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人も、物も、見た目が8割

 


『ふーん……あまり興味ないから来なかったけれど、この国の人間の城って地味なんだね』


 馬車の上でファウストさんと仲良くお喋りをしていたら、徐々に我が国の城が迫ってきた。

 仲良くお喋り、と表現したけど、もしかしたら私がニコラの良さを一方的に力説しただけと言うかもしれない。

 途中から返事が無かった。ちょっぴり切なかった。


『地味じゃなくて、機能的なんです!』


『うーん……』


 生返事を返して、ファウストさんはじっくり城を観察している。

 堅牢な石造りの城壁。四角い側防塔やタレット、櫓、居住塔などの施設が短い間隔でくっついている。

 壁越しに飛び出した多角形の三角屋根は城で一番高い見張りのためのキープだ。

 全体的に灰色のような色合いだが、石材は実は白と黒のマダラ模様の花崗岩で、耐久性優れる分、建築には費用が嵩んだらしい。

 一通り眺めた後で、もう少し装飾をするべきだとファウストが注文をつける。


『僕の趣味からするとこの建物はありえないね。鼠みたいな色味の上に装飾もない。城といえば白亜の城だろう?そもそも、豪奢にすることは国の財力を来賓や諸外国にアピールする上で重要なのにさ。この調子じゃ、どうせ内装も地味だね。黄金や大理石なんか使ってないだろう?』


『むむ……観賞用の植物は植えてありますよ。白薔薇園がお気に入りです。すごい綺麗なんですよ』


『庭師が雇えない支配者なんて存在しないだろう。革命で首が落ちる寸前くらいのものさ。諸外国の城と比べて優れてるとは言えないね。隣国の城は人間の創作物にしては美しかったのに、この国は残念だな』


『……その隣国はつい何年か前に、我が国に無謀にも喧嘩を売って、財政が逼迫、結果重税に対して暴動を起こした市民達に自慢のお城が焼き討ちにされたばかりですけどね』


『そうなんだ?贅を凝らした素晴らしい建築物が喪失して、頑丈なだけの優美でない城は無事だなんて、僕は本当に残念だよ。人間の考えることはよく分からないな。城を焼きたかったなら此方にすれば良かったのにね』


 ファウストさん的にはこの国の城の佇まいはお気に召さないらしい。

 馬車が厳めしい楼門を潜って城内に入ると左肩から右肩に赤の大綬をかけ星章を着けた男性や女性が歩いてるのが見えた。我が国の憧れの騎士の達だ。

 平時なので団員章以外はシンプルな服装である。

 私はファウストさんの腕を引く。


『うちの国は≪栄光ある騎士の国≫って二つ名があるくらい、とにかく戦向きなんです。あれが騎士の皆さんです。かっこよくないですか?』


『城の見た目や、騎士云々以前に、この国の二つ名の異常なダサさに僕は驚愕しているよ』

『えー、素敵じゃないですか?』


 この国の二つ名は 子供達に人気である。

 その一方で一部の思春期の子達、特にブラックコーヒーなんか飲みだしたり、ギターを買い出したり、ナイフを使った体術を始めようとしたり、悪魔崇拝なんかに嵌まっちゃう子にはえげつない不人気だった。

 世間では思春期特有の病として有名らしいが、私は残念ながらあまり詳しくない。


『《栄光ある》って言うところが何かぞわぞわしない?というか具体的にどの辺が《栄光ある》の?どこからその単語が来たの?って』


『ええと……建国神話で騎士が、王様を守り悪魔を倒して、それ以来騎士達が勇猛果敢に国を守り、そもそもこの国は騎士達が貴族となったという由来があるので、騎士道を重んじる正々堂々とした道徳的教育を国民全体にですね……』


