でついにこの場所を発見しあなたが社に来る時には間違いなくここから侵入してくると読んでいました。特殊なシステムですね。色々試しましたが私以外の幹部は入る途中で圧縮され死んでしまいました。残念、残念」
「そうかい。ベイン、死を覚悟してまでここに入るとは。さすが兄さんが認めただけある。しかし、僕の邪魔はするな。僕が言えることはそれだけだ」
キースはそう答えるとベインは顔の表情を変えずにこう伝えた。
「もし、邪魔をすると言ったら?」
「その時は力ずくでこの先に進む!」
キースはそう言うと持っていた剣でベインに切りかかった。しかし、ベインは余裕の表情でキースの攻撃を躱した。
「キース様、光の粒一つひとつを細かな小さな刃に変えて集合させ、一本の剣を作り出すとはさすがですね。逃げ回った場所には大した素材も無かっただろうに。ここまで出来るとは。もし当たっていたら、その何億という細かな光の刃が私の身体を切り刻み今頃私は致命的な傷を抱えていたでしょう。でも、頭脳で私に勝つことが出来ても実戦の武術で私に勝つことは出来ない。そして、こうしている間にも君が恐れている最後のスクリーニングは終わりに向かっているのです。君にモタモタしている時間は残されていない。さぁ、どうする? キース」
キースはもう一度、ベインに切りかかろうとするがライがそれを阻止してキースに言った。
「ここは任せろ。この動きからしてこいつは間違いなく手強い。私に任せろ! お前は姫をつれて先を急げ!」
「ライ! それは出来ないよ!」
「いいからいけ! 最後のスクリーニングが終わってしまっては全て台無しだ!」
ライはそういうとキースの背中を押した。
「ライ、すまない! 必ず、必ず兄を阻止してみせる!」
キースがそう言うと、サラもライの方を見てエールを送った。
「ライ、アナタなら必ず勝てる、親衛隊の名にかけて」
「姫、お任せください! 必ず奴を倒し姫の元へ向います!」
「約束よ!」
サラはそう言うと、キースと共に先を急いだ。
<役員>
執行役員は両手には長い爪があり、AI警察よりも二倍の速度と攻撃力を持つタイプだった。ジェイド、ロック、ヒョウは苦戦を強いられていた。熱線型ライフルで応戦するが、なかなか攻撃が当たらない。執行役員の一撃がヒョウに命中し。ヒョウのローブに爪痕が残る。
「ヒョウ!!! 大丈夫か!!!! くそ! あいつら速度が半端ねぇ! ロック、お互い左右に散らばろう!」
「将軍、了承です!」
ヒョウは床で気絶しているがかすかに息はしていた。キースのローブが無ければ間違いなく身体が引き裂かれ死んでいただろう。
ジェイドは考えていた。
——どのようにすれば倒すことが出来るのか——
考えている間にも執行役員は大きな爪を起点とした攻撃、そして、爪の先から黒い波動を出し応戦してくる。その攻撃の中で一つ弱点を見つけることが出来た。それは、波動を出す一瞬構える時に隙ができる事、頭を狙う時以外は防御が無い事。
——速度が早い為、
その一瞬の隙をつくしか他に方法は無い——
思考を重ねたジェイドはロックに一つお願いごとをした。
「ロック、あいつらは物凄く速い。手から放つ波動の威力も半端ねぇ。しかし、波動を放つ一瞬の間がチャンスだ。そこを狙い撃ちしたい。狙撃はお前の方が間違いなく上手い。俺はノウェルがいるほうに全力で向かい攻撃を仕掛ける。その時に執行役員は間違いなく彼女を守る為に俺に攻撃を仕掛けてくるだろう。その時の一瞬の隙を見つけてお前の手で狙い撃ちして欲しい」
「将軍、承知致しました。かなり危険な賭けになりますが、確かにこのままでは埒が明きません。絶対に仕留めます」
「頼んだぞ。あと、狙うなら頭だ。アイツらは頭以外は防御しない。ということは頭が急所だからな」
そういうとジェイドは全力疾走でノウェルの元へ走った。その時予想通り、執行役員は爪から黒い波動をジェイドに向けて放ってきた。
ドドドドドドドドド!
