健全なる魂は健全なる肉体に宿る
――――私とニコラが出会ったのは私が5歳の頃である。
その日は父も、母も、姉も、兄も朝早くから黒い服を着用していて、私も初めて見る黒いシックなワンピースを着せられた。
当時の私は喪服というものの存在を今一理解していなかった。折角のお出かけなのに、何故かその日はお気に入りのマゼンダのフリル付きのワンピースを着せてくれなくてがっかりしたのを覚えている。
どんな時もお喋りな母が馬車の中で黙り込んでいて、兄はそわそわしていた。姉は私にこれからお葬式に行くから行儀良くするように言い含めた。
私はお葬式とはどんなものか知らなかったけれど、家族の尋常ならざる様子から、何か大変なことが起こるのだと察して、馬車に揺られていた。
到着した屋敷は、がらんどうだった。
父がその場にいた少年と、母を連れて、奥に行き、私達子供の面倒をその場にいた執事に任せた。
執事はオリーブ色の壁紙の温かな客間に私達を案内した。
私と兄は早朝からの準備に疲れて眠ってしまって、姉は持参した本を読んでいた。
昼過ぎに母が部屋で待っていた私達を呼びに来た。
これから更に会場となる教会に行くために馬車を使うらしい。
母と一緒に入場すると黒い服の人たちが教会に犇めいていた。皆似たような服装で集結している場面を初めて見た私は、とても不思議だと感じた。
響くのは鼻を啜る音、ハンカチを取り出す音、喉が潰れたような声。悲しみの雑音が周囲を包んでいた。
交流のある人が其々前に出て挨拶や思出話をした後、係の人が2つの黒い柩を運んできた。
その瞬間、それまで唇を震わせながら会を仕切っていた父がワンワンと大声をあげて泣いた。
私は大人が号泣するのを産まれて初めて見た。我が家で一番強くて格好いい父の弱っている姿は衝撃だった。
母がすかさず駆け寄って父を抱き締める。
姉が言うには父と兄弟のように育ってきた従兄弟が夫婦で事故に遭い、亡くなったのだそうだ。
先程の屋敷で父と会話していた少年は彼らの一人息子で姉と同い年らしく、その亡くなった従兄弟夫妻が万一の際の彼の後見人を父にしていたらしい。
彼は生まれつき虚弱体質で基本的に屋敷から出ず、また極度の人嫌いらしく、姉も実際に会ったのは3年ぶりとのこと。
「私の婚約者候補だったらしいけど、跡取りの侯爵子息でもあれはないわ」
「そうなの?」
「爵位は低くても甲斐性があって私に尽くす男が良い」
お葬式の片隅で、そんなことを小声で話す姉も私もまだ子供だったのだと思う。
父が泣いている姿をあれ以来、私は見ていない。
賛美歌を歌い、故人を偲んでいる間に霊柩車がやってきた。
黒馬の二頭立ての巨大な馬車で、その大きさに私は圧倒された。雀斑が目立つ若い黒衣の御者が操っていた。私が遊んで貰っている養児院のお兄さんにちょっと似ているなんて思った。
柩を乗せる時、遺児だという焦げ茶の髪の少年がフラりと教会の裏手に消えようとするのが視界に入った。周囲の大人は気がついていないようだ。
咄嗟に父の方を見るが、彼はハンカチが足りなくなるほど号泣していたし、母は父を慰めつつ進行をするので手一杯のようだった。
姉は参加している他の家の少年達に囲まれていたし、一番歳上のはずの兄は隅っこの方でぼんやりしていた。兄は残念なことに大抵の場合頼りにならない。
私は少年を放っておけないかったので一人で着いていくことにした。
早足で裏手に向かう。花の意匠がワンポイントのヒールは低いけれど、履き慣れていない私には歩き辛かった。
裏庭で立ち尽くしている少年の背後にそっと近づく。私から見ればお兄さんかな?