『長い。興味ないから一言でまとめて』


『……《栄光》って単語が格好いいので諸々の歴史を加味した上でフィーリングで決定したんじゃないですか?』


『……グレーテ、君って本当に成績良かったんだよね?』


 馬車の行き先が食糧庫らしく、城の中心部から離れ始めたので、私とファウストさんは馬車を降りた。

 感謝の気持ちを込めて、流星の白班が可愛い芦毛の馬に手を振った。

 その子はやはり私の存在を感じていたらしい。

 気立ての良い馬だからか、尻尾を高くあげて応えてくれたのだが御者の方が驚いていたので悪いことをしたかもしれない。


 ファウストさんを案内しながら私は建物に入った。

 熱心な騎士団ファンの女の子達程は頻繁に訪れなかったが、城内は舞踏会や、ニコラへの差し入れで来たことがあったのでなんとなく構造は把握していた。

 中心に向かうごとに団員章をかけた騎士達が増えてくる。

 窓からは中庭で訓練する少年達の声が入ってきた。

 あれは訓練生達だ。騎士団の入団志望者は一般騎士志望もも、幹部候補も同様に適正試験を一年間の訓練生の期間に合格しなければならない。

 あの時期のニコラは怪我だらけで、会う度に傷が増えていったので私は不安で泣いてしまったな、と記憶を遡る。


『で、グレーテ。君が探すニコラはどこにいるんだい?あの辺の騎士達は違うのかい?ここ、人が多くて鬱陶しいんだけど』


『ああ、あの人達はニコラとは違う部門の方ですね。団員章は騎士団は共通なんですけど、胸元のピンが違うんです』


『ふーん』


 騎士団は、王族・来賓の警固部門と、市中の治安維持の警邏部門、犯罪全般に対する捜査部門、実戦に赴く防衛部門の4つで構成されている。

 ニコラは幹部候補なので二年毎に各部門を転々としてから要職に就くらしい。

 以前は防衛部門に所属していて国境付近に派遣されたために滅多に会う機会がなかったが、今年は王都で捜査部門に所属していたので私は嬉しくて毎週ニコラの屋敷に遊びに行っていた。

 死んでちょっぴり冷静になったので、今更になって忙しい若手社会人の自宅にお気楽な学生の分際で通いすぎだったかもしれないと反省はしている。


『それで、結局どこにいるの?早くしてよね』


『急かさないでくださいよ……ここら辺は警羅部門の方が多いので、もっと中央よりですね』


 休憩時間になったのか廊下に溢れ始めた人を、私は掻き分けて進もうとする。

 逞しい肉体達に押されてあたふたする私。

 ぶつかっているはずなのに騎士さん達は一向に私の存在を察知しないので押し戻される。

 ファウストさんが溜め息をついた。


『あのさ、君、幽霊なの。いい加減、いつまでも人間の感覚でいないでくれない?』


 そして、彼は私の背中を強く押した。

 つんのめる私は、肩幅の広い大柄な男性二人を透過して転んだ。

 背筋が一気に粟立つ。

 建物の壁のように水面に沈むような抵抗感は無かったが、ポットの上に立ち上る蒸気に全身包まれて、放り出されるような感覚があった。熱源が水と温度を発していて、そのせいで体がジメっとするような。

 勿論、今の私は幽体だから、その全ては私には作用しないんだろうけど。

 男性二人は私がすり抜けたことなど知るよしもないので楽しそうに談笑していた。


『ねぇ、ちょっと。大丈夫?立てないくらい痛い?幽体だから床に擦れたりしないでしょ?というか僕、そんなに強く押してないんだけど。なんで転ぶの?早く起きてくれない?』


 倒れこんだままの私を元凶がふてぶてしい口調で、なのに心配そうに覗き込んできた。


『……びっくりしました。痛くはないです。お兄さん達をすり抜けてゾワゾワしました……。あと、私は生前から頻繁に転倒します』


『……まあ、そんな感じの性格だよね』


 眉を寄せてファウストさんを見上げると、彼はすべすべの手を差し伸べて起こしてくれた。

 私の手を掠めた白いスーツの袖は肌触りもさることながら、見事な装飾が銀糸で施されていた。


『君が幽霊なのにあまりにも愚図なのを忘れてイライラして悪かったよ。さっきも説明しただろ?幽霊は基本的に全てを透過するんだ。魂だけだから。それをこの僕がわざわざ、サービスで、《幽霊である君にとって通り抜けられない方が良いと思うものを通り抜けなくて済む》魔法をかけてあげた。馬車とか階段を想定してね 。ここまで良い?』


『……はい』


 呆れながら再度説明するファウストさん。

 彼の冷たい目にシュンとする私。


『それを愚図な君が、《人間は通り抜けられない、通り抜けたくない》って勝手に思い込んで、そこでコマネズミみたいにワタワタしていたから、僕がわざわざ押してあげたの。通行できるんだからさっさと行けって。この状況分かった?感謝してくれない?』