その一瞬の隙をロックは見逃さず執行役員の頭に目掛けて熱線型ライフルを撃ち込んだ。
「よっしゃ!」
ロックの攻撃が命中した。執行役員はその場に倒れ、身動きが取れなくなった。
「将軍! やりましたよ! 将軍の予想通りでした!」
歓喜の声を上げ、ジェイドの方を見るとノウェルの剣と化した手に刺さって吊るされている。
「将軍!!!!!!!!!!!!」
「あら、残念な事。執行役員は倒せたけど彼は犠牲になってしまったヨォ」
彼女は声高々に笑っている。
「貴様!!! 許さん!」
ロックはそう言うと、ノウェルに左斜めから切りかかった。
「そんな攻撃では私は倒せないヨォ」
彼女はそういうと、ジェイドが刺さっている手とは逆方向でロックを刺し、そして時計回りに捻った。
ブシャー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
沢山の血が彼女の顔に勢い良く飛び散った。
「さて、お遊びはここまで。あとはオッド様からの連絡を待って、真の悪性遺伝子の肉体を消去するとしヨォ」
ノウェルはこう言うと顔についた血を長い舌で舐め回し、味わい、そして、楽しそうに手に刺さったジェイドとロックを放り投げた。
——力が……力が入らない……ちくしょう……この程度なのか俺の力は——
ロックは瀕死の状態でもがき苦しんでいる。
気が遠のいていく中、頭の中にジェイドの声が鳴り響いてきた。
——おい、ロックその程度か? そんな事では軍には入隊出来んぞ。お前はいつも、もうちょっとの所で諦める癖がある。確かに生きていく中で諦めなければいけない時もある。しかしそれはこれ以上無い、精一杯の努力をした者だけが許されるものだ。お前はまだそこまで頑張っちゃいない。やり遂げろ! 逃げるな! 必ず俺を超えていけ! 分かったか! それでは稽古を続けるぞ! さぁ、来い!——
「ジェイド……将軍……そうでしたよね。限界のさらに一歩先、そこまでいけて我々は最強のオール軍!」
ロックは最後の力を振り絞って何とか立ち上がり、立ち去ろうとしたノウェルに言った。
「待てよ……俺はまだ死んじゃいねぇーよ……」
彼は腹部から血を垂れ流しながらかろうじて立ち上がった。
「あらま……意外としぶといわね。それでは死ぬ前にもう一つ絶望を見せてあげますヨォ」
そういうと、ノウェルは顎のイボのあたりを触った。そうすると倒れていた執行役員がゆっくりと起き上がった。
「君たちは上手にこの役員を倒したがこの二人は特殊でね。死んでも部品としては活用出来るんだヨォ。見ていてね」
ノウェルはそういうと同時に執行役員は分解され、彼女の身体をその部品が囲むと、彼女の身体の一部となった。今までの体型と比較するとおおよそ三倍ほどの大きさまで膨れ上がった。
「爪の長い、でか狸じゃねーか……」
ロックは見上げながらそう言うと、熱線型ライフルを手にノウェルに攻撃を仕掛けた。しかし、彼女は身体が三倍になっただけでは無く、スピードも三倍の速度になり、ロックは目で追う事が出来なかった。ノウェルは全てのライフル攻撃を躱し、両手を左右に広げ、勢いよくXを描くように爪を交差した。すると、交差部分からドラゴンの形をした黒い波動が現れ、大きな口を開け、空を駆ける様に勢いよくロックに向かっていった。
「ギャー!!!!!!!」
ロックの左腕が黒いドラゴンに噛みちぎられ彼はその場に倒れ込んだ。
「さぁ、本当にお遊びはここまでだヨォ。もうこれ以上は君も私と戦うことは出来ない」
そう言うと、トドメにノウェルはもう一度波動を放とうとしたその時、
「油断したな」
グサ!