彼は私の気配を察知して振り返った。
眉をひそめて、鼻の上に皺を作ってこちらをキッと睨むような視線。冷ややかなブルーグレーの虹彩だけれど、怖くないのは彼の目の縁が泣いたせいで真っ赤に染まっているからだろうか。
「……なんだよ」
「お兄さん、大丈夫?」
ハンカチを探そうとワンピースのポケットに手を突っ込む。
彼は私から距離を取るように一歩下がった。
「馴れ馴れしいな、寄るなよ」
「でも、お兄さん泣いてる」
「それがなんだよ。関係ないだろ?」
強い口調に少し私は怯む。我が家の男性陣はポワンとしてるから歳上の男の子にこんな風に言われたことが無かったのだ。
私は拳を握って奮い立たせた。泣いてる人には優しくねと教育されてきたもの、これくらいで驚いてちゃいけないよね。
「なんだよ、じっと見て」
「一緒にいるよ?」
「呼んでない。俺は一人で良い」
「でも……でも……泣いてるときに一人だともっと辛いよ」
私はギュッと彼を抱き締めた。
「お前っ……?!」
父が泣いたら、母が抱き締めていた。いつもは涙脆い母が泣く度に父が抱き締めていた。
私が泣いたら母や姉や兄や父が抱き締めてくれたし、私達が泣いたらグレーテもそうしてねと教わったから、私は泣いている彼を抱き締めた。
温かくていい匂いがして幸せになるもの。
彼は兄や姉と比較すると小柄だったけど、私の身体からするとやっぱり大きくて、腰に巻き付くような形になってしまった。
不機嫌そうだったから振り払われるかなとちょっと心配だったけど、身体を強張らせたまま彼は立っていた。
沈黙の後、彼は呟く。
「……どうせ、お前も同じ事言うんだろ」
「同じこと?」
「ほらみろよ、俺の右の生え際」
振り返った彼が髪をかきあげて額を出す。見慣れない涼やかな目元が露になって私はドキドキした。
生え際を良く観察すれば右だけ、焦げ茶の髪の根元だけが銀色だ。それと右の頭皮が赤く炎症を起こしていた。
「俺は片方だけ髪色が違うんだ。生まれつき半分白髪だ。大人になれば濃くなる可能性もあるって医者は言うけど、産まれて10年以上経っても若干の黄色が混じっただけ。俺の髪は生涯中途半端なままだろうさ。染めて誤魔化してるけど、親戚共は知ってる。俺が産まれた時から気味の悪い悪魔の子だと奴らは噂したよ。気味が悪い。気色悪い。呪われたようだって」
親戚というのは葬式で集まっている人達のことだろうか、確かにそんな意地悪ばかり言う人達に囲まれたら嫌な気分になるよなと私は納得する。
どうして大人なのに酷いことを言うんだろうか?自分がされて悲しかったことは誰かにしちゃいけないと教えてくれる人はいなかったんだろうか?それとも大人になる途中で忘れちゃったのかな。
お兄さんは暗い瞳で続ける。
「母さんは俺のお産から病弱になった。俺は不吉の象徴で、忌子だって。有名なんだってさ。今回の事故だって俺だけ助かった。俺のせいだ。お前の父親はそいつらを諌めていたけど内心は同じように俺の悪口を言っていたに決まってる」
お兄さんの言い回しは難しかった。けれど、父を誤解されているようでむっとする。
「グレーテのお父さんはそんな人じゃないよ?」
「はっ……どうだか。俺の父さんや母さんだって俺の存在を恥じていたにんだぞ」
「そんなことないよ」
だってお兄さんのお父さんとお母さんはお兄さんを養児院に預けないでちゃんと育ててる。他に養子も迎えないでお兄さんを育てているんだから愛情があるはずだ。
「いーや。父さんも母さんも不気味な俺のことが目障りだったんだ。だから薬品なんて買ってきて俺に髪を染めさせたんだ。父さんも母さんも俺のことが嫌いだったんだ。親戚連中だっては母さんを弱らせた忌子の俺が今度は両親を呪い殺したんだって言ってる!!」
「お兄さん、そんなことないよ」