『コマネズミ……』


『気に入らないの?チマチマして煩いから。別にコマドリちゃんでもいいよ。……ああ、コマドリだったら、君に凄く似合うね。我ながらぴったりだ。そう呼ぼうか?』


『……次からテキパキ動くので、グレーテと呼んでください……』


 廊下の真ん中で向き合う私達の中を次々と騎士服の男女が通りすぎていく。

『……っ!!』


 私は違和感に耐えきれずにピクリとした。

 背筋から腰にかけて虫が這うようなゾワゾワしたものがかける。


『………その扇情的な動きは、わざと?生憎、僕には性欲は存在しないから、早く止めてくれる?』


『わざとじゃないです!さっさと抜けましょう!!』


 人を通り抜ける独特の違和感に震えながら私はファウストさんの腕を掴んで早足で警羅部門を抜けた。


 廊下を直進すると広いホールに突き当たった。

 捜査部門のプレートが掛かっている此処こそが、お目当ての部屋である。

 他の部門よりも綿密に連携をとり、情報共有する必要があるため、大部屋に全員が入って仕事をする構造の部屋になっているのだ。

 騎士団好きの親友からの噂によると、長官から新人まで空間を共有するので、捜査部門に配属された新入りは、他部門の二倍の人数が心因性の胃痛を原因として医務室に駆け込むのだとか。


『この部屋です!この中にニコラがいます』

『さっさと見つけてよね。これ以上歩くのは面倒だ』


 マホガニーの無垢材で出来た重厚な両開きの扉を二人ですり抜けると、広い室内は混沌としていた。

 上官に報告した後、飛び出していく新人くん。まだ団員章に折り目の跡がある。

 黙々と着席してデスクワークに励む集団の隣で、二人の女騎士が捜査の方針の違いで激しく言い争い、彼女らの上司らしき騎士が書類を読みながら気だるげに仲裁に入る。

 怒りのあまり顔を真っ赤にして証拠品であろうものをレポートする男の横で、少々後頭部の寂しいベテラン騎士がゆったりと珈琲を飲みながら観葉植物に話しかけていた。


『……人間は秩序やルールが好きだと思い込んでいたんだけど僕の勘違いだったみたいだ』


『凄まじい熱量で、圧巻…?ですね……?』


『もう貴族令嬢はじゃなくて君はただの幽霊なんだから、忖度しないで言って良いんじゃない?馬鹿みたいに騒がしいって』


『そうですね……』


 私は応じながらキョロキョロと周囲を見回す。

 なんせ部屋の広さの分、収容人数が並大抵のものではないのだ。

 学園の大講堂よりも人が密集しているのではなかろうか。


『困ってるの?』


『はい、生前はここまでお邪魔したことがなかったので…ニコラはどこにいるのか皆目検討がつかなくて。重要な書類があるので騎士団の施設は一般人は立ち入り禁止なんです』


『ふーん。でもここにいるのは確かなんだろ?僕も探してあげようか。君の愛しのニコラの特徴は?』


『ありがとうございます!そうですね……ニコラは背が高いです。ムキムキの騎士様の中では痩せ型ですが、一般人と比較すると筋肉があります。性格はしっかりもので、頼れるお兄さんっぽいです。中身も外見も格好いいです』


 ファウストさんがうんざりという顔をする。


『惚気るなら一人で探してよ。僕は紅茶でも飲んで待ってるから』


『冗談です、冗談です!!』


『冗談じゃなくても僕は一向に構わないけどね……。ほらさっさとその男の外見を説明して』

『ニコラの特徴……特徴ですか………』


 私にとっては世界一格好いい婚約者だけど、この部屋の中にいる騎士の中で特別目立つ背格好かといえば微妙である。

 巨躯の騎士や、針金のように痩躯で抜きん出て長身の騎士、逆に子供のような体型の騎士や、豊満ボディーの女騎士なんかがいればそっちの方に目が行く。

 それ以外の特徴だと……パーツの色だろうか?


『ニコラの目はアクアマリンです。海に投げ入れたら、溶け込んでしまうような色です。濃い青じゃなくて、淡青と銀鼠の絵の具をグラスの中で水と一緒に混ぜたみたいな』


 ニコラの目は静謐さや、清潔さ、透明感がある印象だ。

 私の目は敢えて表現するなら、父に似てくっきりはっきり派手だ評価されるから、ニコラが羨ましかった。


『君が初めて知的な文章を述べたことに僕は感動しているよ。ちゃんと学園の最終学年に在籍していた淑女の端くれだったんだね。えらいえらい』


『私は賢くて可愛いグレーテちゃんと評判でしたよ』


『はいはい。まあ、僕の好みの色彩ではないけど、君がそこまで熱弁する、ニコラの宝石のような目は是非見てみたいな。けど、この人数の顔をいちいち覗き込んで確認するのは手間だ。……参考にまでに聞くけど髪色は?』


『んー、珍しくない色ですよ。シルバーブロンドとウォールナッツです』


 ふむ、と頷きかけたファウストさんが途中で動作を止めた。


『待ちなよ、結局どっちなんだい?』


『どっちって何の話ですか?髪色の話のままならどっちもですよ』


『二色ってことかい?毛先だけシルバーブロンドに染めている、ということ?センスとしては正直微妙だけど』


 ファウストさんが想像しているのは、髪の毛一本の間でグラデーションがある状態だろうか?