「き、き、貴様……生きて……いたのか……」
ノウェルの視線の先にはジェイドが立っていた。
「将軍……!!!」
ロックは大きな声で叫んだ。ノウェルは黒い波動を作り出しジェイドに繰り出した。ジェイドは至近距離からの攻撃の為、避けることが出来ず真正面から受けてしまった。ノウェルはその場に倒れ、ジェイドは遠くに飛ばされた。ロックはゆっくり、ゆっくり歩きながら、痛む腕を抱えてジェイドのもとへ向かった。
「将軍!!!!!」
ジェイドの胸には大きな十字傷がついている。
「ロ、ロック、さ、作戦……上手くいったな。ひ、左腕は大丈夫か……? ヒョウは……?」
瀕死のジェイドは何とか声を振り絞ってロックに語りかけた。
「ヒョウは息をしています。ローブで守られています!」
「ローブ……そうか。良かった……。俺は最後にお前と戦えて、幸せだ……。前回の大戦でも心より信頼出来るお前がいたから……戦うことが、出来た……。お前は、本当に優秀な戦士だ」
ジェイドは前回の大戦時、ロックにいくつもの危機を救われたことを思い出していた。
「将軍……自分こそ将軍に救われてばかりで、いつも足手まといで……」
ロックもまた最後の大戦、その前の戦の数々を思い出し、また、ジェイドと稽古してきた日々を思い出していた。
「そんなことはない、ロック。お前は小さな頃から俺の厳しい稽古に耐えてきた……。多くの者が脱落する中でお前は軍に入隊し、親衛隊に選抜され、そして、人を束ねる中将にまでなった。とても誇りに思うぞ。俺はこれから少しばかり眠りにつく……。だからこれからこの星、そして姫のこと、頼んだぞ。ライと協力して姫を守ってくれ」
「将軍、何を言っているんですか。将軍無しでは無理ですよ!」
「大丈夫だ。ロック……自信を持て……お前……なら……絶対に……大丈夫……だ……」
そう言うと、ジェイドはゆっくり目を閉じ最後の深呼吸と共に眠りについた。
「将軍!!!!!!!! 目を開けて下さい! 将軍!!!! まだまだ貴方から学ばねばならないことが沢山あります! お願いです、目を覚まして下さい!!!!」
ロックはその場に泣き崩れた。
そして、大量の出血が影響し、気を失い、ジェイドに重なるように倒れ込んだ。
<タイマン>
ベインとライは接戦だった。ベインは短剣で素早い突きをすると、それを躱し、ライはカウンターで切りかかる。しかし、それにまたカウンターで合わせてくるベイン。二人ともほぼ互角の戦いで勝敗はつきそうもない。
「なぁ、ベインと言ったか。こんなに強いなら軍に入ることも出来たな」
ライがそう言うと、ベインは薄ら笑いを浮かべ楽しそうにこう言った。
「ええ、私もそう思います。しかし、オッドテクノロジー社にいるほうが沢山のことを成し遂げられます。個人の強さを追求するよりもはるかに楽しいのです」
ベインはそう言うと、さらに鋭い突きで応戦した。
「そうかい。お前たちがしていることは理解出来ないがな!」
そう言うとライはもう一つ剣を出し二刀流での戦いに変更した。
「二刀流……面白いですね。しかし、そろそろ剣術という古典的な戦いにも飽きてきました」
そういうとベインは何も無い空間に何やら絵を描き始めた。そうすると、空間を破り目の前に大砲が現れ、ライに向かって紫色のレーザーが放たれた。
「何だそれ! そんなのありかよ!」
ライはレーザー攻撃を避けながら二刀流の先から波動を繰り出し応戦した。
「ほう。剣先から自らの力で波動が出せるのですね。あなた、さては親衛隊ですね」
ベインはその戦い方からライが何者かを悟った。
「お前には関係の無い事だ!」
そう言うとライは続けざまに波動を繰り出した。大砲は破壊されたが、ベインはまた新たな大砲を素早く描き出しレーザーを繰り出した。
「あなたでは私は倒せません。親衛隊の方、もうここらでやめにしましょう。そして、今仲間になることを決めるのであればオッドテクノロジー社のSPとして雇いましょう。親衛隊は全国民の中からたった五名しかなれない選ばれし者。貴重な戦力です。ここで私の手によって死ぬのは大変惜しい。オッド様にも私から推薦しますよ」
「うるせー! お前たちの仲間になるくらいなら死んだほうがマシだ!」