「さっきから、そんなことないだなんて繰り返して、お前に何がわかるんだ!俺は父さんのことも母さんのことも嫌いだ!こんな気色悪い俺を産んで、とっとと死んで消えてった!産んだなら最期まで責任とれよ!父さんなんか……母さんなんか……」
「……お兄さん、泣かないで。グレーテも悲しくなっちゃう…」
「うっ……うぅ…父さん……母さん……何で俺も連れて逝ってくれなかったんだよぉ……なんで……」
ポケットに入っていたハンカチを取り出して、私は背伸びをする。彼の目元には届かなくて頬に当てるのが限界だった。
泣く彼の雫を私は左右の頬にハンカチでペタペタ当てて吸いとった。
一頻り泣いた彼は、私のその足を限界まで伸ばして震えている姿勢が面白かったらしく、ちょっとだけ笑った。
「お前、良い奴だな。急に大声だして悪かった。子供だから俺の髪色も気持ち悪くないのか?」
「子供じゃないよ、グレーテはもう5歳だもん」
「俺は11歳だよ。お前の2倍は生きてる」
「2倍……?」
聞き慣れない単位だった。天才児と名高い私だったが数学は足し算引き算までしかマスターしていなかったのだ。
「そっかそっか、掛け算はまだ分かんないよな」
そう言って彼は私を抱き上げた。兄や姉の抱き上げと違って不馴れだからか安定感がなかった。
子供扱いされて不満な私は抗議する。
「子供じゃないもん。レディだもん」
「はいはい、失礼したな。小さなレディ」
「本当だよ!それにお兄さんの髪は別に変じゃないのは子供じゃなくても皆分かるもん」
「へぇ?何で?」
彼は眉をあげる。
「あのね、グレーテと遊んでくれる養児院のお兄さんにもお友達にも白い髪の毛が混ざってる子いるよ!お兄さんは真っ白っているよりグレー?黄色っぽい……?なんていうの…?」
「一応、シルバーブロンドかな。赤ん坊の時は白髪だったけど」
「そうなの、格好いいのね。私、白い髪が混ざった子達と会う度にキラキラして綺麗だねって、雪みたいって思うの。グレーテは髪が真っ黒けっけで、暗いから、キラキラがいいねって思うのよ」
「……ふーん」
「お友達も白かったもの、お兄さんもそうなんだねって思っただけ。お兄さんの方が白い部分大きいだけだよ。お兄さんは染めてる?けど、元に戻ったらキラキラが他の人より沢山できっと一番綺麗だよ」
「そうか?」
「うん!それに、私のお婆ちゃんもお爺ちゃんも、国王陛下も偉そうなおじさんも髪の毛は白っぽいよ。だから、皆いつかキラキラになるんでしょ?」
「まあ、そうだな。染めなきゃそうなる」
「いつか全員同じになるんだったら、変じゃないよ。……変って言う方が変だよ?ん~、変、変って沢山言ってたらグレーテの頭こんがらがっちゃた。お兄さん、グレーテは変なこと言ってない?あ……!また、変って言っちゃった?難しい~」
「……そうだな。難しいな。でも、お前は5歳なのに賢いよ。とっても。」
私を抱っこしたままお兄さんは私の首に顔を埋めた。
お兄さんの髪の毛がチクチクしてちょっと痛くて、そして重い。染めているからか強ついていて、枝毛があった。
家で飼ってる猫のベイみたいだと思ったので、私はお兄さんの頭を撫でてあげた。
お兄さんはピクリと身体を震わせた後で、肩口に頭をグリグリしてきた。やっぱり家のベイみたい。
「良い子だな」
「うん、良い子で優しくて可愛いって言われてる!」
「お前、それを自分で言うか?」
ふっと吹き出したお兄さんはとても優しそうな表情だった。目尻がちょっと下がるだけでこんなにも人は印象が変わるのか。
なんだか嬉しくて私の口角も上がった。
「あとね、あとね。さっきからグレーテのことお前っていうけど、グレーテはグレーテだよ。自己紹介してあげようか!最近、お姉ちゃんが教えてくれたの。とっても上手で褒められたのよ」
「そうだな、レディにお前呼びは失礼だった。自己紹介してくれるか?」
私はスカートの裾を払って、ちょこんと先を摘まむ。また、お兄さんの笑い声を漏らした。あれ?可笑しいな?