『違います。ニコラは真面目なので髪を染色していないですよ。昔は使用していましたけど薬剤で炎症を起こしちゃうんで地毛です。頭の右半分がシルバーブロンドで、左半分がウォールナッツです。生まれつきですよ、格好いい人は乳児期からお洒落ですよね』


 ニコラの髪色は輝くブロンドと、温かみのある焦げ茶色。その場にいると周囲へ明るい雰囲気を醸し出す配色で羨ましかった。

 私の毛髪は母にそっくりな烏羽色。漆黒と異なり、なんだかテカテカした、青緑のテカリが光の加減で目立つ。

 そのせいで自慢のサラサラヘアーなのに油っぽい印象を与えるから、あまり好きじゃなかった。ちなみに母も機械油のカラーリングと自分で酷評していた。

 ファウストさんは首を振って吐息をつく。


『ファウストさん、幸せ逃げますよ?』


 溜め息を一回つく毎に幸せが10個、彼方へ走り去るという伝承がある。親切な私は忠告した。


 ファウストさんはこめかみを指で押さえた。

 そして、私の頭をガシリと両手で掴み、これでもかという程、力を込めるではないか!

 痛い。

 めっちゃ痛い。

 実体がないのに痛いってどういうこと?

 さっきひっくり返った時は痛くなかったのに!


『この、お馬鹿』


『痛いです、痛いです!なんで幽霊なのに私、痛いんですか?!』


『僕らは魂に干渉出来るよ、当たり前だろう?痛みや、涙は君の魂の生前の記憶を再現させているから。お分かり?』


『はぁ……』


『で、あのさぁ、グレーテ。何でそんな珍しい特徴を最後に出すのかなぁ?僕の手助けっていう親切はいらないっていう遠回しな意思表示?ごめんね、僕、鈍いから伝わらなかったよ』


『え、いえ。嬉しかったし、協力して頂きたい気持ちでいますよ。口は悪くとも、さすが天使様だと……』


『じゃあなに?本気で大したことのない情報だと判断していたの?君のことを人懐こい犬だと思ってたけど、訂正する。鳥だね。コマドリだ。飛翔の為の体の軽量化の弊害で頭の中身がスカスカになっちゃったんだね。歌ってばかりだから今まで馬鹿だって自覚できなかったんだね。可哀想に』


『そ、そんな捲し立てなくても……。シルバーブロンドもウォールナッツもこの国では至る所にいるヘアカラーですし、これだけじゃ役に立たないかと……』


 大部屋でクルクルと動き回る騎士達の頭髪は金銀茶の系統に分けられる。

 シルバーグレーや、亜麻色、グレージュなど細かな違いはあれどそこから外れる人物はいない。それは貴族出身者も市民出身者も同様である。


『色自体はありふれてても、そんなに不気味な色の配置の人間は滅多にいるわけないだろう……』


『んー……素敵じゃないです?』


『素敵?まさか。気味が悪いの言い損ないだろう?少なくとも僕にとってはそうだ。美々しいものは純色でなければ。そこに遊色が混ざれば尚良い』


 遊色は主にオパールが示す光学効果で光が乱反射して虹色になるもののことを指す。わ父がよく母にブラックオパールのアクセサリーを贈っていたので私はたまたま知っていたが、ファウストさんは天使様なのに宝石や芸術品に対して造詣が深いのだろうか。


『綺麗なものがお好きなんです?』


『醜いのを愛するほど僕は奇特な性癖じゃないんでね。とにかく、気味の悪い人間をわざわざ探すのか、やる気が湧かないな….…』


『はぁ、そうですか。私はニコラの外見大好きですけどね。好みのタイプが違うので私達の間では奪い合いとか勃発しなそうです。平和でいいですね』


『はいはい、よかったね。……思い起こせば、ちょっと前にキメラ人間の男が産まれたかもしれないと喜んでいた奴がいたな……バイアイじゃないし血液も微妙だから結局、毛色が変なだけだったと落胆していたけど……まさか、あの赤子か……?』