そう言うとライは波動での攻撃を続けた。
ライにはプライドがあった。彼は類い稀なる才能を持ち、十歳で親衛隊入隊という偉業を成し遂げた。親衛隊創設以来、この最年少記録を抜かれたことは無い。
ライは戦いながら、ベインのスピード、戦闘能力を把握していった。ベインの速度はライより少し早く攻撃を当てることが出来ない。レーザーも邪魔をしてくる。そうなれば、打ち手は限られている。
「一か八かこれでいくか……」
その時だった。
グサ………
「油断は禁物ですよ。親衛隊の方」
ベインはライの真後ろに立ち、剣で腕と脇腹あたりを刺していた。
「ちくしょう……なんてな。ベインさんよ、ハマったな」
「……?」
ベインは驚いた顔をしているとライはすぐさまベインの手を掴み、心臓部を波動で打ち抜いた。
「クソ………」
ベインはそう言うと、その場に倒れた。
「ベイン、お前の速度には俺は叶わない。だから攻撃を受ける代わりにお前を捕まえることにした。一か八かだったけどよ」
「中々やるじゃないですか。しかし、私一人では死にませんよ……」
そう言うとベインは最後の力を振り絞って空間にスイッチを描きキースが作り上げた地下道空間を末梢するクリスタルレッドのスイッチを押した。
地下道空間はみるみる歪み、どんどん萎んでいく。
「お前、何をした!」
「親衛隊の方、この空間は間もなく消去されます。そして、私もアナタもこの空間に押しつぶされてThe endです」
「てめぇ……イカレてやがる!」
「何とでも言って下さい。またあの世で再会しましょう。親衛隊の方」
そう言うと、空間の両サイドは折り紙の端と端とを合わせるように折り畳まれ、押しつぶされた。
最後は小さな丸い一点に空間が圧縮され一瞬光った後に消えた。
<最後の戦い>
キースとサラはコントロール室の前に辿り着き扉を開けようとした瞬間、地下空間が萎んでいくことに気づいた。
「これは…??」
サラは後ろを振り返りながらキースに尋ねた。
「恐らくベインの奴がこの空間を消去しようとしている」
「そうなると、ライは!? ライはどうなるの!?」
「この地下空間に押しつぶされてしまう……」
「そんな……どうにか方法は無いの? あなたが作った空間でしょ!?」
「一つだけなら。この先のコントロール室にある、あるシステムを活用することによって
ライを救出する事が出来る」
「あるシステム?」
「そうだ。僕が以前開発した時間を巻き戻すシステムだ。そのシステムを活用し、ライだけを救出する。恐らくベインはライを道連れにしたんだ」
「分かったわ。いずれにせよこの先の部屋に入らなければどうすることも出来ないのね」
「その通りだよ。ライを救うためにも、この世界を救うためにも先に進もう!」
キースがそう言うと思い切り扉を開けた。
目の前にはオッドがいた。足を組んでクリスタルレッドの椅子に座している。
「久しぶり、キース。そして……サラ様」
「兄さん、もう一度だけ言う。この計画を中止して欲しい」
キースはオッドにもう一度お願いをした。キースはオッドとの今までの思い出を頭に巡らせていた。小さな頃、兄とバスケットボールをした記憶、料理をした記憶、システムを開発した記憶、いつもカッコイイ兄の背を追いかけ過ごしていた日々。以前の兄との関係を取り戻したい、そう願っていた。
「私からもお願いです。この計画を今すぐ中止にしましょう」
サラは必至にオッドに訴えかける。
「二人の想いは理解している。しかし、中止にすることは出来ない。新しい世界を作り上げる為にこの最後のスクリーニングを完了させる。もう二度と私が経験した悲劇を経験する民を無くす為に、これ以上、戦争や犯罪を増やさない為に」
オッドは冷静にそう二人に話しかけた。
「兄さん、やはりその考えは変わらないんだね。人工的な淘汰を行うしかないんだね」
「その通り。この世界の未来の為に……止めたければ力ずくで来い、キース!」
そう言うと、オッドは弓矢でキースに攻撃を仕掛けた。それは、ただの弓矢では無かった。
矢は波動で出来ており、あたれば間違いなく即死。キースは間一髪のところで躱した。
「兄さん、望むところさ!」