「私はデュマ家のグレーテです!5歳です!よろしくお願いします!……お兄さんは?」
「俺の名前は、ニコラウス・ライトだ」
彼も胸に手を当てて答えてくれた。
「お名前長いね。ニコラウス……噛んじゃいそう」
「別に拘りはないから、グレーテの好きに呼んで良い」
ニコラウス……ニコラウスと、私は考える。長くて口が疲れちゃいそうな名前だから呼びやすいのが良いな。
「じゃあ……ニコラってどう?」
「俺には可愛すぎやしないか?」
「え~、似合うよ」
「……好きにすればいい」
私を探す母の声が私とニコラのいる場所まで響いてきたので、二人で手を繋いで帰った。ポケットにニコラの屋敷でお髭が素敵な執事さんから貰った飴が二個入っていたのでニコラに分けて舐めながら歩いた。
食べ歩きは自宅だったら怒られるから秘密にしてね、とニコラにお願いした。
悲しいことに、私達は食べてる途中で、私を探していた家族達にばったり会ってしまった。
私は飴を咄嗟に舌の裏に隠したけれど、ニコラは特に隠さずに口を動かしていた。
母は柳眉をあげて、それから「あらあら、まあまあ」と笑った。兄は屋敷の執事さんに貰ったクッキーを食べるのに夢中で、姉は「またグレーテが垂らしこんだ……」と遠い目をして呟いていた。
父は目尻を赤く染めたまま、「お父さんはまだ認めません!」と、よく分からない台詞を大声で叫んでいたけど何故かちょっと嬉しそうな顔で私達を眺めていた。
実はニコラは、両親の死以来、心因的な理由で全ての固形物を食べることが出来ずにいたらしく、その後、私は彼に液体以外を摂取させた英雄としてニコラの屋敷の使用人の皆さんに崇められることとなったのだった。
―――『ねぇ、いい加減起きてくれない?』
一等美しい顔が眼前にあった。毛ぶるように生えた純白の睫毛に、目尻が僅かに上がったアーモンドアイ。
形のよい唇を蠱惑的歪めているファウストさんだ。彼の背後には落っこちてきそうな程澄んだ青空が広がっていた。屋外だ。
身体を起こすと白い薔薇の茂みの中で寝転んでいたのが分かる。私のお気に入りの王城の中庭だ。
『……おはようございます?私、寝ていました?』
猛烈な眠気がニコラを発見した際に私を襲った記憶があるが、それ以降は何がなんだか分からない。
彼は肩を竦める。舞台役者のような仕草も様になる抜群のスタイルと端正な顔である。
『君、死んだって自覚ある?幽霊なんだから寝るわけないだろう?』
『そうなんです?眠くなった結果、昔の夢を見ていたような気がしたんですけれど……』
ファウストさんはフッと片側の頬をあげた。姉が昔力説していた、魅力的だけど悪い男の表情とはファウストさんの今の表情を示すのだろう。
『寝てはいない。ただ、生前の形態が維持できない位消耗したから修復するために魂の形になって丸まってはいたよ』
『なんですか、それ』
"生前の形態が維持できない位消耗したから修復する"というのは一体どういうことだろうか。"魂の形になって丸まって"も意味が分からなくて怖い。
『はぁ………君さ、肉体もないのに自分の姿が生前と一緒だっていうのはおかしいと思わなかったの?君の魂が制服を着ているのに疑問はなかったの?別の服を着てる時に死んでいたら魂が着ている服も違ったのかな?みたいな想像とかしなかったの?』
『ファウストさんも、似たような感じの見た目なので、特に違和感なく現状を受け止めましたね……。裸じゃなくて良かったなとは思いましたけど』
ファウストさんが私の頭をコンコンとノックするように叩く。何してるんですか?と尋ねれば私の頭の中身が入っているか不安になったので確認したらしい。
なるほど。ひどい。
『じゃあなんだい?君の妄想の世界ではでは魂と肉体っていうのは死後、ゼリーとその型みたいに分離するけど、同じ形のものだって思い込んでいたのかい?』
『間違ってましたか?』