『何ぶつぶつ言ってるんです?男前で優しい私のニコラが天使様の間でも人気者って話題ですか?分かります』


『……グレーテ、君って頭だけじゃなくて耳まで悪いんだっけ?』


 お喋りしている私の背後から、よれよれの団員章を装着し、帯剣したツンツン頭の騎士が通り抜けていく。

 不意打ちにゾワッとした私はファウストさんの腕を掴んだ。

 ファウストさんはその男が体内を通過しても涼しい顔をしていた。天使様はそもそも生物じゃないから汗をかかないんだろうけれど。


『ひえ……』


『いい加減慣れてくれない?で、なんだっけ?銀と焦げ茶の変な配色の男を探せば良いんだね?体型は騎士の中だと平均で、目は辛うじてましな。これでいい?』


『付け加えると、世界一ハンサムで優しい私の婚約者です』


『……さて、どうやら僕は休憩の時間のようだ。今日の紅茶は何にしようかな』


 ファウストさんは、どこからともなく出現した、青みが素晴らしい月白の金属性のテーブルセットに、光沢感のあるジャガード織りのボルドーのテーブルクロスを掛けようとしている。


『冗談です冗談です、一緒に探してくださいお願いします。素敵だな、ファウストさん。格好いいな、ファウストさん。ファウストさんの造形美は天が造りたもうた傑作だな』


 優雅に休息を取ろうとするファウストさんを必死に持ち上げ、私は彼の機嫌を取った。

 呆れたような視線を私に向け、指を鳴らしたファウストさん。それと併せて魔法のように午後の紅茶セットが消失した。


『……で、どうするの?』


『机の配置は端から列で並んでいるので、通路を歩いて確認しましょう。右側に座っている人物は私が確認しますので、左はファウストさんにお願いできますでしょうか?』


『……まったく、僕が暇つぶしといえど付き合ってあげてることに感謝してよね』



 なんだかんだ優しいファウストさんは周囲の人の顔を確認して歩いてくれていた。

 大抵の人間の容貌は秀でてないから区別できないよ……とぶつくさ文句を溢しているが。


『あれ、何?』


 ファウストさんが卓上に置かれた金属プレートを指差している。そこには苗字らしきものが書いてあった。


『恐らくネームプレートですね』


『本名?』


『偽名で働いている人は少ないと思いますので、そうですね』


 ファウストさんが驚愕する。


『人間は不用心だな、僕らは絶対にそんなことしないよ。名前は重要なものだから。……てことは、待ちなよ。君のニコラもあれを持っているのかい?』


『はい、ニコラのネームプレートは、ライトと彫られている筈です。彼はライト侯爵家の人なので』


『じゃあ、ライトって書かれた机を探せば良いんだね。助かったよ。正直、平凡な人間の顔は見飽きてたんだ。不揃いな芋のようにしか感じなくてさ。まだ机上の方が面白味があるよ。インク瓶なんか、綺麗だろう?』


『飽きたって、まだ二列目ですよ……』


『しょうがないじゃないか、嘘は嫌いなんだ。正直に生きるのを信条にしててね』


 それから私達は黙々と進んだ。

 時々ファウストさんは本の装丁や、万年筆、インク瓶をまじまじと観察して、後程買うためにメモをする為に立ち止まっていたが。

 貴族出身者が半数を占める騎士団員の御用達文具の中の何点かは天使様のお眼鏡に叶ったようだ。


 ニコラは中々発見できなかった。

 ファウストさんはメモ帳を開いてご満悦そうだが、私はもう最後の一列を前にして疲れてしまった。

 何せ人数が多いのだ。

 勝手に侵入し、勝手に眺めている身で大変失礼なことだが、ファウストさんが不揃いな芋にしか見えないと発言した気持ちも分かるというものだ。


『ファウストさん、疲労感が凄まじいです。あと一列頑張れる気がしません……』


『軟弱だなぁ。元は君が言い出したことだろ?』


『仰るとおりです、ぐうの音も出ません』


『ま、いいよ。代わりにやってあげても。ネームプレートを探せば良いんでしょ?僕は今機嫌がいいんだ。幾つか僕の蒐集品として相応しい物があってね。やっぱり貴族は美意識が高い人間が多くていいね。武骨で味気ない城だから期待していなかったけど大収穫だ。買いに行く計画を練るだけで胸が高鳴るよ』