そう言うと、キースは、両手を握り、祈りのポーズをした。そうすると光の玉が現れた。そして、両手をオッドがいる方向に向け光の玉をオッド目掛けて放った。オッドは弓矢で応戦する。
「キース、やるじゃないか。それは波動の上をいくシステムか? さすが、私の最高傑作だ」
「その呼び方を止めろ!」
キースは怒りに身を任せ、さらに光の玉で攻撃を仕掛けた。
「それは悪かったな。しかし、お前は私が作り上げた作品なんだ。サラ様、あなたの父上と私の計画はこのキースがいなければ成し遂げることが出来なかったのです。キースは私が開発した優秀なAIロボなのですよ」
それを聞き、サラはキースが持つ凄まじいスキルに対しての合点がいき、全てを理解した。
「オッド、キースがAIであろうとも仲間であるという想いは変わりません。そんなことは問題でも何でもない。それよりもあなたのしていることの方が問題なのです!」
「サラ様、あなたは王族の血を引きながら、何を甘ったれたことを。あなたこそ、私と同じ思想を持ち、共に進むべきだと思いますがね」
「いいえ、私はあなたと同じ道は進みません。私は、あなたではなく、キースと共に進みます!」
「それは残念ですね。もしや、AIロボのキースに惚れてしまったということはないですかね……おっと、少ししゃべり過ぎましたか」
オッドはそう言うと再度弓矢でキースに攻撃を仕掛ける。今度は何千という矢を打ち抜き
キース目掛けて攻撃をした。今度は躱す事が出来ず、全ての攻撃を受けてしまう。
「ギャァアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
叫び声を上げてキースはその場に倒れ込んだ。背中からは噴水のように血が噴出し、何本かの矢は刺さったままだ。サラはキースに駆け寄って声をかけるが反応が無い。
「おや、キース、もう終わりか。僕の作品はこの程度だったか。さて、次はサラ様、あなたの番です。ただ、一つ、あなたが助かる方法があります。それは、私の妃になること」
オッドは不敵な笑みを浮かべながら言った。
「嫌よ。絶対に。あなたの妃になんてならない。なるくらいならここで死んだ方がマシよ!」
そう言うと、サラはキースにから貰った光の刃で出来た槍で攻撃を仕掛けた。しかし、オッドは片手で槍を受け止めてその槍を取り上げた。
「サラ様、このような手荒な真似はお止め下さい。みっともないですよ。さぁ、私と共に新世界を作りましょう。今ならまだ遅くはないです」
「嫌よ!」
サラは力強い眼光と共にオッドを睨みつけて言った。
「それでは、仕方ないですね。あなたもキースと共に死ぬが良い」
オッドはサラの胸目掛けて槍で突き刺した。
その時。
サラの胸元に光の玉が現れた。光の玉はオッドの槍の攻撃全てを吸収した。そして次の瞬間、光の玉はオッドの背後に瞬間移動した。そして、その玉からオッドが放った槍がオッドの背中目掛けて飛んできた。
「グハ!!」
背中で攻撃を受けるオッド。体から血を噴出しその場に倒れ込んだ。
「兄さん……」
キースは何とか立ち上がり声を放った。
「キース、まさかあの状態から攻撃を出すとは……さすが私の……。しかし、俺はお前には絶対に……絶対にお前には殺されないぞ……最後のスクリーニングは間もなく完了する。
いや、この際、全ての意識を消し去ってやる……」
そう言うと、オッドは指で四角をなぞりその空間からクリスタルブルーのコントローラーを出し、少し笑みを浮かべた後にスイッチを押した。
オッドの身体は勢いよく爆発した。
「兄さん!!!」
キースは腹の底から声を出し叫んだ。
「キース、生きていたのね! 大丈夫?」
サラはキースに駆け寄り言った。
「皮肉なことに……兄さんが頑丈に作ってくれたお陰で何とか助かったよ……それより……サラ、マズイことになった。このスイッチで兄さんは自爆し、且つ、最後のスクリーニングは当初の予定とは変更となり、今保管されている意識全てが消去されてしまう!」
「それじゃ……キース、このままだと……民が死んでしまう……」
サラは、涙を流しながらキースを見つめている。
「サラ、出来る限りのことはやってみる」
