38話 500年前
500年以上前になる……。
我らの先祖が来た理由は未開の地シャドウ界の調査。
当時はシャドウ界に繋がる転送魔法がただ一つ存在し、
中央都市が中心となり、頻繁に調査が行われていた時代だった。
そんな中、前例のない大規模調査の依頼が魔力が高い集団である猫耳種に舞い込んだ。
猫耳種はそれを快諾し、選りすぐりのエリート達がシャドウ界への調査員へと選ばれた。
その時の人数は約50名程……その中には何度もシャドウ界へ行っては帰ってきているベテランも居た。
いつもの様に転送装置に乗り、転送されたその瞬間だった……。
パリンという大きな音が響き渡り、突然転送装置は50人を送った後に消滅してしまったのだ。
こちらに来た人は何故魔方陣が消えて、帰れなくなったのかも分かっていない。
その後、帰れる目途が一切立たないまま、ここでの生活をしなければならない状況となった。
「我々はその子孫にあたると言う訳じゃ」
「すごいな……いや、凄いですね……シャドウ界調査を行われていた時代があったとは……」
「先ほどから気になっておったが、丁寧に話さなくてもよい。そんな習慣はわしらにはないわ」
「そうですか……いや、そうなんだね。ではいつも通りに話させてもらうよ」
「うむ。そっちのが良い」
「フォルチーはなんで祠に居たんだい? おかげで私は助かったわけだけど……」
「一応な……昔からの習慣とでも言えばいいかのう。もしかしたら祠が復活するかもしれんじゃろ? それをフォルチーが毎日確認しとるんじゃ」
「そういう事だったんだね」
「まぁ正直……仮に戻れるようになったとしても戻る気はないがの……」
「そうなのか……?」
「わしの世代は生まれも育ちもシャドウ界……元々地上界で実際に生活していた者はもう一人としておらん。むしろ、わしにとってはここが故郷であり、帰る場所なんじゃ」
「なるほど……」
「今の生活に不自由もしておらんしな。魔法の知識と生活に必要な知識をしっかりと継承し、この世界で生きていくつもりじゃ」
「長老! そんな事言わないで欲しいにゃ! ボクは祠が復活すれば、地上界に行くにゃ!」
「はいはい、祠が復活すればの」
長老はフォルチーの言葉を軽く流し話を続けた。
「そうじゃ、せっかくだから食事もどうだい? なかなかいけるぞ?」
「いいのかい?」
「もちろんじゃ。さぁ支度をしよう」
そうして長老とネアン、フォルチーの3人で食事を取った。
・・・
・・
・
「気にせずここで寝ればよいものを!」
長老は酒に酔っているようだ。大きめの布団で大の字に寝て、ネアンを手招いている。
「いや、流石に女性と同じ布団で寝る訳には……それに祠の方で調べたいこともあるんだ。今日は本当に有難う。ご馳走様」
「えー! こんなに酔った長老を置いて行くのかにゃ! 一緒に介助してくれにゃ!」
「なにを言うか! 全然酔っておらんわ! ただ、久しぶりの若いイケメン男性……しかも初の別種族じゃ。どんな風に喘ぐのか気になってのう」
とろんとした目で長老はネアンを見つめた。
少しはだけて汗ばんだその姿は大人の女性特有の魅力が漂っていた。
ネアンはその姿をみて生唾を飲み込んだが……すぐに我に返った。
「あはは……フォルチー、頑張ってね!」
「にゃ!?」
そういってネアンは逃げるように家を後にした。
・・・
・・
・
――祠内
「ここで魔力と闘気を使って転送装置を作動させる……もしくは……」
ネアンは焚火の横で寝転がり、状況を改めて整理していた。
「シャドウ界側からダンジョン最奥に行った時……カギ無しで地上界に行けるのだろうか……」
地上界からシャドウ界に行く場合は封印を解くカギが必要だが、シャドウ界から地上界に行く場合鍵が必要かどうかは分かっていない。
何故なら、ネアンはシャドウ界側の地下ダンジョンにはほぼ潜った事が無いからである。
ネアンが過去に活動していた頃は、転送装置での行き来が基本だった。
シャドウ界側の地下ダンジョンには一切潜る必要が無かったのだ。
(どちらにせよ……方法は限られている……)