 ファウストさんは余程嬉しかったのか多弁になっている。微かに頬を上気させた美貌はとんでもない色っぽさだった。これが夜会だったら何人ものご令嬢が彼の人外特有の綺羅綺羅しい器量と表情に当てられて気絶しているだろう。


『ファウストさんでもお買い物するんですね』


『盗みなんて下等な真似はしないさ。売買契約を結んできちんと頂くよ。で、ライトのネームプレートだっけ?発見したら報告に来るよ。グレーテはここでぼーっと突っ立ってて。万一無かったら君が途中で見落としてるからもう一周かな?』


 ニコラには、会いたい。

 物凄く会いたいが、正直あと一周同じ作業をする気力がない。

 肉体を持たない幽霊のはずなのに、何故か猛烈に疲れている。


『……もう一周したら、私、泣いちゃいます』


 口数も少なくなり、覇気も無くなった私に彼は何故か満足げである。


『ふふふ、君はピーチクパーチク囀ずらない方が良いね。五月蝿くないし、君が消沈していると気分が良い。グレーテ、君は元気すぎる。そのちょっと草臥れた感じでいつも居て欲しいよ』


『酷くないです?』


『僕が代わりに探してあげるんだから良いじゃないか』


『たった一列ですけどね』


『それすら面倒がってる君が偉そうにしないでよね。さ、大船に乗ったつもりで待っていてよ』


 スーツの裾を翻し、揚々と歩くファウストさん。

 最後の一列は先程珈琲を啜っていた、後頭部が不毛地帯となりかけている男性騎士が座っている列だ。

 仕事中の騎士達の側で青々とした観葉植物が面長の葉を掌状に広げている。

 この列だけやたらと緑が置かれているのはガーデニングが趣味の人物がいるからだろうか。


 それにしても、あの鉢植え。

 私は植物の情報には疎いのだけれど、どこか見覚えがあるような……?

 長考していた私の近くにファウストさんが帰ってきた。

 なんだか形容しづらい表情をしている。


『あのさ、君の愛しのニコラの姓ってライトなんだよね?』


『はい!』


『念のためもう一度話してくれない?どんな人間なんだっけ……?』


『ええと、特別目立つわけではないけれど、すらりと背筋が伸びてて姿勢も体つきも素敵です。薄い青色と、煌めく灰色を混ぜたアクアマリンの目』


『……うん』


『シルバーとウォールナッツのような高級感があって深みのある茶色の髪です。頼りがいのある性格で、しっかりしてます』


『……うん、あのさ。ちょっと来てくれない?』


『はい?』


 手招きしながら歩くファウストさんに私はついていく。

 白い背広は染み一つ無く、袖の部分と同様に銀糸で繊細な刺繍が施されている。緻密な模様が目立たない色彩で縫われている贅沢な品だ。

 純白の髪色、睫毛、眉毛であるファウストさんだからこそ、普段着のようにさらりと着こなせるのだろう。

 眼前の背中が前触れなくピタリと立ち止まる。

 後続の私の鼻が彼の背中に激突した。


『ふがっ!?』


 幽霊でよかった。生きていたら確実に鼻血で彼の芸術品のような服を汚していた。


『うわ、汚い声出さないでよね』


『ファウストさんが、急に止まるからですよぉ』


『君がどんくさいからぶつかるんでしょ』


『むー……』


 私の頬をムニムニと触りながら、彼が一点を指す。


『ライトって、札があるのあそこなんだけどどうにも確信できなくて……。合ってる?』


『な……?!』


  櫛が入っていないようなボサボサの髪は脂ぎってぎとぎとしており、艶があった髪が、全体的にくすんだ灰色っぽくなっている。

 俯いて、葉に大きな切り込みがある観葉植物のプランターを抱き締めて背を丸めて座っているので、小さく見えた。

 袖と裾は茶色い染みが垂れたようにこびりついており、不潔そうな印象だ。路上生活者の服の方がまだ清潔感があるくらい。

 彼は剣だこのある手でその染みを何度も撫でては発作のように震え、プランターの葉に顔を埋めている。

 唇はカサカサで無精髭が生えており、口周りが茶色っぽい。

 何より前髪が目にかかっており陰気そうに見える。

 しかし、光がなく、活力もないがその目は紛れもないニコラの目であった。


『ニ、ニ、ニコラーーーーーーーーー?!』


 どうしよう、私の大好きな大好きな婚約者が想像以上にボロボロだった。



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