キースはそう言うと、コントロール室にあるエメラルドグリーンの丸い水晶の元へ向った。
「これは……?」
サラは初めてみる綺麗な水晶に見とれながらキースに問いかけた。
「この国の全てを管理している全AIをコントロールする神のような存在のものだよ。名前はこの星の名前セルカークから取られた『ルカ』。兄の計画によれば、最後のスクリーニングも格納器も全てこれで管理されている」
そう言うとキースは作業を開始した。
先ずは、過去に巻き戻し、地下道空間を蘇らせることに成功した。そして、ライだけを抽出した。
「これで……ライは大丈夫だ!」
「ライは無事なのね!」
「うん! 大丈夫! あとはスクリーニングシステムだ!」
セキュリティシステムを解除しようとするが、セキュリティシステムは高難易度を極め、何を行っても解除することが出来なかった。ディスプレイを見ると残り時間が十分となっている。
そして、キースは作業をするうちに一つの答えを導き出した。
「サラ、お願いがある。スクリーニング完了まで残り十分しか無い。そこで、君にお願いがある。冷静に聞いてくれ」
キースはサラの目を真っすぐ見つめながら伝えた。
「キース、分かったわ」
「このシステムの解除のカギは僕自身だ」
「どういうこと?」
「セキュリティシステムを解除するには僕の意識を『ルカ』に入れる必要がある」
「それはつまり……」
「そう、僕が『鍵』となることでスクリーニングを止めることが出来、そして、民の意識を肉体に戻せるということ。すなわち僕は……」
「キース、それは駄目! 絶対に駄目よ! 受け入れられない……」
「サラ、しかし、それをする以外に方法は無い。全ての可能性を洗い出した結果これが唯一解除出来る方法なんだ」
「あなたのお兄さんは何故こんなことを……」
「恐らく、兄は僕の……僕の覚悟を……覚悟を見ているんだと思う」
「覚悟……?」
「そう、この先の未来を作り上げる勇気や覚悟はあるかと。兄が持っていた覚悟、その覚悟を僕が上回ることができるかと」
「でも、キース、あなたと共に未来を作る、そう約束したじゃない。私は嫌……嫌よ……
絶対に……」
ディスプレイの時間は残り五分を表示している。
「サラ……もう時間が無い。お別れの時間だ。僕からの君への最後のお願いは、この国の、この星の未来を、君から、民に伝えて欲しい。託したよ、サラ」
「キース……」
サラは涙を止めることが出来ない。
「僕は、世界の為に生きられることを嬉しく思うよ。それと、僕は生まれてからずっと両親も友達も恋人もいなかった。でも、この戦いで君やジェイド、ロック、ライ、ヒョウに出会えて友達というもの、本当の仲間というものを知ることが出来た。ジェイドが料理を準備してくれた時、お父さんってこんな感じなのかなって勝手に想像したりなんかしてさ。本当に、本当にありがとう。共に世界の為に戦えて嬉しかった。僕はオッドが憎しみ中から生み出した復讐する為のAIロボ。でも、これを阻止することが出来れば僕は優しいAIロボと呼んでもらえるかな? 今、この瞬間も、不安じゃないと言えば嘘になる。でも大切な、大切な君たちを想うと、未来の君たちの笑顔を想うと、乗り越えられる。そして、
約束する。僕たちが目指した未来を叶える為に僕がこの意識をこの水晶に入れることで
この先もAIシステムが暴走しないように見守っているよ。僕を側に感じて欲しい。そして、これを約束通り君に」
青い翼のデザインのピアスをサラにつけた。
「キース……これは……やはりとても素敵ね……一生大切にする。ありがとう……あなたに、あなたに出会えて本当に良かった……あなたはとてもとても優しくて、そして、誰よりも勇敢よ」
二人は強く抱きしめ合い、そして唇を重ねた。
「もう泣かないで……最期に君の笑顔が見たい」
ゆっくり重ねた唇を離すとキースは微笑みながらサラにそう伝えた。
キースはサラの涙を拭い軽く肩に触れた後、作業を再開した。キースは意識を水晶に転送し、肉体からはゆっくりと力が抜けその場に倒れ込んだ。表情は優しく、かすかに微笑んでいた。 エメラルドグリーンの水晶は赤色に色を変えて最後は青色に色を変化させていった。そして、ディスプレイの表示が切り替わった。『スクリーニングシステム 中止』