こてんと首を傾げて見上げるとファウストさんは呆れたような顔をしてそっぽを向いた。
『違うに決まっているだろう?説明してあげるけど……仮にだよ、肥満体の人間が魂になったとしたらどうなると思うんだい?』
『それは、ぽちゃっとした感じの幽霊になるのでは』
『ならば、栄養の足りない人間は?』
『スラッとした感じの幽霊になるのでは』
『じゃあ、考えて見なよ。人間は一生の中で体重の増減があるだろう。同一人物でさえ、肥えたり痩せたりする。それは食物を食べることによる肉体の変化が原因だろう?君の理論通り、魂が肉体と同じ形だとすると食事によって肉体と同様に魂が変化するということになる。これはおかしいだろう?君達が食べる植物だの動物だのの何処にそんな作用があるっていうんだい?逆立ちしたってでてこない』
『長い説明だったので途中から忘れちゃったんですけど、とりあえず私が間違っていたことは理解したので、ぜひ正解を教えて下さい』
『はぁ………いいけど……。魂は小さい光の玉みたいなもので、本当はこれくらいの大きささ。この中に記憶やら感情やら詰まっている』
ファウストさんが楽器の奏者のように繊細で長い指を曲げて表現する。コイン位の大きさだ。
『火の玉みたいな感じですか?』
『そんな感じじゃない?それが、自我やら意識やらを取り戻すと己の記憶の中で慣れ親しんだ生前の形になろうとして変化する……粘土みたいにね。で、それが魂が万全である時の普通。万全じゃないと小さい光の玉の状態になってしまう。その間に修復するんだ。傷や不調を。』
『じゃあ私。万全じゃないんですか?私の魂って不健康だったんです?』
『平たく言うとそうだね。その光の玉状態の時に生前の記憶の回想が行われたんだろう。君が睡眠と勘違いした現象だ』
『えー、何で私の魂って万全じゃないんですか?』
『逆に聞きたいんだけど、殺人事件の被害者の魂がボロボロにならない可能性ってあると思うのかい……?君、滅多刺しで殺されたんだよ……?』
そう説明されると確かにと納得せざるを得ない。魂がボロボロって嫌な響きだけれど……。
ファウストさんの説明によれば私の魂はまだ傷だらけらしく、突発的に先程の状態に戻る可能性があるらしい。
くれぐれもファウストさんと離れるような真似をするなと厳命された。
なんでも、人間の魂を食べたり、虐めたりするのが好きな悪魔というものがいるらしい。逃げられない状態で襲われたらお仕舞いだろ?とのこと。
天使様がいるから当たり前かもしれないけど私は身震いした。
私を一通り脅したファウストさんはペタンコの胸ポケットから淡いグリーンで彼の片手に収まる程の大きさのカットガラスの角瓶を取り出した。陽光を浴びてきらりと輝いている。
『君はこの中にいたんだよ、さっきまでね』
ポンと投げて寄越すので慌てて私はキャッチする。手の中でエメラルドのように瞬くそれはとてつもなく美しかった。保存容器でなくて装飾品のよう。
この中に光る魂が入っていたら綺麗だろう。
『素敵ですね』
『当たり前だろう?僕自ら出向いて蒐集した瓶の一つだ』
自分が入っていたとは俄に信じられなくて、口の細い瓶で、試しに小指を入れる。
爪先が入ったので調子に乗った私はグイグイいれるが、第一関節で詰まってしまう。
『あ……抜けなくなったかもしれないです』
『………はぁ?』
ファウストさんが私の頬をグリグリした。
なんという暴力。美しい顔立ちの天使様がする行為とは思えない……!!………いや、待って。そもそも天使って神様の兵隊みたいな役割もあると聞いたし、種族的特徴からして暴力に走りやすいの……?
その後、しばらく私とファウストさんは小瓶を私の指から抜くために奮闘した。
お馬鹿、このお馬鹿。大人しそうなのは見た目だけだ。最終学年まで学園で何を学んだんだ。とファウストさんが責め立てるのを私は甘んじて受け入れた。