そんな事を考えながら、ネアンは毛布をかぶり、眠りについた……。
・・・
――ごそごそ……
「ん……」
何かがネアンの毛布をごそごそ触っていた。
「誰だ! ……ってフォルチー?」
「にゃ! ばれたにゃ……」
そこにはネアンの毛布に入り込もうとしていたフォルチーの姿があった。
「そりゃ……ごそごそされたら気が付くよ……何をしているんだい?」
「長老のいびきがうるさすぎて寝られなくて……避難してきたにゃ」
「あはは。そうだったんだね」
「ああいう時はいつもここに避難していたにゃ。だからボクの方が先にここをよく使っているにゃ!」
「そうだったんだね。じゃぁ、私は今、フォルチーの家にお邪魔している感じかな?」
「そうだにゃ! でもネアンならいつでも使ってくれていいにゃ」
「それは有難いね」
「せっかくだにゃ。ちょっと祠の外に出るにゃ!」
「うん?」
時間はまだ真夜中である。
少し肌寒いが、ネアンは腰を上げて祠を出てみた。
「上を見てみるにゃ! すっごい綺麗なキラキラがいっぱいにゃ!」
上を見上げると、空には満天の星空が広がっていた。
「うわ……綺麗な星空だね」
「星空ってにゃんだ?」
「ああ、この光景の事だよ。キラキラしているのが星だ」
「にゃ~。このキラキラは星っていうのか」
「そうだね」
「それも地上界に行けば知れるのかにゃ?」
「そうだね。辞書とかには確か載っていたかな……?」
「ネアン、ありがとにゃ。また一つ賢くなれたにゃ」
「いえいえ、所で、フォルチーはずっと長老と暮らしてるのかい?」
「ずっと長老と二人だにゃ」
「そっか。長老がお母さん……なのかな?」
「違うにゃ。長老はおばあちゃんで、両親は小さい時にダンジョン調査で死んじゃったにゃ」
「……ごめんね。そうだったんだね」
「昔の事だにゃ。全然気にしないで欲しいにゃ」
「そっか……両親はどんな人だったんだい?」
「二人ともすっごく優しかったにゃ! お母さんはね……」
フォルチーは少し暗い顔になったが、両親の話をし始めると元気を取り戻してくれた。
フォルチーの両親は、居住区を増やす為に、地下ダンジョンの調査をしていたチームの一人だった。
かなり奥まで調査が進んだところでシャドウに殺されてしまったようだ。
そこからは長老が母親代わりになってフォルチーを育てていたようだ。
「長老はおとぎ話として、地上界の話を沢山してくれたにゃ。その話にボクが異様に興味を示したもんだから、話をした事を後悔していたみたい。だけど、ボクはその話をしてくれて感謝しているにゃ」
「うんうん」
「自分でも色々調べたにゃ。調べるごとに興味は膨らんでいって……祠が復活しなかったら一人で地下ダンジョンを進もうと思っていたにゃ」
「な! そんな危険な事を考えていたのか……」
「もちろん無策じゃ無いにゃ! その為に、魔力と闘気を高める修行をずっとやってるにゃ!」
「そうだったんだね……」
(フォルチーが修行しているってのは多分嘘じゃない。魔力と闘気の量は他の猫耳族を凌駕している……努力の結果だろう)
「……というより、実は2~3日以内に地下ダンジョンへ行こうと思ってたにゃ」
「な! 長老は許してくれたのか?」
「もちろん大反対だにゃ」
――「何を馬鹿な事を言っとるんじゃ!! この村最強の魔力を持ったお前の両親でさえ……いや。とにかく許さん!」
「仕方がないよ……大事な娘を一人で危険な所に行かせたくはないだろう……」
「にゃ~……」
「さて、冷えて来たし寝ようか。フォルチーは戻る?」
「ここから戻るもの面倒だにゃ。ここで寝るにゃ」
「そっか。じゃぁ毛布もう一つあるからどうぞ」
「ありがとにゃ!」
ネアンとフォルチーは毛布をかぶって横になった。
「絶対に地上界に行くにゃ。地下ダンジョンに行くと決めた時、ネアンが現れた……ボクは運命を感じたにゃ……」
フォルチーは小さな声で呟いた。
「うん? 何か言ったかい?」
「何も言って無いにゃ! じゃぁおやすみにゃ!」
「うん。お休み……」
二人はそのまま祠の中で眠りについた……。