「キース! キース!」
サラは泣きながらキースの身体を手繰り寄せた。
「サラ様!」
サラは振り返り、声の方向を見るとそこにはライが立っていた。
「ライ……キースが……」
サラはキースが鍵となったことを伝え、そして、スクリーニングが中止されたことを伝えた。その時、通信機が鳴った。
「ライさん、ライさん! 聞こえるかい!」
声の主はヒョウだった。
「ヒョウ! そちらの状況はどうだ?」
「こちらは、肉体に意識が戻ってきている。民は混乱していないです! お陰様で兄のレインも大丈夫です!」
「そうか! それは安心した! ジェイド将軍や、ロック中将は無事か?」
「それが……」
ヒョウは、ジェイドが亡くなったこと、ロック中将は重傷を負ってはいるもののキースから貰っていた傷薬で何とか持ちこたえていることを伝えた。
そして、ライも自分やサラ、そして、キースに起きた出来事や状況を伝えた。
<記憶>
この星にも大きな海がある。地球とよく似た青い海だ。
波もザブーン、ザブーンと一定の間隔を置いて自分の近くにきては遠ざかっていく。
一連の戦いの後、レインはヒョウからここ最近の出来事の全てを聞き、大きなこの海を眺めながら一人考えごとをしていた。
心地よい風がレインを慰めるように漂い、少しだけ磯の香りがした。
レインは葛藤していた。
自分が犯してしまった罪は一生消える事が無い。
このまま自分は生きていて良いのか……
いっそのことオッドに消去されていた方が良かったんじゃないか……。
様々な思考を張り巡らさせていたその時、レインの後ろからヒョウの大きな声が聞こえた。
「レイン! 海に行くなら一言言えよ! 俺が海好きな事、知っているだろう?」
「ああ、そうだったな。でも一人で色々考えたくて」
海を見つめ少し悲しい表情でレインは言った。
「そうか。で、何を考えてたの?」
ヒョウはレインが何を考えているか大方予想はついていたが、レインの口から直接聞きたくてあえて聞いた。
「ヒョウ、俺……このまま生きていて良いのかな……自分が犯してしまった罪がある。それが発端でこのような出来事を巻き起こしてしまった。自分だけがこの先ものうのうと生きていくことなど無責任で出来ない……」
ヒョウはレインの目を真っすぐ見つめ次の言葉を待っている。
「ヒョウ、俺……」
レインの言葉が詰まったその瞬間、ヒョウは語り掛けた。
「レイン、確かにお前が過去にやったことは絶対に許されないことだ。しかし、お前は確かに今ここに生きているんだよ。これから生きていく上で何かできることは無い? 罪を償う為に死を選ぶの? シェリーはそれで喜ぶのかな」
レインはヒョウの言葉を聞き、黙り込んでしまった。
自分に出来ることは何か。それを必死で考えていた。しかし、考えても……考えても……考えても……答えは出てこない。死んで直ぐに楽になってしまいたい。消えてしまいたい。そういう自分の気持ちと葛藤していた。
しかし、
ヒョウから聞いた最後の最後まで果敢に戦ったキースのことを思い出すと、残された自分の命を自ら断つことこそが無責任にも思えた。そして、レインは目を閉じてゆっくりゆっくり呼吸をした。心地良い潮風が全身に漂う。
その時、その風に乗せて懐かしい香りと共に、あの日のシェリーの言葉がゆっくりと思い出されてきた。
——過去は過去よ。
過去を全く無かったこと、消し去ることは出来ないし消す必要も無いわ。
私達に出来ることは過去から学び、
今出来ることを一生懸命に考え精一杯やることよ。
“今ここ”の積み重ねがこの先の未来へと繋がるのよ。
諦めてはいけない。
いつかきっとあなたにもわかる日が来る——
「……わかったよ。シェリー」
レインは心の中で呟いた。
そして、ゆっくり目を開いて口を開いた。
「ヒョウ、俺、ずっと、自分はこのまま生きていてはいけない、だからいっそのこと死んだ方が良いんじゃないか、そう考えていた。でも……色々考えて、今自分に出来る最大限のことはそれでは無いと思う。もちろん今すぐに自由にという事では無い。だから先ずはしっかり罪を償おうと思う。その後は自分がこの世界で出来ることを一つ一つやっていこうと思うんだ」
ヒョウはレインのその話を聞き、その言葉を飲み込みながら答えた。
「分かったよ。レインが一生懸命考えて決めたこと尊重するよ。過ぎてしまった過去に対して僕たちが出来ることは無い。出来るのは今、そしてこれからの未来に対してだ。死ぬことなんていつでも出来る。それであれば今できる、今できる最大限をやっていこう!」
「分かった。ありがとう、ヒョウ」
「俺たちはこれからもずっと、ずっと、ずっとこの先も兄弟だぜ」
その後、レインはAI警察に自首し収監されることとなった。AIによる裁判が行われ、
自ら自首したこと、そして本人が強く反省していることを考慮され数十年後、レインは出所することが出来るとのことだった。
<新しい未来へ>
サラが大きなステージに立っている。全国民の視線はサラ一人に向けられている。その姿を
ヒョウ、ライ、ロックも並んで見守っている。
「国民の皆さん、今日大切なお話があり、ここにお集り頂きました」
サラは王族とオッドテクノロジー社がしてきたこと、国民の身に何があったのかを伝えた。国民の中には怒り出す者、言葉を失った者、涙を流す者、それぞれだった。それでもサラは続けた。
「私はここに宣言します。本日を持って王政を廃止します」
全国民がそれを聞き、驚きを隠せずにいた。
「私はこの戦いの中で一人の青年と出会いました。今回の計画を止めてくれたのは彼です。この戦いが終わった後、共に新しい世界を作ろうと約束をしました。
我々を救うために彼はこの戦いで亡くなってしまったけれど、その意志はこの国のシステムと共にいます。だから、きっと彼はこれからも我々を見守ってくれると信じています。そして、彼と私が望む未来の為に、通貨を廃止します。そうです。お金というものを廃止します。この国のオートメーション技術から生まれるサービスを全て無料とします」
国民は最初は驚き、その感情を言葉にできなかったが、たちまち、沈黙は歓声に変わり、空の彼方まで鳴り響いた。
「これからは、一人ひとりが真の自由を得ます。誰かに支配されることの無い、誰かにコントロールされることの無い世界です。共により良い世界を作り上げていきましょう!」
そう言うとサラはたくさんの国民の歓声に包まれながらステージを後にした。
<十年後>
当初、貨幣制度を廃止したことで国民は慣れない様子ではあったが、この国の住人は既に仕事を失い、国からの一定給付にて生活をしていたこともあり、直ぐに自分が本当にやりたいことを行うようになった。サービスは無料となったことでその民が欲しい物を、欲しい量でAIを通じて提供することが出来ており、民は心から満足している。
そして、
音楽が好きで音楽を奏でる者、
コンサートを開いて芸を披露する者、
絵を描く者、
運動を楽しむ者、
映画を作る者、
家族と会話を楽しむ者、
ゲームをして楽しむ者、
料理を楽しむ者、
全てがオートメーションであっても、民は自分がやりたいと思うことをやり続けている。
治安維持もAI警察が実施し、平穏を保っている。
また、キースが開発していた太陽や星を生み出す技術も、その後AIが引継ぎ、完成させることが出来た。
沢山のスペースがあることで民は住居に困ることはない。
<青い翼>
サラは神殿の中で二つの月に向かって祈ると、
ピアスが青く光り輝き、夜空に青い翼が大きく広がった。
そこ中心に目掛けてサラはメッセージを届けている。
——これが私達の星の歴史。
君たちの地球はまるで昔の我々を見ているよう。
行き過ぎた競争社会のままでは、人類がこの先も生き残ることは難しいだろう。
我々の星の歴史が、ほんの少しでも君たちの未来のヒントになれば、
これほど嬉しいことは無い。
どのような選択をするか?
それは君たちに、君に、かかっている。
どれが本当に正しい、どれが良い、悪いなんてない。
ただ、何を選択していくのか、何を実現したいのか。
それを考えること、諦めずに考え抜く事、
賢明な判断をして行動していく事を
どんなに困難だとしても、絶対に、絶対に諦めないで欲しい……
遠い宇宙の君へ——